当サイトの1122(しゃおさ夫婦)シリーズのお話になります。


 

 

 

 

『李くん、明日帰ってこられるんですよね。よかったですね、さくらちゃん』
電話の向こうから聞こえる優しい声に、さくらは笑んだ。外の風が随分と寒くなった。ここ最近は季節を先取りしたかのような冷え込みで、今日は厚手のセーターでもちょうどいいくらいだ。
自分と小狼のクローゼットを開いて、少し早めの冬支度をしながら、さくらは知世と電話をしていた。
明日は、小狼が香港での仕事を終えて、二週間ぶりに帰国する。その日はちょうど、日本でも人気のあのイベントと同じ日で。
さくらはこっそり、ある計画を立てた。
しかし。
「……今更だけど。大丈夫かなぁ。なんていうか、もう学生じゃないのに。結婚もしたのに。小狼くんに、喜んでもらえるか心配で……」
『そんな心配は無用ですわ!さくらちゃんの可愛さは永久不滅です!!』
「ほ、ほえぇ……。ありがと、知世ちゃん」
電話の向こうの勢いに少々押されながらも、さくらは少しだけ安心する。
クローゼットの端っこにかけられた、新しい服。知世にアドバイスをもらいながら、さくらが自らの手で仕上げたものだった。
明日は、小狼が帰ってくるのに合わせて、この服に着替える。
少しの緊張と、期待と、楽しみな気持ちと。
ドキドキと胸を鳴らしながら、さくらはその日を待っていた。

 

 

 

 

 

 

白猫さんとハッピーハロウィン!

 

 

 

 

 

玄関から物音が聞こえて、さくらはパッと顔をあげた。
午後二時。予定時刻より、少し早い。作り途中のシチューの火を消して、さくらはエプロンを脱いだ。壁にかかっている鏡で軽く髪を直してから、意を決して玄関へと急いだ。
「おかえりなさい!小狼くん!」
緊張を隠して、一番の笑顔で出迎えた。
小狼は大きなトランクケースを引きながら、玄関の扉を閉める。
そうして、さくらの方を見て笑った。
「ただいま、さくら」
いつものように両手を広げた小狼に、さくらは嬉しくなって飛び込んだ。危なげなく受け止めて、ぎゅう、と抱きしめてくれる。二週間ぶりの抱擁に、心は踊った。感じる体温や匂いが、泣きそうになるくらい嬉しかった。
「寒かった?今日はシチューだよ。他にもご馳走作ってるの」
「うん。すごく美味しそうな匂いがする」
「あっ。お風呂も入るよね?沸かしてあるから、すぐに入れるよ!」
「助かる。日本に来たらすごく寒くてびっくりした。二週間前とは全然気候が違うな」
小狼のジャケットを脱ぐのを手伝いながら、さくらはお風呂へと誘導する。小狼は少し疲れた笑顔で、「ありがとう」と言った。

(……あ、あれ?)

さくらは、その時になって、ようやく気づいた。
小狼は何も言わない。何も変わらない。いつもどおりの、優しい小狼で。
さくらが今している格好にも、全く言及しないまま、風呂場へと続く扉を開いた。
「しゃ、小狼くんっ!」
「ん?」
思わず呼び止める。すると、小狼は不思議そうな顔で振り返った。目が合う。無言で見つめ合う。さくらは、なんとか笑顔を作って、小狼が気づくのを待った。
「……どうした?さくら」
きょとん、とした顔で問いかけられ、さくらは足元から崩れ落ちそうな感覚に見舞われた。笑顔は一瞬凍ったが、すぐに持ち直した自分を褒めてやりたい。
「……う、ううん。なんでもない!お風呂、ゆっくり入ってね」
「ああ。ありがとう」
そう言って、小狼は浴室に入った。
閉じられた扉を見て、さくらはその場にへなへなと座り込んだ。
「……と、トリックオアトリート……って、言った方がよかったかな……?」
独り言さえ、虚しく響く。

床についた、モフモフの手。今日の為に用意した、白いニットワンピースとお揃いの素材で作った。両手と両足、耳としっぽ。ふわふわの白猫をイメージして、首には鈴も付けた。
短すぎるかな、と心配したスカート丈。裾はふわふわのファーで、触り心地がいい。
小狼が喜んでくれますように、と。
さくらは今日、白猫の仮装をして待っていた。
十月三十一日。ハロウィンの日に合わせて。

(はうぅ。これってもしかして、わざとスルーされた……?ううん!そんなことないよね。小狼くんだもん。……でも、結婚したのにこんな格好するの、やっぱりダメだったのかなぁ)

しゅんとして、さくらはため息をついた。
悲しみが涙腺を緩ませる。期待した分だけ凹む。
さくらはハッとして、鬱々とした気持ちを吹き飛ばすように首を振った。
小狼がせっかく家に帰ってきたのに、沈んだ顔をしていたら勿体ない。気を使わせるなんて言語道断だ。
さくらは、うん、と自らに言い聞かせて納得させ、立ち上がろうと動いた。
(今のうちに、普通の格好に着替えてこよう。それで、何も無かったように……)

―――バン!

「ほえっ!?」
突然に背後の扉が、大きな音を立てて開いた。猫のごとく肩をふるわせたさくらは、振り向いた先にあった姿に、更に驚いて声をあげた。立ち上がろうとした体は、尻もちをついた。
「ほえぇぇぇ―――!??小狼くん!?お、お洋服どうしたの!?」
何も身につけていない全裸で、シャワー途中だったのか髪も体もずぶ濡れ状態で出てきた小狼に、さくらは真っ赤になった。
なぜか小狼は怒った顔で、無言のまま近づいてくる。さくらは怯えた猫のように体を小さくして、「???」と困惑した。
小狼は手を伸ばし、さくらの両頬を包むようにして至近距離で見つめた。眉根に皺を寄せて、強ばった表情で、聞いた。
「……現実か!?」
「ほぇ?」
「夢か?幻か?俺の願望が作り出したわけじゃないよな!?」
「げ、現実です!!」
小狼の剣幕に押され、さくらの声も思わず大きくなった。
ぽた、と。小狼の髪先から落ちた水が、さくらの頬に触れる。
その瞬間。小狼の顔が耳まで真っ赤になって、強ばっていた眉は下がった。さくらの顔も、それにつられたように熱くなる。
「な、なんで……。なんでそんな格好してるんだ?」
ごもっともな質問に、今度は違う意味で恥ずかしくなる。さくらは慌てて言った。
「あっ、は、ハロウィン!ハロウィンなの!今日!だから、びっくりさせようと思って」
「あっ。そうか。今日ハロウィンか……。すまない。寒さと疲れでボーッとしてて、日本に着いてからの記憶が曖昧なんだ。ただ、さくらのいる家に帰らなきゃって、そればっかりで」
申し訳なさそうに謝る小狼に、さくらはふるふると首を横に振った。
なんだろう、この状況は。
さくらは白猫の仮装をしていて、小狼は全裸。二人して顔を真っ赤にして硬直している。さくらは目のやり場に困って俯くが、小狼はマジマジと白猫さくらを見つめた。
「……あれ、やってくれないのか?」
「あれって?」
「ハロウィンの、あれだ。決まり文句というか、呪文みたいな」
小狼はいやに大真面目な顔でそう言った。さくらは未だ戸惑いつつ、先程空振りに終わった『呪文』を、口にする。

「トリックオアトリート……。お菓子くれないと、イタズラするぞ?」

言ってから、途端に恥ずかしくなる。照れるさくらに対して、小狼は真顔だ。
そろそろ服を着るか風呂に戻らないと風邪をひくんじゃないかと、さくらが心配しはじめた、その時。
熱い唇が、さくらのやわらかなそれに押し当てられた。
ちゅ、と音を立てて離れた唇。呆然とするさくらに、小狼は笑って言った。
「しまった。お菓子を用意するのを忘れた」
「ほ、ほぇ?」
「だから、イタズラしてくれ。白猫さん」

そう言って、小狼はさくらの身体を抱き寄せ、歩き出す。その先はもちろん、あたたかな湯気がたちこめる浴室で。
さくらは、この後の展開を予想して、「みゃっ!」と真っ赤になった。
しかし、嬉しそうな旦那様の横顔を見ると、拒む選択肢は無くなる。
脱衣所で小狼の手で丁寧に服を脱がされる。さくらは照れながらも、大人しくしていた。
小狼は小さく笑って、言った。
「この可愛いねこ、脱がすの勿体ないな。風呂からあがったらまた着てくれるか?」
「……!これ、かわいい?」
小狼の『可愛い』の言葉に、さくらは反応する。心なしか、作り物である筈の猫耳がぴくんっと揺れた気がした。
聞き返されて、小狼は頬を赤らめた。
「……可愛すぎるから、幻覚だと勘違いしたんだろ」
「……!!」
「今日は離れてた分、たくさん構うからな」
ちゅ、と。頬や額にキスが落ちる。
さくらは嬉しくて堪らなくて、花がほころぶように微笑んだ。

「うんっ。たくさんしてくださいニャ……♡」


ハッピーハロウィン♡



 

 

End

 

夫婦になってもラブラブハロウィンしててほしいですね♡

 

2021.10.31 了


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