※オリキャラが出ます。

 

 

 







「木之本さん・・・」
「はい・・・」
「あなたが真面目にやっているのは分かっているわ。部活動もすごく頑張っているし、苦手な英語も頑張っているそうね?先生、そういうところはちゃんと見てるのよ」
「はい・・・」
「でもね・・・。ちょっと今回のテストは・・・」
「はいぃ・・・」
放課後の生徒指導室で、さくらは担任教師に呼び出されて注意を受けていた。
先日返ってきた中間テストの答案は、顔面蒼白になるほどの点数だった。その中でも、数学は見た事もないくらいに酷くて、さくらも落ち込んでいた。
テスト前にも関わらず勉強に時間を取れなかったのが原因だ。しかし、その理由をここで話すわけにもいかず、困り顔で溜息をつく先生の言葉を静かに聞いていた。
(うぅ・・・。カードの事で色々あって・・・なんて、言えないよぉ。でも、呼び出されるなんて思わなかった。頑張って勉強しなきゃ)
涙目で俯くさくらを見て、先生も苦笑する。反省しているのは見てわかったので、それ以上のお説教は不要と判断したのだろう。ぱん、と軽く手を叩いて、にこりと笑った。
「はい。お説教は終わり。この反省を生かして、今日から頑張りましょう」
「は、はいっ」
「でもね。やっぱり苦手科目が集中してるみたいだから。特に数学ね。ここで躓くと、あとあと苦労するの。だから、今のうちに対策をした方がいいと思う。私が時間を取れればいいんだけど、色々と手が回らなくて。・・・それでね。ある人が協力してくれるって言ってくれたの。すごく優秀な生徒だから、先生も木之本さんの事任せられるかなって思って」
「は、はい。えっと・・・?」
勉強を教えてくれる、優秀な生徒。先生にも信頼をされていて―――。そこまで考えて、さくらの頭にある人の顔が浮かんだ。
(もしかして・・・小狼くんだったり、しないかな・・・)
そんな場合じゃないとわかっているけれど、期待してしまう。ドキドキと心臓を鳴らしながら、先生の言葉の続きを待った。
「その生徒の名前は・・・」

 

 

 

 

 

Sweet Jealousy










「すごく教え方が上手なの。三年生なんだけど、受験は終わったから暇なんだって。最初はちょっと怖いのかなって思ったんだけど、話してみたらいい人で」
「・・・そうか」
「昨日も気づいたら外が暗くなってて、危ないからって家まで送ってくれたんだよ」
「・・・っ!!そ・・・、そうか」
「今日も放課後、図書室で勉強するの。だから、一緒に帰れなくてごめんね。小狼くん」
そこまで言うと、小狼の笑顔がピキ、と強張った。
さくらは気づかずに、昨日勉強したノートを開いて、小狼に見せた。さくらの書いた数式と図形。そこに、赤ペンで丁寧に解説が書いてある。なるほど分かりやすい―――と、小狼は内心で思う。しかし、眉根の皺が無意識に寄ってしまう。
「小狼くん?」
「あ、ああ。・・・えっと。なんて言ったっけ、その・・・三年生」
「三浦先輩だよ」
「・・・ああ。そうだよな。昨日も聞いた」
「小狼くん?」
頭を抱えたまま黙り込む小狼に、さくらは心配そうに声をかけた。なんだか、最近小狼の様子がおかしい。気のせいかとも思ったけれど、そう思う回数が増えていった。
(私が先生に呼び出されたあと・・・放課後、三浦先輩に勉強教えてもらうって言った時からかな。小狼くん、どうしたんだろう?聞いても、なんでもないって言うし・・・)
さくらが担任の先生から紹介された生徒は、三年生の三浦という男の人だった。黒髪短髪で眼鏡をかけていて、少しだけ目つきが悪い。それは、当の本人が一番最初に発した言葉だった。
「俺は目つきが悪いからよく勘違いされるけど、別に厳しくはないから」
「は、はい・・・」
「苦手なところを集中的にやるのがいいな。とりあえず一週間、放課後に毎日図書室で勉強。予習と復習もしっかりやる事。いいか?」
初対面で知らない男の先輩と、二人きりで一週間勉強会。緊張しないわけがない。否が応にも気が引き締まった。しかし、それが逆によかったのかもしれない。程よい緊張感で臨んだ勉強会は、驚くほどの成果をなした。三浦の教え方が上手な事も大きい。勉強会も二日目を終えて、さくらはそう思った。
ノートに書かれた数式や図形を見て目を輝かせる。自分の力で解けた事が、嬉しくて仕方なかった。だから、小狼にもそれを見せたのだ。
(小狼くんも、褒めてくれるかな?)
しかし。小狼の反応はいまいちだった。さくらが嬉々として報告することに、いつもなら笑顔で頷いてくれるのに。頑張ったな、って頭を撫でてくれるかも―――なんて。想像していたのが恥ずかしくなるくらいに、素っ気なかった。
(興味がなさそうな感じ・・・?ううん、違う。なんか、小狼くん怒ってる?)
顔を見合わせて言葉を交わすたびに、さくらは少しの違和感を感じていた。
勉強会の話題になると、小狼の眉間の皺が深くなる。それは一瞬のことで、すぐに直る。「どうしたの?」と聞いても、はぐらかされる。理由がわからず、さくらは困惑した。
(もしかして。一緒に帰れないこと、怒ってるのかな。でもでも、小狼くんはそんな事で怒ったりしないよね。テストの点数が悪かったって言った時も、次は頑張ろうって励ましてくれたし・・・)
小狼が、頑張っている自分を応援していないなんて事、考えたくなかった。それならばどうして不機嫌なんだろうと、さくらは頭を悩ませる。
「さくら」
「・・・!なに?小狼くん!」
「その・・・。・・・・・いや、いい。なんでもない」
(えぇぇぇぇ―――?)
身を乗り出して聞いてみるも、小狼は言葉を濁して目を逸らす。その反応に、さくらはショックを受けた。逃げるように視線を逸らす小狼を追いかけて、顔を覗き込もうとしたその時。無情にも、チャイムが鳴り響く。
「じゃあ。・・・勉強頑張って」
「ま、待って!小狼く・・・、~~~っ」
足早に教室に入っていった後姿を見て、さくらは泣きそうに顔を歪めた。










なんでもない、なんて嘘。それくらい、私だってわかるよ。
小狼くん、なんで怒ってるの?なんで理由を言ってくれないの?どうして―――悲しそうな顔をしてたの?


「今日は集中してないな」
「・・・あっ。ご、ごめんなさい。やります!」
勉強中だったことを思い出して、さくらは慌てて目の前の問題を読み込む。隣で自分の勉強をしていた三浦は、参考書を置いて体ごとさくらの方を向いた。
「連日勉強してるから、疲れが出てきたか。少し休憩しよう」
「ほぇ・・・。いいんですか?」
「ああ。先生から聞いた時はどんな劣等生が来るのかと思ってたけど、意外と真面目で飲み込みもいい。予習も復習も真面目にやってるようだから」
「それは三浦先輩の教え方が上手なんですよ」
さくらは苦笑して言った。そうして、鞄を開けてあるものを取り出す。三浦の前にそれを広げた。
「三浦先輩、苺とオレンジ、どっちがいいですか?」
「・・・・・」
「あっ。ブドウもあります!」
さくらがカバンから出したのは、キャンディだった。三浦は驚いたように目を丸くして、そのあとに小さく笑った。笑顔を見たのは、この時が初めてだった。
「じゃあイチゴ」と言ったので、三浦の手に苺のキャンディを乗せた。さくらはオレンジのキャンディを手に取って、口に入れる。
甘さに頬が緩むも、すぐに小狼のことを思い出して心は沈んだ。それを目ざとく見つけて、三浦は頬杖をついて言った。
「何か心配な事でもあるのか?勉強の事?」
「あっ・・・。す、すいません。勉強の事じゃ・・・ない、です」
「別に謝らなくてもいい。休憩ついでに聞いてやる。三浦先輩の特別相談室だ」
「なんですか、それ」
落ち込んでいる自分を励まそうとしてくれたのか。三浦の軽い冗談が、さくらはなんだか嬉しかった。口の中で転がるキャンディ。ぷくりと、さくらの左頬が膨らむ。
(そっか・・・。もしかしたら、男の子同士だったらわかるかも。私にはわからない事・・・小狼くんが、不機嫌になる理由)
さくらは迷いながらも、三浦に小狼の事を話した。最初は照れもあってしどろもどろになってしまったが、三浦はさくらの下手な説明にも律義に相槌を打ってくれた。相変わらず無表情だったが、それがなんだか安心した。
「・・・なるほど。木之本の彼氏が、この勉強会をよく思ってないって事か」
「た、多分。そうなんだと思います。でも、なんでなのか理由がわからなくて」
さくらは膝の上で両手をもじもじと交差させる。友人以外に、小狼の事を『彼氏』として相談するのは初めてで、そわそわしていた。
さくらの返答に、三浦はやや間を空けて問いかけた。
「・・・本当にわからないのか?彼氏の事を知らない俺でも見当はつくぞ」
「えっ!本当ですか!?教えてください・・・!」
藁にもすがる思いで、さくらは身を乗り出した。その勢いにたじろぎつつも、三浦はずれた眼鏡を上げて言った。
「嫉妬をしてるんだろう」
「ほぇ・・・?」
「そんなに意外か?彼氏、あんまり嫉妬深いタイプじゃない?」
改めて問いかけられ、さくらは茫然としながらも考える。小狼が、嫉妬深いか否か。最近の優しい笑顔の小狼を思い浮かべて、そこからどんどん過去の記憶を辿っていく。
小学生時代、初めて会った頃の事―――。
さくらは、ハッとして両手で頬を包んだ。
「し、してます・・・。嫉妬。というか、私がされてました・・・!」
「???」
思い出すのは、まださくらが雪兎に恋していた少女の頃。あの頃、小狼は恋のライバルだった。自分と雪兎が楽しく話していると、必ずと言っていい程割り込んできた。鋭く睨まれ、その剣幕に圧倒された事を思い出す。なんだか、物凄く昔の事のように思えた。
(そっか・・・。小狼くん、あの頃は私にヤキモチ妬いてたよね。じゃあ・・・今は、私の事で三浦先輩に妬いてくれてるの?)
そう思った瞬間、顔に熱が集まった。
嫉妬をしてくれているなんて、思ってもみない事だった。友枝町に帰ってきた小狼は優しくて穏やかで、頼りになる男の子で。嫉妬とは無縁に思えた。
だけど、もしそうなら―――。
(う、嬉しい・・・かも)
思わず口元が緩んでしまう。ふと視線を感じてみると、三浦が無表情でさくらの方を見ていた。急に恥ずかしくなって、さくらは赤い顔を覆う。
それを見て、三浦が口の端を上げて笑んだ。
「じゃあ、試してみるか?木之本の彼氏が、本当に『嫉妬』してるのか」
「ほぇ・・・?」
がり、と。小さくなったキャンディを噛み砕いて、三浦はある提案をした。








本棚から一冊の本を取って、捲る。しかし、興味はそれとは別にあった。いつもなら没頭する読書も、する気にならない。勉強室の近くをふらふらと歩きながら、微かに聞こえてくる話声に耳を澄ませた。
「李くん」
「・・・うわっ!?」
「シー。さくらちゃんに気付かれますわよ」
声をかけてきた知世に、小狼は驚いて持っていた本を放り投げそうになった。さすがにそれは耐えたが、思わず飛び出した声が静かな図書室内に響いてしまった。小狼はソーッと、勉強室の様子を探る。
「心配なんですわね、李くん」
「・・・ああ。まあ、そうだな。さくらはちゃんと勉強してると思う、けど」
「ご一緒の三浦先輩ですわね。大丈夫。心配ないですわ。・・・今のところは」
知世の笑顔と、付け加えられた一言に、小狼はぴくりと眉を上げた。
「今のところ・・・って、どういう意味だ?大道寺」
「それは・・・さくらちゃんが超絶可愛くて魅力的なので。この先どうなっていくかは、私にもわかりませんわ。そういう意味での『今のところ』・・・です」
ふふっ、と慎ましく笑う声に、小狼はがくりと肩を落とす。深く零れたため息に、知世は眉を下げて笑う。色々な意味で疲労している小狼の肩をポンと叩いて、言った。
「さくらちゃんに言わないんですか?李くんが思っている事を」
「・・・アイツは勉強してるんだ。俺の我儘を押し付けるわけにはいかない。邪魔は、したくない」
ぽつりと零れた言葉に、知世は笑みを深くして、ポンポンと肩をたたく。
多くは語らないが、知世からの労いと優しさが小狼の心に染みた。視線を合わせて、苦笑する。
その時。
「・・・あっ。やっぱり。小狼くんと知世ちゃん、どうしたの?」
「!!」
「見つかっちゃいましたわね」
ひょい、と本棚の間から顔を出したさくらに、小狼は声もなく驚いた。
答えられない小狼の代わりに、知世が笑顔ではぐらかす。さくらは不思議に思いながらも、二人に会えた事を単純に喜んでいるようだった。
「おい。忘れ物」
「あっ、ごめんなさい。ありがとうございます、三浦先輩。明日も、よろしくお願いします」
後ろからやってきた三浦が、さくらの携帯電話を届けてくれた。それを受け取って、さくらはぺこりと頭を下げる。「了解」と短く答えると、三浦はチラと小狼の方を見た。小狼も、さくらと同じように会釈する。
「・・・お疲れさん」
意味深に笑って、三浦は小狼の横を通り過ぎていった。
小狼はハッとして、無意識に寄せられた眉根に指をあてる。ふと、向けられた視線に気づいて目を向けると、さくらが肩を震わせた。なぜか赤い顔をしていて、不自然な笑顔だった。
「・・・?」
「小狼くん。い、一緒に帰ろ・・・?」








二人が一緒に帰るのは久しぶりだった。知世は「部活がありますので」と言って、笑顔で下校する二人を送り出してくれた。
いつも通りを装いながらも、二人はどこか緊張した面持ちで、会話も不自然に途切れることが多かった。やがて無言の時間がやってきて、さらに気まずくなる。
もうすぐでさくらの家に着いてしまう、というところで。小狼は口を開いた。
「さくら。・・・今週末で勉強会は終わり、だよな。週末、どこかに行かないか?・・・二人で」
「・・・!」
小狼の言葉に、さくらは思わず足を止めた。頬が赤く染まっているのは、夕日のせいだけじゃない。小狼はさくらの方に一歩近づくと、その顔をじっと見つめた。
さくらは戸惑うように目を伏せて、言った。
「あ・・・、あの。週末は・・・その、ほ、他に約束が・・・」
「約束?大道寺とか?」
小狼が尋ねると、さくらは俯いたまま顔をふるふると横に振った。そこから、また無言になる。小狼が心配しだした頃、さくらはゆっくりと顔を上げた。
「・・・三浦先輩と、お出かけするの」








―――土曜日。
さくらは、待ち合わせた駅へと走った。既に約束の時間を過ぎてしまっている。昨日はよく眠れず、寝坊してしまった。朝ごはんもそこそこに、家を呼び出したのだ。
待ち合わせ場所で、さくらは息を切らしながら名前を呼んだ。
「みうら、せんぱい・・・っ!すいませ、遅れました・・・!!」
「後輩のくせに遅刻するなんていい度胸だな」
「ほえぇぇぇ!ご、ごめんなさい!」
響いた冷たい声に、さくらは顔を青くして謝った。すると、頭に大きな手が置かれる。
「冗談だ。そこまで待ってない」
「ほぇ・・・。よかった・・・」
はぁ、と。ため息がこぼれる。すると、正面から顔を凝視されていることに気づいて、さくらは思わず後退する。三浦は「やれやれ」と言わんばかりの顔で、ベンチから立ち上がる。
「目の下、クマが凄いぞ。遅くまで勉強して・・・って、わけじゃないんだろうな」
「・・・・・」
「おい。頼むから泣くなよ。俺が泣かしたと思われたら困る」
言葉は辛辣だが、内心では心配してくれている事がわかる。知り合ってからまだ一週間ほどしか経っていないけれど、三浦という人間の事を少しだけどわかってきた。だからこそ、今はその分かりにくい優しさが辛かった。
「・・・だって。小狼くん、止めてくれなかったです」
「そうか。俺の想像とは反応が違ったな」
三浦の言葉が、ちくちくとさくらの心臓を刺すようだ。昨日の帰り道、小狼としたやり取りを思い出して、涙が滲む。
「嫉妬とかじゃ、なかったんです。・・・きっと」
「泣くなよ・・・。俺との約束はそもそも思いつきだったんだし、断ってもよかったんだぞ」
涙声になったさくらに、三浦の声色も優しくなる。さくらは零れそうな涙をぬぐって、深呼吸をした。気持ちを切り替えるように、三浦へと笑顔を見せる。
「でも、先輩にもお礼したいなって思ってたから。いいんです。小狼くんに、嘘はつきたくないし」
「もう少し器用になった方がいいぞ。しんどいだけだ」
「えへへ。ありがとうございます」
泣いているのか笑っているのかわからない顔でお礼を言うさくらに、三浦は仄かに染まった頬を指でかいた。気怠そうに歩き出した三浦の後ろを、さくらは付いていく。
連れ立って歩いていく二人の様子を見て、建物の影に隠れていたその人が音もなく足を踏み出した。
その時。
「李くん」
「・・・っ、!?!」
とっさに口元を手で覆って、どうにか声が出るのを堪えた。目だけで「どうしてここに」と問いかける小狼に、知世はにっこりと笑った。
そうして、手元にあるハンディカメラを見せる。小狼はそれを見て、ため息をついた。
「相変わらずだな、大道寺・・・」
「ほほほほほ」
小狼は気を取り直すように表情を引き締めると、先を歩いていくさくら達を追いかけた。そのあとを、知世がカメラを手に追いかける。
さくらと三浦は特に目的を決めていないのか、目についた店に入っては物色し、何も買わずに出てくるのを繰り返していた。休日の人混みの中、見失わないようにと後ろをこっそり尾行する。
時折、笑顔で三浦に話しかけるさくらの姿を見て、小狼は辛そうに顔を歪めた。それを見て、知世はカメラの電源を切って声をかけた。
「李くんは、止めにきたのかと思いましたわ。さくらちゃんの事。・・・本当は、嫌なんでしょう?」
知世の言葉に、小狼は苦く笑った。敏い彼女には、何もかもお見通しなのだろう。虚勢を張っても仕方ない。小狼は、小さく頷いた。
「それでも。李くんは、さくらちゃんの事を一番に考えるんですのね。でも・・・、」
言いかけた知世の言葉を途中に、小狼は何かに気づいたかのように表情を強張らせた。そして次の瞬間、驚きの行動に出る。
知世が瞬いた一瞬の間に、小狼はさくらの元へと走って行った。




突然に肩を掴まれて、さくらは驚いた。だけどそれが、一番大好きな人の気配だと気づいて、思わず泣きそうになった。
振り返ると、息を切らした小狼がそこにいた。
「小狼くん・・・!?どうしたの?」
小狼は整わない呼吸のままさくらを見つめて、それから視線を隣にいる三浦へと移した。不思議そうにする三浦に、小狼は言った。
「すいません。今日のお出かけは、ここまでにして下さい」
「ほぇ・・・?ど、どうしたの?小狼くん」
さくらの問いかけに、小狼は眉を吊り上げて睨んだ。まるで、出会った頃のようだ。突然に睨まれて、さくらは内心で「ほえぇぇぇ?」と、困惑の叫びを漏らした。
「大道寺。さくらを、どこかに座らせてくれ」
「はい!」
「えっ、知世ちゃんもいるの!?どうして・・・」
戸惑うさくらに、知世はただ笑うだけだった。近くにあった植え込みのところにさくらを連れて行く。
突然に現れた小狼と知世。三人の不思議なやり取りを傍観している三浦の前に、小狼は進み出る。そして、頭を下げた。
「すいません。朝からずっと、あなたとさくらの後ろを付いてきていました」
「・・・そうだったのか。そんなに気になるなら、最初から『行くな』って言えばよかったのに」
呆れの混ざった三浦の言葉に、小狼は眉根を顰める。
一応謝ってはいるが、小狼の表情からはトゲトゲとした空気がわかりやすく表れている。相手への敵対心を隠さないまま、小狼は言葉を続ける。
「さくらが、勉強でお世話になった先輩にお礼をしたいって、そう言ったから。俺がそれを止める権利はありません」
「それで、他の男と出かけるのを平気で見ていられるのか?」
そう言われて、小狼の眼光が鋭くなった。その迫力に圧倒されて、三浦は顔を引き攣らせる。
「・・・平気じゃないな。そうだよな。いやいや、俺の方こそ悪かった。今回の件は、俺の思い付きが原因なんだ。彼女の事、責めないでやって」
「え?」
「あとは二人で話した方がいい。どちらにしろ、木之本の勉強会は昨日で修了だ。まあ、次もテストの点数が悪かったら、また声がかかるかもしれないけど」
三浦はそう言って、ひらひらと手を振りながら小狼の横を通り過ぎようとした。しかし、その腕を強く掴まれて、驚いて振り返る。
「・・・次は無い。さくらには、俺が教える」
「っ!」
「お疲れさまでした」
ぱっ、と。掴んだ腕を離すと、小狼はさくらの元へと駆けて行った。
三浦は掴まれて熱を持った場所をさすって、苦笑する。―――ポーカーフェイスとはよく言ったものだと、どこか感心した気持ちで。さくら達に背を向けて、その場から離れた。








小狼が来ると、知世は安心したように笑って、立ち上がる。植え込みのところに座らせたさくらに、何やら耳打ちをした。そうして、小狼へと笑顔で言う。
「私は先に帰りますね。あとは、お二人でゆっくり話されてください」
「ああ。・・・ありがとう、大道寺」
「知世ちゃん、ありがとう」
手を振って離れていく知世の姿は、やがて人混みの中に紛れて見えなくなった。
小狼はさくらの足元に跪くようにして、手を伸ばした。さくらの右足、靴の留め金を外して、ゆっくりと脱がせる。痛みに、さくらは顔を歪ませた。
「気づいて、声かけてくれたの・・・?」
さくらの右足は靴擦れで赤くなっていた。戒めから解放されて、ホッと息を吐く。隣を歩いていた三浦にも気づかれなかったのに。遠くから見ていただろう小狼が気付いてくれた事が、さくらは嬉しかった。
「・・・この靴、見たことない。アイツと出かけるのに、おしゃれしたのか?」
「あ・・・」
「さくら」
答えを急かすように、名前を呼ばれる。切羽詰まった小狼の声。なのに、足を撫でる手はどこまでも優しい。
不器用な優しさの中に隠された小狼の本心が、嬉しくて切なくて。さくらの目に涙が浮かんだ。
「・・・さっき、知世ちゃんに言われたの。小狼くんは、小学生の頃からずっと嫉妬してたって。私に近づく、エリオルくんや他の男の子にも・・・」
すん、と鼻をすすると、小狼は辛そうに眉根を顰めた。
「ああ。嫉妬してた。みっともないくらい、必死になってた。さくらの事が心配で・・・大事で。でも、それ以上に。さくらには言えないような事もあった」
「なに・・・?小狼くん、教えて。私、知りたいよ」
涙声で問いかけるさくらに、小狼は沈黙の後、口を開いた。
「俺以外の誰にも、さくらに近づいてほしくない。さくらを独占したいっていう、黒い感情」
「・・・三浦先輩にも?」
零れる涙を拭っていると、ふと影ができて、手を握られる。
吐息が触れる程に近づいて、さくらは呼吸が止まりそうになる。小狼はさくらを見つめて、怒った顔で言った。
「当たり前だろ!・・・頭が、おかしくなるかと思った」
「・・・ふえぇ。い、言ってよぉ」
「言ったら、さくらが困るだろ。俺のこんな我儘・・・!さくらを、俺だけが独占したいなんて・・・そんなみっともない嫉妬心、お前に見せられない」
吐き捨てるように言った小狼の言葉に、さくらの目には新たな涙が浮かんだ。それが零れる前に、さくらは小狼へと強く抱き着いた。
「・・・嬉しい。私、小狼くんに独占されたい」
「っ!?さ、さくら・・・?」
「私も、試したりしてごめんなさい。小狼くんに嫉妬してほしかったの・・・。今日のお出掛け、本当は止めてほしかった。だから・・・すごく悲しかった」
さくらの言葉を聞いて、小狼はピンときた。先程、三浦が言っていた言葉の意味。さくらが、わざと相手を試すような事をする筈がない。今日のお出掛けには、そういう裏があったのだ。知ったら、ますます三浦への怒りが増した。
「でも、来てくれた。小狼くんの気持ち、聞けて嬉しい・・・」
さくらの言葉を聞いて、小狼は奥歯を噛む。己の不甲斐なさに自己嫌悪に陥りそうになるが、抱きしめてくれるさくらの体温が慰めてくれるようだった。自分勝手な独占欲や嫉妬心も、許されるような気がした。
小狼はさくらを強く抱きしめたあと、力を緩め、顔を覗き込む。兎のように赤くなった涙目に、ズキンと胸が痛む。
「・・・俺、本当に嫉妬深いぞ。さくらが嫌になるかもしれない。・・・それくらいに、お前の事が好きなんだ」
「―――!」
小狼の告白に、さくらの胸が締め付けられる。狂おしい程に、目の前の人に恋をしているのだと、実感する。
さくらは泣きながら笑うと、再び小狼に抱き着いた。そうして、耳元で小さく、「私も大好き」と返した。
お互いに真っ赤になった二人は、幸せ絶頂で。大通りを歩くたくさんの人の注目の的になっている事には、しばらく気づけなかった。











「・・・なんだこれ」
「遅くなったんですけど、お礼です!先週、小テストの点数が良くて、先生も褒めてくれました。ありがとうございました!」
一週間後。
小狼とさくらが揃って、三浦がいる三年の教室にやってきた。手にあるピンク色の袋には、可愛らしくリボンが巻かれている。男が持つには少々恥ずかしい。
しかし。目の前にいる少女が幸せそうに笑っているので、三浦は「まあ、いいか」という気持ちになった。
「次のテストまで、予習と復習は怠るなよ」
「はい!ありがとうございます、先輩!」
「ありがとうございました、先輩」
彼女と一緒に頭を下げる小狼に、三浦は笑みを引き攣らせる。
言葉は丁寧でも、顔は笑っていても。隠しきれない敵意が伝わる。―――それは、最初に図書室で会った時からそうだった。鈍い彼女には気づかないだろう『嫉妬心』も、同じ男から見ればあからさまで、わかりやすい牽制に他ならなかった。
「じゃあ、先輩。また何かあったら、よろしくお願いします!」
笑顔で手を振るさくらの背を押して、小狼は「戻るぞ」と急かす。つられたように手を振り返した三浦に、小狼は睨んだまま会釈をした。
どっと疲れた気がしながら、三浦は手にあるプレゼントの包みを見た。おもむろにリボンをほどいて、中を開ける。
「・・・げ」
色とりどりのキャンディーがぎっしりと入っていた。
半分は純粋な好意、半分は嫌がらせかもしれない。三浦は小さく笑って、苺のキャンディをひとつ、口に入れた。
甘酸っぱさを感じながら、さくらの次のテストがいい成績であるようにと、密かに念を送るのだった。


 



END


 

 

リクエスト企画第三弾!めっちさんからのリクエストで、「中学生で小狼君がさくらちゃんにデートのお誘いをしたら断られてしまって拗ねてしまう話」。

当て馬になる男の子が桃矢にーちゃんみたいな人・・・との事だったのですが、思ったより優しくなってしまったようなw

小狼の嫉妬深い一面をさくらちゃんがまだ知らない頃のお話です(*^-^*)楽しんでもらえたら嬉しいですー!

 

 

2019.10.18 了

 

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