それは甘い20題

 

04. おはよう

 

 

 

 

 

いつもより少しだけ早起きして、学校へと向かう。昨日はドキドキしてあまり眠れなかった。だけど、不思議なくらいにすっきりと目が覚めて、早く学校に行かなくちゃと思った。
さくらは、目を擦りながら送り出してくれるケルベロスに笑顔で挨拶をすると、まだ誰も歩いていない通学路を進んだ。学校が近くなるほどに、心臓の音が早くなる。それと同時に、歩調も自然と早くなった。
人気がなくがらんとした昇降口が、目の前に見えてきた、その時。人影を見つけて、さくらは「あっ」と思わず声を上げた。そうして、走り出す。
「小狼くん!おはよう!」
「・・・!おはようさくら。今日は早いんだな」
小狼は驚いた顔をしたあと、嬉しそうにはにかんだ。早起きを褒められて、さくらは照れ笑いをする。走ってきたせいで乱れた前髪を、慌てて直した。
靴から上履きに履き替えて、教室へと向かう。生徒がまだ来ていない朝の時間は、廊下もまるで別世界のように静かで、二人の声がよく響いた。さくらは妙に緊張しながら、小狼の隣に並び廊下を歩く。
(はぅ・・・。もう、教室着いちゃう。同じクラスだったらよかったのになぁ)
最初は違うクラスでもいい、と思っていたけれど。今は、少しだけ悔しい。だけど、少しの時間だけでも話が出来て幸運だった。さくらはそう思う事にして、早起きした自分を褒めてやった。
自分の教室の前に来ると、さくらは足を止めた。そうして、小狼へと小さく手を振る。
「じゃ、じゃあ。またお昼にね、小狼くん」
「・・・?もう、教室に行くのか?」
「ほぇ?」
不思議そうに問いかけられ、さくらも瞬いた。小狼は残念そうな顔でさくらを見ている。
自分に都合のいいように考えているんじゃないか、と。一瞬思ったけれど、さくらはその考えを振り払った。きっと、小狼も。自分と同じように、『一緒にいたい』と思ってくれている。
さくらは、ふるふると首を横に振った。
「でも、小狼くんはいいの?授業の予習とか大丈夫?色々、忙しくない?」
「別に、今すぐにやらなきゃいけない事じゃない。・・・さくらが、嫌じゃなければ」
そう言って、小狼は自分のクラスの扉を開いた。どうぞ、と。手を差し伸べられ、さくらは嬉しくなって笑った。その手を取って、隣の教室へと足を踏み入れた。
二人だけの教室。なんだか、懐かしい気持ちになった。
「昔、日直やったな。一緒に」
「!!私も、今同じこと思い出してた!早く教室に来て、お花のお世話をしたり、チョークを揃えたりとかしたよね!」
「ああ。懐かしい。・・・それと、さくらの歌も聞けたし」
「ほえぇっ!そ、それは忘れていいよぉ・・・!」
恥ずかしい記憶や懐かしい思い出に、笑い声が零れる。小狼の席は、窓際の一番後ろだった。その隣の席を借りて、二人でお喋りをした。
小狼はずっと、優しい笑顔でさくらを見つめている。自分は今、どんな顔をしているんだろう。さくらは、ふと考える。
(小狼くんといる時、私はどんな顔で笑っているんだろう。小狼くんの目には、どんな風に映っているのかな)
意識し始めると、鼓動が大きくなった。途端に緊張して、表情が硬くなる。膝の上で、両手をもじもじと弄る。小狼の方をチラと見ると、やっぱり優しく笑ってくれていた。
さくらの胸が、どきん、と鳴る。
「あ、あの」
「・・・ん?」
「えっと。えっと・・・、ううん!なんでもないの!」
「なに、さくら?言って。俺に、何か言いたい事があるのか?」
小狼は椅子を引いて、さくらへと近づく。問いかける声音もひたすらに優しくて、それが耳元で聞こえてさくらは堪らない気持ちになった。
小狼は、真っ赤になって黙り込むさくらの顔を覗き込むと、手を伸ばした。そうして、栗色の髪をそっと撫でる。
「っ!」
瞬間、思わず肩を震わせた。小狼は慌てて手を引っ込める。
「ごめん。触って」
「・・・!ううん!頭、撫でてくれるの・・・嬉しい」
「そ、そうか。じゃあ、もっと撫でてもいいか?」
躊躇いがちに聞いた小狼に、さくらはこくこくと何度か頷いて、「どうぞ」というように頭をもたげた。そっと伸ばされた手が、さくらの頭頂部から後頭部を優しく撫でる。その感触に、ドキドキして顔があげられなくなった。
「さくら・・・。おいで」
小狼はそう言って、さくらの頭を引き寄せて、自分の肩へと乗せた。さくらの手は膝に乗せたまま、頭だけを小狼へと寄せて、ひたすらに撫でられている。指先が髪をさらさらと梳いたり、くるくると弄ったり。小狼の手の感触を、さくらは閉じた瞼の裏で追った。
(気持ちいい・・・。ずっと、こうしていたい)
「小狼くん・・・好き」
ぽつりと。自然と、言葉が落ちた。その瞬間、小狼の手の動きが止まる。
さくらは、我に返った。小狼の手が気持ちよくて、夢を見ているみたいに頭がぼーっとして、気持ちが言葉になって零れてしまった。恥ずかしさに真っ赤になって、体を離そうと動いた。
しかし、次の瞬間。強い力で抱きしめられて、驚く。
「俺も。さくらが好きだ」
触れたところから、直接に伝わる。全身に、小狼の声が響き渡るみたいだった。鼻の奥がツンとして、目頭が熱くなる。
小狼が好きだと思うだけで、涙が出るくらいに嬉しくて、胸がいっぱいになった。
腕の力が緩んで、小狼の掌がさくらの頬を包んだ。引き寄せられるように見つめた先、真剣な小狼の瞳にぶつかる。吸い込まれそうな、感覚。知ってる、と。さくらは思った。
熱くなる頬と、大きくなる鼓動。影がかかって、さくらは瞼を閉じた。
「―――・・・」




「おはよう~」
がら、と。扉が音を立てて開かれるのと同時に、元気な声が聞こえた。教室に入ってきた山崎は、いつもどおり一番乗りで登校していた小狼へと挨拶をした。
しかし。いつもと違って、小狼の隣にはもう一人お客さんがいた。それに気づいて、山崎は驚く。
「あれ?木之本さん」
声をかけると、さくらはギクリと言った風に肩を震わせ、殊更明るく言った。
「おはよう!山崎くん!今日はすごくいい天気だね!!」
「おはよう・・・?曇りだったような気がしたけど??」
「おはよう山崎!今日は一段とあったかいな!!」
「おはよう李くん。いやいや、今日は肌寒くなるって天気予報で言ってたけど??」
挙動不審に挨拶をする二人の顔は、同じくらいに赤かった。山崎は「?」を飛ばす。小狼は山崎の肩を掴んで自分の席に座らせ、その間にさくらへと目配せをした。さくらは真っ赤な顔で頷くと、「じゃあ、また」と言って教室を出て行った。
廊下に出ると、ちらほらと登校してくる生徒とすれ違った。赤い顔を見られないように両手で覆って、さくらは目立たないよう、隅へと身を隠す。
はぁ、と。零れた吐息が、熱い。唇を指先でなぞって、感触を反芻した。
(ほんの一瞬だったけど・・・。私、小狼くんと・・・。・・・っ!?!うぅ、どうしよう!今更、ドキドキしてきちゃったよぉ)
触れた唇が、熱い。この熱は当分、おさまりそうにない。
さくらは両頬に手をやって、目を閉じた。

 

 


 

END

 


2018.3.24 了


気に入っていただけたら、ポチリとどうぞ!

 

戻る