それは甘い20題

 

09. 内緒話

 

 

 

 

 

こんにちは、秋穂です。
友枝町に来て、たくさんのお友達が出来ました。みなさんとても優しくて、仲良しの輪の中にいれてくれて、毎日がとても楽しいです。
「秋穂ちゃん!次、移動だよ。一緒に行こう」
「はい!」
笑顔で名前を呼んでくれるのは、木之本さくらさん。一番最初に会った時から、不思議な親近感を持ちました。他の方もみなさん優しいですが、さくらさんは特別に感じました。
そうしたらさくらさんも、「私と秋穂ちゃん、似てるね」と言ってくれて、すごく嬉しかった。
優しくて、可愛くて、笑顔が素敵なさくらさんの事が、私は大好きになっていました。








「今日は化学の授業なんですね。ドキドキします。実験とかするんでしょうか・・・」
理化学室の黒いテーブルの上に教科書を並べて、秋穂はそう言った。実験に使用する道具や、少し不気味なホルマリン漬けが戸棚にあって、いつもの教室とは違う雰囲気だ。正面に座った知世が「多分、実験はあると思います」と言った。
やがて白衣を着た先生がやってきて、起立、礼をする。着席すると、隣に座っていたさくらが秋穂へと手招きをした。
「え?」と、戸惑いつつも、秋穂はさくらへと近づく。さくらは口元を手で隠すようにして、秋穂の耳元で言った。
「私も、実験とか大好きなの。何が起こるかわからないから、ドキドキするよね」
「・・・!はい」
秋穂は嬉しくて、つい声が大きくなってしまった。教壇にいる教師に「私語は慎むように」と注意され、二人は身を小さくして謝った。「すいません」の声が見事に重なり、クラス内が笑みに包まれる。さくらと秋穂は目を合わせて、こっそりと笑った。
嬉しかった。さくらと話した内容そのものよりも、内緒話をして笑い合うという事が出来て、とても嬉しかった。胸がドキドキして、体があたたかくなるみたいだ。
秋穂は両の手をきゅっ、と握って、幸せを噛みしめるように笑んだ。








その日。ホームルームが終わって、帰り支度をしていた時、秋穂は気づいた。
(あれ?このシャープペンシル・・・私のじゃない)
ヘッドのデザインがクマさんになっている。どこかで見た覚えがあった。「?」を浮かべて見ていると、後ろから声がかかる。
「あら?それは、さくらちゃんのシャーペンですわね」
「ほんとだ!クマさんのやつ。さくらちゃんのお気に入りのだね」
「知世さん、千春さん!そうなんですね。移動教室の時に、私の方に紛れ込んでしまったのかもしれません。さくらさんに返さないと」
秋穂は教室内を見渡した。生徒の数は半分ほどに減っていて、その中にさくらの姿は見つからなかった。だけど、机の上には彼女の鞄が残っていた。
「さくらちゃん、まだ校内にいるみたいですね」
「私、探してきます・・・!」
「そんなに慌てなくても、返すのは明日でも大丈夫じゃ・・・」
千春の言葉も途中に、秋穂はシャープペンシルを手に走って行ってしまった。それを見て、知世は「あらあら」と笑い、千春は驚いた顔をする。
「探しにいかなくても、教室(ここ)で待っていればいいんじゃないかなぁ・・・」
「きっと、秋穂ちゃんがそうしたいんですね。心配ありませんわ。さくらちゃんはきっと李くんと一緒でしょうし」
「そうだね。私達は帰ろっか」
にこやかに笑って帰り支度をする二人の脳裏に、不意に浮かんだ、ひとつの心配事。
―――秋穂が走っていった先に、さくらと小狼がいたとして。うっかり、大変な場面を目撃してしまうかもしれない―――。
「・・・まぁ」
「その時は、その時ですわね」
通じ合った笑みを交わし、千春と知世は昇降口へと向かうのだった。










秋穂は、さくらが居そうな場所を探して走った。手に持っているシャープペンシルが、熱くなる。生徒もまばらになって、差し込む西日が影を長くする。
校舎内を回ったあと、中庭に出た。体力には自信があるから、走っても大して疲れはない。けれど、こうしている間にすれ違ってしまったらどうしようと。今になって、心配になる。
(さくらさん・・・どこにいるんでしょう)
いつもみんなでお昼ご飯を食べている芝生を通り過ぎると、白い薔薇のアーチが見えてきた。近づくと、微かな話し声が聞こえる。
もしかして―――。秋穂は僅かな期待を胸に、その場所へと足を踏み入れた。
「・・・ふふっ」
笑い声が聞こえた時、それがさくらの声だとわかって、秋穂の顔に笑みが浮かんだ。すぐに名前を呼んで駆け寄ろうとしたけれど、次の瞬間、足が止まる。
秋穂の目に映ったのは、こちらに背を向けて座るさくらと、もう一人。
優しく笑いかける横顔に、意図せず動揺する。さくらと一緒にいたのは、李小狼。自分と同じ転入生だけれど、彼は元々友枝町にいたので、さくら達とも旧知の仲だった。隣のクラスで、いつも昼食を一緒に食べる輪の中にもいる男の子だ。
秋穂が驚いたのは、二人の距離だった。肩が触れる近さで、耳元に唇を寄せては何かを話し、それに応えるようにまた耳元で囁き返す。
授業中でもないのに、なぜ『内緒話』をする必要があるのだろう。疑問と、正体不明の動悸に見舞われて、秋穂はその場で固まってしまった。
「―――・・・だよ」
「うん。・・・だから、さくらは・・・―――」
「っ!・・・・・えへへ。小狼くんも――――・・・、・・・でしょ?」
お互いの耳元で何かを囁いては、顔を見てはにかむ。さくらの頬は赤く染まり、その笑顔は色づいた果実のように綺麗だった。
小狼もまた頬を赤く染め、さくらを見つめる。その瞳が、甘やかで優しくて。秋穂は酷く動揺した。
こんな顔、今まで見たことがない。さくらも、小狼も。きっと、互いにだけ許している。この空間さえも巻き込んで、二人だけの世界が成立している。
秋穂の瞳は、二人の仲睦まじい姿に釘付けになる。
(さくらさん・・・すごく、可愛い。今までより、もっと可愛く見える・・・。私、どうしてドキドキしてるんだろう?)
―――・・・イ・・・―――。
(私と、さくらさんは似てる。・・・私も・・・)
―――ホ、シ―――・・・。




「・・・さくら?どうした?」
その瞬間、秋穂はハッとする。いつの間にか二人に見惚れていたようだ。覗き見している状況が恥ずかしくなり、音を立てないようにこっそり、そこから立ち去った。
僅かな足音を感じ取って、小狼は立ち上がり校舎の方を見つめる。
しかし、そこには誰の姿もなかった。
「ううん。なんでもないよ。なんか一瞬、変な感じがしたから・・・。遅くなっちゃったね。小狼くん、帰ろ?」
「ああ」

 

教室に戻ると、無くしたと思っていたシャープペンシルを机の上に見つけて、さくらは喜んだ。
そして、翌日。それが秋穂の筆箱に紛れ込んでいたという事を知世に聞いて、さくらは謝罪と感謝を伝えた。
「ごめんね。私の事、探してくれたんだよね?」
「い、いいえ・・・!私の方こそ、すいませんでした!放課後まで気づかなくて」
「ううん。お気に入りのペンだから、見つかってよかった!ありがとう、秋穂ちゃん」
向けられる、いつもと変わらない笑顔。だけど、昨日盗み見た笑顔とはやっぱり違くて。少しだけ寂しくなって、少しだけドキドキした。
秋穂はにっこりと笑うと、さくらへと手招きをする。さくらは不思議そうに首を傾げながら、秋穂へと近づく。
手を口元に当ててジェスチャーすると、さくらは嬉しそうに耳を寄せた。
(きっと・・・内緒話するのは、近づけて嬉しいから。たった一人にだけ、伝えたいから)
「・・・ほえぇぇぇ―――!!」
秋穂から、こっそりと伝えられた言葉に。さくらの顔は真っ赤になって、思わず叫んでしまった。
その声は、隣のクラスにまではっきりと届いて。小狼は、怪訝そうに眉を顰めた。


―――「さくらさんが大好きな人のお話、私にも聞かせてください!」


 

 

 

END

 

 

初!秋穂ちゃんメインで書いてみました。捏造設定、少し意味ありげなシーンも入れてみました。秋穂ちゃん好きです。

 


2018.4.13 了


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