※オリキャラが出てきます。













青い空、白い雲。照りつける太陽、打ちあがる波飛沫。どこまでも広がる大海原を、白いクルーザーが風を切って走っていく。
「わー!気持ちいい―――!!」
船首にて。笑顔で両手をあげ、さくらは楽しそうに叫んだ。
他の女子達も一様に声をあげて、はしゃいでいる。みんな、水着の上にパーカーや上着を羽織っているという軽装で、すぐにでも海に入れる格好だ。その様子をカメラで撮りながら、知世はにっこりと笑った。
二階のデッキに固まっていた男子達は、眩さに目を細めながら、ほう・・・、と溜息をつく。覗く太腿が、太陽に照らされて眩しい。揺れるパーカーの裾も、白い肌も笑顔も、とにかく全部眩しい。
西はふるふると手を震わせながら、叫んだ。
「夏、サイコ―――!!!」
「うるさい」
ぱこん、と。後ろから叩かれる。小狼は不機嫌そうに眉を顰め、さくらがいるあたりを隠すように、持っていた本で遮る。
わかりやすい嫉妬は、もはや微笑ましい。にやにやと笑って、西は言った。
「心配しなくても見てねぇよ!俺、彼女一筋だし!」
「僕も僕も。程よく鍛えられたあの体が堪らないんだよね。あ、木之本さんじゃなくて千春ちゃんの話だよ。ほら見てごらんよ。あの逞しい上腕と太腿・・・!いたっ」
ごつんっ。
今度は、一階デッキから何かが飛んできた。お菓子の空き箱は山崎の後頭部にヒットして、何事かと振り返った先、顔を真っ赤にして怒る千春がいた。
「や~ま~ざ~き~く~ん!!!何を恥ずかしい事言ってるの!?っていうか、それが彼女への誉め言葉―――!?」
「あれれ?聞かれちゃったかぁ。うん、誉め言葉だよ。千春ちゃんのボディはサイコ・・・あいてっ」
「もう!バカバカ!!」
今度は顎に空き缶がヒットして、山崎は痛みにうずくまる。自業自得だ、と。傍らにいる賀村が溜息をついた。
「千春ちゃんと山崎くん、本当に仲良しね」と利佳が微笑み、「千春ちゃんの体は貧相な私にとってはすっごく羨ましいよ~」と奈緒子が自虐を込めたフォローをして、さくらはアハハと渇いた笑いを浮かべた。
ふと。上を見ると、小狼と目が合った。さくらはパッと顔を明るくして、花が飛ぶような笑顔で手を振った。小狼も照れくさそうに笑って、こっそりと手を振り返す。
くすぐったいやり取りに、さくらは嬉しくなった。みんなと一緒にいる時ほど、周りが賑やかな時ほど。小狼とこっそりと交わすやり取りが、胸をドキドキさせた。
(楽しみだな。今日から二泊三日。海で遊んで、バーベキューして、みんなで別荘にお泊りするんだ!)
この楽しい旅行を計画してくれたのは、知世だった。
大道寺コーポレーションが所有するプライベートビーチに、みなさんで行きませんか、と。夏休みも終わりに差し掛かった頃、突然に誘われた。
聞くと、知世の母の仕事関係の来客がキャンセルになった為、せっかくだから皆で行ってくればと、提案されたとの事。知世の誘いに、みんな二つ返事で了承した。
ビーチに到着するなり、貸し切りでクルージング。自動操縦で、海を一時間かけて周る。途中にある不思議な形の岩や、遠くに見える街など。船内では、自動音声がそれらを解説してくれた。しかも、飲み放題食べ放題。至れり尽くせりの贅沢に、みんな浮かれた。
だから、誰も気づかなかった。不穏な暗雲が、船に近づいている事に。
一番最初に気付いたのは、小狼だった。
湿った風が吹いて、眉を顰める。読んでいた本から目を上げて、遠くに見える暗雲に顔色を変えた。真っ黒な雲が、青い空を埋め尽くしていくように、物凄い速さで近づいてくる。
「大道寺!このクルーザーは手動でも操縦できるのか!?」
「は、はい。今は自動操縦に設定されていますが、切り替えれば出来る筈です」
「どうかしたの?小狼くん」
小狼は慌てた様子で、操縦室へと降りた。自動、手動の切り替えスイッチを探し出すと、自動操縦を解除する。激しいエンジン音と共に、梶をいっぱいに切った。船は勢いよく旋回する。突然の激しい揺れに、乗船していた全員が驚いた。
操縦室に、さくらと知世が入ってくる。心配そうにするさくらに、小狼は言った。
「嵐が近づいてきている。巻き込まれたら、まずい。早く陸に戻らないと・・・!」
「え?ほ、ほんと・・・!?」
「さくらと大道寺は、みんなを呼んで船内に避難していてくれ」
「はい!わかりました。李くん、ここはお任せします」
小狼が船舶免許を持っていたかどうかは知らないが、緊急事態なので構っている場合ではなかった。徐々に太陽が陰り、波が高くなる。利かなくなってくる梶と方向感覚に、小狼は顔を顰めた。
その時。物凄い音がして、船が一気に傾いた。
「・・・!?岩場か何かにぶつかったのか!?まずい・・・!このままじゃ、沈む!!」
小さなクルージング船は、嵐の中。強い雨風に煽られ、真っ黒な波に飲み込まれた。


 

 

 

 

 

さよなら、夏の日 【前編】

 

 

 

 

 

 

「ん・・・、ぁれ?・・・けほっ」
口の中の強い塩味とざらつきに、さくらは目覚めた瞬間、顔を顰めた。咳き込みながら、周りをゆっくりと見渡す。背中に激しく波がぶつかり、衝撃に悲鳴をあげた。
何が起こったのか、すぐには思い出せなかった。しかし。背中に当てられた手のぬくもりと、すぐ傍にある吐息に、さくらは涙を滲ませた。
「小狼くん・・・っ!!」
「さ、くら・・・、平気か?痛いところは・・・?」
「大丈夫!小狼くんが、助けてくれたの?」
二人は岩場に掴まっている状態で、背中に打ち寄せる波の衝撃に耐えた。さくらよりも、小狼の方が見るからに消耗していた。激しい呼吸と辛そうな表情に、さくらの顔が青褪める。
「さくらちゃん!李くん!!」
「こっちだ!手を・・・!」
声がした方を見ると、知世と賀村がこちらへと手を伸ばしていた。小狼は途切れそうになる意識の中で、さくらを先に陸に上げようと力をこめる。賀村の手で海の中から引き上げられ、さくらはすぐに小狼を振り返った。
力尽きたのか、小狼の手は岩場から離れた。
「小狼くんっ!!嫌ぁ・・・!!」
沈み込みそうになった小狼の体を、後方から泳いできた山崎が支えた。
さくらはホッとして、その場に座り込む。安心して、涙をぽろぽろと零すさくらに、知世は優しく声をかけた。
「李くんは、さくらちゃんだけがこの島に流れ着いていない事を知って、一人で海に入っていったんです。見つかってよかった。本当によかったです・・・!」
「知世ちゃん!」
さくらは知世に抱き着いて、子供のように泣いた。
大きな怪我もなく、全員が奇跡的に、同じ無人島へと流れ着いた。さくらを助けに海に入った小狼は、激しく体力を消耗していたけれど、一時間もすると目を覚ました。
悪夢のような嵐は去って、再び夏の太陽が顔を出していた。波も穏やかで、ついさっきの事が嘘のようだった。
船はぼろぼろに壊れ、岸に打ちあがっていた。とても、海に出られる状態じゃない。
携帯電話もみんな流されたり壊れたりで、通信手段が全くなかった。流されてきたせいで、この島がどのあたりに位置しているのかも分からない。
「私達、遭難したの・・・?」
「うん。端的にいうとそうだねぇ」
「山崎、おま・・・!なに呑気に笑ってんだよ!遭難だぞ!?そうなんだ!!じゃねぇよ!!」
「西、うるさい」
「でも、みんな無事だったんだもの。それだけでよかったわ」
「そうそう。なんとかなるって~!」
割と絶望的状況だったが、みんな不思議と楽観的だった。暗く落ち込みそうなところを、無理をして励まそうとしているのかもしれない。
流れ着いた島には、人がいる気配はなかった。小狼がさくらを探しに行っている間、数名で島の中を散策したが、人が住んでいる形跡などはなかった。学校の校庭の、およそ二倍の大きさ。小さな無人島だった。
白い砂浜と生い茂る木々が、なんだか特別なビーチのように錯覚をさせる。夏休み最後の思わぬハプニングは、若い男女の心を少しだけ浮足立たせた。
「じゃあ、とりあえずこの突然のサバイバルを乗り切るために、リーダーを決めようか。何事にも、先導者が必要だよ」
「うん。なるほど。確かにそうだね。私としては・・・やっぱり李くんかな!李くんを推薦します!」
山崎と奈緒子の言葉に、小狼は面食らった顔をする。しかし、こんな状況だ。断る理由もない。片手をあげて、「わかった」とその提案に乗った。
全員が輪になって座っている中で、小狼は立ち上がり、言った。
「とりあえず、方向性を決める。船があの状態じゃ自力で帰るのは無理だ。助けを待つ他ない。それまでは、この島で過ごす事になる」
「今日私達が帰らなければ、別荘に控えている使用人が異常に気付くと思います。私の母は、明日の昼には別荘に来る予定になっています。遅くてもその時には、捜索が開始されるかと」
「気づいてから捜索して、早ければ半日・・・。この場所がどこかわからない以上、楽観的な事ばかりは言えない。数日はここでの生活を余儀なくされる。・・・食料や飲み物で無事だったものはあるか?」
「ほとんどが海に流されちゃったみたい。残っているのも、塩水に浸かっちゃってるから無理かな」
小狼は顎に手を当てて、思案するように黙り込む。今いる人数の、食事と寝床を確保しなければならない。やってやれない事はないが、その為にはこの島の構造をより知る必要がある。
小狼は一人頷くと、友人達へと問いかけた。
「この中で、サバイバル経験のある人はいるか?」
「サバイバルかぁ・・・。キャンプとかならやったことあるけど。こんな無人島はさすがに初めてだよ」
山崎の言葉に、周りが賛同する。すると、その隣にいた賀村が立ち上がり、小狼へと言った。
「多少なら経験がある。だから、役に立てると思う。俺を使ってくれ、李」
「賀村。ありがとう、助かる」
笑い合う二人を見て、周りは強い安心感を得ていた。
続いて奈緒子が手を挙げ、「私も本なら読んだことがある!」と張り切った調子で言い、西や山崎も「経験はないけど俺らも手伝う」と、やる気を見せた。我も我もと、みんなが立ち上がる。
無人島でも、小狼がみんなを引っ張ってくれるなら大丈夫だ。さくらは誇らしい気持ちで、小狼を見つめた。
「船の中に、使えそうなものがあるかもしれない。ちょっと見に行ってくる」
「俺も行く!あ、女子はいいよ!船が崩れるかもしれないし、危ねぇからさ!ここで待ってて!」
賀村と、いつも以上に張り切った西が、船の中へと入っていった。山崎は「島の中で休めそうな場所がないか見てくる」と言って森に入り、千春もそれに付いていった。
さくらは少し迷った素振りを見せたあと、小狼と知世にこっそりと話しかけた。
「あのね。私に考えがあるんだけど・・・。ここではちょっと」
さくらの言葉で大体の事を察した小狼は、残っている利佳と奈緒子に適当に言い訳をして、その場から離れた。物陰に隠れた場所で、さくらは内緒話をするように、小声で言った。
「私の魔法を使えば・・・例えば翔(フライ)のカードで飛んで、近くの島に行ければ、助けを呼んでもらう事も出来るよね!」
名案を思い付いた!と、さくらは意気揚々と言った。
嵐の中でも流されずに身に着けていた、カード達の入ったバッグがその手にある。「どう?どうかな?」と落ち着きなく返事を待つさくらに、小狼は溜息をついた。
「ダメだ。危険すぎる。一人でなんて行かせられない」
小狼の答えに、知世もホッと胸を撫でおろす。へにゃり、と悲しそうな顔をするさくらに、知世は言った。
「そうですわ。もしも不測の事態があった時、この海では誰も助けにいけません。さっきみたいな事になるのは、私も李くんも嫌なんです」
知世の言葉に、さくらはハッとする。小狼だけでなく、みんなにも物凄く心配をかけていたことを、今更ながらに実感した。
でも。だからこそ、役に立ちたいという気持ちがあった。
すると。小狼が、さくらへと続けざまに言った。
「仮にこの島から出て、他の島の住民を見つけたとしよう。この無人島の場所をどうやって伝える?目印も何もないんだ。島が見えなくなるくらい遠くに飛んだら、迷子になるのは目に見えてる。まず、ここに帰ってこられない」
「・・・!!そ、そんな事は」
―――あるかもしれない。小狼の言葉に、途端に自信がなくなる。しゅん、と凹むさくらに、小狼は苦笑した。
「それと、もう一つ無理な理由があるんだ。・・・さくら。なんでもいいから、魔法を発動させてみてくれ」
「え・・・!?い、今?」
「ああ。大丈夫だ」
物陰に隠れているとはいえ、すぐそこには利佳と奈緒子がいて、他の人達も戻ってくる可能性がある。そんな状況で魔法を使っていいのかと、さくらは迷った。しかし、小狼は心配ないという顔で頷く。
「う、うん。わかった。じゃあ・・・『星の力を秘めし鍵よ!真の姿を我の前に示せ。契約のもと、さくらが命じる!封印解除(レリーズ)』!」
通常よりもいくらか声の音量を落として、封印解除の呪文を唱える。―――しかし。すぐに違和感に気付いた。
「あ、あれ?魔法が発動しない・・・」
いくらやっても、封印の鍵は杖に変化しなかった。困惑するさくらに、小狼は安心させるように笑って、話を続けた。
「俺も、さっき試して驚いたんだ。この島では、魔法が使えないらしい。おそらく、何か強力な磁場・・・魔力を妨害するような力が働いているせいだ」
「えぇっ!?そ、そんなことがあるの・・・!?」
「ああ。探ってみたが、人為的なものは感じられない。だから多分、自然に発生しているものだ。ただ・・・無理に使おうとすると、反作用して自身に返ってくる恐れがある。念の為に、ここにいる間は魔法を使わないこと。いいな」
小狼は真剣な顔で、さくらに言い聞かせる。
さくらはというと、意気込んでた分、落ち込んだ。まさか、魔法が使えないなんて。予想外の事態に、途端に不安になる。
それを感じ取ったのか、小狼はさくらの頭をぽんぽんと撫でて言った。
「大丈夫。みんな、一緒だ」
「小狼くん・・・」
「そうですわ。さくらちゃん。先程も利佳ちゃんが言ってました。一人も欠けずに、一緒にいられることが、不幸中の幸いでしたわ。だから、みんなで待ちましょう」
「知世ちゃん。・・・うん。そうだね!」
二人に励まされて、さくらは笑顔になった。
その時。西の大声が、あたりに響いた。
「おーい!みんな、ちょっと集まってくれー!!」
呼びかけに、全員が砂浜へと集まる。そこには、西と賀村が運んできたと思われる、木材や板があった。二人は汗だくになった額を拭って、言った。
「船が倒壊しない程度に、いくつか集めてきたんだ。この際、使えるものは全部使おうと思う。いいかな、大道寺さん」
「はい!もちろんです」
「船の中に、サバイバルキットと防災キットが乗ってた。このあたりは、かなり使えると思う」
賀村は、二つのリュックを砂浜に下ろした。小狼はそれらをじっと見て考えると、「よし」と頷いた。
「とりあえず、休憩所の確保と食糧だ。女子達は、みんなが休めるような場所を作ってほしい」
「それなら、さっき森の中にちょうどいい場所を見つけたよ。岩場になっていて、木もあまり生えてないスペースがあったんだ。そこに、僕たちの家を作ろう。この材木と船の帆を使えば、簡易的なテントが作れそうだ」
「よし。じゃあ、山崎は女子達と一緒にそっちを頼む。俺と西と賀村は、海で食糧調達。日が暮れる前に、出来る事をしよう」
小狼の決定に、全員が文句なく頷いた。浮足立っていた先程の空気から、少し変わった。ここにいる全員で協力して、この危機を乗り越えなければならないという状況。結束が固まり、やる気が漲る。
西は拳を高く振り上げ、大きく叫んだ。
「よぉっし!やるぞー!!」
「「「 お―――!!! 」」」








「山崎くんと千春ちゃんが見つけた場所って、ここね。確かに、すごくいい場所だわ」
「ほんとだ。この場所だけ木が生えてなくて、岩があるんだね。あ、この岩ちょうどいいソファになりそうだよ!ちょっと固いけど」
「周りにある木がちょうど目隠しになりますし、日当たりも強すぎず弱すぎず・・・絶好の場所ですわね」
絶賛されて、山崎と千春は顔を合わせ嬉しそうに笑う。
『仮家』作製班は、森の中で見つけた場所に腰を下ろし、早速作業を開始した。壊れた船の木材を骨にして組み立て、船の帆布を切って縫い合わせ、テントを作る。さくらが『ソファになる』と言った大きくて平らな岩を中心に、周りを作っていく。
薄板を地面に引いて、防災セットの中にあった毛布を縫い合わせて広げた。
「おー!それっぽく出来たよー!私達、すごい!」
「小狼くん達にも、早く見せたいね!」
女子達は完成したテント小屋の中に入って、無邪気に喜んだ。少し窮屈だけれど、なんとか全員が眠れるスペースは確保した。男女入り混じっての雑魚寝は初めてだけれど、この際贅沢は言っていられない。
「もうひとつ、小さなテント作った方がいいよね。山崎くん」
「え?なんで?」
「だって、ほら、女子には色々あるでしょ。着替えとか・・・」
「千春ちゃん。この非常事態だよ?それに、サバイバルって過酷なんだ。僕たちは野生に還って、男女の垣根を越えて、一人の人間として・・・」
「山崎くん・・・?」
「あははっ。冗談だよ千春ちゃん!ちゃんと作るって」
千春と山崎の、いつもの夫婦漫才にその場が和んだ。笑った拍子に、「ぐう」とお腹が鳴る。さくらは恥ずかしそうに笑って、空腹を宥めるようにお腹をさすった。
(小狼くん達、頑張ってるかな。お魚、いっぱい釣れたかな・・・?)








「よっしゃ、来た!来たぁ―――!?」
西の竿がグン、と大きくしなる。立ち上がり、興奮したように声を上げた。
隣に置いてあるバケツには、魚が一匹泳いでいた。ここで一時間程座っているけれど、なかなか食いつかず、久しぶりのヒットだった。
リールを回し、押して引いてを繰り返しながら、だんだんと水面近くまで上げていく。手ごたえは、十分にあった。
「よっしゃあ―――!二匹目!!」
水飛沫を上げて、魚が海面から飛び出した。西は喜び、周りに見せびらかそうと釣った魚を手に振り返る。しかし、そこには誰もいなかった。
「くっそぉ。あいつらまだ帰ってきてないのか!?さては、全然捕れてねぇとか・・・!?あり得る!!やばい、俺が頑張らねぇと!」
やけに大きい独り言を言いながら、吊り上げた魚をバケツの中に放す。そうして、新しい餌を釣り針に付けて、海へと投下した。
その時。話し声と共に、足音が近づいてきた。やっと帰ってきたと、振り向いた西の目に。信じられない光景が映った。
「おつかれ。西、そっちはどうだ?」
そう聞いてきた小狼の手には、バケツから溢れ出そうな魚達。ぴちぴちと跳ねて、一匹が地面に落ちる。それを拾った賀村のバケツには、これまた山ほどの貝類があった。
二人は西のバケツを覗き込み、無言で溜息をつく。わかりやすい落胆ぶりを見て、西は悔しさと怒りで叫んだ。
「お前らの方がおかしいだろ!?一時間で二匹だったら上出来だっての!!特に李!!お前『それ』で、どうやってそんなに捕まえられるんだよ!!」
西が指さしたのは、小狼の手にある銛(もり)だった。壊れた船の廃材をサバイバルナイフで削り、先を鋭く尖らせて簡易的な『銛』を作った。それを持って海に入り、一匹ずつ標的を仕留めていくという原始的な方法で、バケツを魚でいっぱいにしたと言う。
二人ともが素潜りで食材を捕ってきたという事実に、『楽そうだから』という理由で釣竿を選んだ西は、納得いかない、と顔を顰めた。
「コツを掴めば案外いけるぞ。代わるか?」
「誰がっ!見てろよ、すっげぇの吊り上げてやる!!」
西の闘争心に火がついた。潔く場所を変える事を選び、釣竿とバケツを持って移動する。小狼と賀村は苦笑して、その後ろに続いた。
そして、一時間後。巨大な魚を見事に釣り上げた西は、得意顔で女子達に披露するのだった。


太陽が、海の向こうに沈んで。もうすぐ、夜がやってくる。





 

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2017.9.5 了

 

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