淑女の耳元や首で、宝石がキラキラと光って揺れる。それに負けないくらいの豪華絢爛のドレスと、気品あふれる佇まい。自信に満ちた笑顔は、誰の目から見ても美しい。
彼女達の視線は、ただひとりに向けられている。
最年少でこの国の騎士団団長の地位に着き、これまでにも沢山の功績をあげている。その権威は王族のそれと違わぬ力を持ち、部下からも信頼され、同盟国からも一目置かれている。
クロウ国にとって、唯一無二の存在。
「団長様。失礼します。団長様のお話を、是非ご拝聴させていただきたいのですが・・・よろしいですか?」
「・・・もちろんです」
穏やかな笑顔で応対する小狼は、まるで知らない人のように見えた。差し出した手に置かれた、華奢で美しく整えられた指先。
さくらは自分の手を見て、落ち込む。騎士団の雑務で、すっかり荒れてしまっている。
「さすがに、ここまでだよ。見つかったら俺も君も怒られるだけじゃ済まない」
「・・・はい」
杜都の言葉に返すさくらの声音は、どんよりと暗い。王都の大庭園に忍び込み、団長を見つけたあたりから、さくらの表情はみるみるうちに沈んでいった。
さくらにはきっと並々ならぬ想いと深い事情があるのだろうと、杜都は案内役を買って出た。先輩達は止めたけれど、なぜだか放っておけなかったのだ。
今も。泣きそうな顔でじっと小狼を見つめるさくらから、杜都は目が離せないでいた。
その時。
「・・・そこにいるのは誰だ!?」

 

 

 

 

Girl Meets Knight 2nd 【後編】

 

 

 

 

穏やかに談笑していた小狼が、鋭い視線でこちらを向いた。騎士団では見慣れたその豪胆な一喝に、淑女達は動揺する。
「杜都くんっ!逃げて・・・!」
「えっ!でも・・・」
「私は大丈夫!団員のあなたが見つかったら、団長の責任になるから!」
咄嗟に、さくらは言った。先程まで沈んでいた少女とは思えない程に、素早い判断だった。
杜都は迷いながらも、さくらの言う通りにして、姿を隠した。
庭園の中を、小狼は進む。そうして、青々とした茂みを掻き分けて、そこにいた少女を見て目をみはる。
「・・・何をしている」
「・・・・・・」
さくらは何も言わずに、素早く立ち上がって深く礼をした。小狼の怒りが、肌にぴりぴりと伝わる。さくらは怖くて、目を見られなかった。
「団長様!その方は一体・・・!?」
ざわつく庭園内で、貴族やその娘達が不安そうな声をあげる。珍妙なものを見るかのような冷たい視線に、さくらは逃げ出したくなった。本当に、何をしているんだろう。
「・・・迷子のようです。衛兵。出口までお連れしてください」
「団長様!その者は不審人物では!?調べなくてもよろしいのですか!?」
声をあげる貴族に、小狼は笑った。さくらはその笑みを間近で見て、あまりの恐怖に震えた。
「・・・この者は大丈夫です。あとで、私が責任をもって締め上げます」
(・・・っ!だんちょー、やっぱりすごく、怒ってる・・・!!)










「!!さくらさんっ!大丈夫ですか!?酷いこととかされませんでした!?」
衛兵に乱暴に手を引かれ、庭園から追い出されたさくらに、杜都が心配そうに駆け寄った。
「・・・大丈夫!杜都くん。協力してくれてありがとう」
「でも、俺肝心な時に役にたてなくて」
「十分だよ。我儘聞いてくれたんだもん。本当にありがとう」
覇気のない笑顔でそう言われ、杜都はたまらない気持ちになった。ぐっと、握った拳が痛みを訴える。何か言おうと思うが、言葉が出なかった。
去っていくさくらの、頼りない肩を、杜都はただ無言で見送るのだった。








待ち合わせ時間ぴったりに、小狼は現れた。
さくらはあれから一時間近く、時計台の下で待っていた。何人か、知らない男の人に声をかけられたりもしたけれど、さくらは頑なに「人を待っているから」と言って断った。寂しそうにするさくらに、周囲にいた男達は惹かれ、こっそりと見守っていたのだが。
現れた小狼の一睨みで、蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。
「待たせたな」
「い、いいえ。時間通りです。あの、お疲れさまです。団長」
「・・・・・・」
小狼は腕を組んで、はぁと溜息をついた。
まるで死刑宣告を待つ罪人の気分だ。無言のこの時間が、辛くて仕方ない。
それでも。約束通りに自分のところに来てくれただけで、泣きたくなるくらいに嬉しい自分もいた。
「お前をあの場所につれていったのは杜都だな?」
断定的に言い渡されたその言葉に、さくらは青くなった。ぱっと顔をあげて、ふるふると首を横に振る。
「ちっ、違います!私が一人で」
「杜都には厳罰を与える」
「団長!!私が、無理を言ったんです!罰なら私に」
さくらの言葉に、小狼は表情を変えなかった。ただただ冷たい視線を向ける。そこには、怒り以外の感情が見えなかった。
泣きそうになるのを堪えた。ここで泣くのはダメだ。だけど、油断したら溢れてしまいそうだ。
「・・・あそこは今のお前が入っていい場所じゃない。立場をわきまえろ」
その言葉に。鈍器で頭を殴られたような衝撃を感じた。耳の奥でガーンガーンと耳鳴りがする。
わかっていた。立場の違い。身分の差。
―――小狼のこれからの未来に、自分が入り込める居場所は―――無い?
放心状態で、さくらは小狼を見つめた。
(もしかして・・・私を今日呼んだのは・・・この話をする為?)
お見合いをして、相応しい恋人を見つけて。小狼は結婚する。
それならば、自分はいらない。騎士団に置いておく意味がない。
他人事のように、すらすらと出てくるマイナス思考に、さくらは目眩を覚えた。
その瞬間、ゆずれない強い思いが、溢れた。
「・・・嫌です」
「さくら?」
「嫌ですっ!私は絶対に、言う通りにはしません!!団長が何て言っても、絶対に離れませんから・・・っ」
そこまで言ったら、堪えていた涙が溢れた。一度決壊したら、もう無理だった。
さくらは嗚咽をもらしながら顔を覆うと、すう、と深呼吸をした。
「・・・団長のばかっ!!結婚でもなんでも勝手にしちゃえ!!」
「はっ!?おい、さくら!待て!!」
まるで子供な捨て台詞を吐いて、さくらは駆け出した。
小狼は追いかけようと踏み出したが、その足はすぐに止まる。周囲にいた関係のない人間が思わず震え上がる程の威圧感を出しながら、小狼は重く息をはいた。









さくらは乱暴に服を脱いで、団服に着替えた。どかどかと騒がしく音を立てて隊舎に戻ると、自分の部屋のベッドに勢いよく突っ伏した。
「なんだ?サク、どうかしたのか?」
「あの落ち込み様、もしや失恋でもしたかな」
他の団員の好奇に満ちた視線や囁きも、耳に入らなかった。さくらは自己嫌悪にうなされ、布団をかぶってふて寝した。
夕食の時間になって、揺さぶられて目を開ける。起こしたのは、杜都だった。
さくらはハッとして、起き上がる。
「杜都くん、大丈夫!?」
「は?何がだ?お前こそ、体調でも悪いのか?飯持ってきたけど食えるか?」
甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる杜都に、罪悪感はますます強くなる。夕食を受け取って、ありがとうと言うのが精一杯だった。
「元気出せよ。お前、なんか今日変だぞ?」
「あはは・・・。杜都くんこそ、なんか元気ないよ?」
聞き返すと、杜都は黙りこんだ。もしかして、本当に自分のせいで厳罰をくらってしまったのだろうか。心配になるさくらに、杜都は言った。
「何も出来なくてさ。力になってやりたかったのに。無力すぎて、嫌になるよ」
「杜都くん・・・」
項垂れる杜都の心の中には、今日初めて会った、寂しそうな少女がいた。
さくらはその気持ちに共感して、思わず涙を浮かべる。泣き出したさくらに、杜都はぎょっとして、わたわたと落ち着かなくなる。
「なっ、なんでお前が泣くんだよ!」
「・・・っ、だって。わた、・・・僕も、同じなんだ。無力で、あの人を困らせてばかりで。もうこんな自分、嫌なのに・・・」
さめざめと泣くさくらの姿が、昼間に会った少女に重なった。思わず反応する心臓に、杜都は戸惑う。
さくらへと伸ばした手を、ぐっと握りこんで。それを、そのまま頭に振り下ろした。
―――ごちんっ
「いったぁ・・・!な、何するの!」
「うるさい!お前が何も出来ないのは今に始まった事じゃないだろ!うじうじするな、うっとおしい!!」
さくらは呆然として杜都をみた。なんて酷いことを言うんだろう。じんじんと痛む頭を抑える。
「・・・だけどお前は、何もできないなりに頑張ってきただろ。団長の為に。そういうところだけは・・・すごいと思ってるんだ」
「・・・!」
「団長を支えたいって思ってるのはお前だけじゃない。この騎士団にいるみんながそう思ってる。一人じゃないんだからな。だから・・・!落ち込んでないで、またがむしゃらに頑張れよ!それがお前だろ!」
杜都の言葉が、少しずつ浸透するみたいに、さくらの胸のモヤモヤを晴らしていく。
ひく、としゃくりあげた。涙は止まっていた。
(そうだ・・・。私、なんで忘れていたんだろう)
もともと、何も持たなかった。身一つでここに来た。
小狼を好きになって、この騎士団から離れたくないと思った。傍にいたかった。少しでも、役に立ちたかった。
(団長としての小狼くんを、ずっと見ていたかった。だから私、頑張れたんだ)
役立たずと罵られても。力の無さに絶望しても。自分にも何か出来ることはある筈だって、もがいて探して、居場所を見つけた。
居場所をくれた小狼に、いつのまにか、もっと欲しいと求めるようになってしまった。甘えてしまっていた。
(私がここにいる理由・・・小狼くんの傍にいたい、理由)
その瞬間、霧が晴れて、先が見えた気がした。
「杜都くんっ!ありがと・・・」
「・・・そうだ!俺だって、落ち込んでる暇なんかない!あの子にまた会えたら、俺に出来ることを・・・!!」
「ほえ?」
どうやら、さくらを励ましながら自分の事も奮い立たせていたらしい。自分の言った言葉に感動して立ち上がった杜都は、くるりとさくらの方を向いて、必死の形相で言った。
「今度・・・!お前の妹に会わせてくれ!話したいことがあるんだ!」
「へっ!?」
「お前の妹の・・・さくら、ちゃんだ」
ぽっ、と頬を染めてもじもじと指を絡ませる杜都を見て、さくらは笑みを引きつらせた。
その場を適当に誤魔化して、杜都からの頼みは聞かなかった事にしようと思う、さくらなのだった。








「サク!頼んでた洗濯は」
「終わってます!畳んでロッカーにいれてあります!」
「おいここ滑りやすいぞ」
「はい!すぐにモップがけします!」
片方の肩に大きめの洗濯かごを乗せて、もう片方の手でモップをかける。素早い動きと元気な返事に、団員達も少々押されぎみだ。それほどに、ここ最近の『サク』の仕事ぶりは、普通じゃなかった。もともと働き者だったけれど、何やら妙な気合いを感じる。
そしてそれは、雑務だけではなかった。
「・・・お願いしますっ」
訓練用の木刀を手に、ただならぬ気迫で礼をした。対峙するは、一等騎士の男だ。低位騎士の中では小柄の方ではあったが、それでもさくらより一回りも二回りも体は大きく、剣の腕も確かだ。
さくらは実力差も体格差も恐れず、真っ直ぐに向かっていく。迎え撃つ剣先を避けると、素早く木刀を振り下ろした。しかしそれも避けられ、逆に脇腹に強烈な一撃が入る。
「・・・っ!」
痛みに顔を歪めながらも、さくらは止まらなかった。相手が少し躊躇した隙に、突進する。
―――バシッ
「攻撃が単調すぎるし、威力も弱い。そんなんじゃ通じないぞ、サク」
床に突っ伏したまま動かないさくらに、男は言った。背中と脇腹が痛くて動けない。さくらは泣きそうになりながらも、体を起こして頭を下げた。
「力じゃ敵わない。それならお前にあった戦い方を見つけろ」
「・・・!はい!」
「また稽古つけてやるから。ちゃんと冷やしておけよ」
厳しいながらも、激励してくれる。さくらは深くお辞儀をして、よろよろと歩いた。
(うぅ、痛い・・・。防具越しでもすごい威力。また痣になっちゃったかなぁ)
ズキズキと痛む体をさすって、溜息をつく。こんな時に小狼からの呼び出しがあったらどう言い訳しよう。そこまで考えて、落ち込む。
あの日から、小狼から呼び出される事はなくなった。
―――『団長のばかっ!!結婚でもなんでも勝手にしちゃえ!!』
(あぁぁ・・・もう、なんであんな事言っちゃったんだろ)
後悔先に立たずとはよく言ったものだ。あの時、小狼がどんな顔をしていたのか、ちゃんと見ればよかった。今になって気になって仕方ない。
怒った?呆れた?それとも、もしあの瞬間に気持ちが冷めてしまっていたら、どうしよう。
マイナス思考に向かう頭を、さくらはふるふると振った。
(・・・決めたもん。もう、甘えない。自分の居場所は、自分で守らなきゃ)
「・・・っ、い、たた・・・。今日はもう、動けないかも」
前屈みに歩きながら、自室に向かっていたその時。
立ちはだかる影に、さくらは顔をあげた。
「おい、お前。どこにいく気だ。まだ訓練は終わっていないぞ」
見慣れない顔に、さくらは首を傾げた。すると、たまたま通りかかった杜都が、頭を下げた。目配せをされて、さくらも慌てて頭を下げる。
未だわかっていないさくらに、杜都は隣からこっそり教えてくれた。
「別の隊舎から異動になった一等騎士だ。昨日説明があっただろ」
「あっ・・・。そういえば」
最近のハードな業務と訓練で、朝礼はうとうとしていたかもしれない。呑気に思い出していたさくらの耳に、男のダミ声が大きく響く。
「お前、随分となまっちょろい体をしているな。お前のような者がいるだけでクロウ騎士団の名に傷がつく。私が鍛えてやろう」
「えっ」
強引に手を引かれ、修練場につれていかれる。杜都は男の前に回って止めようとするが、パンチ一発で吹っ飛ばされてしまった。その豪腕っぷりに、さくらの顔も青ざめる。
修練場に着くと地面に放り出され、木刀を投げられる。足元に落ちたそれを拾うと、目の前に立った男が「立て」と顎を動かした。どうやら、防具をつけさせる慈悲もないらしい。
「おいおい。まずいだろサクちゃんは。団長のお気に入りだって誰か教えてやれよ」
「ちゃんと教えたって!」
「あの男、中位から低位に落とされてこっちに来たんだろ。どうりでピリピリしてるわけだ。一番弱そうなサクに八つ当たりするあたり、器がちっせぇな」
ざわつく団員達の声が聞こえたのか、男はますます顔をしかめた。
「お前、団長に媚をうって低位騎士になったんだろう。そうでなければ、お前のような者が騎士になどなれるわけがない!」
「・・・っ」
「団長も何を考えているのやら。若造に好き勝手させて、私は前からどうかと思っていたんだ。・・・なんだその目は。違うと言うのなら実力を示して見せろ」
威圧的な男の態度に、腹がたたないわけがない。しかしそれ以上に、悔しくて仕方ない。
(私の事で、小狼くんまで馬鹿にされるのは許せない・・・っ)
さくらはキッと男を睨むと、木刀を構えた。
「サクっ!!」
杜都の声が聞こえた。さくらは地面を蹴って男の懐に飛び込む。その速さに、余裕を持っていた男の顔は強張り、周りの団員は「わっ」と盛り上がる。
(太刀筋が見える・・・!そっか、防具をつけてない分、早く動けるんだ!)
ここ数日の稽古で、さくらの目は速い太刀筋に慣れてきていた。もともとの運動神経と動体視力の高さ、そして本人の努力が功を成した結果であった。
『攻撃が単調すぎるし、威力も弱い。そんなんじゃ通じないぞ、サク』
「舐めるな・・・!女のような成りで、この私に通用するか!」
懐に入ったさくらに、上から容赦なく木刀が下ろされる。しかし。命中するかと思った剣は空を切り、見えていた姿は残像となって消えた。
「おぉ!フェイント!」
「速い!」
さくらは男の背後に回り込むと、隙だらけの背中に思いきり剣を振り下ろした。鈍い音が場内に響き渡る。
しかし。
その一撃で激昂した男は、先程とは比べ物にならない速さで剣を振るった。さくらは後ろに飛んでそれを避けるが、剣先は胸元から下腹部へと一直線に振り下ろされた。
衝撃に体は飛んで、壁に背中を強く打った。さくらは顔を歪ませ、苦しそうに息をする。
団服は無惨にも破けて、白い肌が覗く。さくらは片手でそれを抑えた。木刀はまだ、右手に握っている。
「いい度胸だ。まだまだ、鍛えようはあるみたいだな・・・」
人前で恥をかかされた事が余程屈辱だったのか、男は怒りに顔を真っ赤に染めて、鼻息荒く言った。
(どうしよう。サラシが・・・っ)
先程の攻撃でサラシも破かれ、胸の拘束は解けてしまっていた。
絶体絶命のピンチ。さくらはどうにかこの状況を打破しようと、考えを巡らせた。
しかし、目の前の男は待ってくれない。
「覚悟はいいな!」
「ま、待って!あとで!仕切り直し・・・っ」
「往生際が悪い!」
今度こそ終わりだ。女であることがバレて、ここにはいられなくなる。
(小狼くん・・・っ!)
振り下ろされた木刀は、片手で易々と受け止められた。
痛みを覚悟していたさくらは、数秒ののち、不思議そうに目を開けた。
その場の空気が変わる。周囲にいた団員達が皆、姿勢を正して頭を垂れていた。
そして。さくらに因縁をつけてきた男は、振り下ろした木刀を手から離し、地面に頭を擦り付ける勢いで突っ伏していた。よく見ると、その頭には大きなこぶが。
この一瞬で何が起こったのか。
さくらは、目の前に立つその人を見つめた。
―――デジャブだ。こんな風に、何度助けられた事だろう。
「だんちょ・・・」
傷だらけになって、服もサラシも破かれ、なんとも無様になったさくらを、小狼は無表情に見つめた。そうして何も言わずにさくらを片手で担ぎ上げると、未だ姿勢を崩さない団員達に、静かな口調で言った。
「・・・鍛練が足りない奴は言え。俺が直々に相手をしてやる」
騎士団団長の静かなる怒りに、団員達は全力で「はっ」と敬礼をした。
(こ、こえぇ~~~)
(誰だよ。最近丸くなったって言った奴)
(触らぬサクに祟りなし・・・)
全団員が、再度その鉄の掟を胸に刻むのだった。








小狼に担がれて運ばれる間も、さくらは言葉を発する事が出来なかった。小狼の怒りは嫌と言うほど感じていたし、自分に非があることもわかっていた。ただでさえ気まずいというのに。
(うぅ。今度こそ本当に、辞めろって言われるかも)
団長室の扉を開けて、そのまま専用のバスルームへと入った。大きめのバスタブの中にさくらを下ろすと、小狼はシャワーのコックをひねる。
「ほえぇっ、つ、冷たい・・・っ」
「脱げ」
「・・・!は、はい!」
とてもじゃないが、反論が許される空気じゃない。さくらは恥じらいながらも、胸元を抑えていた手をどけた。はらりと、サラシが落ちる。
きっちりと巻いていたサラシのおかげか、木刀での傷はほとんどなかった。胸元をかすったせいで、僅かに内出血になっている。小狼は眉根を顰めた。
シャワーの温度はあたたかくなっていた。さくらは濡れて張り付いた服を、躊躇いながら脱ぐ。何度も見られているのに、全身が小狼の視線に囚われて、触られてもいないのに反応してしまう。
ここ数日の訓練でついた傷や内出血は、ひとつやふたつでは無かった。
小狼は、ぎり、と奥歯を噛み締めると、さくらの腕を掴んで抱き寄せた。
数日ぶりの抱擁に、さくらは泣きそうになる。
「・・・もう、俺の言うことは聞かないんだったな」
「・・・団長」
「お前にも考えがあるだろうと思ったから、好きにやらせた。でも。もう限界だ」
絞りだすようなその声は、今まで聞いたことがないものだった。
小狼はさくらを抱き締めて、言った。
「命令はしない。これは、俺の勝手な願いだ。・・・頼むから。誰にも、傷つけられるな」
「・・・っ」
傷をたどる指先。こわごわと、迷うように動く。
かさかさに荒れたさくらの手にも、生傷にも、優しく触れて。自分の方が痛いというように、眉根を寄せた。
「お前が傷つくなら、俺がやられた方が何千倍もマシだ」
「っ、!」
噛みつくような口づけに、呼吸が止まる。小狼はさくらの顎をとると、至近距離で見つめた。
「呼び出しを我慢してみれば、他の男にいいように痛ぶられて。遠慮してた俺が馬鹿に思えるな」
「だんちょ・・・?」
獣のような獰猛な光に、ぞわりと肌が粟立つ。怒りと悲しみの混ざったような、掠れた声。さくらの胸が、切なくなった。
「・・・お前の自由を取り上げても、閉じ込めたくなる」
「っ!」
「出来ればそんな事はしたくない」
冗談で言うような人じゃない。これは本気だ。
言葉に迷うさくらの髪を撫でながら、小狼はまた口づけた。がぶりと唇を噛まれて、そのあとに熱い舌でねぶられる。降り注ぐシャワーに、小狼もずぶ濡れだったが、気にせずにさくらを抱き締めて、キスをする。
そのうちに、さくらの興奮した気持ちも落ち着いて。
ちゃんと言わなきゃと、そう思った。
思った―――のだけれど。困った事に、キスが止まない。
「あ、あの・・・んっ、ま、まって」
「なんだ?・・・また、可愛くない事を言う気か」
「~~~っ!」
憎らしい唇をこらしめるかのように、呼吸ごとキスで閉じ込められる。
冗談めいた言葉が飛び出すくらいには、小狼も少し落ち着いたのだろう。さくらの反応を面白がる素振りを見せながら、飽きることなくキスをした。
長いキスの終わり。はふ、と息をこぼしたさくらを見て、小狼は笑った。
愛おしいと、顔に書いてある。
さくらは、それを見て真っ赤になった。
(バカだ、私。小狼くんをちゃんと見れば、わかったのに)
「団長・・・ごめんなさい。私、団長が結婚するかもって思ったら・・・。もう、いっしょにいられなくなるかもって、悲しくなって」
「・・・」
「でも。奥さんになれなくても、傍にいたい。団長を・・・小狼くんを助けたい。小狼くんの支えになりたい。あなたを好きになってから、私の願いはずっと同じです」
こぼれ落ちそうな涙を、小狼の手がそっと拭った。
小狼は困ったように眉をさげて、笑った。そうして、さくらの唇に優しくキスをする。
「まだ、隠してるだろ?さくらの気持ち」
「・・・えっ、でも、本当に」
「わかってる。それもお前の本音だ。でも、まだあるだろ?隠しても無駄だ。全部言え」
きゅ、と。シャワーを止める。ふかふかのタオルでさくらをくるむと、浴槽の縁に座らせた。
小狼の優しい笑顔に促され、さくらの隠した本音が、涙といっしょに溢れた。
「ほんとは・・・、や、やだ。嫌。小狼くんが、私以外の人を奥さんにするのも。私以外の人を好きになるのも・・・やだぁ」
「・・・ん」
「だって、だって。私が一番、好きだもん・・・っ!小狼くんが、大好き」
そこから先は、小狼のキスで消えた。
抱き上げられて、続き間の寝室へと運ばれる。
さくらの言葉ですっかり上機嫌になった小狼に、これ以上ないくらいに愛された。
夕食の時間になっても、日付を跨いでも、ベッドから出ることは許されなかった。
「・・・も、無理だよぉ。だんちょ、・・・んっ」
「・・・名前」
「はっ、ん・・・、しゃおらんくん、しゃおらんくぅん・・・」
すれ違って離れていた日々を埋めるように。少しでも気持ちを疑うことのないように。
小狼の愛情を、これでもかと教え込まれる事になるのだった。








「・・・えっ?あのお見合い、形だけのものだったの?それじゃあ奥さんを決めたりは」
「しない。言っただろ。あれは仕事の一貫だ。・・・これと、交換条件で」
そう言って、小狼はあるものをさくらに渡した。それは、団服だった。しかし、いつも使っているものとは少し違う。
「中にインナーがついてるだろう。サラシを使わなくても胸が目立たないようになる。あと、防御力も多少は上がってる。特殊加工を施したお前専用の団服だ」
「え・・・!?わざわざ作ってくれたの?」
喜ぶさくらに、小狼は仄かに頬を染めて言った。
「締め付け続けるのは体に良くないだろ。小さくなったら嫌だっていってたし。まあ俺は今のままでも構わないが」
「・・・っ!こ、交換条件って、これの為にお見合いを・・・?」
小狼は仏頂面で頷いた。聞いたところ、彼の実姉が服作りを得意としていて、頼んだらお見合いをしろと命じられたと言う。
「まあ、どちらにせよ一度は話を受けるつもりだったから、ちょうど良かったんだ。午前中のうちに全員に会ったし、義務は果たした」
「・・・」
「それでも億劫には変わりないから、午後にお前と出掛ける事にしたんだ。気持ち的に、褒美があれば頑張れるからな」
「・・・・・・」
「おい。聞いてるのか、さくら」
呆然としながら、さくらは小狼の話を聞いていた。
あの日のお見合いは、全部自分の為だった。嬉しさと感動と、あと少しの自己嫌悪と。たくさんの感情が押し寄せて、さくらは堪えきれず、小狼に抱きついた。
さくらの頭をぽんぽんと撫でながら、小狼は言った。
「・・・お前がこの騎士団に居続けるのは、お前にとって大きなリスクを伴う。・・・でも。傍にいてほしいのは、俺も同じだ」
「うん・・・っ」
「なるべく早く、どうにかするから。それまで待てるか?」
小狼の言葉に瞬いて、さくらは顔をあげた。不思議そうにする頬をふにっと摘まんで、小狼は言った。
「・・・俺はお前以外を伴侶に選ぶ気はない」
「え・・・」
「誰にも文句は言わせない。その為の準備も進めている。・・・もちろん、お前にも選ぶ権利はある。無理強いをするつもりはないからな」
「っ!!む、無理強いなんて、あり得ません!」
思わず大きな声が出た。さくらは、ハッとして赤くなる。
数秒の無言のあと、小狼は小さく息を吐いた。どこか安堵したように、表情を緩ませる。
「とにかく。変な勘違いしないで待ってろ。いいな?」
ふにふにと頬をいじられながら、さくらは頷いた。だけど、思考は追い付かない。
(え?今の・・・、プ、ロポーズ?)
幸せな予感に胸をときめかせて、半ばパニックになりつつあるさくらに、小狼は笑った。
「・・・まあ、俺がそんな努力してる間に、お前は同期の男と密会してたわけだが」
「・・・ほぇ?」
「俺とのデートに、他の男に選んでもらった髪飾りをつけてくるしな」
「え?え?な、なんでそれを知って・・・?」
「・・・お前が誰のものか、まだ思い知らせる必要があるか?」
意地悪な笑みと渡された言葉に、さくらは今度こそキャパオーバーになって、叫んだ。










「とーや!また団長から届いてるよ!手紙!」
「・・・捨てとけ」
「そんな事したら隊全員の責任問題になるよ。はい。観念して、『今月分』も読んで」
押し付けられるように渡された書簡に、桃矢は心底嫌そうな顔をした。
「どうせ内容は同じだ。さくらと結婚したい、その許しがほしい。それを仰々しく何度も、いい加減しつこい」
「あと、どれだけさくらちゃんが可愛いか、惚気もたっぷりだよね」
「くそ!団長だからって関係ない!俺はまだ認めないからなっ!!」
ご丁寧にも全文に目を通したあと、叩きつけるように放って部屋を出ていった。
これから、理不尽に八つ当たりをされるだろう部下達に少し同情しながら、雪兎は手紙を手に取った。
「・・・『まだ』だそうですよ。李団長、さくらちゃん。あと少し、頑張ってね」
こっそりとエールを送る雪兎を、ピリついた桃矢の声が呼んだ。


今日も、クロウ国は平和です。

 

 

END

 

 



「Girl Meets Knight」 の続編を読みたいというリクエストでした!雪兎さんを出してほしいという事だったのですが、出番少しですいません(^-^;

このシリーズの二人はバカップルなんですが、いつももだもだぐるぐるしてる感じですね(笑)俺様団長様な小狼を書くのはやっぱり楽しいです♪さくらちゃんが団長に振り回されているのかと思いきや、実は逆の方が多かったり・・・(^^)

なぜ小狼がさくらの周りで起きた事を知っているのか、なぜピンチにいつもいいタイミングで駆け付けられるのか・・・の理由もあったのですが、今回はそこまで書ききれなかったので、もし次を書く機会があったらそのあたりも書きたいですね。

リクエストありがとうございました!楽しんでもらえたら嬉しいです~

 

2020.5.9 了

 

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