それは甘い20題

 

01. 鼓動

 

 

 

 

 

ふとした時に、目がいってしまう。気付くと、その姿を追いかけてる自分がいて。
友達と楽しそうに話している時、笑顔が見られるとこっちまで笑ってしまう。真剣な横顔に見惚れて、話を聞いていないと怒られてしまった事もあった。隣のクラスで、一緒にはいられないけれど。その分、学校内で姿を見つけると、嬉しくなってずっと眺めてしまう。
(小狼くん、本当に帰ってきてくれたんだぁ・・・)
小狼が同じ学校にいる事、この友枝町に帰ってきてくれた事を、毎日のように実感しては喜んだ。
不思議なカードの事件や、新しい中学校生活で、ずっと一緒にはいられないけれど。それでも、近くに小狼がいるというだけで、さくらの心は浮かれた。
「さくら」
「小狼くん!ごめんね、遅れて」
帰りのホームルームが終わって、さくらは昇降口で待っていてくれた小狼のところへと走り寄った。
今日の放課後は、小狼が学校で使う文具を揃えたいということで、さくらが街へ案内することになっていた。使いやすいものを揃えたいんだ、と。お弁当の時に雑談で話していた時、さくらは思わず身を乗り出して、「私も一緒に行きたい!」と叫んでしまった。おかげで、友人達にはからかわれ、少しだけ恥ずかしい思いをしたのだけれど。
(放課後に一緒におでかけ、嬉しいよぉ)
さくらは嬉しさを噛みしめるようにこっそり笑うと、小狼の隣に並んだ。
授業であったことや、山崎の嘘の話など、他愛のない事で笑い合う。小狼はいつもより歩幅をゆっくりにして、自分と並んで歩いてくれている。その事に気付いて、さくらの胸がキュンとした。
ふと、目に入る。少しだけ高くなった肩の位置。伸びた背筋や、ゆっくりと動く唇。風に揺れる、髪。自分側にある手には鞄があって、さくらはシュンとする。
(・・・手、とか。繋ぎたいな。・・・小狼くんに、さわりた・・・、っ!!わ、私、何考えてるの・・・!?)
さくらは恥ずかしくなった。まさか、自分がそんな事を思うなんて。
それと同時に、思い出す。小狼がこの友枝町に帰ってきた時、思わず駆けだして、思い切り抱き着いてしまったこと。小狼はしっかりと受け止めて、抱きしめ返してくれた。
あの時の手の感触や、近くで見た瞳の色を思い出して、さくらの顔が真っ赤に染まる。
(ほえぇぇぇ!私、すごく大胆な事・・・っ、あの時はただ嬉しくて、それで・・・!でも、今もう一回、なんて、言えない!恥ずかしいよぉ・・・っ)
ぽん、と頭の上に浮かんだ煩悩とも呼べるそれを、両手を振って払う。突然真っ赤になって挙動不審な動きをするさくらに、小狼は驚いて足を止めた。
「どうした?」
「う、ううんっ!なんでもない・・・!なんでもないの!!」
明らかになんでもないわけはないのだけれど、さくらは言い張った。無理矢理に作った笑顔を見て、小狼は表情を曇らせる。さくらはハッとして、「本当に大丈夫」と言い直した。
完全に納得した顔ではなかったけれど、小狼は「わかった」と言って頷く。そうしているうちに、目の前に目的の店が見えてきた。
小狼が文具を選んでいる間、さくらはうるさくなった鼓動をおさえようと必死だった。だけど、一度灯った熱は消えなくて。
「困ったなぁ・・・」
ぼやいた声が、少し離れた場所にいる小狼の耳に届いていたなんて、この時は全く気付いていなかった。








買い物を済ませて、二人は店を出た。
辺りは夕日の赤色で染まっていて、それを寂しく感じる。もうすぐ、おでかけの時間も終わってしまう。小狼と別れなければならない。さくらの胸が、ずんと重くなった。自然と、足取りが重くなる。
小狼には悟られないように、明るく話した。分かれ道までは、楽しく過ごしたい。そう、思っていたのだけれど。
小狼が、突然に足を止めた。さくらは気づいて、話を止めて振り返った。
どうしたの、そう聞こうとしたが、向けられる真剣な瞳に息をのむ。
「何か、困ったことがあるんだろ?」
「・・・え?」
小狼の問いかけに、さくらは二、三度瞬いた。戸惑っていると、小狼は一歩踏み出し、さくらへと近づく。
「さっき、様子がおかしかった。何かあったのか?・・・俺は、あまり役にたたないかもしれないけど。話だけなら、聞く。聞かせてくれ」
風がふいて、二人の髪を揺らした。小狼の声が、やけにはっきりと、さくらの耳に響く。
いつもならお互いに照れて踏み出せない距離も、小狼はこうやって飛び越えてくれる。ただ一心に、自分の事を心配してくれているのが分かった。
さくらは途端に、不純な理由で悩んでいた自分が恥ずかしくなった。かぁぁ、と頬に熱が集まる。真っ直ぐな小狼の視線が居た堪れなくて、目を逸らそうとしたけれど、出来なかった。
「―――!」
さくらの熱い頬に触れる、大きな手。ますます真っ赤になるさくらに、小狼は眉を顰めた。
「顔が熱い。異常なくらい熱い・・・!さくら、熱があるんじゃないのか?」
「ち、ちが・・・」
「体調悪いの気づかなくてごめん。すぐに帰ろう。送っていくから」
真面目な顔で心配する小狼に、さくらは思わず叫んだ。
「違うのっ!これは、小狼くんにドキドキしてるから・・・!小狼くんのせいなのっ」
「!?!お、俺のせい・・・?」
小狼は動揺して、頬に触れていた手を離そうとした。しかしそれを、さくらの声が制する。
「や・・・っ!離れちゃやだ・・・!」
気持ちがいっぱいになって、体が自然と動いた。離れようとした小狼へと、さくらは手を伸ばす。
そして。再会した時の、あの雨のような桜の中で交わした抱擁をふたたび―――うるさくなる鼓動と熱い体温を、大好きな人と共有していた。
最初は固まっていた小狼も、おずおずとさくらの背中に手を回し、ぎゅっと抱き返した。その瞬間、大きく見開かれたさくらの瞳が、涙で潤む。嬉しそうに笑むと、目を閉じて小狼の腕に身を預けた。
「あ、あの。さくら・・・?」
「・・・ずっと。小狼くんと、こうしたかったの」
「・・・っ!!」
「はぅ、い、言っちゃった。恥ずかしい・・・」
赤くなった顔を隠そうと、さくらはもっと強い力で抱き着く。
密着する体に、小狼の顔は真っ赤に染まった。自身の動揺を落ち着けるように、夕空を見上げる。遠くの空で瞬く一番星が、今までになく眩しく映った。
隙間なく合わさった体から、鼓動が響く。―――とくん、とくん。重なって、もうどちらのものかもわからないくらいに、混ざり合う。
「ドキドキしてる」
「・・・さくらも」
「ね、小狼くん」
「ん?」
「時々でいいから・・・さくらの事、ぎゅってしてくれる?」
「・・・うん」
顔を上げると、近い距離で視線がかち合った。改めて今の状況を思い返すと、鼓動が加速する。だけど離れたいとはちっとも思わなくて、もっと近づきたいとさえ思う。
さくらが笑うと、小狼も笑った。二人は同じ笑顔で視線を絡めた後、ゆっくりと近づいて、再び抱き合った。

 


その日。
離れがたい気持ちを表すように、帰路につく二人の手は、しっかりと繋がれていた。

 

 

 

END

 


2018.3.19 了


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