「小狼くん、ごめんね。もう、傍にはいられないの・・・」
悲しそうな笑顔が、遠ざかる。喉が、酷い渇きを訴えた。
このままでいたら、きっと息絶えて死ぬだろう。血も、心も。ひとつでも欠ければ、意味がない。あの蜜の味を知った時から。首筋に牙を立て、あの血を啜ったあの時から、体は変化した。
吸血鬼の本能に、寝食されていく。
獣に、戻る。
―――かつん、かつん
近付いてくる足音に、耳が反応する。独りになってから、聴覚や視覚が前よりも過敏になった。震える手を、もう片方の手で抑える。寒くもないのに、歯が鳴る。ぐっ、と奥歯を噛みしめた。
―――美味しそうな、匂いがする―――
「・・・きゃあっ!!」
目の前に、見知らぬ女の顔があった。容姿は記憶に残らない。鼻をくすぐる、血の匂いだけが体を動かす。女の顔が恐怖の色に変わるのを見て、興奮を覚えた。容赦なく牙を立て、血を啜る。その味は、どれだけ甘美なのだろう。
―――我慢デキなイ。ホしい。喉ガ、渇いテ。シにそうだ。血ガ、ホシイ―――


『・・・―――は・・・のに!―――・・・』


その瞬間。
欲望や興奮が、急激に冷えていくのを感じた。吸血衝動が無理矢理に抑え込まれる感覚。小狼は、手で片目を隠し、女の視界から逃れるように走った。
独りになってから、この身は本能に動かされている。あの吸血鬼と同じように、心は壊れ血を求めるだけの獣に戻る。血が欲しい。この喉を潤せるのなら、誰でもいい。そうしなければ死んでしまう。喉の渇きに、気が狂って。孤独のままに死んでいく。
だけど。それさえも、許されない。
(・・・それを選んだのは、俺だ。あの時、取引をした)
―――『知っているよ。さくらちゃんがどこにいるか。・・・ただ、それを教えてあげる代わりに、条件があるんだ』

冷たい光を降らせる三日月の下で、小狼は目を閉じた。
瞼の裏で、泣いているさくらの顔を見つめる。今、ここにいなくても。こうやって目を閉じれば、すぐに思い出せる。その度に、思う。
―――会いたい。会いたい。触れたい。
(さくら・・・)

 

 

 

 

Golden Apple ~優しい獣~ 第八章【1】

 

 

 

 

 

「小狼くん。お腹すいてない?何か食べる?」
はっ、として。小狼は目を開けた。新幹線の車内販売が、脇を通り過ぎる。覗き込むさくらに、首を横に振った。
さくらは小さなチョコレートの包みを購入して、ひとつを小狼に渡した。「甘い」と言うと、「チョコレートだもん」と笑った。
高速に流れる窓の外の景色が、雪の白で染まり始める。京都まで、あと少しというところまで近づいてきていた。
さくらの唇の端についたチョコレートを、指で拭う。ついでに、やわらかな唇もふにふにと弄った。さくらはされるがままで、抵抗もなく、じっ、と小狼の顔を見つめた。
なんとなくムッとして、小狼は眉間に皺を寄せると、そのままさくらへとキスをした。
「―――!」
近くにいた乗客が驚いた表情で二人を凝視していたが、小狼は気にした様子もなく、至近距離でさくらを見つめる。
キスされると思っていなかったさくらは、口元を掌で覆って震えた。その頬が真っ赤に染まるのを見て、小狼の機嫌が少し上を向く。
「な、なんで・・・っ!もう、小狼くんのバカ!新幹線の中だよ!」
「お前がじっと見るからだろ」
「私のせいなの!?」
あんな顔で見つめられたら、と。言いかけて、小狼は口を噤んだ。
さくらへの気持ちを自覚し、一線を越えたのが昨夜の事。今まで引いていた境界を取っ払って、初めて、すべてを手に入れた。
あの時の気持ちを、なんて言えばいいのかわからない。そして、今も戸惑いを抱えていた。
「・・・なんでもない。着くまで、大人しくしてろ」
小狼はさくらから視線を逸らすと、溜息まじりにそう言った。
さくらはそれを見つめて、むぅ、と眉を顰める。
まるで、幼い子供を相手にしているような言い草だ。昨夜の優しい小狼が嘘のように、素っ気ない。
(苺鈴さんの事が、心配なのかな)
苺鈴が京都にいると知ってから、小狼の様子が変わった。いや、元に戻ったと言った方が正しいのかもしれない。
さくらは、沈みこみそうになる心を叱咤して、顔を上げる。油断すると、嫌な方向に考えがいってしまいそうになる。
だけど、昨夜は間違いなく幸せだったのだ。心だけじゃなく、体も。全部を小狼に愛された。大好きな人に血を吸ってもらえることで、心は満たされた。
あの牢の中の暗い記憶が、全部消えたわけじゃないけれど。それでも。
(小狼くんの傍にいられるなら、どんなことでも頑張れるよ)
その時、さくらは気づいた。
「あれ・・・その包帯、どうしたの?怪我したの?」
小狼の右腕に、包帯が巻かれていた。袖から少し覗いていたのを見つけて、さくらは心配そうな顔をする。新山のアジトに助けに来てくれた時、負ったものだろうか。
薄汚れた包帯に、そっと手を添えた。
「・・・・・」
小狼は自分の腕に触れる、さくらの手を見つめた。何も言わないかわりに、さくらの頬を撫でる。不思議そうにするさくらへと、小狼は小さく笑った。
不意打ちの笑顔に、さくらの頬が熱くなる。
影がかかって、淡い予感が胸を鳴らした。キスされる―――。さくらは抵抗せずに、ゆっくりと瞼を閉じる。
ちゅ、と音をたてて唇が重なって、一瞬で離れた。
「あと少しなんだから、大人しくしていろ。いいな」
「・・・はい」
誤魔化された―――。さくらは、熱くなる頬を抑えながら、俯いた。悔しいけれど、逆らえない。キスをする時も、唇が離れる時も。見つめる小狼の目が、雄弁に気持ちを伝える。
(小狼くん・・・私の事、本当に好きになってくれたんだ・・・)
心臓が、せわしなく動悸を刻む。それに倣って、体に流れる血が熱くなった。
京都駅まで、あと少し。
さくらは、窓の外を見ていた小狼のシャツの裾を、くい、と控えめに引っ張った。怪訝そうにこちらを向く小狼へと身を寄せて、耳元で囁く。
「お腹空いてない?欲しく、なってない・・・?」
「―――!」
大人しくしていろ。そう言われたばかりなのに。
呆れ半分だった小狼の頬が、仄かに赤く染まるのを見て、さくらの心臓はまたうるさくなった。
席を立った二人が、こっそりと一緒に個室に消えていったのを見た者は、誰もいなかった。










―――時間は、少し前に遡る。
さくらを見つけたのち、彼女を賀村と西の二人に任せて、苺鈴と雪兎は更に山奥へと進んだ。雪兎はアジトの場所を覚えているのだろう。迷いない足取りで、雪道を進む。時折、後方を心配そうに振り返った。
「大丈夫。ついてきてるから」
そう言う苺鈴の顔色は、良くない。本来であればこんな無茶が許される体ではないのだから、当然だ。彼女が何の為に新山和沙に会いにいくのか。雪兎には見当がつかなかった。それでも。その目に強い覚悟があることは見てとれたから、止めなかった。
やがて、森の奥に大きな岩のようなものを見つけた。雪に埋もれて、一瞬見ただけでは何かはわからない。しかしよく見ると、大きな岩が幾重にも重なっていて、その隙間からかろうじて人が通れるようになっていた。
雪兎が先に進み、それを苺鈴が追いかける。岩の間をすり抜けると、外の光が遮断された。トンネルのように暗く長い道を進むと、突き当たりに扉があった。試しにドアノブを回してみるも、鍵がかかっていて開かない。
その時。
雪兎は、後ろにいる気配がひとつ増えている事に気付き、振り向いた。
「お前ら、誰だ?ここがどこか分かっていて入って来たのか?」
「・・・!」
現れたのは、新山の配下の一人である竜胆だった。その腕には、力なく倒れこんだ苺鈴がいた。気を失わされたのか、それともここに来て力尽きたのか。
どう見ても不利な状況に、雪兎は表情を険しくする。ふぅ、と溜息をついて、落ち着いた声音で話しかけた。
「竜胆、久しぶりだね」
「あ・・・?」
「君や加羅といた時間は十年程だったから、僕の事は忘れてしまったかな」
雪兎の笑顔を、竜胆は訝しむように鋭い目つきで見つめた。そのうちに、思い出したように目を剥く。その反応を見て、雪兎は安堵の息を吐いた。
「和沙のところに案内してくれる?それと、彼女も僕の連れだ。手荒な真似は許さないよ」




竜胆に案内されて、アジトの中へと進んだ。太陽の光も届かない場所。音も無く静かで、空気が冷たい。寒さが、孤独感を増す。こんな場所にさくらは囚われていたのかと思うと、雪兎の心が小さく痛んだ。
大きな扉を開けると、正面に座っていた和沙が、笑顔で迎えた。
「やあ、雪兎。君が会いに来てくれるなんて思わなかった。百年ぶりかな。私もだけど、君も変わらないね」
「・・・ああ。君も、変わっていないようだ」
向かい合った二人は、対照的な表情をしていた。朗らかに笑う和沙と、無表情の雪兎。二人はそれ以上は距離を詰めず、ただ相手を見ていた。竜胆は気を失っている苺鈴を運び、和沙の前へと差し出した。
「しかも、私の為に贄まで持ってきてくれたのか」
「・・・違う。彼女は、同族だよ」
「ああ、本当だ。しかも、死の匂いがする。・・・不公平だね。同じ吸血鬼なのに。望まない命を長く生きる私達と、生きる事さえままならない彼女。より不幸なのは、どちらかな?」
和沙は苺鈴の長い黒髪を撫でると、切なそうに目を細めた。口元には笑みが浮かぶ。苺鈴の青い頬に触れて、それから首筋へと指を這わせた。
それを見つめ、雪兎は鋭い口調で言った。
「君は・・・和沙じゃない」
雪兎の言葉に、和沙は表情を変えなかった。静かに目を伏せると、ふる、と首を横に振る。沈黙の中で、二人はしばし動かなかった。
永く時が流れても、変わらない。同じ場所に立ち止まったままで、動けない。
(また、繰り返してしまうのか。僕達は再び、君を封印しなければならないのか)










鞄の中からコール音が聞こえて、さくらは慌てて携帯電話を取り出した。
着信相手は、西の名前だった。さくらはその瞬間、「あ」と声を出し、まずいという顔をした。小狼が、それに目敏く気づく。
「誰からだ?」
「西くん。連絡するの忘れてたの・・・ごめん、出るね」
不機嫌そうに眉を顰める小狼に断ってから、通話ボタンを押した。その途端、泣きそうな西の声が飛び込んできた。
『さくらちゃん!?ちょ、どこにいるの!!さっき家に迎えにいったら、いないって言われて!さくらちゃんの兄貴にめちゃくちゃ怒られたんだけど!!』
「ご、ごめんなさい・・・!私、待ちきれなくて。昨日の夜、一人で小狼くんを探しに行ったの」
『一人で・・・!?なんでそんな無茶を!!』
突然に、通話相手が切り替わった。どうやら、賀村が西から電話を横取りしたらしい。どちらも変わらず怒っていた。無茶をしたのだから当たり前だ。謝ろうとしたさくらの手から、ひょい、と電話が取り上げられた。
「さくらは悪くないし、お前らに怒る権利なんかない」
『李・・・!無事だったのか!?』
『なにぃ!李!?お前、さくらちゃんにどれだけ心配かけたと思ってるんだ!!泣かせた責任はとるんだろうな!?』
電話口でガヤガヤとやかましいやり取りをしている。さくらは再び電話を奪い取ろうとするも、小狼の一睨みで動けなくなってしまった。大人しく、隣で様子を見守る。
ひとしきり、賀村と西が言いたい事を言ったあとで、小狼が溜息をついた。
「今、さくらと京都にいる。お前らは来るなよ。また新山に利用されるかもしれないからな」
それを言われると、西も賀村も何も返せなかった。自分達の不甲斐なさを突き付けられ、落ち込む。
「・・・それと。お前らに言われなくても、責任は取る」
それだけ言うと、小狼は一方的に通話を切った。
無情な電子音に、賀村と西は脱力して座り込む。しかし、顔は笑っていた。二人は顔を見合わせて、揃って溜息をついた。
「さくらちゃん、李に会えたのか。よかった」
「ああ。・・・俺達は、待っていよう。二人が帰ってくるのを」






「小狼くん、電話切っちゃったの!?ああ・・・つ、どうしよう」
「用件は済んだ。もう行くぞ。雪が酷くなる前に」
もたつくさくらの手を取って、小狼は歩き出した。さくらは慌てて携帯電話を鞄にしまうと、前を歩く小狼に歩調を合わせ、隣に並んだ。
「帰ったら、俺もお前の家族に会いに行く。それで、ちゃんと説明するから」
「え・・・?で、でも。何も知らないの。私が『林檎(ノウン)』だって事とか、吸血鬼の事とかも全然」
突然に小狼を連れて行ったら、まず兄がなんて言うかわからない。想像だけで震えあがるさくらに、小狼はあっさりと言った。
「いや。お前の兄貴は知ってる筈だ。特別な血はもっていないが・・・多分、あの男に血を与える為に傍にいるんだろう」
「ほぇ?あの男って・・・?」
「月城雪兎。あいつも、吸血鬼だ。それも、かなり純血に近い。長年、お前の兄貴に血をもらっていると言っていた」
「えっ?え―――!?う、嘘!雪兎さんが!?お兄ちゃんの血を・・・!?小狼くん、それどこで聞いたの?」
さくらの大声に、小狼は顔を顰める。通行人の目が、何事かと二人を見た。小狼は舌打ちをして、さくらを睨む。ハッとして、ごめんなさい、と頭を下げた。
歩く速度は弱めないまま、小狼はさくらの問いかけに答えた。
「お前が、本須和秀樹のところに行ってた時だ。俺の目の前に現れて、自分が何者かを教えてくれた。木之本家に出入りしてる事も、お前が林檎(ノウン)な事も知っていると。そう言っていた」
「・・・信じられない。雪兎さんが、吸血鬼・・・?」
「ああ。俺よりもずっと長く生きていて、力も強い。それと。・・・新山和沙の事情も知っているようだった」
その時の事を思い出しているのか、小狼はそこで言葉を止めた。
さくらは未だ困惑したままだったが、そうだとすると色々と納得が出来た。自分を迎えに来てくれた中に雪兎の姿があった事も、自然と受け入れられた。
「あの人も、お前の事を大事に思ってると。・・・家族みたいなものだって、言ってた」
「うん・・・。私にとっても、雪兎さんは家族だよ。吸血鬼だったとしても。大事な人に違いないよ」
そう言うと、小狼はチラとさくらを横目で見て、小さく頷いた。
前を向いて歩き出した小狼を見て、さくらはふと思う。もしかしたら、小狼にとっての苺鈴の存在も、同じなのかもしれない。強い絆で結ばれた、家族のように大事な人。
だから。絶対に、助けたい。
(私も、しっかりしなきゃ)
その場所が近づくほどに、足が震えそうになる。気付かれないように強がっているけれど、恐怖心は一歩進むごとに強くなった。
和沙に付けられた首元の傷が、疼く。
その場所を手でさすって、嫌な考えを振り払うように足を進めた。










「・・・ん。・・・いたた、」
意識が戻った途端、頭がずきずきと痛んだ。苺鈴は顔を顰め、次いで体を縮こませた。
寒さが尋常じゃない。横たわっているのは少し硬いベッドで、部屋は真っ暗だった。波のように襲い来る痛みをやり過ごそうと、息を吐く。「治れ、治れ」と念じながら、苺鈴は目を閉じた。
「大丈夫かい?」
初めて、自分以外の人がいる事に気付いた。苺鈴は警戒を強めると、痛みを無視して体を起こした。そうして、気配のする方から距離を取り、睨んだ。
目が慣れてきて、ぼんやりと輪郭が見える。
長い白髪が、さらりと動いた。穏やかな笑み。優しく綻んだ目元が、なぜか母を思い出させた。しかし苺鈴は警戒を解かず、依然相手を睨んだまま、動かなかった。
「まだ、寝ていた方がいいよ。大丈夫。君に、危害を加える人はいないよ」
「あなたは・・・、誰?」
苺鈴の問いかけに、男は少しだけ戸惑いを見せた。憂いた笑顔が、幼い少女のように見えて、なんだかこちらが苛めているみたいだ。苺鈴は複雑な気持ちになった。
「私の名は、和沙」
「和沙・・・新山和沙?あなたが?」
こくりと頷く。
思っていた人とは、だいぶ違った。まだ少ししか言葉を交わしていないけれど、纏う空気で分かる。虫も殺せないような、とはよく言ったものだ。目の前にいる人がまさにそれで、お伽噺のように語り継がれている吸血鬼だとは、とても思えなかった。
それでも、彼が『そう』ならば。
苺鈴には、聞かなければいけない事があった。
構えを解いて、ベッドから降りる。座る和沙の傍に寄ると、その澄んだ瞳を見つめて、苺鈴は聞いた。
「純血の吸血鬼なら、どんな病も治せる。これこそ、お伽噺みたいに信憑性のない噂だけど。・・・それは、本当なの?」
「・・・本当、とも嘘、とも言えない。君が望むような、魔法のような力は持っていないよ」
「嘘ではないの!?」
苺鈴は鬼気迫る表情で、和沙へと詰め寄った。肩を掴んで問い詰めると、和沙は可哀相なものを見る目で、苺鈴を見つめた。それを屈辱と感じた苺鈴は、カッと顔を赤くする。
離れようとした瞬間、背中に手が回されて。なぜか、和沙に抱きしめられていた。驚く苺鈴の背中を、ぽんぽん、と撫でる手。気持ちを落ち着けるように、優しい手が何度も撫でた。
「これまで苦労があっただろう。君のような子供を、私はたくさん見てきた。・・・その年になると、殆どの人は生きる事を諦めてしまっていたけれど。君は、違うんだね」
苺鈴は、和沙の抱擁を激しく拒んだ。そうして距離を取ると、強い瞳で睨み下ろした。
「そうよ・・・!私は諦めない。小狼を悲しませることなんて、絶対にしないんだから!魔法でもお伽噺でも、方法があるならなんにでも縋るわ!!」
言い切ったあと、呼吸が荒くなる。頭の中の痛みが増して、苺鈴の体が傾いた。それを、和沙の手が受け止める。力なく寄りかかる苺鈴の耳元で、和沙は言った。
「万病に効く薬になるか、それとも強すぎる毒になるかは、私にもわからない。死ぬ覚悟があるなら、試してみるかい?」
「・・・!?」
「私の血を、吸ってみるといい」
和沙の言葉に、苺鈴は目を瞠った。笑顔はそのままに、和沙は襟を緩めると、首元を苺鈴の眼前へと晒した。
(純血の吸血鬼の血が、私の病を治す薬になる・・・)
迷う理由はなかった。苺鈴は眉を吊り上げ、大きく深呼吸をする。息と一緒に、緊張や不安ごと吐き出した。そうして、白くて綺麗な和沙の首筋に、牙を突き立てる。
「・・・いたっ。君、血を吸うの下手くそだね。子供みたいだ」
「っ!う、うるさい・・・!好きじゃないんだから仕方ないでしょ!?週に一回の吸血は特別製のパックで飲んでるし・・・」
「あはは。本当に苦労しているんだね」
「笑わないで!あなたに何がわかるの!・・・吸血鬼な自分なんて大嫌いよ。ほら、黙ってなさい。また痛くするわよ!」
「今から死ぬかもしれない人間だとは思えないね・・・」
一度は離した首筋から、赤い血が流れる。それをぺろりと舐めたあと、苺鈴は笑った。
「死ぬ覚悟なんか、するわけないでしょう。私は、絶対に生きるんだか・・・、ら」
足元にある地面が崩れる感覚。急激な眩暈と動悸。視界がぐるぐると回って、やけにカラフルに混ざった。目の前にいる和沙の顔が、化け物みたいに歪んでいく。
苺鈴は自分に起こった異変に、混乱した。言葉にならない呻き声が、唾液と共に口から零れた。焼けるように熱くなった喉を、両手で抑える。
(息が 出来ない)
(目 が 見え ない)
(何 が起 こった の ?)
陸に打ち上げられた魚のように、無力にその身を震わせる。苺鈴の体を和沙はそっと抱き上げると、ベッドへと寝かせた。憐れみの眼差しで苺鈴の髪を撫でると、和沙は今しがた付けられたばかりの傷に触れた。
「私も、同じだよ」
―――『和沙。私も、あなたを愛してる・・・』
「私も、吸血鬼(私)が嫌いだ」


 

 

 

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2018.2.21 了


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