ひょこっ、と顔だけを覗かせて、さくらは教室内を見回した。
授業が終わったあとの、休み時間。たくさんの生徒が、楽しそうに話している。その中に、さくらの目当ての人物はいなかった。
心なしか、さくらの登頂部の髪がへにょりと下がる。
「あれ?さくらちゃん、どうしたの?うちのクラスに何か用事?」
「あっ、えっと、うん、そうなんだけど」
一年の時に同じクラスだった女の子が、さくらに声をかけた。赤くなるさくらを見て、ぴんと来た彼女は、教室内に呼び掛ける。
「李くん、いない?誰か知ってる?」
その声に、クラス中が注目する。突然にたくさんの視線を受けて、さくらの顔が赤くなった。
「李?そういえばいないな」
「ここのところ、授業終わるとどっかにいっちゃうよね?」
「そういや山崎もいないな」
口々に聞こえてくる情報に、さくらは密かに落胆する。
「ごめん。みんな知らないみたい。さくらちゃんが来た事、李くんに伝えておくね」
「ううん、いいの。たいした用事じゃないから、また来るね。ありがと!」
お礼を言って、足早に自分の教室に戻った。
頬が熱い。心臓がドキドキして落ち着かない。
今日は、特別な日だから。
(小狼くん、いない・・・。どうしちゃったんだろう)

 

 

 

 

 

うたを聴かせて

 

 

 

 

 

『誕生日おめでとう、さくら』
長針と短針がてっぺんで重なって、日付は4月1日になった。その瞬間、さくらは受話器越しに小狼の声を聞いた。
日付が変わって、誰よりも先に伝えてくれた。さくらは頬を赤らめて、目を閉じる。小狼の顔を思い浮かべながら、心をときめかせた。
「ありがと、小狼くん。お電話くれて嬉しい」
『こんな夜更けに、迷惑かもしれないと思ったんだが。どうしても、一番最初に言いたかったんだ』
真摯に伝えてくれる小狼に、さくらの胸がきゅんと鳴った。
時計が0時を回る少し前に、メールがあった。日付が変わった瞬間に、電話をしたいという小狼からの申し出に、さくらは二つ返事で快諾した。
明日も学校なので、そう長くは話せない。わかっていても名残惜しくて、さくらはベッドの上に腰かけて、声を潜めてお喋りをした。時折、傍で眠っているケルベロスの寝息を聞きながら。その時間が、とても幸せだった。
そろそろ切らないと。小狼が切り出して、さくらはシュンとした。
その空気が伝わったのか、電話の向こうで小狼が小さく笑った。
『明日・・・、さくらにもう一度、おめでとうって言うから。プレゼントといっしょに』
「ほんと?」
『ああ。喜んでもらえると・・・いいんだけど』
意味深な言葉に、さくらは首を傾げた。
それはともかくとして、プレゼントを用意してくれているのは、この上なく嬉しい。明日、学校で顔をあわせて、改めて小狼からお祝いしてもらえる。そう思うと、さくらは嬉しくて恥ずかしくて、頭から湯気が出そうになった。
「楽しみにしてるね!」
『ああ。おやすみ、さくら』
「おやすみなさい、小狼くん」







数時間前のやり取りを思い出して、さくらは溜息をついた。
昼休み。いつも友人達といっしょに中庭でお弁当を食べる。今度こそ会える筈だと、さくらは四時間目が終わる前からそわそわしていた。
しかし。
「李くんと山崎くんは来れないそうですわ」
「なんか、用事があるんだって!私達だけで食べよー」
知世と千春の言葉に、さくらはまたもや落ち込んだ。心配そうにする知世に、さくらは「なんでもない」と笑う。
そもそも、小狼とはクラスが違うので、そうそう会えない。休み時間に廊下から手を振ったり、移動教室の合間に偶然に会えたり。昼休みにみんなで集まる時は、隣に座ってお話が出来るので、さくらはそれを楽しみにしていた。
昨日も今日も用事で中庭には来ず、休み時間も教室にいない。今日も何度か自分から会いにいったけれど、ことごとく空振りに終わった。
―――『明日・・・、さくらにもう一度、おめでとうって言うから。プレゼントといっしょに』
(楽しみにしすぎたのかな。こんなに会えないなんて思わなかったから、寂しい・・・)
誕生日の日は特別だ。
朝、起きたら。父と兄におめでとうと笑顔で言われて、少し豪勢な朝食を食べる。ケルベロスにも一際明るくおめでとうと祝われ、学校にいけば一番に、知世におめでとうございますとお祝いされる。他のみんなからも、祝福の言葉やプレゼントを貰った。
(だけど。小狼くんにだけ、会えてない。・・・会いたいな)
こんな些細な事で、こんなに寂しい気持ちになっている。
小狼の存在がいかに大きいのかを、思い知る。
「さくらちゃん。まだお腹に空きはありますか?」
知世の言葉に、さくらはハッと我に返った。みんなといるのに、考え込んでしまっていた事を反省する。
しかし。目を向けた先にあった光景に、一気にさくらのテンションがあがった。
「かわいい!!すごい、ケーキだぁ!」
「千春ちゃんかレシピを考えてくれて、みんなで作りましたの。さくらちゃんの誕生日ですから」
カラフルでおしゃれな、一口サイズのケーキが並んでいた。一口食べて、幸せな甘さが頬を緩ませる。
「おいしい~!!ありがとう、みんな!」
瞳を輝かせて喜ぶさくらに、知世達も目を合わせて微笑む。
友達のくれた幸せなお昼休みに、さくらはひとしきり感謝するのだった。








 


(はふぅ。嬉しくて食べすぎちゃった。お腹いっぱいで、眠いな・・・)
五時間目。授業も頭に入らなくて、さくらはぼんやりと外を見ていた。
あたたかな春の日差しに、小さく欠伸が零れる。
夢の世界に誘われそうになっていると、少し開いた鞄の隙間から、携帯電話の光が見えた。
その時、予感がした。さくらは静かに手を伸ばす。
(もしかして・・・)
教師が黒板に英文を書き込んでいるのを確認しながら、こっそりと画面を開いた。
メールの送り主は、小狼だった。
(・・・!)
さくらは嬉しくて涙が出そうになった。ちら、と見て、教師に気づかれていない事を確認して、メールを開く。
『放課後に、一人で音楽室に来てくれるか?待ってる』
用件のみのメールで、詳細は書かれていなかった。なぜ音楽室なのか、なぜメールで呼び出したのかはわからない。
だけど、小狼に会える。それが嬉しくて、さくらは携帯電話を胸に抱き締めた。
(はうぅ、嬉しい・・・!待ちきれないよぉ!)








それから放課後までの授業は、なんだか物凄くやる気に満ち溢れ、さくらはいつになく真面目に授業を受けた。
ホームルームは、中座して駆け出してしまいたくなるくらいに、気持ちが逸った。
やっと終わりの号令がかかり、さくらは急いで立ち上がる。知世達に挨拶をして、教室を出た。
音楽室は、特別棟の一番上の階にある。さくらは鞄を手に、階段を駆け上がった。
下の階から、吹奏楽部が音出しをしているのが聞こえてくる。緊張のせいか、いつもより息があがっている事に気づいた。
音楽室の扉はいつも閉まっているけれど、今日は鍵が開いていた。さくらは乱れた息を整えてから、中へと進む。
さくらの目に、黒くて重厚なグランドピアノと、その向こうに西日を受けてキラキラと光る、やわらかそうな髪が見えた。
「小狼くん!」
「さくら。早かったな」
もしかしたら、と思っていた。予想が的中した。
小狼はグランドピアノの前に座って、こちらへと笑顔を向ける。さくらはドキドキと心臓を鳴らしながら、傍へと駆け寄った。
「呼び出してごめんな」
「ううん・・・!」
「さくらに、プレゼントがあるんだ」
小狼の頬も、心なしか赤い。少しだけ、緊張しているのが伝わる。さくらは小狼に呼ばれるまま、隣へと腰を下ろした。
(もしかして・・・もしかして)
「・・・下手でも笑うなよ?」
(小狼くんが、最近いなかったのって)
赤い顔で頷いたさくらに、小狼は小さく深呼吸をして、鍵盤に両手をのせた。
「ハッピーバースデートゥーユー ハッピーバースデートゥーユー ハッピーバースデー・・・、ディア、さくら」
「!」
「ハッピーバースデー トゥーユー」
歌声が響いたあと、小狼の右手が鍵盤の上を滑らかに動き、低音から高音を流れるように鳴らして、曲は転調する。アップテンポなリズムで、今度は別の曲が始まった。
(これ・・・!私が少し前に、好きだって言った歌だ!)
一度だけ話題に出した歌を、小狼はピアノを弾きながら歌い上げる。演奏も歌も、完璧と言っていい程のクオリティで。きっと物凄く練習してくれたのだと、わかった。
さくらは、うるうると目を潤ませながら、小狼の歌を聞いた。奏でるピアノの音も、あの頃より少し低くなった声も。ずっと聴いていたいと思った。さくらの胸は、感動で震える。
演奏が終わって、小狼はホッと息をはいた。そうして、おそるおそる、さくらの方に視線を移した。
そのタイミングで、我慢できなくなったさくらは、小狼に抱きついた。
「さ、さくら・・・!」
「・・・ふえぇ。小狼くん・・・!小狼くん、ありがと!すごく、すごく嬉しいよー!」
言いながら、涙が溢れた。涙声でお礼を言うさくらに、小狼は安堵の笑みを浮かべた。腕の中に飛び込んできた宝物を、ぎゅっと抱き締める。
「よかった。喜んでくれて。・・・いつか、言っただろ?さくら、俺の歌も聞きたいって。だから、その・・・、練習してたんだ」
「すごいよ!ピアノも、お歌もすごく素敵だった!小狼くん、なんでも出来てすごいよぉ」
「ほ、褒めすぎだ。バカ」
抱き締める力が緩んで、至近距離で見つめられる。ドキンと心臓を鳴らすさくらを、小狼は優しい目で見つめた。
小狼はさくらの涙の痕を指で撫でたあと、額を合わせる。先程まで鍵盤を弾いていた、小狼の右の掌と、さくらの左の掌が触れる。自然に指が絡まって、ぎゅっと繋いだ。
「喜んでくれたなら、よかった。さくら、誕生日おめでとう」
「・・・えへへ。よかったぁ。今日、会えないから。少し不安だったの」
自分が生まれた日は、やっぱり特別で。大切な人にお祝いしてもらえて、もっともっと特別なものになる。
だからこそ、小狼に会えない事が、あんなにもさくらの胸を切なくさせたのだ。
小狼はそれを察してか、さくらを優しく抱き締めてくれた。さくらも、寂しい思いをした分、存分に甘えた。小狼の胸に頬擦りして、上目使いで見つめる。
「小狼くん・・・」
「・・・!」
さくらは小狼の名前を呼んで、目を閉じる。一気にその場の空気が甘くなった。小狼は顔を赤くして、何やら周囲を見回す。
躊躇する小狼だったが、キスを待つさくらの赤い頬だとか、やわらかそうなピンクの唇を見て、我慢できないとばかりに距離を詰める。
―――ちゅ。
触れた唇は一瞬で、すぐに離れた。目を開けると、耳まで真っ赤になった小狼がいたので、さくらは嬉しくなった。
「もういっかい、して?」
「・・・!さ、さくら。あのな、今はその」
「誕生日だから、特別。・・・だめ?」
自分でも照れてしまうくらい、大胆になれた。いつもは我慢していた願望が、口から零れる。
恥ずかしいけれど、今日は甘えたい。
(誕生日だから、いいよね?)
ダメじゃない、とさくらの耳元で囁いてから、小狼はまたキスをくれた。触れるだけのキス、深いキス。さくらの可愛い「もういっかい」に応えて、何度も―――。
「・・・んっ、小狼くん・・・♡」
「さくら・・・」
キスをして、優しく抱き締めてくれる。小狼の腕の中で、さくらは幸せな笑顔を浮かべた。
「ね。今度は、さくらもいっしょに歌っていい?」
「・・・いっしょに?」
「うん!小狼くん、いっしょに歌お!」


ピアノの旋律が響く。二人の歌声はぴたりと合わさって、幸せなメロディーを奏でる。
聴く者を幸せにして、いつのまにか笑顔になる。そんな歌声だった。
「・・・素敵ですわ・・・♡さくらちゃん、李くん」
「うんうん。さくらちゃん、すごく嬉しそう!よかったぁ」
「李くん、確実に僕達の存在忘れてるよね」
「歌が終わったらケーキとクラッカーで派手に登場する計画でしたよね。どうしましょう?」
「今乱入したら確実に馬に蹴られそう~」
音楽室の入り口でこっそりと二人のデュエットを聞いていた友人達は、なんやかんや言いながらも、幸せそうに頬を緩めるのだった。
カメラ越しに見つめていた瞳を、二人に向けて、知世は優しく笑った。
「さくらちゃん。誕生日おめでとうございます。今年も、お幸せに・・・♡」














おまけ



「もういっかい、して?」
「・・・!さ、さくら。あのな、今はその」
「誕生日だから、特別。・・・だめ?」
可愛らしくねだる、その顔に。『NO』といえる人間がいたらお目にかかりたいと、小狼は心の中で思った。
(可愛すぎるだろ・・・)
いつになく我儘になるさくらが、その可愛い願い事が、小狼は嬉しくて仕方なかった。
「仕方ないな。誕生日だから、特別な」
「うん!」
誕生日じゃなくても。特別な日じゃなくても。
こんな風に、甘えてほしい。もっと我儘になってもいい。さくらの欲しいものなら、なんでも叶えてあげたい。
小狼はそう思った。


二人で歌ったあと、音楽室は一気に賑やかになった。痺れを切らした山崎達が乱入して、さくらの誕生日をお祝いしたのだ。
手作りのホールケーキ、賑やかなクラッカー。笑顔と共に渡されるおめでとうの言葉に、さくらは何度もありがとうと言って喜んだ。
少し経って、小狼とのやり取りを見られていた事に気づいて盛大に照れていたけれど、それ以上に幸せそうだった。
サプライズは、大成功だった。
―――そして、夜。
数ヵ月前から準備して、なんとか木之本家の許しを得た小狼は、自室にさくらを招いた。そして、二人だけの誕生日パーティーをした。
手作りの夕飯をいっしょに食べて、たくさんおしゃべりをして。
甘い空気になって、二人はたくさんキスをした。
キスの合間に、さくらは微笑む。その笑顔にドキリと心臓を鳴らす小狼に、さくらは言った。
「小狼くん。・・・もういっかい、うたって?」
「・・・さくら。もう何度目だ?」
「だって、何回でも聞きたいんだもん」
「俺はあんまり歌は得意じゃないんだぞ?そんなに上手くないし・・・」
「・・・ううん。小狼くんのおうたが聴きたいの」
なんでも願いを聞いてやりたいとは思ったけれど。まさか、夜になっても歌をねだられるとは。
何度もキスをして、幸せの絶頂に至ったさくらは、とても可愛かった。暴走してしまわないよう、小狼は理性総動員で耐えた。
すっかり甘えん坊になったさくらは、子守唄をせがむ子供のように、小狼に「もういっかい」とお願いした。
「仕方ないな。もう一回だけだぞ」
「・・・うん!」
耳を澄ませて、幸せそうに笑って目を閉じる。さくらの耳元で、小狼は囁くような声で歌った。
ただ一人。大切な彼女の特別な日に、祝福を。
「ハッピーバースデー、ディア・・・さくら。・・・・・・―――」
消えそうなくらい、小さな小さな声で綴られた、言葉。
吐息と共に、さくらの鼓膜を震わせた。
「っ!?」
不意打ちのプレゼントに、さくらは閉じていた目を開ける。林檎のように真っ赤になった頬を撫でて、小狼は笑った。
―――『・・・ディア・・・さくら。・・・・・・大好きだ』
涙を浮かべて笑う、さくらの唇に。優しくキスをした。
「誕生日だから、特別な」

 

 

 


END

 

 

さくらちゃんお誕生日おめでとう~~~!!!!!今年も大大大大大好きです!!!♡♡♡

小狼とのデュエットはまさかの公式からプレゼントされちゃいましたね・・・!まだ聴けてないのだけど、しゃおさデュエットとか、もうもう冷静ではいられない!それくらい最高のプレゼントです!!たのしみ!!!!!

さくらちゃん、おめでとう!小狼にもっともっと甘えてね♡

 

2021.4.1 了

 

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