Girl Meets Knight」 の続編。パラレル設定のしゃおさです。

※アダルティな表現が少しあります。苦手な方は注意です。

 

 


 

 



大きなテーブルを埋める、たくさんのご馳走。
既に酔っ払った団員達が、赤い顔で次の酒を上機嫌に注いでいる。騎士団員にしては随分と華奢な、一人の少年の肩を掴んで、持っていたグラスに酒を注いだ。
「ほえぇ」
「祝い事だ!ぐっと行け!サク!」
サクと呼ばれた少年は、ごくりと唾を飲み込んで、目の前でしゅわしゅわと弾ける綺麗な色の炭酸飲料を見つめた。クロウ国では男女ともに16歳で成人と見なされ、酒や煙草、婚姻も解禁になる。
だから、16歳を過ぎた自分がこの魅惑的な飲み物を飲んでも、なんら問題ではない。
覚悟を決めて口をつけようとした、その時。ひょい、と。グラスが、手から奪われる。
驚いて見ると、さくらのすぐ傍に仏頂面の男が立っていた。その事に、さくら以上に周りの団員達の方が驚き、酔いも覚める勢いで揃って姿勢を正した。
「だんちょ・・・」
「酒はやめておけって、言ったよな」
「で、でもでも。お祝いだし・・・ダメですか?」
「ダメだ」
きっぱりと言うと、このクロウ騎士団を束ねる団長―――李小狼は、さくらから奪い取ったグラスを傾け、一気に飲み干した。そうして、残念そうにするさくらの肩を抱いて引き寄せると、耳元で小さく囁いた。
「あとで、個別にお祝いしてやるから。拗ねるな」
他の団員には聞こえない、自分にだけ告げられた内緒の約束に、さくらの顔はボンッと爆発したように真っ赤になった。
小狼は、さくらの手に酒の代わりに良く冷えたお茶を渡すと、自分も新しいワインの入ったグラスを掲げた。しん、と静まり返ったその場に、よく通る声が響く。
「・・・では。晴れて見習いを卒業し、正式に団員となった者。位が上がった者。全員に祝福を。更なる邁進と飛躍を期待する。―――乾杯」
「乾杯!!」
わぁっ、と盛り上がり、全団員が笑顔で酒を酌み交わす。
さくらがこっそりと小狼を見つめていると、視線に気づいてこちらを向いた。他の誰にも見せない優しい顔で、グラスを差し出す。さくらは嬉しくなって、破顔した。
おめでとう、と。グラスがぶつかる音とともに、小さく聞こえた。

 

 

 

 

Girl Meets Knight 2nd 【前編】

 

 

 

 

クロウ騎士団見習い、サク。この度、正式な騎士団員に昇格した。
とは言っても、まだ下っ端も下っ端。低位騎士の一番下である四等騎士。それでも一年、雑用と雑務を頑張っていたサクに与えられた、申し分ない評価であった。
「んしょ・・・、ん・・・。これで、大丈夫かな」
鏡の前で、胸にサラシを巻いた自分の姿を確認する。最近、胸が少し大きくなってきて、目立たないように絞めるのが大変な作業だった。胸が大きくなった事は単純に嬉しかったけれど、男と偽ってこの騎士団に所属するには些か不都合だ。時折、苦しくてサラシを緩めてしまいたくなる。
(ダメダメ。バレたら、ここにいられなくなっちゃう)
騎士団員・サク。本当の正体は、木之本さくら。下町育ちの、16歳の普通の女の子だ。
彼女が性別を偽って騎士団に入団したのには、理由がある。一年前、翼竜討伐の命を受けて遠征したまま行方不明になっていた、兄・桃矢を探す為だった。しかし、入団直後に団長である小狼にすぐにバレた。事情を聞いた小狼は、さくらを追い出さずに傍に置いてくれた。
厳格で冷たく、怖い印象だった小狼が、傍にいるうちに優しく甘い一面を見せてくれるようになって。気づいたら、さくらは恋をしていた。
今、さくらが騎士団にいる理由は、ひとつだけだ。
(小狼くんの、傍にいたいから・・・)
自分の思考に、自分で照れる。
色々あったけれど、小狼はさくらの恋心に気づいていたし、真摯に思いを返してくれた。キスや、それ以上の事も―――。この一年の間に、小狼から与えられる愛情を受け続けて、さくらはすっかり骨抜きにされてしまった。
『お前は、俺の傍にいればいい。離れる事は許さない』
真っ直ぐに射貫く鷲色の瞳。独占欲が滲んだ強い言葉。それに反して、触れる手はどこまでも優しい。
思い出して、さくらの胸はキュンとした。一年という月日が経っても。想いは、ますます募るばかりだ。
―――その時。
バンッ、と扉が開いて、さくらは慌てて団服を羽織った。ノックもせずに誰だろうと、礼儀知らずの来訪者をキッと睨んだ。そこにいた人物の顔を見て、あからさまに嫌な顔をする。
「・・・なんだその顔。不細工だぞ」
「不細工って何!お兄ちゃん、なんでここにいるのー!」
憎まれ口と共に現れたのは、クロウ騎士団の中位騎士。小隊長でありさくらの実兄である、桃矢だった。
「ごめんね、さくらちゃ・・・、サクくん。突然、お邪魔します」
「あ!雪兎さん!お久しぶりです!」
桃矢の後ろから顔を出したのは、さくらもよく知る人物だった。
月城雪兎。兄・桃矢の旧知の親友であり、同隊に所属する騎士団員だった。さくらも幼い頃から知っている。いつも優しくて穏やかな雪兎が、さくらは大好きだった。
「どうしたんですか?雪兎さん達の隊舎は遠いのに。こちらに、何かご用があったんですか?」
「・・・俺とゆきじゃ態度に違いがありすぎるな」
「お兄ちゃんの日ごろの行いでしょ!」
意地悪な兄に、べっ、と舌を出す。すると、青筋を立てた桃矢はさくらの柔らかな両頬を摘まんで、ぎゅーっと伸ばした。痛い痛いと言いながらぽかぽかと殴るさくらと、応戦する桃矢。二人の変わらぬやり取りに、雪兎は楽しそうに笑った。
「こらこら。とーや。可愛いサクくんのお祝いに来たんでしょ?」
「・・・えっ。そうなの?」
すんっと無表情になった桃矢は、さくらに小さめの包みを渡した。開けると、そこには髪飾りが入っていた。ガラスで出来た花弁が幾重にも重なっている、桜の花だった。
「きれーい・・・。もらっていいの?」
「選んだのはゆきだ。お前に似合いそうだって」
「・・・!雪兎さん!ありがとうございます!」
喜ぶさくらを、雪兎はにこにこと笑ってみていた。
桃矢も満足そうに笑っていたが、何かを思案するように表情を硬くすると、「さくら」と名前を呼んだ。
真剣な声と表情に、さくらの胸がどきりと跳ねた。―――なんだか、嫌な予感がする。
「お前はいつまでここにいるつもりだ?」
「い、いつまでって・・・」
「見習いを卒業して、今度は正式に騎士団員になった。・・・お前が弟なら、手放しで喜んでいただろうな。でも、お前は女だ。ここにいるべき人間じゃない」
桃矢の言葉に、さくらの顔は青褪めた。目を逸らしていた現実。わざと、見ないようにしていた。それを眼前に突きつけられて、動揺する。
桃矢は最初から反対だった。さくらが騎士団にいる事。それが、何よりも自分を心配しての事だとわかっているから、殊更に胸は痛んだ。桃矢が言っている事に、間違いはひとつもない。
このまま騎士団に所属していていいのか。性別を偽って、仲良くなった同期や優しくしてくれる先輩達を騙している。全部嘘だと分かった時、きっと自分はここにはいられなくなる。小狼だって庇いきれないだろう。
(・・・それでも。私、ここから離れたくない。小狼くんと、いっしょにいたい)
ぎゅっと握りしめた手の中に、桜の髪飾りがある。光に反射してキラキラと輝くその素敵な髪飾りも、ここにいる限りはつけられない。そう思うと、なぜだか泣きたくなった。
黙り込んださくらの肩に、ぽん、と手が置かれる。
「まだ、急いで結論を出さなくてもいいよ。さくらちゃん」
「雪兎さん・・・」
「でも、わかってね。僕もとーやも、さくらちゃんが大切で、心配なんだ。君が、僕達の為にこの騎士団に来てくれたみたいに。僕達だって、いざという時はどんな事でもするから」
浮かんださくらの涙を、雪兎は優しく指で拭って、にっこりと笑った。優しいだけじゃない、強くて芯の通ったその言葉が、沈みそうなさくらの心を掬い上げる。
こくりと頷くと、頭を撫でられた。そのあとに、桃矢がさくらの頭をくしゃくしゃにかき混ぜる。怒るさくらに、ベッと舌を出して、桃矢達は部屋を出て行った。
手の中にある贈り物を見つめる目が、悲し気に揺れる。さくらはその髪飾りを、そっと机の奥の方にしまった。








翌日。稽古の途中に、小狼からの呼び出しを受けた。
『呼び出しにはすぐに応じる事』という小狼からの約束がある。それがなくても、いつものさくらなら嬉しさのあまり犬のように尻尾を振って団長室に向かっていくのだけれど、この日は少しだけ足が重かった。昨日、桃矢に言われた事が尾を引いていたのだ。
ノックをすると、小狼の声が応答する。その度に、性懲りもなく心臓が跳ねる。
「サクです。来ました」
「入れ」
言われて、扉を開ける。中には、いつものように書類に埋もれて仕事をする小狼がいた。積みあがったそれらのせいで顔が見えないが、「座って待っていてくれ」と声が届いたので、さくらは返事をして応接用のソファに座った。
「あ、あの。だんちょ。お茶、入れますか?」
「大丈夫だ。さっき偉がいれてくれた」
「そうですか・・・」
しゅんとして、項垂れる。小狼のお茶を淹れる事は、『団長の秘書』としての一番の大仕事だった。それも最近は、呼び出される回数が減ったおかげでなかなか出来ないでいる。
(・・・呼び出される回数、減った、よね・・・)
見習いを終えてからも、さくらの仕事は変わらない。むしろ、前よりも忙しくなった。以前はご飯作りや団員全員の洗濯など、雑務がほとんどだった。見習いを終えて騎士の下っ端になった今は、以前の雑務に加えて訓練や勉強が追加された。
さすがに時間的拘束があるので雑務の割合は減ったけれど、体の疲労は相当なものだった。昇格した他の同期達も、みんな同じように参ってしまっているようだ。
さくらは他の団員とは違い、団長の秘書という仕事も請け負っていた。呼び出しにはすぐに応じる事。それが絶対条件。だけど仕事内容は、団長のお茶を淹れる、団長の疲れを癒すなどなど。とても他の団員には言えない、恋人としての蜜時を過ごしていた。
その呼び出しが、減ったと感じたのはさくらが見習いを卒業する少し前からだ。小狼の仕事が忙しくなったのだろうと、さくらは自分に言い聞かせていた。しかし、よく考えれば小狼の仕事が忙しいのは前からで、今になって始まった事ではない。
それならば、なぜ―――。
そんな事を一人考えていると、どかっ、と衝撃が伝わって、ソファが揺れた。
驚いて見ると、さくらの隣に小狼が座っていた。
「何、びっくりしてるんだ?」
「び、びっくりしますよ・・・!突然」
「お前が考え事をしていたからだろう?・・・俺が傍にいるのに、他の何を考えてたんだ?」
ゆらりと、小狼の瞳がこちらを向いた。ちり、と焼ける様な熱視線。瞳の奥に見える、情欲の光。吐息が触れる程に近づいて、さくらは小狼から目を逸らせなくなった。
(なに、考えてたって・・・団長の事だよ・・・っ)
そう言ってしまうのは、なんだか負けたような気がして、口を噤んだ。
さくらのその唇に、強引に自分のそれを重ねて、小狼は眼光を鋭くした。およそ、恋人に向ける甘いものとは正反対の、どこか冷たい瞳。だけど、それでも自分を見てくれているという事実がさくらの心を舞い上がらせた。深くなるキスと圧し掛かる重みに、さくらの体はやわらかなソファに落ちて。おそるおそる、伸ばした両手を小狼の首に回した。
「だんちょ・・・、ぁ・・・♡好き、です」
「・・・ああ」
「好き、す・・・っ、ん、・・・ぁ」
小狼の手が団服の裾から入り込んで、がっちりサラシを巻いた胸元をまさぐった。結び目を慣れた手つきで解くと、胸元を縛っていた拘束が緩んで、さくらはハァッと息を吐いた。
小狼の指先が、舌が。さくらのお腹から胸、鎖骨。そして下腹部へと甘い刺激を与える。探られ、暴かれて。全部を曝け出しても尚、遠く感じる。
(団長。だんちょ・・・。小狼くん・・・)
快感に揺らされながら、さくらは涙を浮かべた。ぎゅっと抱き着いて、熱い体温を感じても、どこか寂しい。不安が、消えない。
(小狼くんが、言ってくれたら・・・。ここにいろって、そう言ってくれたら、私・・・っ)
―――プルルルル
部屋の電話が鳴り響いた。さくらはハッとして我に返り、閉じていた目を開ける。目の前には、不機嫌そうに舌打ちをする小狼がいた。
鳴り続けるコール音。小狼は緩慢な動きでさくらから離れた。快感の余韻に震えるさくらをソファに残して、小狼は電話を取った。
「・・・わかった、すぐに行く」
その言葉に、さくらは自分でも驚くほどにショックを受けた。しかし、のんびりと横になっている場合じゃない。上官が離席するというのに、自分だけがこの場所に残っていては駄目だ。さくらは慌てて体を起こすと、解かれて床に落ちたサラシを集めた。
その時。小狼の逞しい腕が、ぎゅっとさくらを抱きしめた。
「ごめん。すぐに行かないとダメなんだ。お前は、ゆっくり支度してから戻れ」
「・・・はい。お仕事、ですか?」
「ああ。すごく面倒な仕事だ」
小狼は目に見えて不機嫌で、それは顔を見なくても声だけで分かった。少しの変化で小狼の心情がわかるくらいには、長く傍にいたのだ。そう思うと、少しだけしょげていた心が浮上する。
「・・・さくら」
「はい」
「お前・・・」
小狼の言葉は、そこで止まる。さくらは不安になって、腕の中から顔を上げた。
泣きそうな顔で見つめるさくらに、小狼は少しだけ驚いた顔をした。
(・・・?小狼くん、何を言おうとしたの・・・?)
―――『お前はいつまでここにいるつもりだ?』
桃矢の言葉がフラッシュバックして、どくどくと心臓が痛くなる。
しかし。続きの言葉はなく、その代わりに、優しくキスが落ちた。ちゅ、と触れるだけのキス。離れて、至近距離で小狼が笑った。
「明日、午後に外で会わないか?『サク』じゃなくて、『さくら』のお前と会いたい」
「え・・・っ!ほ、本当ですか!?」
「ああ。午前中は仕事で行かないといけないところがあるんだが、午後は休みなんだ。お前も、明日は非番だっただろう?」
小狼の問いかけに、さくらは声が出ず、こくこくと何度も頷いた。赤く染まった頬と、キラキラと輝く瞳が、正直に気持ちを表していて。そんなさくらを見て、小狼は珍しく破顔した。
「じゃあ、1時に時計台の前な」
「・・・!はいっ!」
現金なものだ。先程まで寂しくて悲しくて消えてしまいそうだったのに。今は、こんなに幸せだ。
ぎゅっと抱き着く背中を、宥めるように優しく撫でると、小狼は名残惜しそうにさくらを離した。そうして、先に部屋を出て行った。
さくらはしばらく、その場でボーっとしたまま動けなかった。
頭の中を占領するのは、溢れそうな幸福感と、明日への期待感。ドキドキとうるさくなる心臓を抱きしめて、小さく「やったぁ」と言った。










待ち合わせ場所についたのは、朝の10時。早いにも程があるが、隊舎にいても落ち着かなかったのだ。女の格好を見られるわけにはいかないので、一度男の格好で出かけてくると言って隊舎を出て、外のトイレで着替えたのだ。
さくらは、ガラス窓に映る自分の姿をじっと見る。裾がふわふわしているレースの春色ワンピース。胸元で結ばれた緑色のリボン。買ってから一度も履く機会のなかったピカピカの靴と、先日兄と雪兎からもらった髪飾りを頭に付けた。
(こういう、普通の格好するの久しぶり・・・。私、小狼くんの前で女の子になるの、もしかして初めて・・・?)
そう考えると、何を着て行こうか、どんなおしゃれをしようかと一晩中悩んだ。決まってからも、緊張と期待でよく眠れなかった。そのせいで、早起きしてしまったというのもある。
「んん・・・?サク、お前早いな。今日非番だろぉ?」
「ほえっ。も、杜都くん。うん、ちょっと用事があって・・・!杜都くんはまだ寝てていいよ・・・!」
同期の杜都が寝ぼけていてよかった。真面目で妙に鋭い彼に、そわそわと出かけていく姿を見られたら、追及されるに違いない。
(でも、さすがに早く来すぎちゃった。せっかくだし、色々見て回ろうかな)
城下にはたくさんの店が並んでいる。クロウ国は貿易も盛んで、同盟国が食材や民芸品を持ち込んで商売をしている事も多い。見たこともない魚や野菜、凝った造りのアクセサリーや天然の宝石など、見るものはたくさんあった。
活気のある市を、小狼と並んで歩けたら―――と。そこまで想像して、さくらの頬が盛大に緩む。
その時。
前をよく見ないで歩いていたから、すれ違う人とぶつかってしまった。さくらは慌てて頭を下げる。
「ごめんなさい!お怪我は、ないです、か・・・」
「こちらこそ!余所見をしていた。大丈夫ですか?」
(も、も、杜都くん・・・っ!?!??)
さくらは驚きのあまり硬直した。目を見開いたまま固まるさくらを、杜都は不思議そうに見つめる。
「どこかで・・・?そういえば、見覚えが」
「えっ。あっ、いえ、気のせいです!」
まずい、と思ったさくらは、すぐに逃げ出した。かなりの挙動不審だ。自分でもそう思うのだから、疑り深い杜都はもっと不審に思っただろう。案の定、手を握られた。
「あっ。ちょっと待ってください!」
「ほえぇっ」
「ん・・・?その声、口調・・・。お前、もしかして、サク」
(ば、バレちゃ・・・っ)
さくらは、覚悟を決めて目を閉じた。
「サクの、家族・・・?あっ、もしかして妹さんですか!?俺・・・、いや、私は杜都。サクの同期で、この度サクと一緒に見習い卒業して、騎士になりました!」
「・・・ほぇ?・・・あっ。は、はい。そうです。妹の、さくら、です」
咄嗟に嘘をついた。杜都は「やっぱり!」と嬉しそうに笑うと、一気に距離を縮めた。
また嘘をついてしまった。人のいい杜都を騙しているという事実が、さくらの胸を痛める。
「おい、杜都。何をやってるんだ?ん?その可愛い子は・・・?」
「あっ。すいません。この子は、サクの妹さんみたいで」
(ひえぇ・・・っ!二等騎士の先輩達まで一緒なの!?な、なんで今日に限って)
それは、みんな揃って非番だからである。
さくらは、バレないかとひやひやしながら、少々引き攣った笑顔で挨拶をする。先輩方はみんなさくらの笑顔にだらしなく頬を緩ませて、馴れ馴れしく話し出した。
(ば、バレてないみたい。よかったぁ。でも、いつバレちゃうかわからないよね。なんとかしなきゃ)
さくらは何か理由をつけて、杜都達から離れなければと思った。決して嘘がうまいわけじゃないから、自分がいつボロを出してしまうかと考えると、気が気じゃない。
話に夢中になっている杜都達に話しかけようとした、その時。
「そうなんだよ。団長、今日お見合いしてるんだってさ。あそこの、有名な庭園で」
「えっ。そうなの?そういえば団長も今日一日非番だったな。いよいよか~。お偉いさんにかなりせっつかれてたもんな」
先輩達の談笑が耳に入ってきた。その内容が聞き捨てならないものだったので、さくらは今の状況も忘れて、思わず詰め寄った。
「・・・っ!庭園って、どこですか!?」
「え?ああ、あれだよ。貴族や役職付きの上位騎士だけが入れる、王都の中にある大庭園。なんでも、団長の為に数十人の貴族のお嬢様が用意されてるっていう噂だ」
「団長・・・結婚、されるんですか?」
茫然と聞くさくらに、杜都達は不思議そうに首を傾げながら、言った。
「そりゃあ、団長も19歳になるし。現実的に婚姻を進められるさ。騎士団団長は王族と同じくらいの権威があるし、国交にも重要な役割を持つんだ。良き奥方を迎えるのは早い方がいいだろう?」
「まあ、あの人の年齢で団長になってる事自体が今までにない例だからなぁ。あれだろ。貴族のお偉いさんが、自分の娘を団長に宛がって、それで地位をあげる・・・とかな。色々、裏ではあるんだろうよ」
「随分長いこと、結婚話は突っぱねてたみたいだけどな。団長も、覚悟を決めたのかねぇ」
口々に放たれる衝撃の事実に、さくらは顔面蒼白になった。
お見合い。貴族。国交。奥方。―――さくらにとっては、遠い世界。
(今日、仕事だって言ってたの・・・嘘だった・・・?小狼くんは今頃、たくさんの綺麗な女の人と会ってて・・・その中の誰かと、結婚するの・・・?)
さくらは、スカートの裾を握りしめた。震えている。悲しみか、怒りか。自分でもわからない。大きな感情の渦に飲まれて、自分を見失ってしまいそうだ。


「・・・そこに、連れて行ってください」
「え?て、庭園に?無理だよ!」
「行きたいんです・・・っ!どうしても、団長に会いたいの!」
さくらは、涙交じりに叫んだ。その必死な様子に、杜都は困り顔を一転させて、ぐっと拳を握るのだった。



 

 

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2020.5.8 了

 

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