「うまいっ!!」
「んー。魚もすごく美味しい。貝も、ぷりぷりしてる~!」
夕方になって、日が落ちた頃。テントの傍で、バーベキューが始まった。
火をくべて、その上で捕ってきた魚や貝を焼く。シンプルな料理だったが、全員が揃って舌鼓を打つほどに美味しかった。
さくらも魚のお腹にかぶりついて、満面の笑みになる。隣に座った小狼が、「付いてるぞ」と笑って、さくらの口元についた魚を手で取って、食べさせる。さくらは恥ずかしそうに笑って、「ありがとう」と言った。
こんな状況でも変わらずのバカップルっぷりに、周りにいた面々は微笑ましいやら居たたまれないやらで、無言で魚に齧り付く。
「すごいね。こんなにいっぱい捕れたんだ。三人が頑張ってくれたおかげだよ」
「そっちも。頑張ったな。こんなに立派なテントが出来るなんてすごい。びっくりした」
「えへへ。みんなで頑張ったんだよ」
褒められて嬉しいのか、さくらは可愛らしく笑った。
うっかり、いつもの癖で。さくらの細い肩を抱き寄せようとして、小狼はハッとする。大人数でいる時は、『そういうモード』ならないように気を張っているのだけれど。キャンプの炎の光と、この非日常の空間が、調子を狂わせているのかもしれない。
「いろいろあったけど、みんなでバーベキュー出来てよかったね」
「・・・そうだな」
小狼の複雑な想いなど気づく様子もなく、さくらは素直にそう口にする。
お腹もいっぱいになって、あたりがすっかり暗くなった頃。すっ、と。奈緒子がその場に立ち上がった。眼鏡をキラリと光らせ、いつもよりゆっくりな話し方で言った。
「いい感じの時間になってきたしぃ・・・。やっちゃう?夏の怪談!百物語ごっこ!!」
「かいだん・・・?ひゃく・・・?」
「要は、怖い話・・・ですわね」
苦笑した知世の言葉に、さくらは顔面蒼白になる。暗闇の中で眼鏡を光らせ、妙に生き生きとしている奈緒子は、物凄く見覚えがある。さくらを除いた他の面々は、わくわくとした様子で奈緒子の話に耳を傾ける。
さくらは隣にいる小狼の方を向き、涙目でふるふると首を振った。それを見て、小狼は溜息をつく。
「じゃあ、まずは私からね!これは本当にあった話なんだけど・・・」
「ほえぇぇぇ!!!」
「・・・ちょっと待った。柳沢、ストップ」
咄嗟に、小狼の両手がさくらの耳を塞ぐ。さくらはというと、雰囲気だけで怖くなってしまったのか、涙目をぎゅっと瞑って小さく震えていた。
「あ、そっか。さくらちゃん怖い話だめだったよね。ごめんごめん」
―――なんとなく、分かっていてやっているような気がしなくもない、と。小狼は思ったが、あえて口には出さなかった。さくらの手を取って、立ち上がらせる。
「俺とさくらは、適当にその辺散歩してる。怪談は、好きな奴だけでやってくれるか?」
「みんな、ごめんね」
「ううん。その方がいいね。気にしないでさくらちゃん。李くんとごゆっくりー」
小狼とさくらは手を繋いで、砂浜の方へと歩いていった。それを見送ったあと、奈緒子は満足そうに笑う。
「奈緒子ちゃん・・・もしかして、わざとですか?」
「あはは。ばれた?李くん、今回一番頑張ってくれてるからさ。さくらちゃんと二人きりになりたいかなーって。・・・あと、怖い話するって聞いた時のさくらちゃんの反応が面白くて、つい」
奈緒子は茶目っ気たっぷりに、舌を出す。知世は笑って頷き、千春や利佳も賛同した。
一方、女の子同士の内緒話が、西は気になって仕方なかった。身を乗り出して話に加わろうとしたのを、賀村に止められる。
抗議する西を無視して、賀村は二人が消えていった方を見つめていた。


 

 

 

 

 

さよなら、夏の日 【後編】

 

 

 

 

 

 

海辺を散歩しながら、二人は夜空を見上げた。さくらは瞳の中に沢山の星を映して、嬉しそうに笑う。それを見て、隣を歩く小狼も同じように星空を見上げた。
「星、すごいね。こんなにたくさんの星を見たの、初めてかも・・・」
「遮るものが何もないし、空気が綺麗だからな。・・・あ、流れた」
「えっ!?どこ!?」
小狼の視線の先を見るも、既に流れてしまった後だった。さくらは小狼の腕に抱き着くようにして、「残念」と呟く。
水着にパーカーという軽装に、今になってお互いドキドキする。小狼は夜闇の中でもはっきりと見える、さくらの表情や体の線に鼓動を鳴らしながら、空を見上げる。さくらを喜ばせたくて、また星が流れないかと願った。
「あ」
「今!流れ星・・・」
一瞬であったが、遠くの夜空で星が流れた。
小狼がさくらの方を見ると、ぎゅっと目を瞑って手を合わせていた。とっくに星は流れ終わってしまったのに、熱心に願い事を繰り返す。小狼は、小さく笑った。
さくらは目を開けて、小狼の顔を覗き込むようにして聞く。
「小狼くんも、した?願い事」
「・・・ああ。さくらは?」
「うん!したよ。・・・小狼くんとこうやって、ずっと一緒にいられますようにって。・・・えへへ」
照れたように笑って、さくらはそう言った。
小狼はそれを見て甘やかに笑うと、足を止める。改めて見つめあうと、さくらの頬に赤みがさした。その頬に手をやって、体を傾ける。さくらはゆっくりと瞼を閉じて、落ちてくる唇の感触を待った。
ちゅ、と。一瞬、やわらかく触れて。離れる。二人は照れくさそうに笑って、もう一度、とキスをした。
「願い事・・・。早く帰れますように、じゃないんだな」
「ほぇ・・・?あ、そっか。頭から全然抜けてた・・・」
「さくららしいな」
吐息が触れる距離で、くすくすと笑いながら会話して、また合間に口づける。
触れるだけのキスから、深く合わさっていく。さくらの細い腰を力強く抱く、小狼の腕。思考がとろとろに溶けていく。足元が崩れ落ちないように、隙間なく抱き合う。
「小狼くん・・・好き、大好き・・・」
「俺も・・・さくらが、大好きだ」
満天の星空の下で、何度もキスをした。
涙で潤んださくらの瞳の中に、幾多の星が流れる。小狼はまるで夢のようだと、その夜のさくらに見惚れた。
さくらは、どこまでも続く星空の中で、自分達だけが取り残されたような気分になった。不安と幸せを、同じくらいに感じる。今のこの時が、ずっと続けばいいのに。心の中でそう思いながら、唇を重ねた。
―――ジャリ
「・・・・・」
「・・・小狼くん?どうかした?」
「いや。・・・そろそろ戻るか。怖い話も終わっただろ」
「え・・・!そ、そうかなぁ。終わってなかったら、もう一回お散歩しようね?」
まだ離れがたい、という気持ちと。純粋に怖い話に加わりたくないという気持ちが、ありありと顔に出ていた。小狼は苦笑して、さくらの髪を撫でる。
二人は手を繋いで、元来た道を歩き出した。








テントに戻ると、怖い話はもう終わっていて、歌ったり踊ったりの楽しい雰囲気になっていた。さくらはホッとして、みんなの輪の中に戻る。
音楽を聴く機器も何もないけれど、その代わりに歌と手拍子で盛り上げる。焚き木を囲んでのキャンプファイヤーに、上機嫌で手を叩いた。
小狼はそっとさくらから離れると、山崎の近くへと行った。
「賀村は?」
「あれ?さっきまでいたと思ったんだけど・・・。あ、戻ってきたよ!」
小狼達が来たのと同じ方から、賀村が戻ってきた。
なんとも気まずい顔で小狼の方を見ると、「悪い」と突然に謝った。不思議そうにする山崎の横で、小狼が溜息をついた。怒っている感じは見受けられず、こちらもなんだか気まずい雰囲気だった。
山崎はなんとなく察しがついたのか、「千春ちゃんのところに行こうかな」とわざとらしく独り言を言って、二人の元から離れた。
しばしの無言のあと、賀村が口を開く。
「わざと、じゃないんだ。俺も気晴らしに海の方に出たら・・・、その、悪い」
「いや・・・。俺の方こそ、悪かった」
歯切れの悪い謝罪に、小狼も居た堪れなさを感じる。『誰かに見られてもおかしくない状況』で、あんな事をするのは迂闊だった。
しかも。一番見られたくない、本人も一番見たくないだろう相手に―――。
「・・・なあ」
「・・・なんだ?」
「いつから、見てた?俺が気づいた時、僅かに足音がした。あの時、一瞬だけか?」
「・・・・・」
「・・・違うのか」
「出ていくタイミングとか、逃げるタイミングとか、色々逃して・・・。いや、これは言い訳だ。正直に言ってもいいか」
「事と次第による」
「じゃあ言わない」
「気になるだろ。そこまで言ったんなら、言え」
「どっちだよ!・・・待て。李、お前、目が据わってるぞ。落ち着け」
―――キスしてる時の顔が、物凄く可愛かったから。目が離せなくて、つい見入ってしまった。
賀村の答えは、痛いくらいに小狼に伝わっていた。全部、自業自得なのだから仕方ない。小狼は、己の迂闊さを悔やんだ。
「李くんと賀村くん、なんか揉めてる・・・?喧嘩じゃないよね?」
「えっ!?」
「あー。違うと思うよ~。大丈夫。気にしない気にしない!」
心配するさくら達に、山崎は笑ってそう言った。そういえば、と。わざとらしく話題を変える。
「そういえば、西くんはどこに行ったんだろうね?」
「あれ?本当だ。さっきまで、歌に合わせて踊ってたのにね」
「テンション上がりすぎて海で泳いでなければいいけど」


―――ばしゃばしゃばしゃっ
水しぶきを上げて、勢いよく水面から顔を上げる。満天の星空の下で―――西は一人海を泳ぎ回り、叫んだ。
「サバイバル、サイコ―――!!!」









二日目は、海藻や廃材を使って、砂浜に大きく文字を書いた。風で飛ばされないようにしながら、大きく「ヘルプ」の文字を作る。ヘリコプターがこの近くを飛んだ時に、すぐに気づけるように。
「昨日の晩に異変に気付いたとして、多分今日には捜索が開始されるだろう。夜までに発見されればいいんだが、別荘がある島からここまで、どれくらい離れているのか見当がつかないからな・・・」
「海ってあっという間に流されちゃうからね。まぁ、食料は十分確保できそうだし、当分はサバイバル生活でも大丈夫なんじゃない?」
「・・・気持ちの問題だ」
小狼は眉根をきつく寄せて、ぽつりと呟いた。
昼夜一緒にいて、寝食を共にする。その非日常が、男女の距離を一気に近づける事もある。嵐の海のように、あっという間に流されて、変な方向へと進むこともあり得る。
小狼は重く溜息をついた。昨日から、しなくてもいい心配を勝手にしている。そのせいで妙にピリピリしてしまい、さくらにも余計な心配をさせている。みんなで文字を作っている今の状況も、微妙な距離が開いていた。
小狼は溜息をつくと、気を取り直すように頬を叩いた。そうして、さくらへと話しかけた。
「少し、一緒に散歩するか?」
「・・・!うん!行くっ」
さくらは嬉しそうに笑って、こくこくと頷いた。その笑顔を見ていると、心にあったモヤモヤした不安がどうでもよくなった。二人は連れ立って歩き出し、森の中へと入った。
---しかし。
「「 ・・・っ 」」
「あ!賀村くんだ!こんなところで、何してるの?」
小狼と賀村は、同時に息をのむ。さくらはそんな二人の微妙な空気には気づかず、無邪気に駆け寄る。
なぜ。離れようと思った矢先、こうして会ってしまうのか。小狼は頭を抱え、賀村もふい、と視線を逸らす。昨日の今日で、お互いにまだ気まずい。
さくらは、賀村の手元を覗き込む。近くなった距離に、賀村は思わず肩を震わせた。
「これ、果物?わぁ、見た事ない果物がたくさん。食べられるの?」
「・・・それを、今から調べようとしてたんだ。サバイバルキットの中に、そういう本があったから。木之本さんも・・・こういうの、好き?」
「うんっ!大好き!」
不意打ちの『大好き』に、賀村の顔が真っ赤に染まる。揺れる木漏れ日の下だったから、さくらは気づかなかった。
黙り込む賀村に、首を傾げるさくら。次の瞬間、後ろから強く引き寄せられる。
「・・・果物、が、大好きなんだ。わかってると思うが、間違えるなよ」
「わかってる。うるさい」
自分を挟んで、バチバチと火花を散らす二人に、さくらはますます困惑した表情になる。昨日二人が揉めてたような空気もあっただけに、心配そうに眉を下げた。
それに気づいて、小狼と賀村は慌てて笑顔を作る。
「俺達も一緒に探していいか?賀村。な、さくら。お前も、探検したいって言ってたもんな」
「ほぇ?う、うん。賀村くんがよければ・・・」
「俺なら全然構わない。むしろ助かる」
「そう?」
いつも通りに笑いかけてくれる二人に、さくらは明らかにホッとした顔をした。それを見た小狼も賀村も、こっそりと息を吐く。
渡された軍手をはめて、じりじりと太陽が照り付ける森を歩いた。風が吹き抜けない為か、海の方よりも暑い。さくらは浮かんだ汗を拭って、ふと上を見た。
「あ。あそこになってる実・・・少し小さいけど、林檎みたい」
後ろを振り向くと、小狼と賀村は立ち止まり、何かを話していた。多分、真面目な話をしているのだろう。
声をかけるのを躊躇ったさくらは、なっている実へと背伸びをして、めいっぱいに手を伸ばした。しかし、届かない。今度は思い切りジャンプした。指先は触れるけれど、微妙に届かない。軍手の先が滑るせいで、あと少しなのに取れない。
(あと、もう少しなのに・・・)
さくらはムッと眉根を寄せると、右手の軍手を外した。頭上の赤い実へと狙いをつけて、思い切り飛び上がろうとした---その時。
「・・・ダメだ!!」
血相を変えてさくらを止めたのは、賀村だった。赤い実に触れそうになったさくらの手を強く掴んで、怒りを見せた。
「この実には強い毒がある!触れるだけで、肌がかぶれて腫れるんだぞ!?どうして、軍手を外したんだ!」
「ご、ごめんなさい・・・!」
初めて直面する賀村の怒りに、さくらは動揺した。
掴んだ細い腕が、微かに震えている事に気付いて、賀村はハッとした。すぐに放し、顔を背ける。
「俺も、ごめん。ちゃんと見ていなかった。自然のもので、鮮やかな色のものは注意した方がいい。絶対に、素手で触れてはダメだ」
「はい・・・ごめんなさい」
しおらしく謝るさくらに、賀村は辛そうな顔で眉根を顰める。
ぽん、と。
さくらの頭を、小狼が撫でた。苦笑して、賀村へと言った。
「悪かったな、賀村。邪魔になるだろうから、俺達は先に戻るよ」
「・・・ああ。その方がいい」
落ち込むさくらの背を小狼が押して、二人は森を出て行った。
一人になった賀村は、溜息をついてその場に座り込んだ。自己嫌悪と、罪悪感。―――瞼の裏で、泣きそうに瞳を揺らすさくらの顔が、ずっと消えなかった。








結局。その日は、ヘリコプターも船も通らず、またも島で一夜を過ごすことになった。
一日目と同じように釣ってきた魚を焼いて、サバイバルキットの中に入っていた缶詰をいくつか開けて、みんなで分けた。初日の時の浮かれた空気はなくなって、みんなどこか不安そうだった。
それを吹き飛ばすように、みんな少しだけ大袈裟に騒いだ。誰も、不安や不満を口にせずに、早めの就寝になった。
みんなが、テントの中で寝静まった頃。
一人、音を立てないようにと起き上がって、こっそりとテントを出て行った者がいた。トイレかとも思ったが、時間が経っても戻ってくる様子はない。
それに気づいたのは、傍で眠っていた小狼と―――、賀村だった。二人は同時に目を開けて、お互いに気付いている事にも気付いた。しかし、どちらも動かなかった。
「・・・行かないのか。木之本さん一人じゃ、心配だ」
口を開いたのは、賀村だった。かろうじて聞こえるくらいの小さな声で、小狼へと言う。
「わかってる。でも、俺が行ってもダメだ。・・・お前も、だろ。賀村。今のうち、ちゃんと話したらどうだ」
小狼の思いがけない言葉に、賀村は目を瞠った。
「いいのか。俺と木之本さんが二人で話しても?いいのか?本当に」
「うるさい。何度も言うな。・・・今回は、仕方ないだろ」
溜息交じりに言った小狼は、本当に動く気はなさそうだった。賀村は、さくらが一人出て行った方を見て、心を決める。静かに起き上がると、寝ているみんなの間を縫って、テントを出た。
「・・・いってぇ!」
「あ。悪い、西」
途中で西を一度踏んだらしいが、それ以外の面々は起きることなく、テント内は静かになった。
しかし。誰かが動いた気配に気づいて、西がぼんやりと目を開ける。
「ぁんだ・・・?お前も、トイレか・・・?」
「しっ」とジェスチャーすると、眠気に負けたのか、西は再び目を閉じて寝息を立てはじめた。






テントを出ると、空を覆いつくすような星と、遠くに三日月が見えた。海の音がする方へと歩いていくと、森を抜けて一気に視界が開ける。そこに、探し人はいた。
「あれ・・・?賀村くん?どうしたの?」
「木之本さんこそ。戻ってこないから、心配した。・・・李が、心配してた」
「そっか。ごめんね」
さくらは流木に腰かけて、しばらく海を見ていた。海に浮かぶ月の影が、ゆらゆらと綺麗で。時間も忘れて、ずっと見ていた。
話しているうちに、さくらはまた落ち込んだ顔になる。それを見て、賀村の胸が痛んだ。
ぐっと奥歯を噛んで、勢いよく頭を下げた。
「ごめん・・・!!」
「え?な、なんで賀村くんが謝るの?悪いのは私で・・・!私こそ、ごめんなさい!」
同じように、さくらも頭を下げた。二人して、ぺこぺこと頭を下げる。必死に謝るさくらの姿を見て、賀村の顔に笑みが浮かぶ。
ゆるやかに、だけど確実に。鼓動が、大きくなる。
顔を上げたさくらは、赤くなった頬を隠すように、両手で覆った。なぜか物凄く動揺していて、見ていて心配になる程だった。
賀村は戸惑いながらも、距離を詰めそうになる足を押し止める。無意識に伸ばしそうになった手を、もう片方の手でグッと掴んだ。
さくらは、言うか言うまいか迷ったあと、ぽつぽつと話し出した。
「私、不純なの。それも、本当に申し訳なくて。賀村くんは純粋に心配してくれたのに・・・」
「え?何・・・?」
「うぅ・・・。ごめんなさい。軽蔑、しないでね。・・・ドキドキ、しちゃったの。怒る賀村くんが、なんだか、しゃ、小狼くんみたいで・・・私の事、すごく心配してくれるってわかって。怒られているのに、嬉しくなっちゃったの・・・!ごめんなさい!」
「―――!!」
衝撃に、賀村は倒れそうになった。
―――なんて、凶悪。残酷で、こちらの心臓を容赦なく刺してくる。小悪魔なんてもんじゃない。ドキドキした、と言う。嬉しかったと、告白する。赤い顔で、小動物のように震えて、その唇でとどめをさす。
賀村は口元を抑えて、俯く。顔に熱が集まって、どうしようもなく動悸が増した。
「・・・俺も頭がおかしくなったみたいだ」
「ほぇ?」
「嬉しいんだ。・・・李に似てたって理由だとしても。木之本さんが、俺に・・・」
それ以上は言葉が出なかった。
―――少しでも。自分の言動が、行動が。彼女の心を震わせたという事実が、こんなにも嬉しい。
今、目の前にいる。手を伸ばせば届く場所で、自分だけを見つめてくれる。たまらない気持ちになった。
「賀村くん?どうしたの?」
さくらが、不安そうに尋ねる。賀村は顔を上げると、真っ直ぐにその瞳を見つめた。
もしかしたら、初めてだったのかもしれない。こんなにも近くで、こんなに長く、お互いの事だけを見ている。
賀村は一歩、さくらへと近づいた。
「木之本さん」
「・・・は、はいっ」
賀村の真剣な表情と改まった声音に、さくらは少しだけ緊張する。いつもと、何か違う。漠然とした気持ちを抱きながらも、動けずにいた。近づく距離に、鼓動が鳴った。
「俺、は・・・、・・・」
「賀村くん・・・?」
その『一言』が、うるさい心臓の音と一緒に頭の中でひしめき合っている。もう、とどめておくのは無理だった。必死に蓋をした想いが、溢れ出す。
「俺は、木之本さんが―――」
その時。
目の前で、暗闇に攫われた。
吸い込まれそうな星空の下で、伸ばされた手。さくらを閉じ込めて、再び賀村から遠ざけた。
「・・・小狼くん?あれ、どうして・・・?」
突然に後ろから抱きしめられて、さくらは驚いて振り返った。現れた小狼はさくらへと笑いかけると、目の前にいる賀村を無言で見つめた。
賀村は、見ていた。小狼に抱きしめられた瞬間、さくらの表情が変わった事。
他の誰にも見せない。他の誰も、見られない。ただ一人にだけ向けられる、甘やかな笑顔を。
「悪いな、賀村。そこまでは許してない」
小狼の言葉に、賀村は苦笑した。
はぁ、と大きく溜息をついて、冗談まじりに言う。
「・・・ああ。わかってた筈なんだけどな。あれだな、お前の彼女が可愛すぎるのが悪い気がしてきた。ちゃんと捕まえておけよ、李。・・・俺も、自信がなくなりそうだ」
「―――!」
小狼の動揺が、さくらにも伝わる。困惑と、怒り。ただならぬ雰囲気に、さくらは不安そうな顔で、自分を囲む二人の顔を見た。
しかし。一瞬、張り詰めていた気がゆるんで。小狼と賀村は、同時に笑った。
「え?え・・・?な、なに?どうして笑ってるの?わかんないよぉ!小狼くん、賀村くんっ」
「ん。さくらはわからなくていい」
「そうそう。これは、男同士の話だから」
除け者にされているようで、さくらは面白くない。わかりやすく拗ねてみせるも、小狼と賀村は笑うだけで、取り合ってくれない。だけど二人が笑っているのを見たら、さくらも自然と笑顔になった。
安心したら、急激に眠くなってくる。欠伸をしたさくらの頭を撫でて、小狼はテントに戻ろうと言った。
(あれ・・・?地面、ふわふわして・・・、浮かんでるみたい。小狼くんの匂い、嬉しい・・・)
「さくら。テント、着いたぞ」
「・・・おいおい。西のせいで寝るところが殆どないぞ。どういう寝相してるんだ」
もう半分眠りの淵に立っているさくらを、小狼が支えながらテントに入る。みんな気持ちよさそうに眠っているから、起こさないように気を付けて進んだ。
端の方の空いているスペースに辿り着くと、さくらは「もう無理」と言って横になった。
かろうじて残ったスペースの、ちょうど真ん中。小狼は慌てて、さくらの肩を揺さぶる。
「さくら、ちょっと待て。お前がその位置に寝ると、俺と賀村が・・・」
「んー・・・小狼くん、ぎゅー・・・」
「って、そうじゃなくて・・・!」
移動させようとした小狼に、さくらが抱き着く。態勢が態勢なだけに身動きが取れず、小狼はそのままさくらの隣に横たわった。なんとも気まずい。
賀村は、ぴったりとくっついて眠る二人を見下ろして、数秒考えたあと、さくらの左隣りに腰を下ろした。そうして、小狼と同じように大きな体を丸めて、さくらの隣に体を寝かせる。
「・・・おいっ、賀村。そこで眠る気か?」
「仕方ないだろ。他に空きがない」
「だからって・・・っ」
眠るさくらを挟んで、小狼と賀村が小声で言い合う。さくらは小狼に抱き着いているから、賀村には背を向けている格好になる。しかし、その距離は非常に近い。
余裕なく憤る小狼を見て、賀村は笑った。
「木之本さんの事になると、本当に余裕がなくなるな。李」
「・・・お前もだろ。いいか、触るなよ。嗅ぐのもダメだ。あと、あんまり見るな。減る」
「余裕なさすぎだろ」
「うるさい」
おかしな三角関係の、おかしな夜。
奇しくも川の字で眠る事になった三人の、その真ん中で。さくらは、気持ちよさそうに寝息を立てて眠る。
『さくら』
『さくらちゃん』
『木之本さん』
夢の中でも、隣には小狼がいた。知世や、他の友達もみんな一緒。
青空の下で、魚を捕って服を作って、この島でずっと暮らしていく夢。楽しくて、幸せだった。
「・・・ん・・・、みんな、一緒・・・ね」







 



激しいエンジン音の中、窓から島を見下ろした女性―――大道寺園美は、涙を浮かべて叫んだ。
「あの島・・・!!そう!あの砂浜に字が・・・、人がいるわ!!あの子達よ!!」
大道寺の名前が入ったヘリコプターが、島の上空を旋回して降りてきた。
三日目の早朝、遭難していた9人の子供たちは全員無事に救出された。
ヘリコプターに乗って、現実へと帰る。少しだけ寂しさを感じながら、さくらは窓の外を見ていた。
その隣で、ふぁ、と小狼が欠伸する。珍しい、という顔で見つめると、小狼は眉を顰めて言った。
「眠れなかったからな。・・・誰かさんのおかげで」
さくらの額に軽くデコピンをして、小狼はもう一度欠伸をする。さくらは、昨夜そんなに迷惑をかけたのかと考えるが、途中からどうにも記憶がない。
「賀村くん、よく寝てるねー」
「昨日、眠れなかったんだってさ」
会話が聞こえてきた方を見ると、壁にもたれかかって無防備に眠る賀村がいた。
不思議そうに首を傾げるさくらの肩に、とん、と重みがかかる。驚いて見ると、小狼は腕を組んで、眠る態勢になっていた。『着いたら起こして』と言って、意識を手放す。数秒後には、寝息が聞こえてきた。
「李くんと賀村くん、頑張ってくれましたから。きっと、私達より疲れたんですね」
「・・・そうだよね。起きたら、いっぱい感謝しなきゃ」
「はい。李くんも賀村くんも、喜びますわ」
夢みたいな現実。たった三日の出来事だった。けれど、忘れられない夏の日になった。
空と海の青、砂浜の上の文字。みんなで食べた魚の味、夜の静けさ。満天の星空。見つめる瞳の色、抱きしめられた腕の熱さ。
二度とは来ない、夏の鼓動。
(さよなら。・・・忘れないよ)





 

END


 

 

 

賀村くんのファンさんからのリクエスト「みんなで無人島とかにたどり着いて何日間か生活するような楽しいお話。わいわいと楽しんでいる話を希望します」ということでー!賀村のファンと名乗ってくれているのも嬉しかったので、結構活躍させてみました~!

久しぶりに書いた三角関係♪無人島という場所で綺麗な星の下で、理性ぐらぐらになっちゃう男の子達(笑)自分で書いておいてなんですが、さくらちゃんが天然小悪魔ですね・・・(^_^;)

なんちゃってサバイバルではありましたが、楽しんでもらえたら幸いです!

 

 

 


2017.9.7 了

 

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