※パラレル設定です。オリキャラも出ます。

Girl Meets Knight」の続編です。

 













大きな掌、長い指。私の髪の毛を飽きることなく撫でて、その毛先に口づける。一見気障な振る舞いも、この人がやると嫌と思わない。
見つめる瞳も、名前を呼ぶ唇も。私の視線を奪って止まない。気持ちをわかっているのかいないのか。『仕事』の時は必ず傍に置いてくれる。
それだけでも、十分だったのに。傍にいるほどに、この人の事が好きになる。そうしたら、どんどん欲張りになっていった。恋心が、私自身にも手に負えないほどに育って、もうすぐ綺麗な花が咲きそうだ。
「・・・だんちょ。だんちょー・・・」
甘くそう呼ぶと、いつも無表情の団長が少しだけ笑んでくれる。その度に、もっと近づいてもいいかもしれない、と。勘違いしそうになる。
「えへへ・・・団長、だいすき・・・」

 


―――ドンドンドンッ
「ほえぇぇぇ!?」
突然の大音量に、さくらはパチッと目を開けた。見慣れた自分の部屋。ベッドの上から半身落ちかけた状態で、ぼんやりと事態を把握する。
「あれ・・・?私さっきまで、団長と一緒に」
「サクッ!!お前、いつまで寝てんだ!?新人は誰より早く起きて朝食の支度!!さっさと出てこい!!」
「・・・夢かぁ。はぁ・・・」
さくらは見るからに落胆して、ドアの向こうで大声を上げる同期へと返事を返した。「すぐに行く」と言うと、念押しして離れていった。
さくらは大きく伸びをしたあと、もう一度溜息をついた。先程見たばかりの夢を反芻したあと、今度は頬を赤く染めて笑んだ。
(でも、団長が夢に出てきたの嬉しい・・・!目、覚めたくなかったなぁ)
夢の余韻を楽しんだあと、さくらはベッドから降りた。顔を洗ったあとに、パジャマを脱いで裸になると、引出からあるものを取り出す。ここでは必須のアイテム、サラシだ。さくらは胸の周りにそれを巻き付けると、ぎゅっ、と強めに縛った。この苦しさにも、随分と慣れた。
気がかりと言えば、もともとそんなに大きくない胸の成長が止まったら困るという事。そのせいで、夜間のマッサージは欠かせない。
さくらはサラシを巻いたあとに、騎士見習いの制服を着る。一番小さいサイズでも、ダボついて手が隠れてしまう。袖と裾を折って、後ろ髪を結った。鏡の前で、全身を確認して頷く。
「うん・・・!男の子にしか見えないし、今日も完璧!」
騎士らしく鏡の前で凛々しく笑うと、さくらは部屋を出た。

 

 

 

 

 

Girl Meets Knight ~乙女の祈り~【前編】

 

 

 

 

 

 

クロウ国の騎士団に、『男』と偽って潜入してから、半年が経った。さくらは『サク』と名乗り、他の騎士団員と一緒に生活をしている。
騎士団に潜入した理由は、行方不明になった兄の情報を集める為だった。家でじっと待っていられる性分ではなかったさくらは、王女の助けを借りて計画を実行に移した。
しかし。正体は、すぐに見破られた。―――クロウ騎士団団長、李小狼。彼は、一目でさくらが女だという事を見破った。
しかし。話を聞いた小狼は、さくらを追い出すことはせずに、そのまま騎士団に置いてくれた。そうして、翼竜の討伐に行ったまま戻ってこなかった小隊の情報を得ると、そこにさくらも連れて行ってくれた。そのおかげで、行方不明になっていた兄とも再会できたのだ。
目的を果たしたさくらは、騎士団を退団しなければならない。そうするべきだと、わかっていた。
(でも、嫌だった。ここを、辞めたくなかった・・・。団長の傍にいたかったから)
だけど、そんな理由で騎士団に留まる事は許されない。悩むさくらに、団長である小狼が提案した。―――『もう少し、騎士団の中で働いてもらえないか』と。
反発したのは、さくらの兄である桃矢だ。自分の妹が性別を偽って男ばかりの騎士団に在籍することを、良しとする家族はいない。桃矢は口では憎まれ口ばかりだったが、本心では妹であるさくらを溺愛していた。
小狼と桃矢が二人で協議する事、一時間。団長室から出てきた桃矢は盛大に顔を顰め、渋々と了承した。一体どんな言葉で説得したのだろう。さくらは驚いていた。
そして。最後の選択は、さくら自身に委ねられた。
「お前が嫌じゃないなら・・・。俺の傍で、秘書として働いてくれないか」
小狼から真摯に頼まれて、さくらの返事は一つしか浮かばなかった。「私でよかったら!」と、やや食い気味に返答していた。
ハッ、とした時、小狼はさくらの勢いに一瞬驚いた顔をしたあと、小さく笑った。
その笑顔が見られるなら。男装でも、下働きでも秘書でも。全部こなしてやると、さくらは心に誓った。我ながら現金で不純だけれど―――大好きな小狼の傍にいられるなら構わないと、そう思った。










「やっと来たか!お前、李団長のお気に入りだからって甘えてんなよ。俺らと同じ見習いなんだからな!」
「うん。ごめんね。杜都くん。甘えてるつもりはないんだけど、朝って昔から苦手で」
「その態度が甘えなんだよ!おら、お前もさっさと芋剥けっ!!」
同期の杜都(モリト)は、口うるさくて厳しい人だったけれど、面倒見がよかった。朝が弱いさくらを毎日起こしにきてくれるし、なんだかんだ言いながらも世話を焼いてくれる。
さくらは、籠いっぱいに入った芋を丁寧に剥き始める。すると、周りの雑談が耳に入ってきた。
「この間の大雨で川が氾濫して大変だったところがあっただろ。シラン地域の先の・・・なんて言ったっけ」
「ラダ村だろ。昨日から、騎士団長達が被害の様子を見にいってる。俺も一度、偵察に付いて行ったことがある。大きな河の下流にある古い村だ。信心深くて、大層な水神を祀ってたな。氾濫したあとの被害が心配だ」
「騎士団長自らが偵察にいっているんだろう?李団長なら村の為にうまくやってくれるさ」
「おい、サク!お前、何か聞いてないか?」

「・・・ほぇ?」

厨房にいた男子達が、一斉にさくらの方を向いた。大きな目を瞬かせるさくらに、隣にいた杜都が溜息をついた。
「こんなボーッ、とした奴が李騎士団長の秘書なんて信じられねぇ。ちゃんと仕事してんのか?」
「なっ、失礼な・・・!わた、・・・ぼ、僕は僕なりに、団長の役に立とうと思ってるんだよ!!」
「思ってるだけじゃダメだろ。実行に移せ!お前がどう思ってるのか知らねぇが、あの人は物凄い人なんだぞ!この国に無くてはならない人だ!!へっぽこなお前の代わりに俺が秘書になりたいくらいだっ」
杜都は調理の手を止めて、勢いよくさくらに食ってかかった。その勢いに押されつつも、さくらも負けじと言い返す。
「へっぽこって言ったな~~~!!た、確かに。優秀なわけじゃないけど・・・!だんちょーの為なら何でも出来るもん!杜都くんよりもだんちょの役に立つもん!!」
「そんなご立派なセリフは、朝まともに起きられるようになってから言え!!」
激化する二人の言い争いに、他の見習い騎士達は「よく飽きないな」と呆れ半分の笑みを浮かべ、作業を再開する。
騎士団の中では、杜都のような男は珍しくない。―――『最年少騎士団長』に昇り詰めた実力者、李小狼を妄信する信者と呼ばれる者達。見習いである杜都も、志願理由は勿論「李団長への憧れと敬愛」だ。
信者の中には、新人見習いの癖に一番近くにいる事に許されている『秘書』に敵意を向ける者もいたが、杜都の場合は少し違った。嫉妬ややっかみというよりも、不甲斐ないさくらへの説教が多い。
やや暑苦しい二人のやり取りは、この騎士団本部の中でも名物となりつつあった。
「おーいサク!団長から呼び出し!!」
「!はぁい!すぐに行きます!」
思わず頬が緩んだ。笑顔で返事をしたさくらを、杜都がぎろりと睨む。慌てて表情を引き締めると、部屋を出た。
逸る気持ちが、足を速める。団長室へと続く道を、さくらは急いだ。
(ラダの村から帰って来たんだ!お疲れかな。だんちょが好きな中国茶を淹れてあげようかな。それとも紅茶がいいかな?偉さんに聞いてみよう)
さくらは嬉しい気持ちを抑えきれず、ともすればスキップしてしまいそうなくらい浮かれていた。
数日前に水害に遭ったラダの現況を知るべく、小狼達は馬で向かった。予定の滞在日程よりも一日遅れで帰ってきたのだ。浮かれるのも無理はない。
さくらは『秘書』として仕事を任されていたけれど、その実、やることと言えば小狼に美味しいお茶を淹れる事だった。
小狼の主な仕事は、国の現状を把握し、城からの指令を受けて団員を采配する。古くから小狼に仕えているという偉が、その手助けを変わらず担っていた。つまり現在の秘書は、さくらでなく偉という事になる。
(杜都くんの言う事はもっともなんだ。私、団長の為になんでもやるつもりだけど、実際に役に立ってるかと言われるとそうでもないし。でも、そんな事言えないし・・・)
さくらを秘書としたのは、小狼の配慮だった。女であるさくらが、男達に混ざって厳しい訓練を行うのは大変だし、正体がばれる可能性が高くなる。だから、特別な仕事を与えてそれらを免除させた。炊事や洗濯といった仕事は人一倍こなしていたから、小狼の信者以外の団員は特に文句も言わなかった。
さくらが小狼に命じられたことは、二つ。呼ばれたらすぐに来ること。そして、小狼の為に美味しいお茶を淹れること。偉から淹れ方や茶葉の種類、小狼の好みを教わり、さくらは必死に練習した。その甲斐もあって、小狼の無表情がホッと緩むくらいには、さくらの淹れるお茶は彼好みになっていた。
(本当は、お茶を淹れる以外でも役に立ちたいけど・・・。それを言ったら、だんちょーをもっと困らせちゃうかもしれないし)
一緒にいられて嬉しいと思う反面、忙しい彼の負担になっているのではないかと不安になる事もあった。それでも、傍に置いてくれる。小狼の本音が知りたい。さくらは、自分が欲張りになっている事を自覚していた。
もしかしたら、彼の特別になれているのかもしれない―――と。
扉の前に立って、深呼吸する。二回ノックをして、中へと声をかけた。
「失礼します。李団長。サクが来ました」
「入れ」
奥から小狼の声が聞こえて、緊張感が増した。ドキドキと鳴りだす心臓の音を聞きながら、さくらは扉を開けた。正面の机に座った小狼が、書類から目を上げてさくらを見た。
「ただいま、さくら。留守の間、何も変わったことはなかったか?」
優しい声音で問いかけられる。相変わらず表情は動かないけれど、他の人より少しだけ、目元がやわらかく綻ぶ。その瞬間が、さくらは堪らなく好きだった。
「はい・・・っ!団長こそ、お疲れではないですか?私、お茶を淹れますね!」
「ああ。頼む」
緊張よりも、久しぶりに顔を見られた嬉しさの方が勝った。さくらは笑顔で言うと、団長室の隣に設置してある小さなキッチンに入る。お湯を沸かして、戸棚から茶葉とティーカップを出した。
香りと温度を確認して頷くと、小狼へと差し出した。一口飲んで、ふ、と息を吐く。美味しそうに飲む横顔に、さくらは笑ってこっそりガッツポーズをした。
「ラダ村の様子はどうでしたか?」
「ああ。河の氾濫で思った以上の被害を受けていた。騎士を増員して、明日もう一度赴く。・・・それと、少し面倒な事になった」
「・・・?面倒なこと?」
不思議そうに繰り返すさくらの顔を、小狼がじっ、と見つめる。
物言わず真っ直ぐに見つめられ、さくらの顔が赤く染まった。その視線の意図が分からず、混乱する。持っていたお盆を胸に抱いて、さくらは聞いた。
「あ、あの。団長?どうかしましたか?」
「・・・なんでもない」
小狼は視線を落として再び書類に向き合うと、そのまま黙り込んでしまった。途端に重くなった空気。さくらは戸惑いながらも、一歩下がって書類仕事をする小狼を見ていた。
(だんちょー、どうしたんだろ・・・?明日、また行っちゃうんだ。今度はどれくらいで帰ってくるのかな。寂し・・・、って何考えてるの私!だんちょーにはお仕事があるんだから・・・!我儘言っちゃ、ダメ)
ぎゅっ、とお盆を握りしめて、さくらは哀しそうに目を伏せた。
その時。こんこん、と扉がノックされた。小狼が入室を許可すると、初老の男が部屋に入ってきた。小狼の秘書である偉だ。偉はお辞儀をして入室すると、さくらにニコリと笑ってから、小狼へと申し出た。
「例の件、調べがつきました。おそらく、小狼様が考えていた通りです」
「そうか。・・・厄介だな」
はぁ、と重い溜息をついて、小狼は頬杖をついた。偉はもってきた資料を小狼に渡すと、一礼して部屋を出た。再び、二人きりになる。
いつもは、小狼がキリよく仕事を終わらせて席を立ち、さくらに一緒にソファに座るように言う。小狼の許しをもらってさくらもお茶を飲み、他愛のない話をする。小狼は見習いの生活に興味があるのか、さくらに質問することが多かった。さくらもまた、小狼が各地に遠征に行った時の話などを楽しく聞いていた。
しかし。今日は、とてもそんな雰囲気じゃない。空気が重くて、居心地が悪い。
しかし、呼ばれたからには勝手に帰るわけにもいかないし。さくらは戸惑いながらも、いつ何時でも小狼の指示に応えられるよう、気を引き締めた。
そのうちに。重い沈黙を破って、小狼が口を開いた。
「さくら」
「は、はい!なんですか?だんちょー!」
「ん・・・。こっち、来て」
小狼は頬杖をついたまま、そう言った。軍服の首周りを緩めると、ちらりと鎖骨が覗く。いつもにない無防備な姿に、さくらの心臓が撃ち抜かれる。思わず硬直すると、小狼は不機嫌そうに眉をひそめ、「早くしろ」と言うように手招きした。
さくらはドキドキしながら、大きな机の横を回って小狼の傍に駆け寄った。ぐるり、と。革張りの黒い椅子が、さくらの方を向く。
「えっと・・・。だんちょー?私はどうしたら」
「後ろ向いて」
「は、はいっ!こうですか?」
「もっとこっち。下がって」
「は、はい」
困惑しつつも、言う通りにする。小狼に背をむけたまま、更に近づく。ドキドキは大きくなった。一体何をするのだろうと、少しわくわくしていた。
「そのまま、座って」
「ほぇ!?そ、それは・・・!!」
「団長命令。聞けないなら減給にする」
小狼の言葉は横暴だったけれど、その口調には笑みがまざっていた。先程までの不機嫌はどこへ行ったのやら。
さくらは恥ずかしそうに身を捩ったあと、そっと腰を下ろした。小狼の膝に座った途端、後ろから腕が伸びて抱きしめられる。
「だんちょ・・・っ!こ、この恰好は・・・恥ずかしいです」
「少しだけ。疲れてるんだ・・・。お前の匂い、落ち着くから」
小狼は言葉少なにそう言うと、さくらの首筋に鼻を埋めて大きく吸い込んだ。小狼の熱や感触、吐息を感じて、さくらの心の許容量はかなりぎりぎりだ。しかし。お疲れの小狼を癒せるのならと、その腕に大人しくおさまる。
小狼は、きっと動揺する自分をからかっているのだと。さくらはそう結論付けた。
(だんちょーは、他の女の子にもモテるだろうし・・・。私の事、子供だと思ってるんだろうな)
考え出すと止まらない。もやもやとした想いが、わかりやすく顔に出る。
「・・・?お前の頬っぺた、こんなに膨らんでたか?」
無意識に膨らんでいたさくらの頬を、小狼が指でつんつんと突く。
二人きりの時だけ許される気安さが、くすぐったくて嬉しい。でも素直に喜ぶのはなんだか悔しくて、さくらはプイ、とそっぽを向いた。そんなことをしても、小狼の膝の上にいる時点で負けを認めているようなもので。
「さくら。なんで怒ってるんだ?」
「・・・怒ってません。でも、だんちょーは狡いです!いつも私ばっかり・・・っ」
「すごい。やわらかいな」
小狼はさくらの頬をふにふにと摘まんでいる。まるで、新しいおもちゃを見つけた子供みたいだ。怒りも恥ずかしさも、どうでもよくなってくる。
(うぅ。やっぱり、だんちょーは狡いです)
小狼は後ろからさくらの顔を覗き込むと、少しだけ困った顔で言った。
「まだ、怒ってるか?」
「・・・もう。私の頬っぺたくらいで、だんちょーの疲れが癒されるならいいですよ」
呆れたような、諦めたようなさくらの言葉に。小狼が、少しだけ笑った気配がした。それにつられて、さくらの顔も笑ってしまう。
頬に触れていた手が、再びさくらを抱きしめる。そのぬくもりに目を閉じて、小狼の鼓動を感じていた。
「さくら。実は・・・お前に、お願いがあるんだ」
「?なんですか、だんちょー。なんでも言ってください!」
ぱちっ、と目を開けて、さくらは元気よく言った。
しかし、小狼はどうにも歯切れが悪い。溜息のあと、続く言葉がなかなか出てこない。小狼は抱きしめる力を強くすると、近い距離でさくらの顔を覗き込み、言った。
「・・・ラダの村に、俺と一緒に来てくれないか」











「う・・・。気持ち悪い~~~」
「おい、ここで吐いたりするなよ!大体、乗り物酔いなんて軟弱な証拠だ!」
「杜都くん、耳元で大きな声出さないで・・・っ」
揺れる馬車の中でさくらは口元を抑え、隣にいる同期を力なく睨んだ。
馬車の中は、下級の騎士達で満員状態。どこにいても体が当たってしまう狭さの中、さくらは自分の体を縮こませた。この中で、騎士見習いは自分と杜都だけ。一番乗り心地の悪いところに乗らされるのは、仕方ないとわかっているけれど。
(今回も、団長の馬車で一緒に・・・なんて。甘い考えだったよぉ)
前回、翼竜討伐隊を探しに出た時は、特別に小狼の馬車に乗せてもらえた。いつの間にか小狼の肩にもたれかかって眠ってしまった時も、叱られるどころか甘やかされた。今回もそんな甘い旅を想像していたさくらは、容赦ない現実に打ちのめされる。
しかし、その時。突然に触れられた感触に、驚いた。見ると、隣にいた同じ見習いの杜都が、仏頂面でさくらの背中をさすっていた。
「あ、ありがとう」
「馬車での移動は見習いの俺達には縁がないからな。でも、これから正騎士になったら遠征が付き物だ。それまでにはちゃんと鍛えておけよ」
言葉は厳しいけれど、杜都はやっぱり面倒見がいい。自分の兄の事を思い出して、さくらは笑んだ。素直な笑顔と感謝を告げられ、杜都も調子が狂ったのか、無言で背中をさすった。
「・・・?お前、服の下になにか巻いてるのか?」
不自然な凹凸に気付いた杜都が、怪訝そうに言った。さくらはギクリと顔を強張らせる。体に巻いてあるサラシは、胸の膨らみを隠すためのもの。突然の指摘に、さくらは焦った。
「そ、それはっ!えっと、一身上の都合で・・・!!何もないのっ」
「なんだ。お前、何か隠してるな。その焦り様・・・怪しい」
「なんでもないってばっ!!」
―――ガタンッ
馬車が大きく揺れて、さくらは思わず杜都の方に倒れた。抱きとめられる形になって、一瞬体が強張った。しかし、ここで悲鳴でもあげようものなら、ますます怪しくなる。さくらは耐えた。
「おい!お喋りは終わりだ!着いたぞ、降りろ!」
「は、はい・・・!」
助かった、と。内心でホッとして、さくらは杜都から離れ馬車を下りた。揺れの余韻で足取りがふらつく。
少し進むと、高台から村の全貌が見渡せた。凄惨な光景を目の当たりにして、さくらは他の騎士達と同じように息をのんだ。
「ひどい・・・」
小さな集落の中に、数十の家があった。それらがすべて、倒壊し泥にまみれていた。村の向こうには大きな河があり、激流がごうごうと音を立てている。無事なのは、小高い丘の上にある建物だけだった。
「おかしい。河の氾濫だけで、こんな大きな被害になるか?地形の問題か・・・?」
杜都がぶつぶつと呟いている。その隣で、さくらはしばし呆然としていた。
「さくら」
名前を呼ばれて、ハッと我に返る。振り向くと、小狼が立っていた。
「団長!」
「・・・っ!!李団長!失礼しました!!サク、お前もだ馬鹿!!」
杜都の方が大きな声で反応し、すぐさま跪いた。そうして、隣にいるさくらがボーッ、と突っ立っているのを見て、慌てて同じように座らせる。
さくらは跪いた姿勢で、小狼を見上げた。逆光で表情はよく見えないけれど、感じる空気がぴりぴりとして怖い。
(お、怒ってる・・・?なんで?)
戸惑うさくらに、小狼は言った。
「仕事だ。サク、来い。他の者は、復旧作業を進めるように。地盤はゆるんでいる。二次災害にはくれぐれも気を付けろ」
「は・・・」
「「はいっ!」」
さくらの返事は、他の団員達の声にかき消された。小狼は背を向けて歩き出す。さくらは慌てて立ち上がり、それを追った。
「あ、あの。だんちょ」
「・・・・・なんだ」
「えっと。気のせいだったらいいんですけど・・・。私、何かしましたか?その、なんだか怒っているように見えて」
おそるおそる口にすると、小狼の歩みが止まった。ぐるりと振り向いた顔は、やっぱり怒っていて。さくらは、思わず身を竦める。
「怒ってない」
「ほ、本当ですか?」
物凄く説得力がない、とは言えずに。怒り顔の小狼に再度聞くと、こちらへと踏み出した足が二人の距離を縮めた。影がかかって、近づく端正な顔からさくらは目が離せなくなった。
小狼の手が頬に触れて、おでこがコツンと当たる。さくらは小さく震えて、至近距離でその人を見つめた。
「・・・怒ってない。でも、前にも言ったよな。俺から離れるなって」
「え?」
「どうして、俺の馬車に乗らなかった・・・?」
意味深な言葉と恋人のような仕草に、さくらの胸は熱くなる。期待しすぎてはダメだと、いつも言い聞かせていたけれど。今この瞬間は、何も考えられなかった。
(もしかして・・・もしかして、だんちょーも私を・・・?)
しかし。さくらの恋心と期待は、突然にぶち壊される。
「騎士様・・・っ!来てくれたのですね!?」
聞こえてきた声に、二人は同じ方を向いた。すると。横から走ってきた女性が、小狼へと思い切り抱き着いた。
「―――っ!?!」
声なき悲鳴をあげて、さくらは見知らぬ女性と小狼を交互に見やった。小狼は無理に引き剥がすことはせずに、眉根の皺を深くして溜息をついた。
さくらは、多大なショックを受けた。自分のところだけ、雷と豪雨がいっぺんにやってきたように感じる。
(だ、だれ・・・!?この人。団長と親しいの?こんな美人で、お、お胸も大きくて・・・!)
自分との違いに大きなショックを受けつつも、目が離せない。女っ気のない騎士団本部内で、小狼が自分以外の女性と一緒にいるシーンは衝撃的だった。見つめていると、相手が気づいてこちらを向いた。大きな黒目が、じー、とさくらを見て言った。
「このちっちゃな子も、騎士なの?」
「・・・騎士見習いだ」
小狼は溜息まじりに言うと、やんわりと女性を引き離す。小狼の目が、さくらを見た。どんな顔をしていいのかわからず、さくらは思わず目をそらした。それを見て、小狼の顔も不機嫌になる。
「あっ、もしかして・・・!リンの代わりに生贄になってくれる子、連れてきてくれたの!?」
「!!」
「いけにえ・・・?」
話が全然見えない。リンという少女は、さくらに近づいた。そうして、不躾に全身をじろじろと見たあと、口の端を上げた。
「華奢なんだね。顔も可愛いし・・・。本当に男の子?」
「っ!あ、あの・・・生贄ってなんですか?」
同性だからこそ、気付く違和感があるのかもしれない。見透かすような女の視線に、さくらの顔は青褪めた。
強引に話を変えると、リンは哀し気に笑って言った。
「水神様を鎮める為に、人柱が必要なの。お告げを聞いたのは、リン。言う通りにしないと、この村の人達はみんな殺されちゃう。だから、誰かが犠牲にならないといけないの」
突然の展開に、さくらは困惑した。先程のリンの言葉が、ずっと頭に残っている。
さくらは、リンの肩越しに、小狼を見つめた。
(もしかして。団長が私をここに連れてきたのは・・・この子の代わりに、生贄にするため・・・?)






 

後編へつづく


 

 



2017.11.16 了

 

気に入っていただけたら、ポチリとどうぞ!

 

戻る