校舎前から、正門へと続く道。そこが一番賑やかで、人も多かった。
他校の生徒と思われる男達が、猫耳を付けたさくらに声をかける。
「めっちゃ可愛いね!!メイドさん?どこでお店やってるの?」
「今一人?俺らと一緒に回らない?」
こうして声をかけられて足止めをされるのは、何度目だろう。先を急いでいたさくらは、必死でそれを振り切る。
周りを見渡しても、小狼の姿は見つからない。時刻は、既にお昼を回っていた。
ミスターコンテストのスピーチが始まるのは、13時。それまでに小狼と会って、ちゃんと話をしようと思っていたのに。
焦りのあまりに、さくらは泣きそうになった。
諦めきれずにいた男達が、弱ったさくらを取り囲んで声をかける。
「さっきから、誰か探してるの?こんなに大勢いる中で見つけるなんて無理でしょ?俺らもあとで探してあげるからさ!かき氷とか食べない?おごるよ~」
「だ、大丈夫です。ごめんなさい」
さくらが拒んでも、聞かない。その弱気な様子を見て、押せばいけると思ったのか、さくらの手を強引に掴んで体を寄せる。知らない匂いが近づいて、さくらの顔は強張った。
その時。
「いって!痛い!」
「彼女は俺の連れだ。勝手に触るな」
「ご、ごめんなさい!すいません!」
さすがにまずいと思ったのか、男達は呆気なくさくらから離れ、逃げるように走り去っていった。
さくらは半ば呆然として、目の前の人へと言った。
「助けてくれてありがとう。賀村くん・・・」

 


 

 

 

恋率方程式 【4】

 

 

 

 

 

「いや。会えてよかった。俺も探してたんだ」
「え?」
賀村の突然の言葉に、さくらは目を瞬かせる。
「木之本さんが探してたのは、李だろ?今、ちょっとトラブルがあって・・・。もう少し、待っていてほしいんだ」
そう言われて、さくらは分かりやすく落ち込んだ。
―――トラブル、手伝い、呼び出し。幾度となく、小狼は文化祭の忙しさに追われていた。
今年は違う。小狼と一緒にいられる。小狼は、自分と一緒に過ごすために、頑張ってくれていた。さくらは、涙が出るくらいに嬉しかった。
だけど。困っている人がいるなら、仕方ないと思った。自分の事を、ちょっと諦めてもいい。少しだけ我慢しよう。あの瞬間は、確かにそう思った。
(でも、間違ってた。小狼くんを、怒らせちゃった。・・・自業自得、だよね)
ぽん、と。
さくらの肩を、軽く叩く。賀村は、涙目のさくらを覗き込むようにして、優しく言った。
「大丈夫。あいつは、ちゃんと木之本さんのところに来るから。待っててやって」
「賀村くん・・・」
「文化祭は、まだ終わらないから」
その言葉に、別の涙が込み上げた。さくらは、自身を落ち着かせるように深呼吸をして、賀村へと笑顔を向ける。
大きく頷いたさくらに、賀村も頷いた。










印刷機が、大きな音を立てて次々と紙を排出する。写真部の部室内は特に展示などは無かったが、数人の部員達がせわしなく動き回っていた。
印刷されたばかりの用紙を、ある人の手に渡す。上から下までを素早く読むと、笑みを浮かべた。
その時。
近づいてくる足音が聞こえて、ハッとする。
「隠して!早く・・・」
大慌てで、今印刷されたばかりの用紙をかき集める。しかし部員の一人が取りこぼし、床の上にひらりと落ちる。部室の扉が開き、現れた男がそれを拾った。
部室内にいた全員が、青褪める。その中心にいる人物―――藤堂ありさは、「どうしてここに」と、呆然と呟いた。
拾った用紙には、一枚の写真が大きく貼り付けてある。中央にいるのは、さくら。賀村と陸、二人の男の間で困った顔をしている。その写真の上には、派手な文字でこう書かれていた。
―――【寵愛の恋人、まさかの三股!?】―――
三流ゴシップ誌を連想させるような、低俗で下卑た見出しに、小狼は笑った。
「これを作って、校内中にばら撒く。その為に、写真部にさくらを尾行させたのか?藤堂ありさ。・・・いや。『アシラ・オ・ドット』と呼んだ方がいいか?」
「・・・っ!?」
ありさは、驚きに目を瞠る。
顔を紅潮させると、俯いたまま口を噤んだ。小狼は笑顔を消すと、動揺する写真部部員へと冷たく言った。
「写真のデータと、印刷物。全部を今ここで処分しろ。今、すぐに」
眼光を光らせ、怒気を一層に強めて言った。
部員たちは震えあがり、動かないありさの様子を窺いながらも、小狼の言う通りにした。でたらめのゴシップ記事は、シュレッダーの中に消えていく。
写真のデータも全部消したのを見届けて、小狼はありさへと声をかけた。
「二人だけで話そう」言葉だけを拾うと意味深ではあるが、両者の表情は険しい。小狼は構わずに、ありさを連れ出した。
人気のない廊下へと進むと、単刀直入に言った。
「文化祭企画部長。どう説明する?多数の隠し撮り、それを本人の許可なくネット上に転載。加えて、でっち上げのゴシップ記事。・・・いくら祭りと言っても、やりすぎだろう」
大真面目な小狼の言葉に、ありさは噴き出す。わざとらしく笑い声をあげて、悪びれなく言った。
「お祭りなんだから、ちょっとくらい羽目外してもイイでしょぉ?木之本さんの記事だって、きっと盛り上がるよ。鉄板のカップルが、まさかの浮気?三角関係?って!!みんな、そういう刺激を求めてるんだよ!もちろん、あとで『ドッキリでした!』って盛大にネタバラシするつもりだったしぃ」
だんだんと声が大きくなり、早口になる。
そんなありさを、小狼は真っ直ぐに見つめる。その視線に耐えかねてか、拗ねた顔で「つまんなーい」とぼやいた。
小狼は携帯電話を取り出し、件の小説サイトを開く。それを見て、ありさはギクリと顔を強張らせた。
「迂闊だったな。西の騒動をそのまま小説にするなんて。文化祭で浮かれていたからか?・・・昨日、西の彼女にメールを送ったのも、こうなる事を見越してか?」
ありさは顔を逸らしたままで、問いかけには答えない。小狼は更に続けた。
「ミスタコンで俺と西の存在を注目させておいて、話題性のあるネタを振りまいて生徒達を煽る。おかげで、得票数は歴代で一番だそうだ。ここであのゴシップ記事がばら撒かれたら、イベントは一層盛り上がるだろうな」
「・・・ふふ」
「西が彼女と喧嘩したり、俺とさくらが喧嘩したりすれば、小説のネタにもなる。・・・そんなところか。くだらないな」
小狼の言葉に、ありさは引き攣った笑顔を見せる。汗ばんだ首元に髪が張り付いて、それを鬱陶しそうに払って、言った。
「くだらないけど、楽しい。退屈しないし、暇つぶしになる。それをみんなに提供する。企画部部長としては、最高でしょぉ?」
それを、疑いなく正しい事なのだと、主張する。
小狼は、口元を抑える。ありさは、彼が笑っているのだという事に気付いた。可笑しくて仕方ないというような笑みが、馬鹿にされているように思えて、ありさは眉を吊り上げる。
立ち去ろうとしたありさに、小狼は言った。
「ある意味、筋は通っている・・・が。自分が神にでもなったつもりでいるんだな。思い通りに掻き回して、楽しいか?」
「・・・うん?すっごく楽しいよぉ。小説を書くのも、企画を盛り上げるのも。私にとっては同じだもん。ほんの娯楽?ごめんねぇ」
ありさは、最高の笑顔でそう言った。人の神経を逆なでるのが、昔から得意だった。だから今も、わかっていてやっている。
しかし、小狼は動じることなく、上から見下ろして笑う。それが気に入らなくて、ありさの余裕の笑みが崩れる。
小狼は、怖いくらいの笑顔で言った。
「お前は神じゃない。傍観者を気取ってるだけの、ただの臆病者だ。当事者になるのが怖いか?お前の頭の中の小説よりも、現実の方がずっと面白いのに。それを知らないんだな」
「・・・はぁ?意味わかんなぁい!」
激昂するありさへと、小狼は距離を詰める。
思わず体は逃げようとするが、いつの間にか壁際に追い詰められていた。
小狼の目は、もう笑っていない。心臓を射抜かれるような鋭さに、ありさは初めて、恐怖を感じた。
「お前を強制的に現実世界に引きずり込む事なんて簡単だ。正体をばらしてもいいし、ここでの会話を放送室から全生徒に流すことも出来る。・・・ネット上からサイトを完全に消去する事も、二度とふざけた真似が出来ないようにするのもな」
「!!お、脅す気・・・?」
怯えるありさを見下ろして、小狼は小さく笑う。そうして、呆気なく体を離した。
呆然とするありさをそのままに、背を向けて歩き出す。「ちょっと待って!」と、離れていく背中をありさは呼び止めた。
小狼はゆっくりと振り返って、言った。
「これに懲りて、妙な小細工はしないことだ」
「っ!?何よ!結局、見逃すの?」
「・・・さくらが、お前の小説が好きだって言ってたから。今回は厳重注意で済ませる。ただし、次はない。脅しじゃ済まないからな」
そう言い残して、小狼は立ち去った。
獰猛な獣のような瞳。抗う力を根こそぎ奪うような言葉。その目が逸らされて、背を向けて歩き出すまで。ありさは、呼吸も出来ないくらいに硬直していた。
小狼の姿が見えなくなった途端、ありさは膝を折りその場に崩れ落ちた。
今になって、体が震える。自分の弱みを握られた事、言いくるめられた事が、悔しくて仕方ない。しかしそれ以上に、言いえぬ恐怖があった。
ありさは、苦笑する。
「ふふっ・・・。これも、ネタになりそう・・・。私って、ラッキー?」
震える声で紡がれたその言葉は、完全な負け惜しみであった。ありさは天を仰ぐようにして、溜息をついた。










『ただいまより、生徒会企画によるミスターコンテストスピーチ大会を開催します!みなさん、中央広場のステージ前へとお急ぎください!』
校内放送が、賑やかに伝える。さくらと賀村は顔を見合わせた。
小狼は、絶対に来る筈だ。確信があった。
「木之本さんに言われた事なら、怒ってたとしても絶対に実行する筈だ」
「うん・・・。私も、そう思う」
暗くなりそうな自分を叱咤するように、頬を叩く。さくらは気合を入れると、コンテスト会場へと向かった。
会場に入る前に、投票用紙を配られる。そこには、エントリー者の名前が書いてあった。ホームページ上での投票と、会場での投票を合わせたところでの、総合得点で競われる。しかも、会場での投票の方がポイントが高い。
「なるほど。それで、逆転もあり得るって言ってたのか」
納得して呟く賀村に、声がかかった。
「あっ、賀村くん!」
「さくらちゃんも!李くんを応援しにきたの?」
山崎と千春が、二人のもとへと駆け寄る。
周りを見渡すと、クラスメイトや同じ部活の生徒など、顔見知りもたくさんいた。その他にも、外部の生徒や教師まで。たくさんの人が、会場内に集まりだしていた。
さくらは、なぜか自分が緊張してきた。
目の前にあるステージに、もうすぐ小狼が現れる。自分がいるのは観客席で、たくさんの人の中に紛れて、きっと気づかないだろう。
まだ、不機嫌なままだろうか。怒っているだろうか。どんな言葉を、話すのだろう。
ドキドキと鼓動を鳴らすさくらに、声をかける人物がいた。
「さくらちゃん」
「知世ちゃん!知世ちゃんも、来たんだね」
さくらは、知世の優しい笑顔を見て、少しだけ緊張が解ける。まだ、心臓の音はうるさいままだけれど。見知った人達に囲まれている今の方が、落ち着く。
知世はさくらをジッと見つめると、頭上へと手を伸ばした。そうして、付けられた大きな猫耳とヘッドドレス、乱れた髪を綺麗に整える。そうして、満面の笑みで言った。
「大丈夫ですわ!さくらちゃんは、いつもどおりとても可愛いです!」
知世の突然の行動に、さくらは不思議そうに瞬いた。
「だから、いつもどおりに。李くんを信じて、笑顔で待っていてください。さくらちゃんの笑顔は、幸運を呼び込みます。きっと、全部がうまくいきます。・・・さくらちゃんなら、絶対に大丈夫です!」
自信たっぷりの知世の言葉に、さくらはなんだか拍子抜けしてしまった。その瞬間、緊張も不安も、嘘みたいに消えた。
さくらの手を握って、知世は笑う。『さくらちゃんなら、絶対に大丈夫』―――それを、信じて疑わない、笑顔で。
さくらは笑って、知世へと感謝の言葉を伝えた。
(・・・早く。早く、小狼くんに会いたい。小狼くんと、話したいよ・・・)
さくらは恋い焦がれるように、無人のステージを見つめた。
そこから少し離れた場所には、もう一人、恋人の登場を待っている少女―――詩織がいた。詩織は、胸元で祈るように手を組んで、さくらと同じようにステージを見つめるのだった。






司会者がマイクを通して、賑やかにコンテスト開催を宣言する。耳を劈くような大歓声が、わっ、と響き渡った。
エントリー番号一番から順に、参加者がステージへと出ていく。
ステージ裏で浮かない顔をしていた西の肩が、ぽん、と叩かれた。
「暗いぞ、西。そんな顔で優勝できるのか?」
「李っ!!き、来てくれたのか!?俺、俺・・・、もう」
「おい・・・。泣くなよ。馬鹿」
頭を小突かれて、西は情けない顔のまま唇を結ぶ。
詩織とも喧嘩をしてしまい、最悪な形で離れてしまった。それに加え、友人にまで見放されたらと思って、西の思考はマイナス方面に驀進していた。
だから、小狼が来てくれた事が泣くくらいに嬉しかったのだ。
小狼は、西を横目で見て、呆れたように溜息をついた。
「しっかりしろ。お前の彼女も同じ顔してるぞ。きっと。意地でも、いいところ見せろ」
「・・・俺が張り切りすぎると失敗するの、知ってるだろ」
西の卑屈な言葉に、小狼は声を上げて笑った。その笑顔を憎たらしく思いながらも、西もまた、自然と笑っていた。
その時。先に、小狼の順番が回ってくる。
西からの声援に、振り返らないまま軽く手を振る。
薄暗いステージ裏から、眩しい外へと出た。すると、観衆から惜しみない拍手と歓声が届いた。
迷いなく足を踏み出し、小狼は中央のスタンドマイクの前へと進む。目の前に立って、ステージを見つめた瞬間。その場が、不思議なくらいに静まり返る。
小狼は、一つ咳ばらいをして。マイクに向かって、口を開いた。
「李小狼です。今日は、望まぬ形でこの場所に立っています。不本意ではありますが、文化祭ということで渋々参加しています。それをまず、ご理解ください」
冗談か本気かわからない言葉に、観客はひとまず笑う。小狼は、浴衣の襟を直すように手をやると、真剣な表情で言った。
「正直、文化祭にはいい思い出はありません。忙しい上に面倒事も多い。自分の時間と労力を奪われて、最後は酷い疲労感に襲われる。ハッキリ言います。俺は、文化祭が好きじゃない。というか、俺の方が文化祭に嫌われているのかもしれない」
小狼のスピーチに、観客たちが俄かにざわつきだす。他の参加者達は、自分のアピールポイントやこのコンテストへの意気込みを語っていたのに対して、小狼のスピーチはただの愚痴だ。
「李くん、それはあんまり言わない方がいいんじゃ・・・」
「さくらちゃん、大丈夫?」
山崎と千春の言葉も耳に入らないくらい、さくらはステージ上の小狼の言葉に集中していた。真剣な顔で、言葉の続きを待つ。
「・・・別に、誰に感謝されたいとか、そういう見返りを求めているわけじゃない。ここで大多数に好かれたいとも思わないし、全く興味がない。俺の事は、俺を知ってるごく少数がわかってくれたらいい」
静まり返った会場。たくさんの観客の耳に、小狼の言葉が届く。その声は、迷いなく力強い音で。その目は、ただ一人を真っ直ぐに見つめていた。
「俺は文化祭に嫌われていても、他のみんなが楽しんでくれるなら構わない。・・・例えば数年経って。今日の日も、悪くなかったって、そう思えれば・・・文化祭の事を嫌いにならずに済む。そう、思います」
そう結んだあとに、小狼は優しい笑顔になって。ぺこりと、お辞儀をした。
溜息が出るくらいに美しい動きに、女生徒達は見惚れる。
そのあとの小狼の行動に、会場内は更に驚かされる事となる。小狼は舞台裏に戻るのではなく、ステージから身軽に飛び降りた。司会者が、慌ててそれを止める。
「待ってください!李くん、帰らないで!今からすべてのスピーチが終わってから集計をして、それから結果発表を・・・!!」
制止の言葉を無視して、小狼は人垣の中へと進む。観客達は、驚きながらも小狼に道を開けた。
その足は、ただ真っ直ぐに、彼女のもとへと進む。
驚きのあまり硬直したさくらの背を、知世の手と、賀村の手、山崎と千春の手が、軽く押した。
全校生徒が注目する中、小狼とさくらは見つめあう。
「これ以上、時間を無駄にしたくない。最後の、文化祭だから」
「小狼くん・・・」
「俺と、一緒にいてくれるか?さくら」
差し出された手を見つめて、さくらの視界が涙で滲む。知世の言葉を思い出して、さくらは涙を堪える。
満開の笑顔で、小狼へと頷いた。
二人の手がしっかりと繋がれた瞬間、静かだった観客たちが悲鳴のような声を上げた。それが周りに広がって、大きな拍手と歓声に変わる。コンテスト司会者は戸惑うばかりで、「お静かにー!」と繰り返した。
小狼はさくらの手を引いて、二人は駆け出す。あっという間に見えなくなった後姿を、友人達は笑顔で見送った。
「えー、みなさん!お静かにー!まだコンテストは終わりじゃないですよー!!李くんはいなくなってしまいましたが、皆さんは最後まで見届けてくださいね!?」
そうは言っても、観客のほとんどは興味を無くしたように思えた。ざわざわと、話し声が絶えない。
「李くんのスピーチ、なんかよくわかんなかったよね」
「格好いいけど、やっぱり人のものだよね~。なんか、白けちゃった」
「投票どうする?っていうか、もう移動する?李くんいないんじゃ、つまんないし」
客達が、今にも帰りだしそうな雰囲気だった、その時。ひと際大きな声が、会場内に轟いた。
「ちょっと、ちょっと待ってくれ!投票してくれないと、すごく困る・・・!!頼むから、みんな帰らないでくれ!!」
舞台にあがったのは、西だった。西はスタンドからマイクを外すと、ステージぎりぎりに立って、観客たちに必死で訴えた。
「俺は・・・!絶対に、ここで優勝しないといけないんだ!!彼女・・・っ、大好きな彼女を泣かせちまって、どうしようもなくて。俺、馬鹿だから!恋愛とかも器用じゃねぇし、うまいやり方とかもわかんねぇし!!でも、でも・・・彼女の事が、大好きなんだ!!」
支離滅裂な話が始まって、観客たちは呆然とする。しかしそれが功をなして、帰ろうとしていた客の足も止まった。必死な西の様子に、無関係の人達までもが興味を惹かれる。
会場にいた詩織は、観客席の端の方で、西の姿を心配そうに見守っていた。自分の事を言われているのだと気づいた途端、涙を零した。
西は、詩織が会場にいる事に気付いていない。たくさんの視線の中から、彼女を見つける事は出来なかった。もしかしたら、もう帰ってしまったのかもしれない。不安な気持ちが、生まれる。
それでも―――正直な想いを、ぶつけた。
「失敗してばっかりで、喧嘩も多いし、もうウンザリされてるかもしれない。でも、まだ諦めたくない!俺、全力で頑張るから・・・!!」
観客は、驚きの声をあげる。西は、両目からぼろぼろと涙を零して、それを拭おうともせずに、しゃくりあげながら続けた。
「お、俺の・・・っ、彼女は、超可愛くて、でもたまに怒りっぽくて、・・・ひっ、俺の、こと、多分、一番好きでっ!でも、俺はそれいじょう、に、・・・っ、詩織ちゃんが、好きだ―――!!」
恥ずかしすぎる西の叫びだったが、なぜかもらい泣きをする女子が続出した。
会場の空気が、先程までとは全く違うものになってしまった。山崎達は、その現象にただただ驚く。
「彼女を、大好きなディ〇ニーランドに、連れてってやりたい・・・っ!だからみんな、俺にみんなの票を、ちょっとだけ分けてくれ!!頼む・・・っ!お願いします!!」
西は、頭が膝につくくらいに深く、お辞儀した。そうして勢いよく顔を上げると、急激に恥ずかしくなったのか、真っ赤になってステージ裏に逃げていった。
その健闘を称えるように、あたたかい拍手が送られる。男達の、からかい交じりの野次が飛ぶ。司会者が場をおさめようとするも、熱気は冷めやらない。
詩織はハンカチで涙を拭いて、緩んで仕方ない口元を隠して、言った。
「もう・・・。西くんの、馬鹿・・・」




教室の窓際に立って、ありさは会場を見下ろした。苺みるくの紙パックジュースを手に、ぼやく。
「・・・つまんなーい。こんなの、ありさが描いだ脚本と全然違う。もう。盛り上がってるんじゃないわよぉ」
悔しそうにストローを噛んで、眉根を顰める。甘いジュースを一気に飲み干して、空になったパックをゴミ箱めがけて投げた。パコン、と音を立てて、命中する。
小さくガッツポーズをすると、ありさは苦笑して、一人ごちた。
「・・・現実は、小説なんかより面白い、かぁ。・・・ふーん」










コンテスト会場に人が集まっているおかげで、他の場所は空いていた。
小狼はさくらの手を握ったまま、校舎裏へとやってきた。走って汗ばんだ額を、心地いい風が撫ぜる。
さくらが、ほ、と息を吐いた瞬間。振り向いた小狼に、強く抱きしめられた。
さらりとした浴衣の肌触りが、気持ちいい。さくらが、小狼の為に仕立てたものだ。
小学生の時と、同じ。一針一針、思いを込めて作った。思い出して、さくらの目に涙が浮かぶ。
小狼の背中に手を回して、さくらも強く抱きついた。
「ごめんね、小狼くん」
「ごめんな、さくら」
二人の『ごめん』が、ぴたりと重なった。小狼とさくらは、閉じていた目を瞬かせて、ゆっくりと体を離す。顔を合わせて、同時に笑った。
小狼は、さくらの顔をジッと見つめる。そうして、長い指で、目元をなぞった。僅かに残る涙の痕に、眉根を顰める。
「・・・泣いたのか?」
「ううん・・・。これは、嬉し涙だよ。小狼くんと仲直り出来て、今一緒にいられて、すごく嬉しいから!」
花が咲いたような笑顔に、小狼は照れくさそうに笑みを零す。
さくらの涙を拾うように、目尻にキスをした。くすぐったそうに笑うさくらの、頬に瞼に、優しく口づける。
さくらが可愛く笑うたびに、小狼の胸がきゅうと苦しくなった。
「小狼くん、大好き」
「さくら・・・俺も、大好きだ」
さくらが、目を閉じる。小狼はやわらかな頬に手をやって、少しだけかがんで、唇を寄せる。
吐息が触れた、その瞬間。遠くの会場から、割れんばかりの歓声が届いた。さくらは驚いて、声が聞こえた方へと顔を向ける。
しかし。小狼の手が強引に、さくらの顔を自分の方に向けて、その唇を塞いだ。
「んん・・・っ」
深い口づけに戸惑うさくらの耳に、歓声は止むことなく聞こえてくる。
最初は気になっていたさくらだったが、だんだんと、小狼のキスに溶かされて。何も考えられなくなって、その身を小狼へと委ねた。
さくらへと口づけながら、小狼はぽつりと呟く。
「・・・いいところ、見せられたみたいだな」
「ほぇ・・・?」
「ん。なんでもない」
さくらの唇に、ちゅ、と音を立てて吸い付く。体の力が抜けて、さくらは小狼へと身を預けた。
小狼は笑ってさくらを抱きしめると、人目につかないよう、更に奥へと入る。階段に腰を下ろし、膝の上にさくらを乗せて、その耳元で囁いた。
「さくらが数年先に、今日がいい日だったって思えたら、俺はそれで充分なんだ」
「うん・・・」
「・・・だから。俺にも忘れられない思い出、くれないか?」
その言葉の意味を、一拍置いて理解して、さくらの顔が真っ赤に染まる。小狼の胸に顔を隠すようにして、小さく頷いた。










太陽が西の空に沈んで、月が輝きだす頃。
校庭の中心に置かれた櫓に火が焚かれ、後夜祭が始まった。
たくさんの生徒が、声をあげて盛り上がる。軽音部の生演奏に合わせて、教師も生徒も混ざって、踊る。文化祭は、クライマックスに入ろうとしていた。
小狼とさくらは、携帯電話の呼び出しに従って、屋上へと上がっていた。扉をひらくと、強い風がさくらの髪を舞い上がらせる。
「あっ、来た!!李くん!さくらちゃん!」
「サボり二人組―!どこで何してたのー?」
「やだなぁ。それを聞くのは野暮でしょ」
山崎は笑って、缶ジュースとコーヒーを、さくらと小狼に渡した。そこにいたのは、いつものメンバーで。手に飲み物を持って、真下で開かれている後夜祭を楽しんでいた。
見ると、みんなから少し離れたところで、西と詩織が並んで話をしていた。その距離は近すぎるほどに近い。他の人の視線など気にしないとばかりに、イチャつき放題である。
呆れる小狼とは真逆に、さくらは自分の事のように喜んでいた。
「西くん、会場の得票数をほぼ独り占めだって。李くんを軽々追い越して、優勝!まさかまさかの大逆転。こんなに盛り上がったコンテストは無いって、生徒会の人達も喜んでたよ」
「李。お前、西を勝たせるために、あのスピーチをしたのか?」
賀村の思わぬ問いかけに、小狼は目を瞠った。
その反応を見て、「違うか」「あれは紛う事無き、李くんの本音だったよね」と、賀村と山崎は顔を合わせて苦笑する。
小狼がムッとして眉を顰めた瞬間。後ろから、強引に抱き着かれた。
「李―――!!ありがとなっ!!俺、お前の分も、詩織ちゃんと幸せになるから・・・!!」
「はぁ!?何言ってるんだ!?まさか、お前まで俺がわざと負けたとか思ってるのか・・・!?っていうか、暑い!!離れろ!!」
じゃれ合う西と小狼を見て、賀村と山崎は缶コーヒー片手に、しみじみと言う。
「うんうん。李くん、嬉しそうだねぇ」
「今年の文化祭は格別にいい思い出になりそうだな」
「お前らなぁ・・・!!」
本気で怒るのも馬鹿馬鹿しくなるくらい、みんな笑っていた。鬱陶しくはしゃぐ西も、適当な事を言って茶化す山崎も、微笑ましそうに見ている賀村も。みんな、笑っていた。
「小狼くーん!もうすぐ、花火始まるって!早くー!」
さくらが、笑顔で名前を呼ぶ。
頭上の猫耳も、ふわりと揺れるレースも、見納めだ。今日限りの可愛い姿を、目に焼き付ける。
夜空を彩る大輪の花火を見つめて、小狼は思った。
―――今日が終わるのが、こんなにも名残惜しい。
(・・・きっと。数年先も、思い出す)
この時の光景も、心に抱いた眩い想いも一緒に。
きっと、何年たっても色褪せる事なく、蘇る。


「小狼くん。今日は、ありがとう。・・・大好き」
さくらの小さな声は、花火の音にかき消されることなく、小狼の耳に届いた。




 


 


end

 




リク企画第11弾!どたばた文化祭でした!
ひがしさんリクエスト「さくらにネコ耳」、ましろさんリクエスト「陸くんが出てくるお話」、リズペットさんリクエスト「高校の文化祭で、ミスターコンテストで小狼が無理やり出場させられて、それで西君がヤル気満々で出場して、さくらちゃんと文化祭に来ていた西君の彼女が焼きもち妬いて・・・」
というお話を、全部組み合わせて作ってみました!
リズペットさんのリクエストは細かいところはこちらで変えてしまいましたが、賀村と西と詩織ちゃんを出してほしいっていう部分はしっかりと入れこみました(^_^)フー
みんなでワチャワチャどたばたありつつ、しゃおさくをイチャイチャさせるの楽しかったです!学校のイベントネタは楽しいですね♪
オリキャラが多数登場したお話でしたが、皆さんにも楽しんでもらえたら嬉しいです!

蛇足ですが・・・小狼がありさの正体を暴いた理由、本編中では書かなかったんですが、気付くかな?簡単なひっかけ問題です(笑)


 



2017.6.24 了

 

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