「ふたごって、顔がおなじなんだぞ!テレビでやってたの見た!」
「全然にてないし、ほんとうは、お前かアイツが『ひろわれっこ』なんだろー」
「そーだそーだ!!お前ら本当はふたごじゃないんだー!」




「小狼くんっ!木之本小狼くん!!早く来て、さくらちゃんが・・・っ!!」
「!?」
園内で、若い女の先生が血相を変えた表情で名前を呼んだ。小狼はすぐに立ち上がると、全速力で走った。
ともえだ幼稚園、チューリップ組の中でも一番足が速い。―――特に。双子の妹、さくらの事になると、他の園児では到底追い付けない程の脚力を見せた。
「さくら!!」
外の砂場では、倍ほどはあるかと思われる大きな体の男児の上に馬乗りになって、ぽかぽかと叩いている少女の姿があった。小狼の声に呼ばれて、少女―――さくらは、ハッと我に返って手を止めた。
小狼が駆け寄って両手を差し出すと、吊り上げていた眉をへにゃりと下げて、無言のまま抱き着いた。小狼は、自分の肩口に顔を埋めて大人しくなったさくらを、男児の上から下ろす。
さくらの下敷きになっていた男児は泣きべそ面で、その横にいた二人の友達も尻餅をついて呆然としていた。おそらく、さくらの勢いに驚いてしまったのだろう。砂だらけになっても、さくらは小さな拳を振り上げて、ぽかぽかと殴っていたらしい。
「他の子が見てたらしいんだけど、さくらちゃんが大助くん達にからかわれて怒っちゃったみたい。ごめんね。私達が止めても、何度も向かっていくから、どうしようかと思ったの。小狼くん、さすがお兄ちゃんね」
「・・・ごめんなさい。あとで、おれが代わりに謝ります」
「うん。さくらちゃんも、あとででいいから。大助くん達に、ちゃんと謝ろうね?」
優しく諭すように言われて、さくらは無言のまま、ふるふると首を横に振った。あらあら、と困った顔の先生に、小狼はぺこりと頭を下げる。
さくらを連れて教室に帰っていく小さな後姿を見て、先生は息を吐いた。そこに、大助達の手当てをしていた他の先生が、声をかける。
「大きな怪我はないし、落ち着いたらあとで話を聞く事にしたわ。さくらちゃんは?大丈夫?」
「うん。お兄ちゃんが一緒だから、多分。・・・さくらちゃん、いつもみんなに優しくて、喧嘩なんかする子じゃないのに。よっぽど、ショックだったのね」
―――『ひろわれっ子なんかじゃないもんっ!小狼くんとさくらは、ふたごだもん!』
同じ言葉を繰り返していたさくらの顔は真っ赤で、泣きそうに歪んでいた。

 

 

 

 

 

もしかしてツインズ に 【前編】

 

 

 

 

 

「・・・あ!あの、今お時間あります?よかったら、街頭アンケートに協力してもらえませんか?」
「ほぇ?」
大きな交差点の前で信号待ちをしていたところ、突然に声をかけられた。
さくらは目を瞬かせて、声をかけてきた女性を見た。少しばかり化粧が濃い目で、香水の匂いがする。その手には書類とペンがあって、一枚をさくらへと差し出した。
しかし。それを受け取ったのは、さくらではなく後ろにいた青年―――小狼だった。
「小狼くん」
「・・・すいません。協力できません」
小狼は渡されたアンケートをざっと見たあと、申し出をぴしゃりと断った。突き返されたそれと小狼の顔を交互に見た後、女性は諦めきれずに声をかける。
「ほんと、大した時間取らせないので・・・!通りかかったカップルみんなにお願いしてるんです。お礼に、有名店のパンケーキ無料券を渡してますから、よかったら!」
パンケーキのくだりで、さくらの目の色が明らかに変わった。
それでなくても、食い下がる女性に対して協力したいという気持ちが、さくらの中に生まれ始めていた。『困っている人が目の前にいたら助けたい』と、常日頃から無意識に思っているさくらだから、仕方ない。
それを表情一つで読み取った小狼は、眉根を寄せて溜息をひとつ。立ち止まったさくらの肩を抱いて、自分の方に引き寄せた。
「すいません。時間がないとかじゃなくて、協力出来ないんです。俺達、カップルじゃないので」
「え・・・!?」
肩を抱いて密着して、誰の目から見ても恋人同士にしか見えない。しかも、二人とも容姿端麗で非常に絵になるのだ。だからこそ、女性は二人に声をかけた。しかし、カップルじゃないという言葉を聞いて、驚きに足が止まる。
青信号がチカチカと点滅して、二人は急いで駆け抜けた。横断歩道を渡り終えたところでさくらは振り返り、声をかけてきた女性に向かって言った。
「協力出来なくてごめんなさい!私達、双子なんですー!」
「・・・えっ!?!」
さくらのその言葉に、言われた女性だけでなく通りかかった人の多くが、驚きの声をあげた。やがて信号は赤に変わって、二人の姿は人混みに紛れて見えなくなった。
「パンケーキ、いいなぁ。食べたかったな・・・。どこのお店だったんだろう?」
「恋人同士のフリした方がよかった?」
「え?うーん・・・。でも、嘘はダメだよね。だって、私と小狼くんは双子だもん」
「そうだな」
「双子アンケートとかないのかなぁ」
「ないだろうな」
肩を抱いていた小狼の手が離れて、代わりにさくらの手を握った。人混みに来るとはぐれてしまう恐れがある為、子供の頃からそうする事が自然だった。さくらは繋いだ手をそのままに、小狼の腕に抱き着く。そして、じっ、と上目遣いで見つめた。
「・・・そんな物欲しそうに見ても、パンケーキ屋には寄らないぞ」
「すごい!小狼くん、なんで私が考えてる事わかるの?双子のテレパシー?」
嬉しそうに言うさくらに、小狼のポーカーフェイスも崩れて、思わず笑みを零した。テレパシーなんか無くても、さくらの考えてる事くらいは分かる。そう言うと、さくらは不思議そうに首を傾げた。
「うーん。でも、私は小狼くんの考えてる事、あまり当てられないんだよね。私にはテレパシーの力がないのかなぁ」
「・・・ふーん?例えば今、俺が考えてる事。わかるか?」
「えっとね!本当は、さくらをパンケーキ屋さんに連れてってあげたいなって思ってる?」
キラキラと目を輝かせて、「ね?ね?」と分かりやすくおねだりするさくらに、小狼は複雑な表情を浮かべた。
ここで甘やかしてはダメだと、表情を引き締めようとするのに。さくらの顔を見ていたら、どうしても頬が緩んでしまう。
小狼は、こほん、と咳ばらいをして、ポケットに入れたメモ用紙をさくらに見せた。
「来週末の課外学習の用意、何も出来てないんだぞ。今日中に、これ全部揃えないとダメだって分かってるか?」
「うん。でも、まだお昼だもん」
「あとで急ぐことになっても知らないぞ。文句言うなよ?」
「うん!」
「・・・はぁ。わかった。この辺りでパンケーキが美味しい店、調べるから。ちょっと待ってろ」
小狼は眉間の皺をそのままに、溜息をついた。言い終わるが早いか、ポケットから携帯電話を取り出し、周辺の情報を調べる。その間、一分少々。小狼は「よし」と言うと、さくらの手を取って歩き出した。
「小狼くん、ありがとう!大好き!」
「・・・はいはい」
呆れた口調とは裏腹に、その笑顔はひたすらに甘い。さくらの髪をくしゃりと撫でて、手を引いて歩いて行く。その姿は、やはり誰が見ても恋人同士の甘さと寸分違わない。
道行く人が、仲睦まじい二人の様子に目を奪われる。花が飛ぶようなさくらの笑顔と、それを見つめる小狼の穏やかな瞳に、羨望の視線が多く集まるのだった。










星條高校の二年生の恒例行事、課外学習とは。
自然の中で独創性と感受性を育て、地球環境の素晴らしさと課題を知り、集団生活をする事で協調性を学ぶ。―――つまりは、隣県の山に赴いて頂上を目指してひたすらに歩き、頂上にあるキャンプ場にてご飯を作り、一泊して帰ってくると言う宿泊学習だった。
「お天気よくて気持ちいいね!今、半分くらい来たかなぁ」
「そうだね。ちょっと道、険しくなってきたし」
んー、と大きく伸びをして、さくらは言った。隣を歩く千春が、先に続いている道と手元の地図を交互に見て、頷く。先頭を行く二人に、後ろから声がかかった。
「ま、待って・・・さくらちゃん、千春ちゃん!二人ともペース、早い・・・っ」
「ほほほ・・・!息は切れても、さくらちゃんの雄姿はばっちりカメラに収めてますわ・・・っ」
さすがはチアリーディング部。鍛えているだけはあると、文化部の奈緒子と知世は心底思った。
後方を見ると、よろよろと遅いペースで登ってくるクラスメイトの姿が多く見えた。さくらは背伸びをして誰かを探しているようだったが、見つからなかったのか小さく息を吐いた。
「さくらちゃん、りーくん探してるの?」
「あ・・・っ、うん。小狼くんと山崎くんは、みんなの一番後ろから登ってくるんだよね。じゃあ、まだずっと下の方かなぁ」
「そうだね。合流は頂上になるかも」
わかっていても、一緒にいられないのが少し寂しい。そう思っている事が顔に出ていたのか、千春は笑みを浮かべてさくらの頬をツンと突いた。
「さくらちゃんは本当に、りーくんが好きなんだね」
「ち、千春ちゃんだって・・・!山崎くんと一緒に山登りしたかったでしょ?」
「そりゃそうだけど。今年は二人とも委員になっちゃったし、仕方ないよ。それに、いちいち山崎くんのボケにツッコミいれながら登る方が疲れそうだしね」
神妙な顔で溜息をつく千春に、さくらは「ほぇ?」と首を傾げた。今頃は、山崎の繰り出す嘘の連続に、小狼が疲労を見せている頃だろうか。友人達は乾いた笑みを浮かべ、心中でこっそりと小狼にエールを送った。
「・・・懐かしいね。小学生の頃も、こんな風に山に登ったよね」
「あ!覚えてる!もっと小さい山だったけど、頑張って登ったよね。頂上でお弁当食べて、みんなで遊んだね。懐かしい」
今一緒にいる友人達は、殆どが小学生の頃からずっと仲良くしている。こうやって、共通の思い出で盛り上がれるのは嬉しい。前に足を踏み出しながら、さくらは小さい時の事を思い出していた。
―――『ふえぇ。こわいよぉ。さくらは、ここだよー!』
暗い空から降りだした雨に、一気に心が弱くなって、涙が溢れた。滲んだ曇り空と、真っ黒な木々に怯えて、ひたすらに名前を呼んだ。
そうだ、あの時も。
「そういえば、さくらちゃんあの時いなくなっちゃったんだよね。かくれんぼの途中で、誰も見つけられなくて。集合時間になっても戻ってこないから、ちょっとした騒ぎになったよね」
「そうそう。でも、りーくんが見つけたんだよね!泥だらけになって、二人で戻ってきたの。誰も見つけられなかったのに」
「やっぱり双子なんだなぁって、あの時感動しちゃった」
千春達が、きゃあきゃあと盛り上がって話す言葉を、さくらはただ静かに聞いていた。
脳裏に、蘇る。あの時の小狼の顔も、自分へと伸ばされた泥だらけの手も。今でも、はっきりと覚えている。
「・・・うん!小狼くんは、本当にすごいんだぁ」
いつものように笑って言ったさくらの横顔を、知世は少しだけ悲しそうな顔で見ていた。








「よし。各班、無事に点呼終了したな。じゃあ、班ごとにカレー作りの準備に取り掛かるように!全員で協力しないと、昼飯抜きになるからなー」
妙に張り切った教師の言葉に、生徒達はやや疲労困憊といった調子で返事をする。険しい山道を登ってきたせいで、空腹感も増している。
よろよろと疲れた背中に、明るい声がかかった。
「カレー、きっと美味しいの出来るよ!みんなで食べるの楽しみだね!」
「さ、さくらちゃん・・・!」
キラキラとしたさくらの笑顔に、クラスメイト達は癒された。男子生徒は揃って顔を赤らめ、だらしない笑みを浮かべる。
エプロン姿のさくらに引き寄せられるように男子達が歩いて行くと、ガンッ、という大きな音と共に、じゃがいもやニンジン、根菜の入った木箱が行く手を遮る。
見ると、眼光を鋭くした小狼が、男子達を見下ろしていた。
「さっさと散ってちゃっちゃと作れ」
有無を言わさぬ迫力に、男子達は「うぐぐ」と悔しそうに地団駄を踏む。さくらの浮かれた後姿も、跳ねる髪先も可愛い笑顔も、小狼によって隠されてしまう。いつもの事だ。
「わ、わかってるよ!」
「山の上くらい大目に見ろよなシスコンッ」
涙目になってすごすごと去っていく男子達に、小狼は一層疲れた溜息をつくのだった。
―――数十分後。大きな鍋でコトコトと煮こまれた野菜とお肉に、ブイヨンとカレー粉が投入され、美味しそうな匂いが漂い出した。さくらはお玉でカレーを混ぜながら、ご機嫌に歌っている。
「うちの班が一番乗りかな?りーくんも木之本さんも料理の手際がいいから、僕ら助かっちゃったね」
サラダを盛りつけながら、山崎がそう言った。
「えへへ。食事当番とか交代でやってるから。でも、私より小狼くんの方が美味しいの!」
「そんな事ない。俺よりも、さくらの方が美味いんだ。・・・時々失敗するけど。頑張ってる姿が可愛いから、それも含めて美味しい」
「小狼くん・・・それ、褒めてる?褒めてないよね?」
仲良し双子のやり取りに、山崎は「あはは」と笑う。あと少し煮込んだらカレーは完成だ。飯盒担当の小狼は見事に白いご飯を炊き上げて、あとはお皿に盛りつけるだけ。
それを横目に見ていた他の班の生徒達は、我慢できずに声をあげた。
「ずるいずるい!そっちの班、偏ってるだろ!こっちは料理下手な女子しかいねぇんだよ!!」
「はぁ!?アンタ達がニンジン皮のまま投入するからやり直したんでしょう!?」
「頼む!木之本さん、こっち手伝って!!このままじゃ俺達の班だけカレー食べられない!!」
「さくらちゃん、お願い!」
頼まれると嫌とは言えない。さくらはさして悩むことなく「うん、いいよ」と頷いた。
大喜びする男子達に、小狼は一瞬眉根を顰める。が、何も言わずにさくらから渡されたお玉で、カレー鍋をかき混ぜ始めた。
「さくらちゃん、すごいね。私、不器用だから料理とかほんと苦手・・・。女子なのにやばいよね」
じゃがいもを剥いていると、さくらの手元を見てその女生徒は溜息をついた。
「真緒ちゃん。お料理苦手なの?私も、最初は全然出来なかったんだよ。ちっちゃい頃に包丁練習しようとしたら、小狼くんにすごく心配されて、怒られちゃったし」
「木之本くん、その頃から過保護なんだぁ。・・・あんな格好いいお兄ちゃんがいたら他の男の子なんて好きにならないでしょ?」
「えっ?えっと・・・。小学生の時にね。大好きな人がいたんだ。でも・・・、憧れと混同してたみたい。ちゃんと男の子を好きになったことって、ないかも」
さくらは顔を赤くして、歯切れ悪くそう言った。
しかし、手元は相変わらず器用に動く。するするとじゃがいもの皮を剥いて、一口大に切る。真緒の切った少し小さめのじゃがいもも、同じように鍋に投入する。
その時。さくらは、真緒の左手に光るものがある事に気付いた。細い薬指に、華奢なシルバー。じっ、と見つめると、今度は真緒の顔が真っ赤になった。
「真緒ちゃん、もしかして彼氏さんがいるの!?」
「わぁ!さくらちゃん、声大きい!」
勢いよく口を塞がれ、さくらは大きな目を瞬かせた。
周りの生徒は、みんな自分の作業で手いっぱいでこちらの会話は聞いていないようだ。真緒はホッとして、少しだけ顔を綻ばせて、指輪の嵌った左手を見つめた。
「この前、初めてプレゼントもらって・・・。指輪で、びっくりしちゃった。けど、嬉しかったんだぁ。先生に見つかったら没収されちゃうけど。今日、どうしてもしていきたかったの」
とろけるような笑顔を見て、さくらの顔もつられたように綻んだ。
恋とか愛とか、自信をもって語れる程の経験もなく、さくらにとっては未知数の事だ。だけど、誰かを大切に想う気持ちは、充分にわかるから。
「よかったね、真緒ちゃん」
「うん・・・!あっ、大変!焦げちゃう・・・!」
お喋りに夢中になっている間に、カレー鍋からは香ばしい香りがしてきた。さくらと真緒は焦ってかき混ぜ、事なきを得ることが出来た。
「はぅ~、よかったぁ・・・。こういうところ、いつも小狼くんに注意されちゃうの」
「ふふっ。木之本くんが過保護にしたくなる気持ち、ちょこっとわかるな」
「えぇ?真緒ちゃん、ひどい!」
二人は顔を見合わせて笑うと、調理を再開した。
そうして。無事に出来たカレーをみんなで美味しく食べて、大満足のキャンプになったのだった。








日が沈み、生徒達は宿泊する施設へと戻った。クラスごとに夕飯を食べて、順番にお風呂に入る。お揃いのジャージ姿が、心を浮かれさせた。はしゃぐ生徒達の中、さくらも例外ではなく、いつもよりも数割増しの笑顔で過ごしていた。
「さくら。ここは家じゃないんだから、あんまり無茶するなよ。俺がいつも傍にいられるわけじゃないんだからな」
「もう。何も起こらないよ。小狼くんの過保護―」
お風呂上がり。小狼の班の男子達と、さくらの班の女子達で連れ立って部屋へと向かっていた。途中、ゲームセンターやお土産屋さんに寄って、みんなで遊んだ。はしゃぎすぎて、引率の教師に注意されたくらいだ。
エレベーターから降りて、小狼とそんな軽口を交わしながら歩いていく。
「さくらちゃん、ストップ!私達はこっち!」
「あっ・・・、そ、そっか」
小狼の後にくっついて、そのまま男子部屋に突入しそうになったところで、待ったがかかった。
さくらは恥ずかしさから顔を赤くして、えへへと笑う。小狼は呆れた顔で溜息をつくと、さくらの額を軽く指で弾いた。
「おやすみ。もうすぐ消灯だから、大人しく寝るんだぞ」
「はーい。おやすみなさい!」
小狼とさくらは、手を振ってそれぞれの部屋へと分かれた。






「はぁ。なんか、変な感じがする」
「もー、さくらちゃんってば」
「学校の外でも相変わらずイチャイチャするなぁ、木之本双子は。普通の恋人同士でもそんなに仲良くないよ?」
「さくらちゃんは、りーくんと同じ部屋にいるのが癖になっていますから。離れて眠るのが逆に新鮮なんですわね」
「えっ!さくらちゃん、木之本くんと一緒に寝てるの!?布団も一緒!?」
「ち、違うよぉ!小さい時は一緒に寝てたけど。今は、二段ベッドで分かれてるもん」
「・・・でも、部屋は同じなんだ?」
「う、うん」
ルームメイト達に一斉に見つめられ、さくらは「ほぇ?」とたじろぐ。女子達はさくらの顔をジッと見たあと、揃って溜息をついた。
「この双子は世間一般の常識で考えちゃダメよね・・・」
「うんうん」
その時。部屋の扉がノックされた。
もうすぐ消灯間近なのに、誰だろうと全員が顔を見合わせる。もしかして男子が遊びに来たのかも、と。淡い期待を抱いて扉を開けると、そこには真緒が一人で立っていた。
「真緒ちゃん?どうしたの?」
真緒は顔面蒼白で、目には涙を浮かべていた。潤んだ目は頼りなく彷徨ったあと、さくらへと注がれる。「ちょっといい?」と呼ばれ、さくらは急いで立ち上がった。
部屋の外に出ると、真緒は涙を零して、「どうしよう」と狼狽えた。さくらはオロオロとしながらも、真緒の背中を撫でて落ち着かせようとする。ひく、としゃくりあげながら、真緒は言った。
「指輪が、無くなっちゃったの・・・。どうしよう、さくらちゃん。大切な指輪なのに・・・!」
「えっ!?でも、カレー作ってた時はちゃんと着けてたよね?」
さくらの問いかけに、真緒はこくこくと頷いた。
次の言葉がなかなか出てこなくて、焦りそうになるのを堪える。さくらは、チラ、と時計を見た。もうすぐ、消灯の点呼が始まってしまう。
「そのあと、洗い物する時に無くしちゃ嫌だから、外してポケットにしまったの。でも、気付いたら無くて・・・。もしかして、落としちゃったのかな。私、今から行ってこようかな」
「えぇっ!?でも、外は真っ暗だよ!明日になってから・・・」
「明日までなんて待てないよ!・・・さくらちゃんお願い!」
続く言葉を聞いて、さくらは困惑の表情を浮かべた。
窓の外は暗い。この施設も時期に消灯時間になって、暗くなるだろう。無茶をするな、という小狼の声が聞こえてくる。
だけど、目の前で涙ながらに懇願する友人を無下にする事も、さくらには出来なかった。
(どうしよう・・・!)


 

 

後編へ


 

 

 


2019.1.27 了

 

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