それは甘い20題

 

02. 3センチ

 

 

 

 

 

知ってしまったら、もうダメだ。
知らなかった頃には戻れない。
「小狼くん」
「ん?」
先を歩いていた小狼の、制服の裾を摘まんだ。さくらは頬を赤く染めて俯いている。それを見て、小狼も察しがついたのか、顔が赤くなった。
さくらは目線だけを上げて、窺うように首を傾げた。
「今日も・・・いい、かなぁ」
可愛すぎるさくらのお誘いに、小狼の胸中は爆発しそうな程の鼓動を打ち鳴らしていた。言葉を発せずに頷くと、小狼の手がさくらの手を握る。そうして、人目を避けるように、物陰へと身を隠した。
日の当たらない場所で、二人は見つめあう。とろんと蕩けるさくらの瞳が、小狼を見つめる。は、と小さく息を吐くと、小狼は繋いでいた手を引き寄せた。その腕に、強く抱きしめられる。
さくらの胸が、小鳥のように跳ねる。小狼の匂いと体温に包まれる時間が、幸せでドキドキして、たまらない気持ちになる。
小狼の方が、自分よりも少しだけ身長が高い。こうやって隙間なくくっつくと、自分とは全く違うのだと実感する。その手も、体も。男の子なのだと。―――今更ながらに意識して、鼓動はますます速まった。






一度抱きしめてもらった時から、こうして日を置かずにねだってしまう。小狼の姿を見るたびに心が反応して、もっと近くに行きたいと思うようになった。一緒にいられるだけで満足だったのに、どんどん我儘になる。みんなと一緒の時ほど、抱きしめてもらいたくなってしまうから、困った。
そんなさくらの様子に、一番最初に気付くのも小狼で。「どうした?」と優しく問いかけられて、きゅうぅ、と胸が苦しくなった。気付いたら、周りに誰もいない事を確認する前に、その腕の中に飛び込んでいた。
「ぎゅって、して?」―――さくらがそうねだると、小狼は顔を赤く染めて、頷く。小狼の優しさに甘えているのはわかっていたけれど、我慢できなかった。
もう少し。もう一回。あと少しだけ―――。募る想いは、際限なく広がって。日々を重ねるほどに、小狼に恋をしていった。






こうして物陰に身を潜めて抱き合っていると、少しだけいけない事をしているような気分になって、それさえも恋心を刺激する。さくらは、小狼の腕に身を任せ、ほう、と息を吐いた。
その時。もぞ、と小狼が小さく身じろぎした。
さくらが閉じていた目をゆっくり開けた瞬間、新たな感触に、「ひゃっ!?」と声が出た。
―――首元に、やわらかな感触。
「しゃ、小狼く・・・っ、今の・・・」
「・・・ごめん。さくらから、いい匂いがするから」
「ほえっ!?」
隠れているせいか、二人は自然と小声になる。それでもさくらは動揺を隠せず、叫び出したいくらいに驚いていた。もぞ、と動いては、小狼の鼻先が髪に埋められる。さくらは途端に恥ずかしくなった。
(今日、体育の授業あったのに!今更だけど、私すごく汗くさいんじゃ・・・!?)
「だ、だめっ。小狼くん、私、体育で汗かいたかも・・・!」
「・・・そうか。それで、今日はいつもよりさくらの匂いが・・・」
「ほえぇっ」
離れたいのに、抱きしめる手がそうさせてくれない。自分から『抱きしめてほしい』とねだっておいて、やめてとは言えない。だけど、さくらの羞恥は限界に達していた。恥ずかしさで、涙が浮かぶ。
「小狼くん、本当にだめ・・・。き、嫌われたく、ないよぅ」
―――ちゅう。
「・・・っ!?!」
さくらの言葉に答えるように、首元に強い吸い付かれる。声も無く驚くさくらに、小狼は腕の力を緩めた。そうして、涙目のさくらを見下ろす。
眉を顰めたその顔は、少しだけ怒っているようにも、拗ねているようにも見えた。
「今更何を言ってるんだ。散々に可愛く焦らしておいて・・・!!」
「ほえ・・・?じ、焦ら・・・?」
涙目で瞬くさくらの額に、小狼は自分の額をコツンとぶつけた。そうして、至近距離で睨むようにして、言った。
「さくらは、自分がどれだけ可愛いか自覚するべきだ!」
「え・・・?」
「俺は・・・男なんだからな。抱きしめるだけで済むわけ、ないんだ」
小狼の言葉に、さくらはきょとんとしたあと、一気にその顔を赤く染めた。
先程、口づけられた首筋が熱を持つ。触れられている場所が、痺れるような感覚を覚えた。見つめる小狼の瞳の中に、吸い込まれてしまいそうだった。
「・・・目、閉じて。さくら」
その言葉に、逆らえる筈がなかった。甘い期待に胸は震えて、さくらの表情は色を増す。
ゆっくりと閉じた瞼の裏に、小狼の先程の表情が映る。背中に回された手に、ぎゅっと力がこめられて。唇に、吐息が触れた。
(―――・・・っ!)


「李―クーン!!」
「さくらちゃーん!どこ―――?」


「「 ・・・っ!?! 」」
突然に響いた友人の声に、二人は反射的に目を開いた。視界を埋めるのは、驚いた顔。多分、お互いに同じ表情をしている。距離の近さに驚いて、二人は同時に真っ赤になって、頭から湯気を噴いた。
呼ぶ声が近づいてきているのに気づいて、慌てて体を離される。
小狼の意識が自分から離れてしまうのが寂しくて、さくらは、引き止めるように手を握った。小狼はさくらの方を振り返ると、再び自分の方に引き寄せる。
一瞬だけ抱きしめて―――耳元で、囁いた。
『また、今度な』








「あ、いたいた。二人してどこに消えちゃったのかと思って、探しちゃったよ」
「おやおや?李くん顔が・・・もしかして僕達、邪魔しちゃった?」
小狼がなんとも言えない顔で山崎を睨むと、「当たりかー」と天を仰いだ。
千春もまた、さくらの顔が真っ赤になっているのを心配していた。風邪じゃないから大丈夫、と笑顔を作りながら、さくらはこっそりと小狼を見つめた。小狼もまた、肩越しにさくらを見て、すぐに目を逸らした。
(・・・もう少しで、触れそうだった。私、小狼くんと・・・)
自分の唇に触れて、想像する。どうしようもなくドキドキして、仕方ない。さくらは目を瞑り、鳴り響く心臓の音を聞くように、胸元に手を当てた。
(あと、三センチ。・・・また今度、ね)

 

 


 

END

 


2018.3.20 了


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