その日が近づくにつれて、日本列島は梅雨を脱出してあっという間に夏色に染まった。照りつける太陽、青空を覆いつくす入道雲。気温はぐんぐん上昇して、今年一番の暑さになった。
待ち合わせ場所に駆けていく途中で、さくらは立ち止まる。日陰に入り、汗ばんだ額をハンカチで抑える。ショーウィンドウのガラスに映った自分の姿を見て、軽く髪形を直した。
もうすぐ会えるという緊張が、更に体温をあげていく。
(暑い・・・けど、晴れてよかったぁ)
燦々と照りつける太陽を見上げて、さくらは眩しそうに目を細める。そうして、再び走り出した。きっと彼の事だから、待ち合わせ時間より早く着いているかもしれない。そう思うと、走る速度が自然と増した。
―――早く、会いたい。
逸る気持ちを胸に、さくらは走った。

 


 

 

 

Summer Sweet Sherbet

 

 

 

 

 

喫茶店の扉を開くと、カラン、と鐘の音が鳴って、冷たい風が全身を包んだ。店内は冷房が効いていて、外とはまるで別世界のようだった。汗が、あっという間に引いていく。
「いらっしゃいませ。おひとりですか?」
「あ、いえ。待ち合わせで・・・」
さくらは、店内を見回す。小狼の姿は見当たらなかった。勝ち負けの問題ではないのだけれど、なんとなく先に着いた事が嬉しい。小さくガッツポーズをするさくらに、店員は怪訝そうに眉を顰めた。
「お客様?」
「・・・あっ。ごめんなさい。えっと、二人です。もう一人は、あとから来ます」
「ご案内します」
メニューを手に、店員が店の奥へと進む。さくらも、それに続いた。
喫茶店の中はなかなかに混みあっていて、冷たい飲み物やデザートを頼んでいる人が多く見られた。多分、みんなこの暑さに参って、涼みに来ているのだろう。
さくらが案内された席は、店の一番奥の席だった。ちょうど二人分入れるくらいの、小さなスペース。手狭ではあるけれど、他の席からは死角になっていて、妙に落ち着く。
手前の席へと座ったさくらの前に、水が出された。透明なグラスに氷が当たって、涼し気な音が鳴る。
「本日のデザートは、メロンのアイスクレープです。店内は込み合っていますので、お食事は多少の時間をいただいております。先に、ご注文はありますか?」
「え、えっと・・・」
やや早口で問いかけられ、さくらは焦る。目の前の空席をじっと見つめたあと、店員を見上げて言った。
「注文は、もう一人の人が来てからにします」
「かしこまりました。メニューはご覧になられますか?」
「あ、はい。見たいです」
店員は無表情のまま、さくらに見やすいようにメニューを開き、手渡した。仕草は丁寧なのだけれど、無表情なのでなんだか緊張する。男はぺこりとお辞儀をすると、持ち場に戻っていった。
(なんか、ちょっと怖い感じだったな・・・。すごく美人さんだったけど・・・男の子、だよね?)
ふ、と息を抜いて、さくらはメニューをぱらぱらと捲った。甘いスイーツや、この時期限定の冷たいかき氷のページに、思わず目が奪われる。
どれにしようかと、真剣に悩み始めた頃。入口の鐘が、カランと音を立てた。
ぱっ、と顔を上げる。さくらがいる席からは入口の方は見えなくて、店に入ってきたのが小狼かどうかはわからなかった。しかし。俄かに、店内のざわめきが大きくなったような気がする。
ドキドキしながら待っていると、先程の店員が奥へと入ってきた。そして、自分の時と同じように、無表情で「こちらです」と案内する。
後ろから顔を出したのは、小狼だった。
「小狼くん!」
「ごめん。遅れて」
小狼の額には、少しだけ汗が滲んでいた。多分、急いで来てくれたのだろう。それがわかっただけで、さくらは嬉しくなった。笑顔で「ううん」と首を振るさくらに、小狼もホッとしたように笑んだ。
ほわわ、と花が飛びそうな甘い雰囲気の中に、第三者の声が落ちた。
「ご注文がお決まりの頃にお伺いします」
冷ややかな目に睨まれた気がして、さくらは思わず肩を震わせる。その反応に、小狼は不思議そうに首を傾げた。
店員がさがった後に、小狼が聞いた。
「どうかしたのか?」
「う、ううん。なんでもないの。小狼くん、何か飲む?」
「ああ。さすがに今日は、冷たいのを入れたいな」
「ふふっ。今日、すごく暑いもんね!」
ひとつのメニューを二人で見ながら、他愛ないおしゃべりに花を咲かせる。ひとしきり話したあと、さくらはハッとした。早く決めないと、さっきの店員が注文を取りに来てしまう。慌ててメニューを見始めたさくらに、小狼はやっぱり不思議そうにする。
その時。タイミングを見計らったように、店員がやってきた。
「ご注文はお決まりですか?」
「は、はい!私は・・・かき氷にしようかな!苺の、アイスクリームが付いてる、これ!お願いします」
「俺は、アイスオレで」
「かしこまりました」
店員はてきぱきと手元の伝票に書き込むと、メニューを手に下がっていった。
なんだかよくわからない緊張で、汗をかいた。さくらは、手元の水を二口程飲んで、ふうと息を吐く。ふと、視線を感じて顔を上げると、小狼が心配そうにこちらを見ていた。
「大丈夫か?顔色、悪い気がする」
そう言って、小狼の手がさくらの頬に触れる。まだ少し熱い、小狼の体温。それを感じて、さくらの心臓が大きく跳ねた。今更ながらに照れて、かぁぁ、と頬が赤く染まる。
恥ずかしいけれど、触れてくれることが嬉しくて。ここが外だという事も忘れて、抱き着きたくなった。
さくらの反応に、小狼もつられたように頬を赤らめた。
慌てて引っ込めようとした手を、さくらの手が摑まえる。頬を包む小狼の手に、自分の手を重ねて。さくらは、笑った。
「小狼くんの手、あったかいね」
「・・・っ、汗、かいてないか?」
「うん。少しだけ、しっとりしてる。でも、あったかい」
「・・・。さ、さくら。手、放して」
「もうちょっとだけ、こうしててもいい?」
甘えるように言ったさくらに、小狼は困った顔で横をチラと見た。
次の瞬間、二人の間に、勢いよくグラスが置かれる。
「アイスオレです」
無感情な瞳で一瞥し、不愛想に注文の品を置いて、店員は足早に去っていった。
さくらは、今の自分達の状況を省みて、途端に動揺した。いくらこの席が他から死角になっていたからといって、お店の中でこんな恥ずかしい事をするなんて。
反省するさくらを見て苦笑すると、小狼はそっと手を戻した。そうして、運ばれてきたアイスオレを一口飲む。
「おいしい。この店、おいしいな」
先程の事などなかったかのように、小狼はにこやかに笑ってそう言った。
「そう・・・?よかった!利佳ちゃんがね、教えてくれたの。コーヒーがすごく美味しい店だって。だから、小狼くんが喜んでくれるかなって・・・そう思って」
言いながら、少し恥ずかしくなる。顔を赤らめるさくらを、小狼は愛おしそうに見つめた。その甘やかな視線に、さくらの鼓動が大きくなる。
言葉もなく、見つめあう。それは、どれほどの時間だったのだろう。店内の喧騒さえも、今この時、二人の耳には心地いいBGMになる。
アイスオレのグラスが汗をかいて、滴が落ちる。カラン、と。氷が鳴った。
「今日、さくらに任せてよかったのか?」
小狼の問いかけに、さくらはハッとする。見惚れていたことを恥ずかしく思いながら、慌てて返事をした。
「うんっ・・・。でも、まだちゃんと決めてないの。小狼くんが喜ぶところはどこだろうって、色々調べたんだけど・・・」
とりあえず、コーヒーが美味しいと評判の喫茶店で待ち合わせをして。それから、次の場所を決めようと思っていた。悩み始めたさくらに、小狼は言った。
「新しいショッピングビルは?この前、さくらが行きたいって言ってただろ」
「そこは、私が行きたいところでしょ?今日は、小狼くんを私のお買い物に付き合わせるわけにはいかないよ」
「別に構わないのに。・・・じゃあ、隣町の水族館は?前に、行ってみたいって言ってた」
「それも、私が行きたいところになっちゃうよ。小狼くんが行きたいところに行きたいの!だって・・・今日は、小狼くんの誕生日だから」
真剣な表情でそう言ったさくらに、小狼も一瞬真面目な顔で固まる。
しかし次の瞬間、ぷ、と噴き出して、小狼はおかしそうに笑った。その反応に、さくらは些かムッとする。
「な、なんで笑うのぉ?」
「いや、ごめん。さくらが、必死に考えてくれるの嬉しいんだ。・・・でも、さくらが行きたいと思う場所は、俺も行きたいと思うし。というよりも・・・二人なら、どこでもいいんだ」
小狼の言葉に、さくらの心臓がまたも大きく跳ねた。少し赤らんだ頬が、笑いかけてくれる顔が、鼓動を速める。冷房で冷えた体が、一気に熱くなった。
さくらは恥ずかしさから、小狼から目を逸らし、おもむろに天井を見上げて言った。
「れ、冷房、きいてないのかな?」
「ん?」
「急に、暑くなってきちゃ・・・、っ!!」
膝の上に置いたさくらの手が、小狼の手に取られる。小さなテーブルの下で、ぎゅっと握られた。
汗ばんだ手が、恥ずかしくなる。さっきと逆だ、と。さくらは、潤んだ瞳で小狼を見つめた。
「暑い?」
「うん・・・」
「手、離そうか?」
「ううんっ・・・このまま、繋いでて」
さくらの答えに、小狼は嬉しそうに目元を綻ばせた。
空いた手でアイスオレを飲む小狼を見て、さくらも水を一口飲む。冷たい水が、喉を通って落ちる。それでも、ドキドキは治まりそうになかった。
「・・・前も、言ったと思うけど」
小狼が、ぽつりと言った。さくらは頷いて、言葉の続きを待つ。
「プレゼントは、なんでもいいんだ。なんでも嬉しい・・・。俺の誕生日を一緒に過ごしてくれて、さくらが一生懸命に考えてくれるだけで、十分だ。それだけで、嬉しい」
「うん・・・」
「俺は、その・・・、喜んだりするのがあんまり得意じゃないから。うまく伝わってないかもしれないけど・・・。今もずっと、浮かれてる。自分の誕生日が、こんなに重要になるなんて思ってなかった。お前と会ってから、俺は初めて知る事ばかりなんだ」
その言葉を聞きながら、さくらは泣きそうになった。
照れ屋で、気持ちを言葉にするのを躊躇う彼が、一生懸命に話してくれている。手を強く繋いで、指を絡めて。愛おしむように、触れる。あたたかい心が、流れ込んでくるみたいに感じた。
誕生日は、特別な日。特別なプレゼントをして、喜ばせたい。お祝いしたい。―――だけど、それ以上に。喜んだ顔が見たい。一番近くで、一緒に。今日の日を過ごしたい。
その想いが、さくらの恋心を加速させる。
(・・・今、言っちゃおうかな)
まだ、言えていない事があった。
改めて言葉にするのは照れるけれど、今なら。人々の喧騒に紛れて、そっと、小狼へと届けられる気がする。
さくらは胸に手を当てて、小さく息を吐く。目の前にいる小狼に聞こえるくらいの小さな声で、言った。
「あのね。プレゼントも、用意したの。気に入ってもらえるかわからないけど・・・あとで、渡すね」
「ん・・・。楽しみにしてる」
「あと、ね。これは言うの、ちょっと恥ずかしいんだけど・・・」
さくらは一旦言葉を切って、落ち着かせるように深呼吸をした。そうして、決心したように顔を上げる。小狼を真っ直ぐに見つめ、うるさくなる心臓の音に紛れないように、はっきりと口にする。
「あのね・・・、私、今日・・・!」
「―――おまたせしました。苺のかき氷アイスクリーム添えです」
ガタンッ
急速に、現実へと引き戻された。
苺のシロップがかかっているふわふわのかき氷に、桜色のアイスが添えられている。涼し気なガラスの容器が、目の前に置かれる。
それは紛れもなく、さくら自身が注文したものだった。しかしこの時は、すっかり頭から抜けていた。
驚きと恥ずかしさで取り乱し、跳ねた足がガタガタとテーブルを揺らした。すかさず、小狼は自分のアイスオレを掴んで、倒れるのを阻止する。
頬を赤く染めるさくらを、店員は冷めた顔で一瞥する。何も言わずに伝票を置いて、お辞儀をして下がった。
再び、気まずい空気が流れる。
照れ隠しに、ふわふわのかき氷をスプーンでかき混ぜて、一口頬張った。きん、と。強烈な冷たさに、さくらの眉間に皺が寄る。
冷たくて、甘い。熱くなった心と体を冷ますのには、ちょうどいい。
「あのね、小狼くん・・・」
「なんだ?さくら」
―――しゃくっ。
甘い氷に、スプーンを入れる。
「これが、プレゼントになるかはわからないんだけど・・・。私、その・・・、今日、帰らなくていいの」
「・・・っ!!」
キラキラと宝石のように輝く氷苺を、スプーンで掬って。小狼の前へと、差し出した。
そうして、驚く彼の瞳を見つめながら、さくらは言った。
「・・・プレゼント。食べて、くれますか・・・?」
恥じらいながら渡された言葉に、小狼の頬が一気に赤く染まった。しばし呆然としたあと、こくこくと頷いて、目の前に差し出された氷苺をぱくりと食べた。
それを見て、さくらは嬉しそうに笑う。小狼も照れくさそうに口元を抑えて、笑った。
「甘くて、美味しいな」
「うんっ。ひんやりしてて、気持ちいいね」
「・・・もっと、食べたい」
「うん。いいよ。はい!・・・あーん」






店の死角になったその席で、二人は思う存分に互いを見つめあって、甘いひと時を過ごした。
さくらが差し出す、甘くて冷たい氷を小狼は口にいれる。小狼は、もうひとつのスプーンで苺アイスを掬うと、それをさくらの口元へと運ぶ。さくらは少し恥ずかしそうにしながら、冷たくて甘いそれを、ぱくりと食べた。
「おいしい?小狼くん」
「うん」
「今、楽しい?」
「すごく」
「ふふっ。私も!」
頼んだ苺のかき氷を二人で食べて、十分に涼んだら、この店を出てショッピングに行こう。それから水族館に行って、手を繋いで歩いて、一緒に魚を見よう。
夕ご飯は、どうしよう。外で食べようか、家に帰って一緒に作ろうか。どっちでも、きっと楽しいね。
お腹いっぱいになったら、二人きりの時間。プレゼントを渡して、お返しにキスをもらって。抱き合って、キスをして。一緒のベッドで、眠りにつける。
―――今日はきっと、最高の誕生日になる。
テーブルの下で繋がれた手を、もう一度強く繋ぎなおして。小狼とさくらは、幸せそうに笑みを交わした。








「おい。店の冷房、きかせすぎじゃないか?さすがに寒いぞ」
「いや、これくらいじゃ足りないと思って。奥のバカップルのせいで、店内の気温がぐんぐん上がってるんですよ」
「は?なに、お前なんでそんなに機嫌悪いの?普通にしてれば綺麗な顔してんのに・・・」
「・・・・・」
「睨むと余計に怖いからやめろ。それとも・・・、ああ、なるほど。お前、気になる子ほど苛めたくなるタイプか?」
「意味がわからない。お皿、下げてきます」
そう言って、再び奥の席へと進む。
「おい、桐・・・、行った・・・。あーあ。アイツ、わざわざ自分で行くんだもんな・・・」




仲睦まじいカップルのおかげで、冷房も強力稼働中。二人の熱で溶けた甘いかき氷は、綺麗に平らげられてましたとさ。



HappyBirthday!!


 


end

 




小狼、誕生日おめでとう!
今年のお誕生日話は、色々と遊びをいれてみました♪友情出演の彼に、ニヤリとしてもらえたら嬉しいw
バカップルシリーズみたいな要素もいれつつ。管理人は喫茶店が好きなので、こういう場所でこそこそイチャイチャする二人の妄想が楽しいです♡
これから本格的にデートが始まる!みたいな、この先もうちょい見たいなーのところで、あえて切ってみました。
きっと終日、甘くて幸せな日を過ごしたことでしょう!おめでとう小狼!




2017.7.13 了

 

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