当サイトの1122シリーズのお話になります。

 


 

 

 

結婚して、2年。24か月。730日。
あっという間に過ぎた、たくさんの日々。変わることと、変わらないこと。

 

 

 

 

 

 

幸せカウンター

 

 

 

 

 

(・・・あ)
珍しく、明け方近くに目が覚めた。ぼんやりと開けた視界いっぱいに映る、寝顔。
すっかり大人になってしまった彼の、あどけない一面を見られた事が随分と久しぶりで。さくらは興奮する心を抑えるように、口元に手をやった。
(小狼くん、気持ちよさそうに寝てる。昨日、遅かったもんね。いつ帰ってきたんだろう?全然気づかなかった)
起こさないように注意しながら、小狼の寝顔を堪能する。
ともすると、息をしているのか不安になるくらいに小さな寝息で、さくらはもぞもぞと動いて、小狼へと身を寄せる。確かに聞こえる鼓動と、小さな寝息に。ホッと安堵して、至近距離で見つめた。
仕事が忙しくて帰りが遅い時、頑張って起きていようとするのだけれど、いつの間にか眠ってしまっている。ソファにいた筈が、朝起きたらベッドに運ばれていた事も何度もあった。先に寝ていても、小狼が帰ってきたら気付くようにと思うのに、うまくいかない。
(でも。どんなに遅くなっても、帰ってきてくれる。一緒に眠れる。・・・朝まで、隣にいるんだ)
じん、と。胸に灯る幸福感に、さくらは笑んだ。
(しあわせだぁ・・・)








―――トントントン
―――コトコトコト
微かに聞こえる物音が、耳に心地いい。まるで、癒しの音楽のようだ。
加えて、美味しそうな匂いまでしてきた。バターの香ばしい匂いが食欲をそそる。ぐう、と。お腹が空腹を思い出した瞬間、さくらの目がぱちりと開いた。
「・・・ほぇ?」
大きなベッドの上に、ひとり。隣で眠っていた筈の旦那様の姿は無くて、さくらは目を瞬かせた。明け方の記憶が夢だったのかと、ぼんやりと思う。寝惚けた頭がだんだんと覚醒すると、ハッとして飛び起きた。
寝間着のまま部屋を出て、小走りで向かう。美味しい匂いのするキッチンへ。
「小狼くん・・・っ!」
「あ。おはよう、さくら」
さくらは、その光景を見た途端、悲しそうな顔でふらついた。傍にある壁に身を寄せて、恨みがましい視線を投げる。
「うぅ。今日こそ、私がご飯作ろうと思ってたのに・・・!」
「さくらの役目だって決まってるわけじゃないって、俺何度も言ってるだろ。気にしなくていいって」
「でも、昨日も遅かったんでしょ?たまにはゆっくり朝寝坊してもいいのに」
同じセリフを、結婚してから何度繰り返しただろう。さくらは、自分の不甲斐なさに今日も涙を飲むこととなった。
小狼は既にパリッとした白いシャツにスラックス、その上にエプロンを付けている格好で、手にはフライパンとフライ返しを持っていた。「よっ」と小さく声を出し、器用にフライパンの上でひっくり返す。
「出来た。さくら、好きだろ?」
お皿に盛られた美味しそうなパンケーキを見て、じゅる、と涎が出た。食卓には、サラダとハムエッグが並んでいる。さくらが起きてくる時間を読んでいたかのような、完璧なタイミングだ。
洗面所で簡単に支度を整えてから、食卓に座った。
作りたてのパンケーキを一口食べる。美味しい。外はカリッと香ばしく、中はふわふわでしっとり。優しい甘みに、頬が緩む。
(はぅぅ。幸せ~~~。・・・って、そうじゃなくて!)
忙しく喜怒哀楽を見せるさくらの表情を、小狼は終始ご機嫌な様子で見ていた。
さくらは溜息をついて、ぽつりと言った。
「私、自信なくしちゃう」
小狼くんの方が完璧な主婦だよ!と、さくらが半泣きで言うと、小狼は目を瞬かせて言った。
「さくらは奥さんだけど、家事をするのが仕事ってわけじゃないだろ。大学もあるんだし」
湯気をたてるコーヒーに息を吹きかけて、一口飲む。
「そうだけど・・・」
「結婚したのは、一緒にいたかったからだし」
「そう、だけど」
マグカップを置いて、じっ、と見つめる。起き抜けの無防備なさくらの顔を見て、小狼の頬が綻んだ。
「さくらが毎朝、美味しそうにごはんを食べてるのを見られるだけで、俺は満足してる」
「―――!」
「美味しいか?」
さくらは、顔に熱が集まるのを感じる。問いかけに、こくこくと頷くと、小狼は嬉しそうに笑った。
さくらが、美味しいね、と笑えば、小狼は本当に幸せそうに笑ってくれるから。本心から、そう思ってくれていると分かるから。
(幸せだよぅ。小狼くんと結婚できて、嬉しい)
結婚生活二年目の朝も、一日目の朝と変わらない甘さで、二人の朝食時間はゆったりと過ぎていく。
ご飯を食べ終わって、一緒に後片付けをした。食器を洗い終わると、それぞれに支度を始める。
と言っても、小狼は殆どの準備を終えていて、あとはジャケットを羽織れば、いつでも出られる。なので、さくらの支度を手伝うのがお決まりだった。
「えっと。今日は寒いから、タイツは厚手にしようかな」
「スカート丈、少し短くないか?こっちの方がいい」
「そう?じゃあ、そうする」
小狼はさくらのクローゼットにある服からコーディネートを考えて、さりげなくアドバイスする。その日の予定や天候、会う人によって、的確に見繕ってくれる。ゼミやクラブ等、他の男と行き会う可能性がある場合は、露出が少ないコーディネートを勧められている。―――という事には、さくら自身は今のところ気づいていない。
「可愛い?」
「ん」
「えへへ」
出来上がった全身コーデを小狼に見せて、さくらは照れくさそうに笑う。「じゃあ行こう」と離れようとすると、肩を掴まれて再び引き寄せられる。
「ほぇ?小狼くん?」
「・・・やっぱり、可愛すぎるから却下。他の服にして」
「えぇぇ!?だって、小狼くんがこれがいいって・・・、んっ!?」
抗議を容赦なく閉じ込めて、唇を重ねる。抱き寄せる力の強さと深くなる口づけに、さくらは慌てた。このパターンはまずい。必死で小狼の胸を押すけれど、びくともしない。
そのうちに、抵抗する力も思考能力も、キスに溶かされる。
胸を叩いていたさくらの手を、小狼の手がぎゅっと握った。そのまま抱き上げられて、寝室へと逆戻りする。
「・・・せっかく着替えたのに。遅刻しちゃう」
「大丈夫。間に合わせる」
小狼が、悔しい程に綺麗な笑顔でそう言った。しゅるりと、ネクタイを解く仕草に。胸がときめいて仕方ない。
(うぅ。悔しい・・・けど、・・・・・・・・・しあわ、せ)
朝から乱れたシーツの上、ぴんと伸びた白い爪先が震える。さくらは小狼の手によって着替えさせられ、朝からへとへとになるのだった。








毎度、なぜ遅刻しないのか不思議だ。もしかして小狼は時間を巻き戻してるんじゃないか、なんて。そんな事を考えてしまうくらい、不思議だった。
ギリギリで間に合った大学の席。友人達に挨拶をして、一時間目の講義の準備をする。
その時、鞄の中に入れていた携帯電話が小さく音を鳴らした。慌てて音量を消して、入ってきたばかりのメールを開いた。
『間に合ったか?無理させてごめん』
小狼からだった。シンプルな文面の中に感じる優しさが嬉しくて、さくらは緩む口元を隠し、返信メールを打ち込む。
『だいじょうぶだよ。小狼くんも間に合った?今日も帰りは遅い?』
メールを送信した瞬間に、担当講師が講堂に入ってきた。慌てて電話をしまおうとしたその時、返ってきたメールが画面に表示される。
『食べ足りないから、今日は早く帰る』
―――なにが、とは。書いていなかったけれど。
「~~~っ!?!」
さくらは動揺して、携帯電話を落としてしまった。静まり返った講堂に、物音が響き渡る。
「こらっ、講義は始まっているんですよ!」
「ほえぇ、ご、ごめんなさぁい!!」
ぺこぺこと何度も頭を下げたのち、さくらは着席した。すると、前の席にいた男子がさくらの携帯電話を拾って、こっそりと渡してくれた。
「ありがとう」
耳まで真っ赤になって、目も涙で潤んでいる。消えそうな声で言ったさくらの言葉に、礼を言われた男子も周りにいたその他大勢も、みんな一様に心を掴まれる。
朝から色々な意味で愛されたさくらは、誰の目から見ても艶っぽく魅惑的で、男子学生の健全な情欲を刺激する。
―――しかし。
(なんでかわからないけど、怖い)
(気軽に木之本さんに近づけないっていうか)
(見えないバリアみたいなのがあるんじゃねぇの?)
じりじりと焦がれる想いをひとつ残らず撃ち落とすように、彼女を守る力は今日も元気に稼働する。本人の意志とは、無関係に。
「今日の講義はここまで」
一時間の講義を終えて、さくらは熱冷めやらぬ頬を撫でながら、退席するのだった。








大学内の食堂で、仲のいい友達とランチを食べた。女の子同士、今日も恋の話に花が咲く。
「もう、最悪~。お金ないからって、せっかくの誕生日なのにコンビニケーキだけ!」
「まだいいじゃん。私の前カレなんて、言うまで忘れてたんだよ?」
「ふふ。私はこの前サプライズでお祝いしてもらっちゃった♡」
三人三様に、器用にランチを食べながら口々に話している。そのあとに、三人は揃ってさくらの方を見て聞いた。
「さくらちゃんの彼は?優しい?」
大学内では結婚している事は、一部の人しか知らない。苗字も『木之本』のままで通している為、仲良くなった友達にも話せていないまま。
少しの罪悪感を感じながらも、さくらは問いかけに答える。
「うん。優しいよ。たまに、意地悪するけど」
「意地悪って、例えばどんな?わざとメール返さなかったり?他の女の子と仲良くしたり?」
「う、ううん!そんな事はないけど・・・。例えば・・・」
―――遅刻するよって言ってもやめてくれなかったり、わざと焦らしてみせたり、恥ずかしい事たくさん言われたり―――。
(い・・・っ、言えないよぉ)
続く言葉が出てこなくて慌てるさくらの、その真っ赤に染まった顔を見て、女子達はなんとも微妙な顔になった。言わなくても、大体わかってしまう。
「はぁ・・・さくらちゃん。それは意地悪って言わないよ。贅沢な悩みだよ」
「そう、なのかな?」
「さくらちゃんが本当に嫌だって思う事はしないでしょ?」
「うん・・・」
確かにそうだ。小狼にされた事で、本気で嫌だった事なんてひとつも無い。
「でもわかる。だって今のさくらちゃん見てたら、私も意地悪したくなるもん!」
「ほぇ!?」
「つまり。さくらちゃんは彼氏さんから、めちゃくちゃ愛されてるって事だよ。幸せな事だね」
うらやましい、と苦笑いされて、三人からバンバンと背中を叩かれる。
(・・・うん。幸せな事、だよね)
そこから、彼氏はどんな人なのか、いつから付き合っているのかと質問攻めにされた。さくらは恥ずかしくなって、残りのご飯を急いでお腹に入れると、逃げるように食堂を出た。
「はうぅ・・・。今日、恥ずかしい事ばっかりな気がするよぉ」
熱くなった頬を冷まそうと、中庭に出た。冷たい風が頬を撫でて、ホッと息をつく。まだ、次の講義までは時間があった。ベンチに座って、携帯電話を取り出す。
小狼からの返信に、どう返していいのか分からないままだった。送られて来た先程の文面を読み返すと、せっかく落ち着いた動悸がぶり返しそうだ。
さくらは悩んだのちに、メールではなく電話帳を開いた。小狼の番号は、一番最初に出てくる。
(・・・お仕事忙しいから、出られないよね)
お昼休みの時間はそれぞれに違うから、急用以外ではあまり電話を掛ける事はない。だけど、先程話題に出たせいもあって、無性に声が聞きたくなった。
かけようか、やめようか。悩んだ末に、指先が発信ボタンを押した。途端に緊張して、ドキドキしながら呼び出し音を聞く。しかし、なかなか出ない。
さくらは、しょんぼりと肩を落とした。無理だろうとわかっていたけれど、落ち込む。無機質な電子音が寂しい。もう諦めようと、耳から電話を離した。
『・・・もしもし。さくら?』
「―――!」
慌てて、電話を耳元に戻す。小狼の声が応答してくれた事が、涙が出るくらいに嬉しい。
「うん。ごめんね、お電話して。休憩してるの?」
『いや。会議が長引いて、今ちょうど終わったところだ。何かあったのか?』
深刻な声で聞かれて、さくらはぎくりとした。特別に用事があったわけじゃない。仕事中の小狼を呼び出して、「ただ声が聞きたかった」なんて、呆れられてしまうだろうか。
『さくら?』
「あっ・・・、あの、なんでもないの。心配しないで!」
『・・・そう言われても、心配するだろ。さくら。隠さないで言って』
子どもを宥めるみたいな、優しい声だった。その声が優しく耳に響いて、堪らない気持ちになる。
今自分は大学にいて、小狼は会社にいる。離れているから、会えない。お互いに、お互いがすべき事があるから。会いたいと思っても、会えない。
だけど。
「小狼くんの声、聞きたいなって思ったの」
『・・・声?』
「うん。小狼くんが、さくら、って呼んでくれると、元気もらえるの。また、頑張れるんだぁ」
目を閉じて、耳を澄ませて。受話器越しに聞こえる声を、待つ。声を聞いているだけで、顔が浮かぶ。今、どんな顔をしているか、なんとなくわかる。
『俺もだ。さくらの声を聞いてると、元気になる。さくら。もっと喋って』
「えぇ?小狼くんこそ、喋ってよぉ。私も、小狼くんの声が聞きたい!」
『わかった。・・・さくら。さくら。・・・・・・さくら』
「ほ、ほえぇ。ちょっと待って。それ、だめ。ドキドキしすぎちゃって・・・!胸、苦しいよぉ」
『よし。今度は俺が聞く番だ。さくら、言って』
「もぉ・・・。小狼くん、小狼くん・・・、小狼くん、・・・・・・だいすき、だよ」
『―――!・・・それ、は。ダメだろ。さくら』
ドキドキしすぎて、胸が苦しい。真っ赤な顔で、熱くなる携帯電話を握りしめて、お互いの名前を呼んでいるだけなのに。会いたくて、堪らなくなる。
「あ。もう、行かなきゃ」
『俺も、そろそろ移動する。・・・ありがとう、さくら。元気出た』
「・・・私も!」
『家で待ってて』と。最後にとっておきの甘い声で囁かれて、さくらは言葉を返す事が出来なかった。通話が切れたあとの、無機質な電子音でさえも、今は動悸を煽られる。
「耳、幸せすぎて・・・。授業、聞きたくないよぅ」
出来ればこのまま。小狼の声の余韻を残したままでいたい、と。到底無理な事を考えて、さくらは小さく笑った。
小狼も今頃、同じ事を考えているのかもしれない。そう思うと、元気が出た。
さくらは立ち上がると、次の講義が始まる教室へと、急いで向かった。








大学が終わって、さくらは近所のスーパーマーケットに立ち寄った。今日の夕飯の食材を買う為だ。かごを持って、綺麗に陳列された野菜や食材を前に、悩む。
(今日は何にしようかな。寒いし、あったまるもの・・・。小狼くん、何が食べたいかな?)
色味の良い野菜をひとつひとつ手に取って、献立を考える。季節や気候によって、作りたいものが毎日変わる。自分が食べたいものよりも、小狼が喜んでくれるものを考えてしまう。「美味い」と言って笑う顔を、見たい。
(あの頃も、たくさん練習してお弁当作ったな。卵焼き食べてくれた時の小狼くんの笑顔、嬉しかったぁ)
大人になっても、あの笑顔は変わらない。何を出しても美味しいと言って食べてくれるけれど。その中でも、格別に反応が違ったり目がキラキラしたりすると、彼の好物を当てられたようで嬉しかった。
結婚して二年。料理のレパートリーは増えたけれど、小狼のその顔がもっと見たくて、毎日献立を考える。その時間が、さくらにとって一番『奥さん』をしているのだと感じられる瞬間だった。
(えへへ。小狼くんの、『奥さん』・・・。幸せ・・・)
「あの、すいません。落ちそうになってますよ・・・?」
「ほぇっ、す、すいません・・・!」
トングで魚を掴んだまま、ほわほわとした幸せに浸ってしまっていた。控えめに声をかけてくれた女性に、恥ずかしそうに頭を下げて、さくらは食材選びを再開するのだった。






その日の夕食は和定食にした。新鮮な鯖と野菜を使った胡麻炒めと、筍の味噌汁、オクラの和え物。真っ白なご飯を茶碗によそって、完成だ。
「いただきます」
「いただきます」
手を合わせて言うと、小狼は鯖をひとくち口にいれた。
ごくり、と。さくらは固唾をのんで、小狼の反応を待つ。
「美味い!」
「ほんと?」
「ああ。この味付けは初めてな気がする。舞茸や茄子も合うな。すごく美味しい」
キラキラとした小狼の笑顔に、さくらはホッとした。自分も、ひとくち食べる。ほろりと崩れるやわらかい身と、口いっぱいに広がる香ばしい胡麻の香りに、笑顔がこぼれた。
見ると、小狼のお皿はもう半分ほど食べ進められていた。自分が食べる事よりも、目の前で小狼が美味しそうに食べている姿を見ていたい。そう思って、度々箸が止まってしまう。
―――『さくらが毎朝、美味しそうにごはんを食べてるのを見られるだけで、俺は満足してる』
今朝、小狼が言っていた言葉を思い出して、さくらはこっそり笑んだ。
(同じ幸せを、小狼くんも感じてくれてるなら・・・嬉しいな)
二人のあたたかな夕餉は、絶えない笑顔とオレンジ色の光に包まれて、ゆっくりゆっくりと過ぎていった。








夕飯の片付けも終わって、さくらはお風呂の準備に移る。ぴかぴかに磨いた湯船に、少し熱めの湯を張った。買ったばかりの入浴剤は二種類。小狼へと見せて、どちらがいいか聞いた。
「さくらは、どっちがいい?」
「えっと・・・。今日はこっちかな。ラベンダー。すごくいい匂いなんだよ」
「じゃあ、これにしよう。・・・あ、沸いたな」
本当だ、と頷いて、さくらは洗い立てのタオルを小狼に渡した。しかし小狼はタオルではなく、さくらの手を握って言った。
「入ろう、さくら」
「・・・っ。で、でも。今日は寒いし、一人でゆっくり入った方があったまるよ・・・?」
かぁ、と頬を染めて言うと、小狼は眉を顰めて不機嫌そうに溜息をついた。
「あのな、さくら。このやり取り、毎度やらないとだめなのか?」
「・・・!」
「俺がこの時間に家にいる時は、一緒に入ってるだろ」
そうなのだ。新婚当時から、一緒にお風呂に入りたがる小狼と、恥ずかしいからとギリギリまで拒むさくらの攻防戦は、今やお約束になっていた。結局はさくらが負けるのだから、無意味と言えば無意味なやり取りなのだが―――。
それでも、諸手をあげて頷くまでには慣れない。まだまだ羞恥心が邪魔をする。
すると、小狼は笑って、さくらの頭の上にタオルを乗せた。
「・・・一生、同じやり取りしてる気がするな」
「一生・・・?」
「なんだか、それもいいな」
いつまで経っても恥ずかしがるさくらの手を小狼が引いて、いっしょにお風呂に入る。そんな些細な毎日が一生続く事が、もしかして世界一幸せなのかもしれない。
さくらは、照れくさそうに笑って言った。
「ラベンダーの入浴剤、入れてくるね。・・・・・きょ、今日は、私が小狼くんの背中、洗ってあげる」
「え?でも、俺がさくらを」
「小狼くんはいつもえっちなコトするから、ダメ。逆上せちゃうもん」
唇を尖らせて言うと、ちゅ、とキスが落ちた。
お風呂に入る前から、もう逆上せてしまいそうだ。小狼は優しく笑うと、さくらの手を引いて浴室へと向かった。








結局。さくらも小狼にたっぷり洗われる事となり、色々な意味で熱くなった浴室の扉が開いたのは、一時間後の事。
「あついよぉ」
「あ、こら。ちゃんと着ろ。湯冷めするぞ」
「うぅ。熱くなりすぎちゃったのは、小狼くんのせいなのにぃ・・・」
ソファにくったりと体を横たえて、さくらは言った。
だけど本心では、嬉しかった。仕事が忙しいのが続く時は、一緒にお風呂に入れる日もそう多くないから。小狼の腕に抱かれて、湯船の中でほかほかに温まる時間もまた、この上なく。
(あったかくてふわふわして、幸せだぁ)
『いっしょにお風呂』は未だに恥ずかしくて、素直にそう言えないけれど。きっと、小狼には見抜かれているだろう。
そんな風に思っていると、小狼が近づいてきた。暑くて外したままの胸元のボタンを、きっちりと留められる。次いで、頬に冷たい物が押し当てられた。
「ひゃ・・・っ!?」
驚いて見ると、見慣れたパッケージが目に入る。それを見た途端、さくらは満面の笑顔になって、勢いよく起き上がった。
「アイス!」
「こっそり買って来てた。さくらが好きなやつ」
「やったぁ!ありがとう、小狼くん!」
「おお。今日一番の笑顔だな」
ソファに並んで座り、二人で食べた。熱くなった体に、冷たくて甘いアイスが美味しい。
「アイスも嬉しいけど、小狼くんと一緒に食べるのが一番美味しくて幸せなんだよ」
さくらがそう言うと、小狼は面食らったように瞬いたあと、頬を染めて黙り込んだ。
照れ隠しに、ぱくぱくと食べたアイスが染みたのか、眉間に皺が寄る。その顔を見て、さくらはまた笑うのだった。








湯冷めしないうちにと、ベッドに入った。
仄かな灯りの下で、ゆっくりと唇を重ねる。布団の中で、二人の足が悪戯に絡み合う。長いキスのあと、さくらは小狼を見つめて、微笑んだ。
「あのね。今日が始まってから、たくさん『幸せだな』って思ったの」
「ん?」
「・・・明け方に目が覚めて、小狼くんの寝顔が見られたでしょ。そのあとに美味しそうな匂いで目が覚めて、朝ごはんが美味しくて・・・」
指折り数えて言うさくらに、小狼は笑みを深くした。
「数えてたのか?」
「えへへ。たくさん、あったんだよ。何個だと思う?」
嬉しそうに話すさくらの問いかけに、小狼はキスで返した。深く合わさって、舌が入り込む。さくらは小さく震えると、自らも舌を絡めた。
「・・・俺は、さくらよりも多いぞ。きっと」
「ほぇ・・・?」
「というよりも。むしろ、悔しいな」
二人分の温度を孕んだ、あたたかな布団の中へと引きずり込まれる。薄闇の中で、ぎらぎらと光る獣の目に射抜かれて、さくらは全身が熱くなるのを感じた。
「今から、数え切れないくらいたくさん、さくらにあげる」
軋むベッドの上、熱っぽく囁かれた小狼の言葉が、また新しい幸せをくれる。さくらは、小狼の背中に腕を回して、ぎゅっと抱き着いた。
(小狼くん。小狼くん、私ね・・・。小狼くんにも幸せだって思ってもらえるのが、一番幸せなの・・・)


「そうだ、言い忘れてた。明日から連休もらえたんだ。・・・一緒に、朝寝坊しような」
「・・・♡♡」


『幸せ』カウンターが、くるくると回る。
過去最高記録を突破するかもしれない―――と。さくらは、とろけそうな頭の片隅で思った。

 


 

End

 

 

 

今年も11月22日に、いい夫婦なしゃおさのお話をあげられました♪よかった~

2年目も新婚ラブラブ♡最初の1122シリーズで書いた感じのオマージュで、更に甘々増し増しで書いてみました。

Twitterで、イイネした数だけ「幸せ」と言わせるという企画で、20個くらいイイネを頂いたのですが・・・大体そのくらいは幸せという文字が出てくると思います。お暇な方は数えてみてw

 

 

2018.11.22 了


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