夕飯を食べて、お風呂に入って。部屋にあがってきてから、およそ30分。
さくらはクローゼットを開けて、色々な服を取り出しては鏡の前で合わせて、うーんうーんと悩んでいた。
いつもどおりテレビゲームに夢中になっていたケルベロスも、さすがに気になりだした。ゲームを中断して、さくらに問いかける。
「さくら。どないしたんや?なんか悩みごとか?」
「ケロちゃん。ふえぇ。どうしよう~!明日、小狼くんとお出掛けするんだけど。着ていく服が決まらないの!」
さくらの表情が、ふにゃりと泣き顔に変わる。ケルベロスは内心で「またか」と思った。小狼と出かける事が決まるとさくらは目に見えて浮かれるが、前日にこうして着ていく服で悩むのだ。あまりにお決まりのパターンと化していたので、微笑ましいを通り越して呆れてしまう。
「あぁ!ケロちゃん、またかって顔してる!」
「そやかて、さくら毎度同じ事で悩んどるやないか。わいがいつも言っとるやろ?さくらが何着ていっても、小僧は喜ぶに決まっとるって!悩む必要なんかあらへん」
「そんな事ないもん!・・・小狼くんだってきっと、好みとかあるんじゃないかな。どんなのが好きなのか、わからないけど・・・。小狼くんが一番可愛いって思ってくれる格好で、会いたいんだもん」
恋する女の子の悩みは尽きない。
下着姿で、たくさんの洋服に囲まれた部屋で。さくらはただ一人に思いを馳せ、頬を染める。それこそ、今この状態のさくらを小狼に見せたら卒倒しそうな程喜ぶと思うが―――。さくら本人は断固として拒否するだろう。ケルベロスは腕を組んで、さくらと一緒に考えた。
「この服は一度小狼くんとお出掛けした時に着たし、こっちは季節的に合わないし。このスカートも前に着たのと似てるし・・・どうしよう。決まらないよぅ」
「明日はどこに行くんや?」
「特に決まってないの。駅で待ち合わせして、散歩しながら買い物とか・・・」
さくらの言葉に、ケルベロスの目がキランと光った。
「それなら明日、一緒に服を見ながら小僧の好みを探ればええやないか!『この服どうかな~小狼くぅん』とか、『こっちのほうが好きぃ?』ってさくらが可愛く聞けば、小僧も答えるやろ!」
「け、ケロちゃん。それって、もしかして私の真似・・・?」
身振り手振りで表現するケルベロスに、さくらは少々引き気味に聞いた。ケルベロスは妙にノリノリで、拳を握って力説する。
「さすがわいや!頭がいい!ナイスアイデアやないかー!!」
「ま、待って!それはいいけど・・・。でも、小狼くんいつも『どれも可愛い』って言ってくれるの。きっと、や、優しいから・・・」
言われた『可愛い』の言葉を思い出して、かぁぁと赤面するさくらに、ケルベロスは勢いのまま詰め寄った。
「わいに任せとき!小僧の本音を聞き出したる・・・!!」
「え。えぇぇ・・・。なんか、不安・・・」
異様なテンションのケルベロスに、さくらは嫌な予感を感じずにはいられない。刻一刻と深くなる夜、さくらとケルベロスの作戦会議は続くのだった。

 

 

 

 

 

わいに任せとき!










翌日。おでかけ日和の晴天。
待ち合わせ場所で、小狼はそわそわとしながら待っていた。休日の駅前はだんだんと人が増えてきた。待ち合わせ時間の13分前に、「小狼くん」と呼ぶ声が聞こえて、ぱっと顔を上げる。
「さくら」
「小狼くん、待たせてごめんね!」
駆けてきた足を止めて、さくらは少し荒くなった呼吸を整えるように、はぁと息を吐き出した。小狼は「まだ待ち合わせ時間まで13分もある」と言って、笑う。もはや恒例となったやり取りにも、未だドキドキする。こうして待ち合わせ場所でお互いの装いを見る瞬間は、緊張するけど大好きだった。
小狼はペールグリーンのシャツとネイビーの踝丈のパンツを合わせていた。夏らしい爽やかな色合いが、笑顔と相まって眩しい。
さくらは今日、悩んだ挙句に花柄のワンピースにした。ふわふわの裾が風に揺れて、さくらの膝が見え隠れする。小狼は可愛いと思ってくれるだろうか。さくらがチラと目配せすると、じっ、と見つめていた小狼の目が、ハッと気づいてこちらを向いた。目が合った瞬間、頬に赤みが刺す。
「きょ、今日はどうする?行きたいところ、どこかあるか?」
小狼は赤くなった顔を逸らして、早口でそう言った。
服装について、何か言ってくれるだろうかと期待した心が、少しだけしょんぼりと沈む。さくらは、ふる、と首を振ってマイナス思考を追い出すと、笑顔で答える。
「えっと、今日は・・・」
「買い物やー!!」
突然乱入した大きな声(しかも関西弁)に、小狼とさくらは勿論、近くを通りがかった関係のない人までが驚いて、思わず目を向けた。
「けっ、ケロちゃん!!」
「ケルベロス!?なんでお前がここに・・・!」
さくらのバッグから「よっ」と片手をあげて登場したケルベロスに、小狼は表情を強張らせた。
思わぬ乱入者に場の空気が凍る。小狼は周囲の注目を集めている事に気付いて、素早く行動した。ケルベロスの頭を掴むと、ずぼっと強引にバッグの中に押し込めた。
「とりあえず、人目のつかないところに移動しよう」
「う、うん!」
小狼に手を握られ、さくらはそんな場合じゃないというのに赤面した。ショルダーバッグから聞こえる『こらー!小僧!』という声を無視して、二人は駆け足でその場から離れた。




「・・・で。どういう事なんだ。なんでお前が付いてきてるんだ、ケルベロス」
休日の人気のないオフィスビルの裏口に身を潜めて、やっと一息ついた。バッグから再び顔を出したケルベロスに、小狼は不機嫌な顔でそう言った。
いつもなら「なんやと!!」と同じ熱量で応戦するところだが、ケルベロスは気持ちに余裕があった。なぜなら、今日はある使命感に燃えていたからだ。
「わいは今日、ものすご~~く重要なミッションを遂行するんや!昨日も遅くまで準備してきたんやからな!小僧が帰れって言っても帰らんで!」
「重要なミッション・・・?」
ケルベロスの言葉に、小狼は怪訝そうに眉を顰める。理由が意味不明な上、お出掛けが二人きりじゃなくなってしまった今の状況。あからさまに不機嫌を示す小狼に、さくらは焦ったように言った。
「ごめんね、小狼くん。あの・・・、ケロちゃんの事は気にしなくていいから!お買い物、いこっ!」
「あ、ああ。さくらがそれでいいなら・・・」
まだ納得していない様子だったが、さくらに謝られると眉間の皺も緩くなる。気を取り直して、笑顔で言った。
「じゃあ、行くか。どのあたりの店に行きたいんだ?」
「えっと・・・」
「可愛い服屋がぎょうさんあるんやろ~?小僧こそ、どんなんが好きやねん?言うてみぃ!」
「は?」
「ケロちゃんっ!!」
真っ赤になったさくらの手によって、再びバッグの蓋が閉められた。不思議そうにする小狼に、さくらは少々不自然な笑顔で誤魔化すのだった。









駅から少し歩いたところに、賑やかな通りがある。学生に人気のファッションエリアで、可愛らしい服屋さんや雑貨屋さんが軒を連ねている。さくらは、ぱぁっと花が飛びそうな笑顔で、周りにある店を見渡す。小狼はそれを微笑ましく見つめると、さくらの視線が集中している店舗の方へ足を進めた。
「いらっしゃいませー」
店員の笑顔に少し緊張する。当然だが店内は女の子ばかりだ。小狼は一瞬圧倒されるが、構わずに店に入った。後ろから、さくらがこそっと話しかける。
「こういう店、居づらい?大丈夫?小狼くん」
「ああ。姉上や苺鈴の買い物に付きあわされた事が何度かあるから、慣れてる。さくらは気にしないで、好きなものを見てくれ」
「う、うん」
さくらも同じく緊張していた。こういう可愛いものが置いてある店は、友達同士ではよく来るけれど、小狼と一緒に入るのは初めてだ。なんだか、そわそわしてしまう。
「さくら、さくら!」
「ほぇっ」
物凄く近い所から、名前を呼ばれた。最小限に潜めた声だったから、他の人には聞こえていない。さくらは、肩から下げたバッグを開けた。中から顔を出したケルベロスが、険しい顔で言った。
「何、ボーッとしてんのや!ええから、色々な服を着て小僧に見せるんや!試着室があるやろ!?」
「ほ、本当にやるの・・・?」
「照れてる場合やないで!覚悟決めるんや、さくら!これは重大ミッションなんや!!」
ケルベロスの勢いに押され、さくらはあたふたと慌てる。不審に思った小狼が、「さくら、大丈夫か?」と聞いてきたので、さくらは大仰に頷く。
「し、試着していい、かな・・・?小狼くん、見てくれる?」
「え・・・っ。お、俺でよかったら」
上目づかいでお願いされて、小狼の顔は頭から湯気が出るくらいに真っ赤になった。
さくらは店内にある服の中で気になる物を数点手にとると、試着室に入った。カーテンの向こうに小狼が待っていると思うと、物凄く緊張してしまう。
「さくら、覚悟を決めるんや!」
「う、うん・・・!」
ケルベロスの後押しにさくらは頷いて、着てきたワンピースを脱いだ。
小狼はというと、試着室の前のソファでひたすらに待っていた。女の子ばかりの店で一人残された、今の状況はなんとも居心地が悪い。だけど、すぐに気にならなくなった。なにより、目の前の試着室の中でさくらが着替えていると思うと、緊張と動悸が増した。
数分後、さくらの白い手が覗いて、ドキッと小狼の心臓が跳ねた。カーテンが開かれると、先程とは全然違う装いに着替えたさくらが現れた。
小狼が思わず立ち上がった瞬間、試着室の中からケルベロスが喋り出した。
「これはリゾート風のワンピースやな!今年の流行りや!膝下の長めのスカートがひらひらしてて可愛えな~!さくら、いつもより大人っぽく見えるで」
「あ、ありがとう。ケロちゃん。・・・小狼くん。どう、かな?」
呆然と見つめる小狼に、さくらは思い切って聞いた。小狼は問いかけに目を瞬かせると、ほんのりと色づいた頬を隠すようにして、ぽつりと言った。
「可愛い。すごく、似合ってる」
「!!」
小狼の言葉に、さくらは真っ赤になって固まる。両者が動かなくなったのを見て、すかさずケルベロスが試着室の中から言った。
「さくら、ここで一回転や!注目すべきは背中のデザインー!」
「は、はい!」
「!?!」
大胆に開いた背中。結ばれたリボンがふわっ、と舞って、小狼は真っ赤になった。白い背中が、目に焼き付いて離れない。
―――シャッ。
カーテンが閉まった音に、やっと我に返って。小狼は浮かんだ汗を拭って、「落ち着け」と言い聞かせながら深呼吸をした。
「今度はオフショルダートップスとショートパンツで、大人っぽい可愛さを演出や!大胆に露出した肩は日焼け注意やで!」
「ど、どうかな?小狼くん」
「・・・・・!か、かわ。可愛い。似合ってる」
「!!」
「次―!!」
―――シャッ。
「ふんわりAラインのワンピースや!裾がレースになってて、袖んところもちょうちんみたいにふわふわしとる!おしとやかなお嬢さんみたいなデザインやな!チェックのリボンも可愛えで、さくら!」
「えへへ・・・。あ、あの。小狼くん・・・。こういうのは、どう?」
「~~~っ」
小狼はもう限界とばかりに、顔を覆った。これまで計5着の試着を続け、代わる代わる色々なタイプの装いに着替えたさくらが目の前に現れる。恥じらうように頬を染めて、上目遣いで、「どうかな?」と聞いてくるのだ。もう、平常心で答えられる自信が無かった。
「小狼くん、どうしたの?あっ、これはあまり好きじゃない・・・?」
「ち、ちが・・・!!全然違う!・・・すごく可愛いと、思う。似合ってる」
不安そうな顔で覗き込まれて、小狼は堪らない気持ちになった。直視できない。動揺を悟られないよう、顔を背けたままそう答えた。
その時。
「小僧!!お前、なんやさっきから!!可愛いと似合ってるばっかりやないか!?真面目に答え言わんかいっ!!」
試着室の中から飛び出したケルベロスが、怒りのままに叫んだ。さくらは青くなって、慌ててケルベロスの身体を掴むと、試着室の中に戻る。しかしケルベロスの怒りは治まらず、小狼へと罵声を浴びせる。
「さくらはお前の為に色々と悩んどるんやで!?なのに、お前はなんや!どれ着ても同じみたいな反応しくさって!!面倒やと思っとるんか!?だから適当に答えてるっちゅー事か!?」
「な・・・っ!誰が適当だ!!大体、なんでお前にそんな文句言われないといけないんだ!?」
「小僧が小僧だからやろうが!!なんや、阿呆みたいな顔して可愛い可愛い可愛いばっかり・・・もごぉ!」
「ケロちゃん・・・っ!小狼くんごめんね、気にしないでね」
さくらはケルベロスの口を塞いで、強制的に話を終わらせようとした。まだ言い足りないと言わんばかりに睨むケルベロスに、さくらはふるふると首を振った。
これ以上は駄目だ。喧嘩になってしまう。小狼に無理をさせていたと思うと、さくらも悲しい気持ちになった。
しかし。事態は、思わぬ方向へと転がる。
「・・・っ、勝手に、言いたい事ばかり言うな・・・!!あのな、本当に可愛いんだから仕方ないだろ!!さくらは、何着ても可愛いしどんな格好でも可愛すぎるし、可愛い以外に何を言えって言うんだ!?!」
「!?!??」
「・・・・・・あ」
思わず飛び出した小狼の本音に、さくらの顔はこれ以上ないくらいに真っ赤になった。その顔を見て、小狼も自分の発した言葉を自覚して、何も言えなくなった。
さくらに口を塞がれたケルベロスが、ぱちくりと目を瞬かせる。
「あ、あのー。お客様、何かありましたか・・・?」
「「なっ、何も!!」」
小狼とさくらの声は見事にハモった。さくらはケルベロスを鞄に押し込めると、今着ている服をさして「これ、買います!」と言った。会計を済ませると、二人は逃げるようにその店から立ち去った。










無我夢中で走って、走って、気付いたらファッションエリアを抜けて静かな公園に来ていた。噴水の水飛沫に、熱を持った体が涼しさを求めるように近づく。空いているベンチに座って、二人は荒く呼吸をした。
「だ、大丈夫か。さくら」
「う、うん。ドキドキしてるのが、走ったからなのか・・・わかんないけど。心臓、口から飛び出しそう」
「俺もだ」
無意識に繋いでいた手を、今更意識する。だけど、離す気になれなくて。深呼吸をして呼吸を整えながら、小狼もさくらも、お互いの赤い顔を見つめていた。
しばらくは無言だったが、小狼がさくらの着ている服を見つめて、ぽつりと言った。
「その服・・・」
「えへへ。勢いで買っちゃった。私も自分で、可愛いなって思ったから・・・」
「・・・・・・」
「あっ。小狼くん、さっきの気にしないでね。その、私は・・・小狼くんが適当に答えてるなんて思ってないよ!でも、その・・・苦手なのに、無理させてごめんね」
申し訳なさそうに笑うさくらに、小狼は眉根を顰めた。―――怒っていた。自分自身の不甲斐なさに。
小狼は繋いだ手を強く引くと、さくらを抱き寄せた。大きくなる自分の心臓の音を感じながら、真新しい服に身を包んださくらを抱きしめる。
「うまく、言えなくてごめん。・・・でも。俺は、さくらに嘘はつかない。本気の気持ちだから」
「・・・っ」
「全部可愛い。・・・さくらの全部が、好きだ」
可愛いを飛び越えて伝えられた『好き』に、さくらの恋心は臨界点を突破した。はにゃーん、とか、ほえぇぇぇ、とか。色々な気持ちが爆発して、なのに言葉が出ない。
「さくら・・・?」
不安になって、抱きしめる力を緩めた。顔を覗き込むと、涙目になったさくらが、小狼へと言った。
「嬉しすぎて、しんじゃうよぉ」
「!!」
「私も。私も・・・小狼くんが大好き。全部、大好き!」
穏やかな昼下がり。噴水がキラキラと水飛沫をあげて、世界は虹色に染まる。見つめあう二人の距離はだんだんと近づいて、そして―――。
「・・・わいもおるからな―!二人だけの世界やないからな―――!!」
「「 !!! 」」
触れる直前に割り込んだ守護獣に、二人は同じ顔で固まった。
さくらがこっそり伝えた「ありがとう」の言葉に、ケルベロスも満足そうに笑うのだった。








「あ~ん!どうしようどうしよう~~~」
急遽決まったお出掛けに浮かれていたのも束の間、クローゼットの中をひっくり返したような有様に、ケルベロスは呆れた溜息をついた。
「どないしたんや、さくら!また同じ事で悩んどるんか?服やったら、小僧が一番気に入ってるあのワンピースでええやろ!」
少し前の甘ったるいやり取りを思い出しながら、ケルベロスは件のワンピースを指さした。
『全部可愛い』と言っていた小狼だったが、よくよく聞くと、あのふわふわAラインの女の子らしいワンピースが一番好きという事がわかったのだ。
さくらは半泣きになって、言った。
「今度は髪形で悩んでるの。この服に合わせて、今までやった事ないアレンジにしたいんだけど・・・小狼くんはどれが好きなんだろう?時間ないのに、決められないよ~!」
恋する女の子の悩みは尽きない。
でもきっと、『さくらの全部が好きだ』と言った小狼の言葉が全てだ。それを言うのは、野暮というものだろうか。
ケルベロスは溜息をついたあと、口角をあげて笑った。
―――大事な主人が幸せそうに笑うんやったら、なんでもええか。
「しゃあないなぁ!わいに任せとき!!」




 



END


 

さくらちゃんの試着室お着がえのシーンは、ケロちゃんにおまかせのノリで是非是非読んでください~w

きっと前日にファッション雑誌で色々とお勉強したと思います。ご褒美はパンケーキとタピオカミルクティーかな?ケロちゃんお疲れさまなお話でした♪

 


2019.7.19 了

 

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