ドラマチックの数年後のお話になります。当サイトの捏造設定を多く含みますので、苦手な方は注意してください。

 

 


 

 



静かに、ゆっくりと。息をはく。
呼吸にも意味がある。体内で酸素を巡らせ、魔力の流れをコントロールする。鼓動する地脈。この場所に息づく目には見えない力。それらと自分の中の魔力を融合させて、掌一点に集中させる。
媒体となる札と剣を構え、小狼は閉じていた目を開けた。
「雷帝・・・っ、招来!!」
暗闇で蠢いていた異形のものを、眩い雷光が照らし、次の瞬間には光と共に霧散した。地響きのような悲鳴が、鼓膜を震わせる。小狼は警戒を解かぬまま、五感を尖らせて辺りを窺う。
「ご当主様!お怪我はありませんか!」
同行した術師が声をかける。男は李家の遠い血筋を受け継ぐ家の、次男坊と聞いた。男が動いた事で、ざわざわと空気が蠢く。
「まだ動くな!」
鋭い声に、男はびくりと肩を震わせる。
四方に散らばった肉片は形を保てずに、雷帝の残り火で消滅した。しかしいくつかの欠片は、近くに飛んだ欠片を引き寄せ、融合し力を取り戻そうとしていた。
「・・・くそ。仕留め損ねた。やはり、一撃では無理か。・・・偉!」
「はい、小狼様」
気配を消して近づいた偉は、小狼の傍らで会釈をする。小狼は強張った表情で、言った。
「結界は強めた。今のうちに、四散した魔をひとつずつ仕留め直す。協力してくれ」
「承知いたしました」
「早めに済ませるぞ」
不機嫌を露にして、小狼は剣を振るった。同行した術師は五人。小狼の命を偉が全員に伝えて、殲滅作戦が決行された。
バラバラに散らばった欠片は百を越え、それをひとつずつ仕留めるのはなかなか骨だ。それでも小狼の雷帝の威力は凄まじく、弱りきった粘着型の魔物は反撃の余力なく消えていくものが殆どであった。慎重に、ひとつも逃さぬようにと、檄が飛ぶ。
自分よりも年下の当主の姿に、遠縁の次男坊は感心したように息をはいた。
「すごいな。あれでまた20代ですか」
「当主様の事ですか?はい。当主様の力は素晴らしいものです」
にこにこと答えながら、暗闇の中で一瞬動いた影を、札で焼き切る。
「でも、なんだかこわいですねぇ。ピリピリしてるというか」
「・・・ああ。それは、このあとに大事な予定があるからですよ」
「大事な予定?」
聞き返すと、相手はにこりと笑って、炎の札を向けた。驚いて後退すると、次男の足元に近づいていた魔物を燃やした。驚きのあまり、声もなく飛び上がる。
「・・・当主の奥さまが妊娠中で、いつ生まれてもおかしくないそうで」
「えっ?そ、そんな理由ですか?」
「大事な用事だよ。本当は、今すぐにでも帰りたいんでしょう」
言いながら、ふっ、と視線を後ろに向ける。次男は訝しげに、その視線を辿って後ろを振り向く。そして、顔を強張らせた。
「・・・お前ら。無駄口を叩いてる場合か。何のために連れてきたと思ってる?」
地を這うような低い声と、絶対零度の瞳。魔物よりも恐ろしく感じた。震え上がる次男坊と違い、男はにこにこと笑ったまま答える。
「申し訳ありません。早くここを片付けないと、大事な奥さまのもとに帰れないですもんね。それにしても、可愛くてほわわんとしたあの子が、子供を産むとは驚きですね」
「・・・蓮、お前な」
「はい!ちゃんと働きますよ、当主様」
当主の従兄弟にあたる男は、最初から最後まで表情を変えずに笑っていた。その笑顔が、なんだか薄ら寒く、ぞわりと肌が粟立つ。
呆然とする次男坊の背中を、強めに叩いて言った。
「この魔物は力は強くないがしぶとい。ひとつでも逃せばまた長い年月をかけて再生します。だから当主は僕たち術師を集めたんですよ。この場所で完全に消滅させる為に」
「は、はぁ」
「あなたも真面目にやらないと、いつまでも帰れなくなって当主様に雷帝食らわされますよ」
そう言われて一応返事をしたものの、いまいちやる気が出ない。自分の力など到底及ばないであろう、先程の当主の強大な魔力を目の当たりにして、少なからずショックを受けていたのだ。地味で面倒な後処理に、思わず溜息がこぼれる。
意気消沈した次男の足元に、小さな魔物の欠片がとりついた。そして音もなくよじのぼり、服のポケットに入り込んだ。

 

 

 

 

ドラマチック2

 

 

 

 

「これは靴下と手袋。ピンクの毛糸と白の毛糸で編みましたの!こっちがお揃いのセーターで、肌触りもすごくいいんですよ!」
目の前に置かれたのは、小さな小さな子供服。さくらはキラキラと目を輝かせて、それらをぎゅっと胸に抱き締めた。
「本当だぁ。ふわふわ~!・・・でも、いいの?知世ちゃんにたくさん作ってもらっちゃって」
「はいっ!さくらちゃんのお腹にいる赤ちゃんのお洋服、是非私に作らせてくださいとお願いしましたから!女の子と聞いたら、なおさらですわ~!」
知世は目をキラキラと輝かせて、あらぬ方向を見て言った。
それは幼い頃から何度も見た光景で、まさか今になってまたこんな知世が見られるとは思わなかった。さくらは「ほえぇ」と驚きつつも、丁寧に作られた手製の子供服に、頬が緩む。
さくらは、大きくなった自分のお腹を撫でて、言った。
「知世ちゃんが、お洋服たくさん作ってきてくれたんだよー。楽しみだねー」
これから生まれてくる娘に、話しかける。
娘、ということは、最初からわかっていた。あの日の夜。小狼に愛されて、大切に抱き締められた夜。さくらは未来の夢を見た。
あの一瞬に。小さな女の子の声を聞いたのだ。
「・・・やっと、会えるんだぁ」
「はい」
「大学生の頃にも、妊娠したかもって事、あったの。あれは間違いだったけど・・・」
「覚えてますわ。あの時から、さくらちゃんも李くんも、私も。ずっと、楽しみに待っていたんですもの」
小さな手袋を手にとって、知世は優しく笑った。さくらも笑みを深くして、明るく言った。
「知世ちゃんも!女の子かな、男の子かなぁ」
「ふふ」
知世のお腹も、さくらと同じくらい大きい。二人は臨月で、予定日も近かった。
知世は、さくらの子供と自分の子供に、お揃いの洋服をたくさん作ってあげていた。
「どちらでも、元気に生まれてきてくれたら嬉しいです」
「うん!それで、生まれてきたら・・・仲良しになってくれたらいいな」
「きっと、仲良しになります。私とさくらちゃんに負けないくらい」
二人は顔を見合わせて、同じ笑顔を交わした。
何年たっても変わらない。大好きな知世の、優しい笑顔。さくらはなんだか、泣きそうな気持ちになった。
お揃いの洋服を着て、笑顔ではしゃいでいる小さな天使達の姿を思い浮かべる。あたたかな幸福感が、胸を満たした。

予定日までは、あと少し。








空港で入国手続きを済ませて、小狼は我が家へと帰るべく早足でタクシー乗り場に向かっていた。
日本に着くと途端に寒い。今日は特に冷え込む。小狼はマフラーに口許を埋めて、眉をぎゅっと顰めた。
さくらは迎えにいくと言っていたが、それを小狼が止めた。今の状態で出歩いて、途中で何かがあったらと考えたら気が気じゃない。しかも、こんな寒い日に。
過保護だよ、と。最早口癖になっているそれを、想像の中のさくらが言った。小狼は、ふ、と笑みを溢す。
携帯電話を確認して、急な連絡が来ていない事に少し安心する。
混雑の中を一心不乱に進んでいた、その時。
「・・・当主様!」
大声で呼ばれて、周囲の人間がざわついた。驚いて振り向くと、今回いっしょに仕事をした、遠縁の次男坊がいた。
なぜここに―――と、困惑する小狼に、男は居心地悪そうに笑った。
「すいません。これから日本での仕事の手伝いを請け負っていて」
「・・・李家とは別のものか?」
「はい、そうです。日本は二度目ですが慣れない土地なので不安で・・・」
言いながら、視線を左右に彷徨わせる。なんともハッキリしない様子に、小狼は溜息をついた。
「俺は忙しい。あまり力にはなってやれないぞ」
「わ、わかっています!」
「・・・保証は出来ない。だけど、何かあれば相談くらいには乗る」
小狼はそう言って、名刺入れから一枚取り出した名刺を男に渡した。
男はそれを受け取ると、嬉しそうに笑って何度もお礼を言った。悪い男ではないとわかっていたが、自信の無さからか頼りないところが目につく。
その時。小狼は、瞬時に顔色を変えた。
そうして、一歩踏み出して男に近づくと、切迫した表情で顔を覗き込んだ。
「どっ、どうしましたか?」
「・・・お前。ここに来る前に、何かあったか?」
「何かって?」
微かに感じた違和感が、一瞬で消えた。日常の空気に紛れて、わからなくなったと言った方が正しいかもしれない。
小狼は男から離れると、未だ疑わしい視線で、じっと見た。
「・・・少しだが『障り』が出てる。途中で誰かに呪いでももらったか?」
「えっ!?し、知らないです!何か視えるんですか!?」
「・・・視えた気がしたんだが、気のせいかもしれない」
言っているうちに、タクシーの順番が来た。扉が開いたので、小狼はそのまま乗り込んだ。焦ったのは、男の方だ。
「と、当主様!僕はどうすれば・・・っ」
「お前も素人じゃないなら対処法くらいわかるだろう。不安なら占術師を頼れ」
男の取り乱し様に少し呆れながら、小狼はタクシー運転手に行き先を伝える。
走り出したタクシーを、男は青い顔で見つめていた。








「・・・小狼くん!おかえりなさい!」
自宅の前でタクシーから降りると、すぐにさくらが迎えに出てきてくれた。
嬉しさから走ろうとするので、小狼は焦った顔で言った。
「ば、ばかっ!走るな!転んだらどうするんだ!」
その言葉に、さくらはぴたっと止まる。だから代わりに、小狼が駆け寄ってさくらをそっと抱き締めた。
「・・・ただいま、さくら」
「おかえりなさい!」
「ちゃんと、おとなしくしてたか?」
「な、なぁに!もう!さくら、怪獣じゃないんだよ!」
「そうだった」
くすくすと笑って、小狼はさくらの機嫌をとるように、やわらかな頬やこめかみにキスを落とした。
実に久しぶりだ。とはいっても、日数にすれば二日。今までの仕事に比べれば最短と言ってもいい。
さくらの臨月が近づくにつれて、小狼の「早く仕事を終わらせて家に帰る」パワーは、見るからに強くなった。―――周囲の人間が引く程に。
それも、さくらにとっては嬉しい以外のなにものでもない。小狼からのキスの雨を、くすぐったそうに受けていたが、ハッと気づいて慌てて言った。
「ま、待って!小狼くん!」
「ん・・・。もうちょい。二日ぶりのさくらだから、手が離したがらないんだ」
「う、うん!私も!それは嬉しいんだけど、でも、あのっ。今日は・・・!」
ジー、と。向けられる黒いレンズに、小狼は気づいた。旧知である、彼女の存在にも。
「だっ、大道寺!」
「ほほほほほ!李くん、おかえりなさい!お二人とも、私の事はお気になさらず!」
「と、知世ちゃん」
相変わらずのやり取り。いや、変わらないにも程がある。それが、こんなにも嬉しくて気恥ずかしい。小狼は熱くなる頬を感じながら、苦笑した。
「寒いし、おうちに入ろ?知世ちゃんも。まだゆっくり出来るんでしょ?」
「はい。母があとで迎えにきてくれる予定になっていますので、それまでお邪魔させていただけたら」
「ちょうどいい。美味しいお菓子を買ってきてあるんだ。いっしょに食べよう」
和やかな雰囲気で、家に入ろうとしたその時。
角を曲がってこちらへと向かってくる黒い車が、自宅前で止まったから驚いた。タクシーから慌てて出てきた男の姿に、小狼は更に驚く。
「・・・!お前、ついてきたのか?」
「当主様!僕ひとりでは、どうすればいいのか・・・!助けてください、お願いします」
先程、空港で別れた次男坊が、青い顔をして言った。
小狼は、ざわり、と嫌な予感を感じ取った。先程よりも、男を取り巻く『障り』が酷くなっている。
―――なんで、こんなことに。よりによって、この場所には近づけたくなかったのに。
小狼は舌打ちをして、心配そうにするさくらの方を向かずに、言った。
「二人とも、家に入ってろ。危ないから出てくるなよ」
「小狼くん?大丈夫?」
「ああ」
さくらの方を見なかったのは、今の顔を見られたくなかったからだ。
先程までの、甘く優しい『旦那様』の顔は消えて。
絶対的な力で魔を滅する、非情なる『術師』の顔へと変わっていた。
変貌した男の姿を見て、小狼はその正体に気づき始めていた。それは自分の失態でもある。
小狼は、ぎり、と奥歯を噛み締めて、男へと言った。
「あの場所で四散した魔物の欠片に、憑りつかれたな」
「え・・・?」
「お前は仕留め損なった。・・・気づかなかった俺の責任でもある。あれは弱いが、生命体としてはしつこい程に強い。弱いからこそ、気づかれずに術師に寄生するんだ」
その時。
男の背中から、液体のようなものが噴き出した。それは小狼が殲滅した魔物だった。
「なっ、なんだ!??」
「動くな!!そいつは、お前に憑りついて、お前の魔力を吸って大きくなったんだ!」
小狼は両手を打ち付けて、剣を召喚する。同時に、辺りに強力な結界を張った。
(・・・あの男から、まず切り離さないと)
魔力を吸われて顔色が悪くなった男を見ながら、またも舌打ちをしそうになる。早く片付けなければ。内心で焦りながら、小狼は言った。
「・・・おい!聞こえるか!?お前に憑りついているそいつを、切り離すんだ!」
「ど、どうやって」
「落ち着け。お前の心の弱さにつけこまれてる。このままだと魔力だけじゃなく生命力も吸われるぞ!魔力を増幅させて、自分の中から追い出すイメージだ」
丁寧に説明したつもりだが、既にパニック状態になっている男の耳にはうまく届かない。
(どうする・・・!落ち着け、なんとかおさめられる)
小狼自身も、この時は気づいていなかった。
「小狼くん!」
「・・・っ!バカ!家に入ってろ!」
家から出てきたさくらに、怒号が飛ぶ。その激しさに尻込みするも、さくらは小狼のすぐ後ろに立った。
「さくら。家に入れ」
「でも、私もお手伝いできるよ!」
封印の鍵を握りしめてそう言う。だけど、小狼は無言のまま、振り向かなかった。
しかし、家に入れとはもう言わなかった。
さくらは小さく呪文を詠唱して、鍵を杖に変える。いつでも魔法を使えるよう、準備して待つ。小狼が指示を出したら、すぐに動けるように。
そこから数分。膠着状態が続いた。小狼は、みるみるうちに弱っていく男を注意深く観察する。
男が自力で魔物を切り離す、それ以外にも方法はあった。憑りつかれ、魔力を吸われて融合されているように見える。だが魔と人間は相容れぬ存在であり、そこには必ず境目がある。
(その境目を一瞬で見破れるかどうか)
剣を持つ手に、力が入る。汗が浮かぶ。
処理を間違えれば、男は死ぬ。ここで再び魔を仕留め損ねれば、事態は最悪の方向に向かう可能性もある。
なによりも―――一番大切な存在が脅かされる事を、小狼は恐れた。
目の前が翳る。伝う汗が冷たい。知らず震える、剣を持つその手を、さくらがそっと握った。
「・・・大丈夫。ぜったい、大丈夫だよ」
「!」
「小狼くん、さくらは傍にいるよ」
―――小狼自身も、この時は気づいていなかった。
(・・・焦って、周りが見えなくなっていた。そうだ。ちゃんと前を見ろ。大丈夫だ)
この手には、剣がある。
守るべき人は、すぐ傍にいる。
「さくら。俺が合図をしたら、霧散した魔物を『包囲(シージュ)』で閉じ込めてほしい」
「・・・!うん!わかった!」
任せておいて!と、力強く了承したさくらの笑顔に、背を押されたような気がした。
小狼は剣を構えると、男を見据えて、真っ直ぐに飛び込んだ。
襲いかかる魔物を剣で払って、男の肩に足をついて更に上へ飛んだ。くるりと宙で回転をする間、世界はスローモーションのようにゆっくりと動いて見えた。
その時。
眩いほどの白い光が突如降った。小狼は目を見開き、それを見た。
男と魔物が混ざる、境目が。白い光の中で、くっきりと黒く浮かび上がった。
(・・・!ここだ!)
迷いなく剣を振り下ろし、境目を切ると、断末魔の叫びと共に魔物が男から離れた。その瞬間、定まった形を持たない魔物が膨れ上がり、小狼を取り込もうと襲いかかる。
「―――雷帝招来!!!」
金色の光と共に雷撃が落ちた。魔物が霧散する瞬間に、名前を呼ぶ。
「さくらっ!!」
「はい!」
さくらは返事をすると、『包囲(シージュ)』のカードを発動させる。魔物だけを異空間に閉じ込めると、みるみるうちに収縮して、さくらの掌ほどの大きさになった。
小狼は、ホッと息をはいたあと、さくらへと駆け寄る。
「はい、小狼くん!」
「・・・!さくら、ありがとう」
小狼は感極まって、さくらを抱き締める。
さくらは小狼の仕事の手伝いが出来た事が、嬉しくて仕方なかった。抱き締められて、照れ笑いをしながら、小狼の背中に腕を回した。
「さっきの光も、さくらだろう?助かった。あれが無かったら・・・」
「ほぇ?知らないよ?私は包囲の魔法だけで・・・」
「えっ、じゃあ誰が・・・」
その時。真っ白な光の残像が、二人の目の前で踊るように舞って、消えた。
二人は顔を見合わせて、そのあとにゆっくりと、下に視線を映す。
「え・・・。も、もしかして」
「お腹の中の、子供が・・・?」
にわかには信じられない顔で、小狼は呆然と呟いた。
さくらのお腹を撫でると、とん、と。掌に小さな感触があった。
「・・・今、蹴ったぁ」
「返事、した?」
「ふふっ。すごいね」
助けられちゃったね、と笑うさくらに、小狼は言葉をなくした。さくらを見つめる目がじわりと潤んで、だけど咄嗟にそれを隠すように、顔を背ける。
しかし。背けた先に、笑顔の知世と向けられた黒いレンズがあって、小狼の顔が赤く染まった。
「素晴らしいですわ!お二人の共同作業!そしてお腹の赤ちゃん!生まれる前からの魔法!奇跡・・・!素晴らしいですわー!」
「お、落ち着け!大道寺、そんなに興奮すると赤ちゃんがびっくりするぞ」
「そうだよ知世ちゃん、安静にしな、きゃ・・・、ほぇ?」
さくらの様子が変わった事に、小狼が気づいた。困惑した顔でお腹を抑えて、小狼を見て言った。
「な、なんか・・・来た、かも?」
「えっ、来た?来たのか?!」
「・・・あら?私も、なんだか・・・来たかも、しれません」
「!?同時に!?・・・ちょっと待て、すぐに車を呼ぶ!!」
小狼はあたふたとしながら、さくらと知世を交互に気遣う。電話をかけようと取り出した携帯電話を、うっかり落としたりして、「落ち着いて小狼くん」とさくらに言われてしまう始末だ。
取り乱す小狼を、正気に戻った次男坊が茫然と見つめていた。目の前にいる小狼は、本当に李家当主の李小狼なのだろうか。そう思ってしまうくらいに、魔物と対峙する時の顔とは別人だった。
「あ、あの!当主様、私も何かお手伝いを・・・」
声をかけようとしたら、物凄い形相で睨まれた。そうして、先程魔物を閉じ込めた不思議な立方体―――『包囲(シージュ)』を半ば押し付けるように渡される。
「今、偉が来る。お前は偉に事情を話して、その魔物の後始末を手伝え。俺は、二人を病院に連れていく」
「えっ、あの、でも」
「・・・それともうひとつ。お前、もう少し真面目に修行しろっ!!でないと、もう仕事をやらないからな!!」
物凄い剣幕で怒られて、男は「はいぃっ」と、情けない声で返事をした。
間もなくやってきたタクシーに二人を乗せて、慌ただしく去っていった小狼達を見送って、男は決意も新たに拳を握るのだった。

 









その夜、冷え込みは増して気温は氷点下に落ち、空からは白い雪が降った。夜が明ける頃、友枝町も白銀の世界へと姿を変えた。
元気な産声と共に生まれた子供は、「椿(つばき)」という名を与えられた。
隣で眠る我が子を見つめて、さくらはふわりと笑った。そんなさくらの頬に触れて、小狼も笑う。
「さくら・・・」
「小狼くん・・・」
「・・・胸がいっぱいで、ダメだ。何も言えない」
「ふふっ。私もだよ」
小狼の目に滲んだ涙を、さくらは綺麗だと思った。そう思っていたら、自然と涙が溢れて、頬を落ちた。
小狼はさくらの涙を唇で拾って、額をあわせて目を閉じる。ただただ、幸福感が胸を満たした。
深い眠りの中、もぞもぞと動いた小さな手。
差し出した人指し指を、ぎゅっと握った愛娘を見つめて、小狼は言った。
「明日からは、三人だ」
「うん」
「楽しみだな」
「うん!」






その頃。
つばきの誕生から数時間遅れで、知世も出産を無事に終えた。男の子だった。
予定日よりも早く生まれてきた我が子を抱きながら、知世はのちにこう言った。
「早く行かなくちゃって、つばきちゃんを追いかけて、生まれてきたのかもしれませんね」
その言葉は、もう少し先の未来で、深く意味を持つ事となる。



最高にドラマチックなこの日、この時、この瞬間は。これからもずっと続いていく。
これは、ほんのプロローグ。新しい未来への、はじまりの物語。



 

 

 

END

 

 

 

リクエスト企画第21弾!「さくらちゃんの妊娠発覚からの小狼の介抱ぶりの話が読みたい」というリクエストで書きました!

前作のドラマチックの数年後という設定ですが、特に続編ぽい感じはなかったですね・・・wどちらも魔法を使うシーンが欲しかったというのと、知世ちゃんをたくさん書けて楽しかったです!

未来のお話に興味を持った方は、「たとえばこんなシリーズ」を読んでもらえたらと思います♪(オリキャラの子供が出てきます)

 

 

2020.5.4 了

 

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