「ねぇ、もう投票した?ミスタコン!」
「李くん、今のところ圧勝だよね。これって他の参加者勝ち目あるの?」
「午後のスピーチで最終投票があって、それで逆転もあり得るって話だよ。あと、ホームページ見た?今日の浴衣李くんの写真が更新されてるの!」
「え?ほんと!?」
女子生徒達は携帯電話を片手に、夢中になって話す。
話題の中心は、文化祭当日の朝から開催されたミスターコンテスト。事前告知もなく始まった企画は、生徒会全面協力で、今回一番の盛り上がりを見せていた。
エントリーされた男子生徒は、7人。星條高校の生徒だけでなく、外部からの客でも登録すれば誰でも投票が出来る。
投票は、一人一票。午後開催のスピーチのあと、更にもう一度、投票権が発動する。しかも、ポイントはネット投票よりも高い。今現在、圧倒的投票数で負けていても、頑張りようによっては順位が入れ替わることもあり得る。
更に女子生徒達の興味を引いたのは、ミスタコン特設ページに次々と上がるエントリー者達の『写真』。文化祭を楽しむ姿、接客をする姿など、リアルタイムで男子達の様子が見られるとなって、アクセス数は物凄いことになった。
女子達の会話を耳にして、賀村は自分も携帯電話の画面を開いた。ログインして見ると、エントリー者の中には友人である二人の写真があった。
賀村は、顔を上げる。
目の前で作業する人物が、まさに今、第一位を独走している。その背中からは、「話しかけるな」という不機嫌オーラを感じた。
不機嫌の原因はこれか、と。賀村は、苦笑を零した。
「李。お前、隠し撮りされてるぞ。噂によると、ミスタコン企画部が写真部を買収したそうだ」
「ああ、知ってる」
「知ってて放っているのか。珍しいな」
賀村の言葉に、小狼はゆっくりとこちらを振り返った。じっとり暗い、欝々とした空気。小狼はもっていたプラスチック製のコップを握りしめて、言った。
「構うのも面倒くさい。どうでもいい」
「す、荒んでるな。大丈夫か、お前。・・・もうすぐ休憩時間だろ。木之本さんは?」
「さぁな」
無表情に言い放つ小狼の横顔に、賀村は眉を顰めた。
その場にいた西から、大体の事情は聞いた。と言っても、西も自分の事で精一杯で、小狼とさくらの事までは気が回らなかったようだが。
賀村は溜息を零すと、甚平の上につけていたエプロンと三角巾を取った。そうして、小狼へと言った。
「先に休憩に入る。李、お前も時間になったらすぐに出ろよ」
「・・・・・」
「木之本さん、きっと待ってる」
小狼は、その言葉には何も答えなかった。名前を呼ばれて、こちらを見ないままホールへと戻っていく。
彼女が一生懸命に縫ったという、浴衣。その背中が、なんだか寂しそうに見えた。

 


 

 

 

恋率方程式 【3】

 

 

 

 

 

「・・・女難の相が出てます」
「じょ、じょなん?」
「運にも見放されています。巻き込まれて、災難を食らうでしょう。誠実さを見せないと、見限られてしまう可能性が・・・」
「い、嫌だぁ!!なんとかしてくれ!!」
西は青い顔で立ち上がると、目の前にいるローブの女性へと詰め寄る。『占いの部屋』と書かれた小屋が、ガタガタと揺れる。
「こ、困ります!私はデータに基づいて占いをするしかできませんー!」
半ば追い出される形でそこを出ると、西は肩を落として一人、歩き出した。
先程から、校内を歩き回って詩織を探しているけれど、見つからなかった。どんよりとした気分で、文化祭を楽しむ気分にもなれず。
周りの人が遠巻きになるくらいに陰鬱な気を吐きながら、西はふらふらと歩く。
「くっそぉ。なんでこんな目に・・・?本当なら詩織ちゃんと二人で遊んで、優勝してチケット取って、喜ばせるつもりだったのに・・・!」
最初の引き金となったメールの写真を思い出す。もしも、犯人があの人だったとしたら―――。
「・・・あの時。携帯電話を置いたまま、トイレに行ったけど。でもいくらなんでも、そこまでしねぇよな・・・。そんなことして、何の意味があるんだ?」
ぶつぶつと、独り言を言いながら進む西。その後方から、突然に頭を叩かれた。
「!?・・・賀村!なにすんだよ!」
「一人で喋りながら歩いてるから。ショックで頭がおかしくなったのかと思って」
冗談まじりの言葉に、西は瞬く。小さく笑って、「ちょっとは労われよな」と言った。
そこから先は特に話もせずに、二人は並んで歩く。途中、賀村が露店でジンジャーエールを二つ購入し、一つを西に渡した。
「・・・!?かっら!このジンジャーエール、辛すぎねぇか!?」
「本格ジンジャーって書いてあったからな。生姜は体にいいんだぞ。とりあえず飲んどけ。・・・辛いな」
「くそ!辛いのが身に染みる!!」
蓋を開けてごくごくと飲む西に、賀村も笑った。先程まで死にそうだった西の表情も、いくらか生気を取り戻す。体の中に入った炭酸が、欝々とした気を弾き飛ばしていくように感じた。
西は、隣にいる賀村に心の中で感謝する。そうして、静かに話し出した。
「俺、本当に全然悪気ないんだ。そりゃ、ありさちゃんの胸にドキドキしたりはしたけどさ。そんなの男の生理現象みたいなもんだし。・・・俺が本当に好きなのは、詩織ちゃんなんだよ」
「ああ、知ってる」
「あ―――。いっつも、こうなるんだよな~。怒らせて喧嘩になって、泣かせて。俺が下手だからか?よくわかんねぇ。こんな感じで、この先もやってけんのかって。・・・ほんのちょっと、考えた」
自嘲するように笑う西の頭を、賀村は無言で小突いた。西は力なく笑って、残りのジンジャーエールを煽る。
ごくりと、喉が上下する。鼻から抜ける炭酸が、目に染みた。
「・・・あれ。あそこにいるの、木之本さん・・・と、お前の彼女じゃないか?」
「え!?」
ふと窓の外を見ると、ちょうど真下にある中庭に見知った姿を見つけた。賀村の言葉に、西は勢いよく窓に手をつく。楽しそうに笑っている詩織を見て、ホッと安堵する。
西は居ても立ってもいられなくなって、走り出した。放られた紙コップを賀村は律儀に拾って、近くにあったゴミ箱に捨ててから、西を追いかけた。








「・・・面白かった!すらすら読めちゃうし、続きが気になって一気に読んじゃった!」
「私も、友達に薦められたの。詩織ちゃんにも気に入ってもらえてよかった」
さくらと詩織は、ひとつの携帯電話で小説を読んでいた。少し前に完結したシリーズを、夢中になって読んでしまった。30分ほどの時間だったけれど、あっという間だった。
その間、陸を放置する事になってしまって、さくらは慌てて謝る。しかし、陸は笑って許してくれた。
「さくらちゃんの楽しそうな顔見てたら、僕も楽しかったよ」
「本当?ごめんね。次は、陸くんが行きたいところに行こう!ね、詩織ちゃん」
さくらが笑って振り返ると、詩織は自分の携帯電話を握りしめて、俯いていた。さくらは表情を曇らせて、その顔を覗き込む。
詩織は、静かに口を開いた。
「小説の中の女の子は、素直で可愛いのにね。私、全然だめだなぁって、落ち込んじゃった。西くんとは、いつもこうなの。私が怒って、喧嘩して、同じ事ばっかり繰り返してる。喧嘩して仲直りするたび、次はこうならないようにしよう!って思うのに・・・。全然、うまくいかない」
「詩織ちゃん・・・」
「私ね、本当は今日、謝りにきたの。昨日、西くんの話聞かないで殴っちゃったから。今日はちゃんと話して、謝ろうって。・・・でも、あんな場面見て頭に血が上って、「別れる」なんて言っちゃった・・・!」
詩織の声に涙が滲んで、さくらは焦る。
さくらの手が、震える背中をぎゅっと抱きしめて、撫でる。優しいその手を、嬉しいと思う。だけど、本当に欲しいのはそれじゃない、と。詩織は、心の中で思う。
「私って、本当に最低だ・・・。ごめんね、さくらちゃん」
詩織の言葉に、さくらは首を横に振った。
―――その時。
「詩織ちゃん・・・っ!!」
突然に現れた西に、詩織は怯えたように顔を歪ませた。
咄嗟に逃げようとしたけれど、素早く西に回り込まれる。強く腕を掴まれて、詩織は「痛い」と口にする。西は慌てて、手を離した。
「ごめん。また逃げられたら、困るから・・・。俺、詩織ちゃんとちゃんと話さなきゃって思って」
「・・・・・」
西の言葉に、詩織は表情を暗くして、俯いた。しかし、逃げようとはしなかった。
少しだけホッとして、西はゆっくりと、話し出した。
それを見て、さくらも安心したように息を吐いた。
「木之本さん。大丈夫?」
賀村が、気遣う言葉をかけてくれた。さくらは笑って、「うん」と頷く。とりあえず今は、詩織と西が仲直りしてくれれば嬉しい。
しかし。思い出したように、さくらの胸がチクリと痛んだ。
それを見透かして、賀村は言った。
「もうすぐ、11時になる。李も交代に入るから、木之本さん行ってきなよ」
「あ・・・。でも小狼くん、まだ怒ってる、よね・・・?」
不安そうに瞳を揺らすさくらに、賀村の心臓が小さく音を立てる。思わぬ方向へ行きそうになった思考を無理矢理に戻して、言った。
「まあ、相変わらず機嫌は悪いけど。木之本さんが行けば、不機嫌の半分くらいは直るんじゃないか?あれはきっと、拗ねてるだけだから」
「ほぇ?拗ねてる・・・?小狼くんが?」
きょとん、として尋ねるさくらに、賀村は笑った。
彼女は、思いもしないだろう。
この文化祭に、小狼がどれだけ心血を注ぎこんでいたかを。『一緒にいたい』それだけの為に、連日の心労を重ねていたこと。そして、さくらの一言で、どれほどのショックを受けたかを。
「あとは、木之本さんが直接、李に聞いて。大丈夫。ちゃんと話せば、うまくいくよ」
賀村の言葉に、さくらは少しだけ驚いた顔をして。それから、穏やかに微笑んだ。その笑顔が、またも胸を苦しくさせるけれど、賀村は気づかないふりをした。
穏やかな雰囲気の二人を邪魔するように、声が響いた。
「ねぇ。さっきから、何を勝手言ってるの?さくらちゃんは、今から僕と遊ぶんだけど」
「り、陸くん!」
「陸・・・?お前、去年も来てた・・・」
賀村とさくらの間に割り込んで、陸は不敵な笑みを浮かべた。その挑発に、賀村も珍しくムッとする。二人のピリピリとした空気に、さくらは狼狽える。
「今から、僕の好きなところに付き合ってくれるって。さくらちゃん言ってくれたんだ。邪魔しないでよ」
「悪いな。もともとの先約があるんだ。行きたいところがあるなら、俺が付き合ってやる」
「はぁ?子ども扱いしないでくれる?大体、アンタ誰?さくらちゃんを迎えにくるなら、本人が来るのが筋でしょ。そんなの、彼氏って言える?」
「ま、待って!待って二人とも!喧嘩しないで・・・っ」
睨み合う二人の間に身を置き、双方の手を掴んで離れさせる。さくらは、必死に声を上げた。さくらに言われると、途端に弱くなる。賀村も陸も、気まずそうな顔で黙り込んだ。
―――パシャッ
「え・・・?」
小さな音を拾って、賀村は怪訝そうに振り返る。
音がした方を見ると、不自然に植え込みが揺れて、怪しい人影が飛び出した。そうして、こちらに背を向けて走り去った。
「なんだ?今のは・・・」
カメラのシャッター音だったような気がする。賀村は、嫌な予感を感じていた。
携帯電話を取り出して、小狼の番号を呼び出す。
しかし。通話ボタンを押す直前、飛び込んできた怒号に手が止まった。
「な、なによっ!そんな言い方・・・っ!やっぱり、西くんなんて嫌い!」
「は!?悪いのは俺じゃないだろ!!詩織ちゃんの受け取り方の問題だろ!?・・・あ~!面倒くせぇ!!」
「・・・!!じゃあ、いいよ!!私と付き合うのは面倒で腹が立つことばかりなんでしょ!?それなら、付き合う意味なんてないじゃない!!」
「だから!なんでいつも話がそっちに行くんだよ!?別れたいと思ってるのは詩織ちゃんの方なんだろ!?」
仲直りに漕ぎつけたと思っていたカップル二人は、何がどうなってそうなったのか、当初よりも険悪な喧嘩へと発展していた。
西は真っ赤になって怒り、詩織は涙を浮かべてヒステリックに叫ぶ。
その有様に、さくらも賀村も、陸でさえ、呆然と見つめる事しかできなかった。
詩織は地面を睨んだまま、小さく何言かを告げて、さくらの方へと駆け寄ってくる。そうして、何が何やらわからずにいるさくらの腕を取って、その場から離れるように早足で歩き出した。
西は追いかける事もせず、立ち尽くす。詩織に引っ張られて連れていかれるさくらを、陸が後ろから追いかけた。
さくらは振り返り、賀村へと言った。
「ごめんなさい!でも、詩織ちゃんを放っておけないから・・・!」
お人よしの彼女らしい、と。賀村は、諦めの溜息をついた。
携帯電話の画面を見ると、時刻はちょうど11時。動かない西を横目で見てから、賀村は小狼へと電話をかけた。
コール音が続いて、応答する声が届いた。電話の向こうは、かなり賑やかだ。交代の時間が来て、教室を出て行こうとした小狼を引き止める声が、多数響いていた。
しかし、今はそれどころじゃない。
「李。面倒なことが起きてるのかもしれない。・・・木之本さんの事で」
彼女の名前を出しただけで、受話器越しに小狼の声色が変わった。
正直すぎる友人の変貌に、賀村は笑んだ。今いる場所を伝えると、慌ただしく通話は切れた。










「あ!これ!ここ、入りたい。さくらちゃんの可愛い恰好、見たい!」
「ええ!?んー・・・。ちょっと恥ずかしいけど、陸くんが行きたいところに付き合うって約束だしね。・・・詩織ちゃんは?どうする?」
気遣うように声をかけると、詩織は泣きはらした目を伏せて、首を横に振った。さくらは「そっか」と力なく笑うと、急かす陸のもとへと、詩織の背中を押す。
「いらっしゃいませ!こちらコスプレ洋館!20分間でどれでも好きな衣装を何回でも!写真サービスもありますよ~!」
「じゃ、さくらちゃんと僕ね!あ、あの暗いおねーさんは放っておいていいから」
「陸くん!そんな事、言っちゃダメ!」
さくらの叱る声に、陸はぺろと舌を出して謝る。詩織に見送られて、さくらと陸は衣装を選ぶことにした。
もちろん、さくらの衣装を選ぶのは陸だ。手に取ったのは、定番のお姫様の服。そして、自分は王子の恰好を選ぶ。―――が。
「・・・なにこれ!ブカブカなんだけど!?」
「あ、ごめんね。これ、ここの演劇部の衣装とかだから、高校生用なんだ。あとは、小さい子用に用意してるのもあるけど、君にはどっちも無理そうだね」
「くそぉ・・・。すぐに大きくなってやる」
悔しそうにする陸を、遠巻きに見ている人が多数いた。サングラスと帽子で変装はしているけれど、周囲は少しずつ気付き始めている。陸は「まずい」と思い、顔を背ける。
その時。シャッ、と音を立ててカーテンが開いた。そこには、猫耳メイドから、ティアラを付けて姫になったさくらがいた。
その場にいた全員が、思わず見惚れる。たくさんの視線に、さくらは照れ笑いを浮かべた。
「え、えへへ。恥ずかしいな」
「さくらちゃん!すごく似合ってるよ」
「ありがとう、陸くん。そういえば去年も、ジュリエット演った時にお姫様の恰好したんだよね。思い出して、なんだか懐かしくなっちゃった」
ちょうど一年前。
ロミオとジュリエットの演目で、小狼とさくらが舞台に立った。色褪せない思い出が、今は少しだけ胸を苦しくさせる。
さくらの憂いた横顔に、陸はムッと眉根を寄せる。
「じゃあ、写真撮りますか!簡単なセットも組めますので」
「・・・ごめん。ちょっとだけ、出ててくれる?大事な話をしたいんだ」
陸の真剣な言葉に、男子生徒は不思議そうに首を傾げた。しかし、その剣幕に押されてか、素直に部屋を出て行った。
驚くさくらの前に、陸は跪いた。少しだけブカブカの王子服で、格好はつかないけれど。膝をついて、さくらの手を取る。そうして、甲にキスを落とした。
「っ!?り、陸くん・・・!?」
「・・・今、さくらちゃんの目の前にいる王子様は、僕だよ」
真剣な言葉と表情に、さくらは息をのんだ。手を握る陸の体温が、熱い。彼の気持ちが、流れ込んでくるみたいに、感じた。
「僕は、年下で背も低くて、頼りないかもしれない。でも、追い付くし!年の差なんか埋めるくらい、格好良くなるから!だから・・・!!」
「・・・陸くん」
「僕は、さくらちゃんが好きだ」
真っ直ぐな告白。微かに震える、指先。真剣な瞳が、いつかの日の『彼』を思い出させる。さくらの動悸は早くなった。
でもそれは、『陸』に対してじゃない―――。
「ごめんなさい」
さくらは悲しそうに眉を顰めて、ふる、と首を振った。その反応に、陸は落胆するように歯を噛みしめ、しかし諦めずに言い募った。
だけど。どれも、さくらの心を動かすことは出来ない。ただ、その表情が暗く沈んでいくだけだと気づいて、陸は言葉を止めた。
切り替えるように、目を瞑る。一瞬、鼻の奥がツンとして、だけど堪えた。
深く息を吐いて、陸は笑顔になった。
「冗談だよ!っていうか、練習?ごめんね、さくらちゃん。今の、お芝居の練習だったんだ」
「・・・え!?お、お芝居?」
「そう。失恋する役をやるんだけど、難しくて。さくらちゃんは絶対に僕を振るってわかってたから、練習に使っちゃった!ごめんね」
無邪気に笑う陸を見て、さくらはホッと胸を撫でおろした。
そのあとに、キッと目を鋭くして、陸へと怒った。ぽかぽかと、全然痛くない拳を甘んじて受けて、陸は笑った。
「じゃ、写真撮ろう!これも記念。ね?さくらちゃん」
「うん。・・・数年後には、きっと背も追い越されちゃうんだろうな。楽しみに待ってるね」
さくらの笑顔は、陸にとって眩しくて愛おしくて、残酷だった。痛む胸を抑えて、それでも陸は笑う。カメラの前で、姫になったさくらと並んで、笑った。
ポラロイド写真を、ぱたぱたと仰ぐ。ぼんやりと映りだした写真を、陸は悲し気な笑みで見つめた。






着替えを終えて、陸は再び帽子を目深にかぶり、サングラスを付けた。
ふ、と息を吐いてから、部屋を出た。さくらはまだ支度に時間がかかっているのか、そこには詩織が一人で待っていた。陸は無言で、隣に腰を下ろした。
すると、詩織が小さく話しかける。
「あの・・・。大丈夫?」
窺うような視線と不十分な問いかけに、陸は苛立つ。サングラスをずらして、詩織を睨んだ。
「何が?」
「え?えっと・・・。ごめんなさい。さっきの、聞こえてて。その・・・、本当は、冗談じゃなかったんじゃないかな、って・・・。君が、傷ついたんじゃないかって」
心配で、と。最後の方は消えそうな声で、言った。陸は、出そうになった舌打ちを堪えて、殊更明るい声で言った。
「考えすぎじゃない?おねえさん、僕の事なんかに構ってる暇ないでしょ」
「そ、それはそうだけど・・・!でも、偉いなって思ったから。さくらちゃんを傷つけないように、ああ言ったんでしょ?小さいのに、凄いなって・・・」
「子ども扱いしないでくれる!?」
思わず、声が大きくなる。詩織は弾かれたように顔を上げて、傷ついた顔をする。それを見て、陸の胸がちくりと痛んだ。ぐっと奥歯を噛んで、「ごめんなさい」と頭を下げる。
二人は視線を合わさないまま、さくらが帰ってくるのを待った。他の客が入ってきて賑やかになった頃、陸はぽつりと言った。
「偉くなんかないし、凄くもない。結果的に、こうなったってだけ」
「でも・・・、私なんかより大人だよ」
「それはどうも。素直じゃなくて可愛くないって評判だけどね」
「・・・それは、私も一緒だ」
くす、と。詩織は小さく笑った。陸も、それを見て、少しだけ安心したように笑う。
「おねえさんもさ、あとで落ちこむくらいなら言わないほうがいいよ。僕もそういう性格だからわかるけど。・・・大事な時くらいは、素直になったら?」
「!」
陸の言葉に、詩織は驚いた顔をした。何かを言おうと口を開いた瞬間、さくらが着替えを終えて部屋から出てきた。
「お待たせ!時間かかっちゃってごめんね。あの服、なかなか脱ぎづらくて。・・・どうかした?」
「ううん。・・・僕さ、もう帰らないといけないんだ。遊んでくれてありがとう」
「え?もう?」
さくらは、残念そうに眉を下げる。それを見て、陸は子供らしい顔で笑って言った。
「だって、さくらちゃんは彼氏とデートするんでしょ。これ以上独占したら、あの怖いおにいさんに殺されそうだし。ね、おねえちゃん」
陸は、突然に詩織へと振り返って言った。その笑顔を見て、詩織は一瞬驚いて、それからコクリと頷いた。
「うん。そうだね。私も、そろそろ行かなきゃ。さくらちゃん、ありがとう」
「詩織ちゃん・・・!帰っちゃうの?」
心配そうなさくらの問いに、詩織は首を横に振った。先程までの顔と、違う。どこか吹っ切れたように笑って、言った。
「西くんと、ちゃんと話す。また喧嘩になっちゃうかもしれないけど・・・。私も、素直にならなきゃ」
「・・・うん!そうだね。私も頑張る!」
一緒に頑張ろう、と。さくらが差し出した手を見て、詩織は少しだけ泣きそうになった。だけどそれを堪えて、笑顔で握手をした。
また連絡するね、またね、と。二人とは、そこで別れて。
さくらは一人になって、ぐっと拳を握る。
(私も・・・。小狼くんと、仲直りしたい。最後の文化祭だもん・・・!)










携帯電話での呼び出しに、すぐに応えてくれた。おそらく、すぐ近くで待機していたのだろう。朝と同じ場所に、見慣れた車があった。
陸は無言で、後部座席に乗り込む。運転席に座るマネージャーは、陸の様子をルームミラーで確認すると、何も言わずに車を走らせた。
賑やかな場所から離れ、日常へと戻る。陸は帽子とサングラスを外し、窓を開けて風を浴びた。
そうして、明るい声で言った。
「楽しかった。行ってよかったよ!」
「そうですか。それはなによりです」
「貴重な経験も出来たしね。悔しいから、絶対に演技に生かしてやる。・・・見てなよ。次のドラマ、驚かせてやるから」
「はい。日本中が楽しみにしていますよ」
マネージャーの言葉に満足そうに頷くと、「少し寝るから」と断って、陸は目を閉じた。
その目が仄かに赤い事に気付いていたけれど、何も言わずに、走るスピードを少しだけ緩めた。
頑張ってきただろう彼が、少しでも穏やかに眠れるように。
「お疲れ様・・・リク」










「写真を撮られた・・・?」
「ああ、多分。あの陸っていう奴と、俺が少し揉めて。木之本さんが間に入って止めようとした時、シャッター音がした。逃げていく人影も見た。・・・気のせいじゃ、ないと思う」
神妙な顔で説明する賀村に、小狼は表情を険しくする。顎に手を当てて、思案する。写真、カメラ。確かに、引っかかる。
小狼は携帯電話を開き、星條高校のホームページにアクセスする。ミスターコンテストの特設ページには、出場者の写真が次々と更新されている。
その中でも、小狼の写真が一番多い。もちろん、全て隠し撮りだ。
「企画部と写真部が結託していると言っていたな・・・」
自分だけではなく、なぜさくらの写真まで撮る必要があるのか。考える小狼に、賀村は「もうひとつ気になる事がある」と、切り出した。そうして、自分の携帯電話を開いて、小狼へと見せる。
「さっき、女子に聞いた。この小説、リアルタイムで更新されているらしいんだが、内容が、今回の西と彼女の騒動そのものなんだ」
賀村の指が、画面をスクロールする。そこに並べられた文字を、小狼は一気に速読する。
―――彼氏の不手際で、彼女に浮気を仄めかすようなメールが送られ、二人は仲違いをする。文化祭当日。別れを告げて走り去る彼女を追いかける事もできずに、立ち竦む―――。
物語自体は突出したものではないが、文化祭、メール、と、出てくるキーワードが酷似している。
小狼は、開いているウェブサイトのホームボタンを押した。すると、サイトのタイトルと、作者の名前が出る。
それを見つめる小狼の目の色が、変わった。
「何か、気付いたのか?」
「ああ。多分。・・・賀村、ありがとう。あとは俺だけで大丈夫だ」
小狼は笑って、携帯電話を賀村に返す。
さくらに関わる事であるなら、最後まで付き合う。―――その気持ちは、賀村の中に確かにあった。
しかし、小狼は容赦なく線引きする。牽制する。ここからは、自分だけで片を付ける、と。
意志の強い瞳に負けて、賀村は苦く笑った。頷いて、携帯電話を受け取る。
小狼はもう一度礼を言うと、踵を返し、廊下を走った。目指す場所は、特別棟。
(・・・俺の考えが当たってたとしたら・・・急がないと、まずい!)



 


 


【4】 へ

 




 




2017.6.23 了

 

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