「来週はいよいよ体育祭だねっ!」
「ああ」
「楽しみだね!」
にこにこと笑顔を浮かべながら、最近ではお決まりとなった話題を投げかける。さくらの浮かれた笑顔に、小狼もつられたように笑った。

 

 

 

 

 

September










夏休みが終わって二学期が始まると、すぐに体育祭の準備が始まる。
運動や行事が好きなさくらは、俄然張り切っていた。残暑の気だるさも吹き飛ばすような笑顔で、クラスのムードメーカーになっていた。それは、隣のクラスの小狼にも感じ取れるくらいの活気で。本番が近づく程に、熱くなっていた。
昨年までは色々とあって行事を楽しむ余裕もなかったけれど、今年は違う。澄み切った青い空を見上げて、さくらは笑んだ。
「小狼くんは、体育祭の実行委員会だから当日は忙しい?」
「ああ。午前中は放送係になったから、ずっとテントにいると思う」
「そっかぁ。あれ・・・、放送係ってことは、選手の名前を呼んだりするの?」
「そうだな。呼び出しをかけたり、競技の説明をするんだ」
さくらが「すごいね」と言うと、小狼は仄かに頬を染めて「大したことじゃない」と言った。体育祭当日、校庭に小狼の声が響くのだと思うと、なんだかわくわくした。
「お弁当、一緒に食べようね」
「ああ」
「卵焼き、頑張るから!・・・美味しく出来たら、食べてくれる?」
「!あ、ああ!楽しみにしてる」
上目遣いに尋ねると、小狼は真っ赤になって、何度も頷いた。その反応が嬉しくて、さくらも堪えきれない笑みを浮かべる。
(えへへ。来週、楽しみ)
花が飛びそうな程に甘い、二人きりの帰り道。
そこに、無遠慮に割り込む声が響いた。
「―――李くん!」
その声に、さくらの方が小狼よりも驚いた。聞いた事のない女の子の声だったからだ。
振り向くと、二人の女子生徒が笑顔で手を振っていた。隣にいる小狼を見ると、なんとも言えない複雑そうな顔をしていた。さくらの視線に気づくと、「同じ実行委員の三年生だ」と、手短に言った。
「奇遇だね。家、こっちの方なの?」
「あ、いや・・・」
言い澱む小狼の代わりに、さくらが口を開いた。
「こっちは、私の家の方向です。小狼くんは逆方向なんですけど、送ってくれてるんです」
さくらの言葉を聞いて、二人の女生徒は顔を見合わせて、くすくすと笑った。思わぬ反応に戸惑っていると、一人の先輩が近づき、小狼の顔を覗き込むようにして言った。
「ラブラブなんだぁ~!二人、やっぱり付き合ってるの?」
「「!!」」
そう聞かれた途端、小狼とさくらは耳まで顔を真っ赤にして黙り込んだ。
『付き合っている』という言葉は、まだ慣れない。
二人が一緒にいるという事。想い合っている事。近しい家族や友人達には日常となりつつある事も、周囲からしたら新鮮に映るらしい。進級してから、からかわれる事や聞かれる事が増えた。その度に、なんだか居た堪れない気持ちになるのだ。
(小狼くん、顔真っ赤・・・。困ってる)
自分の顔も、きっと赤くなっているだろう。さくらは熱を持つ頬を抑えながら、二人の先輩の視線から逃れるように小狼の背中にそっと身を寄せた。
「あっ、ごめんね。邪魔する気はないの!二人の事、いいなぁ~っ、うらやましいなぁって思ってて。ねっ」
「本当、可愛いカップルだよね。二人とも顔真っ赤にして・・・。ふふふっ。李くんも可愛い!」
そう言われて、小狼は赤い顔で眉根を寄せた。それを見て、さくらの中で言い様の無いモヤモヤとした気持ちが生まれる。
(やだ・・・。小狼くんの照れた顔、あんまり見られたくないよぅ)
胸が、きゅうぅと締め付けられるように苦しくなった。こんな痛みは初めてで、さくらは戸惑う。無意識に、小狼の袖口を掴んだ。
「さくら・・・?」
さくらの様子がおかしい事に気付いて、小狼は表情を引き締めた。目の前にいる先輩を睨むように見つめると、きっぱりと言った。
「じゃあ、これで。失礼します!」
くるりと背を向けると、小狼はさくらに「行こう」と言って、手を引いて歩き出した。力強く引っ張っていく小狼の手に、さくらはホッと安堵して、嫌な気持ちもなくなっていた。


仲睦まじく歩いて行く二人の後姿を見ながら、女生徒の一人は唇を弓なりに歪ませた。
「いい事思いついちゃった~。自由参加のあの競技、―――とか、どう?」
「それ、いい!めちゃくちゃ可愛い反応しそう!」
「ね!絶対盛り上がるよね」
自分達の知らないところで良からぬ計画が立てられていた事に、小狼とさくらはまだ気づいていなかった。








―――体育祭当日。
いつになく早く目覚めたさくらは、カーテンと窓を開けた。雲一つない青空と涼やかな風に、満面の笑みを浮かべる。
「やったぁ!体育祭日和だよー!」
「・・・むにゃぁ。さくらぁ、弁当は唐揚げとハンバーグと卵焼き、頼むで~・・・」
寝惚けるケルベロスに笑って、さくらは支度を始めた。制服の上にエプロンを装着すると、階下におりる。キッチンには藤隆がいて、朝ごはんの用意をしていた。
「おはよう、さくらさん」
「おはよう、お父さん!あっ、今日のお弁当は私も作るね!」
「わかっていますよ」
今日までのさくらの張り切り様を微笑ましく見ていた藤隆は、笑顔でそう答えた。お弁当の下ごしらえを手伝いながら、上達した娘の料理の腕を見て満足そうに笑む。一人分にしては多いお弁当は、きっと食べてもらいたい大好きな人の分もたくさん入っているのだろう。
「途中からになってしまいますが、僕も見に行きますね。桃矢くんと月城くんと一緒に」
「ほんと?私、たくさん競技に出るの。頑張るね!」
その時。欠伸をしながらリビングに入ってきた桃矢が、さくらの姿を見つけてニヤニヤと笑みを浮かべた。
「朝からやけに地震が多いなと思ったら、怪獣が張り切ってたのか」
「おにいちゃんっ!!」
「おーお。地響きがすげぇ」
「さくら怪獣じゃないもん!・・・もう!意地悪言うお兄ちゃんには、お弁当わけてあげないから!」
中学二年生になっても子供らしく拗ねるさくらに、藤隆と桃矢は顔を見合わせて笑った。








パァン!
スターターピストルの音が高らかに響き渡り、応援の声や歓声が起こる。グラウンドでは六人の生徒が一生懸命に走っていた。その中でも、頭一つ分飛びぬけた俊足でぐんぐんと進んでいく少女がいた。その鮮やかで魅力的な走りに、たくさんの視線が集まる。
小狼は、マイクを持つ手にぎゅっと力を入れて、その走りを見守っていた。
ゴールテープを切った瞬間、一番にゴールした少女の名前を読み上げる。
「一位!二年三組、木之本さくら」
小狼の声で読み上げられる自分の名前を聞きながら、さくらは満面の笑顔で両手をあげた。
「やったぁ!」
ぴょんぴょんと飛び上がって喜ぶさくらの元に、クラスメイト達が駆け寄る。体育祭が始まってから、既にさくらの名前は数回呼ばれている。その全部が一等賞だ。
さくらは一位の旗を手に、実行委員のテントにいる小狼に向かって、笑顔でvサインをした。
それを見て、小狼も嬉しそうに笑う。しかしすぐに気を引き締めると、放送係の仕事に戻った。
「とーや!さくらちゃん、また一位だよ!すごいね」
「さくらの奴・・・、何回走る気だ?普通こういうのって、一人何競技までって規則ないのか」
「李くんに名前を呼ばれたくて、頑張っているのかもしれませんねぇ」
のほほんとした藤隆の言葉に、桃矢は「まさか」と思いつつも、離れた場所で甘やかに笑みを交わす二人を見て青筋を浮かべた。




「李くん、次の競技から私代わるよ。休憩してきて」
「・・・?予定では、交代はまだの筈ですけど」
「いいからいいから!」
テントに来たのは、同じ放送係の三年生だった。先週、下校時にさくらと一緒のところをからかってきた人だ。
予定にない交代に、小狼は怪訝そうに眉を顰めた。いいからいいから、と押し切られ、半ば無理矢理にテントから追い出される。小狼は不審に思いながらも、自分のクラスの陣地に戻ってきた。
見ると、隣のクラスがやけに盛り上がっている。今さっき、さくらが四つ目の一等賞を取ったところだった。人混みの中に見える、ぴょんと跳ねた頭頂部の髪に、小狼の顔は無意識に笑顔になる。
「本当に、すごいですわ!さくらちゃん。さくらちゃんの素晴らしい走りは全て映像に残していますので、あとでディスクにまとめてお渡ししますわ!」
「ほえぇぇぇ。は、恥ずかしいよぅ。でも、嬉しい。ありがとう!」
「この後にチアリーディング部の演目もあるし、あんまり無理しちゃだめだよ」
千春の言葉に、さくらは「うん」と頷いた。その時。千春と知世が、「あ」と目を瞠って、それから顔を見合わせて笑った。不思議そうにするさくらに、後ろ後ろ、とジェスチャーする。
振り向いて、さくらはパッと顔色を明るくした。
「小狼くん!」
「さくら」
一気にその場の空気が変わった。見た事もないような小狼のとろける笑顔と、はにかんださくらの赤い顔に、周りにいたクラスメイト達は視線を向ける。知世と千春はさりげなく周囲にいる人達を押しやって、二人の世界を作ってあげた。
「小狼くん、放送係はいいの?」
「ああ。大丈夫。さくら、お疲れ様。すごく速かった。頑張ったな」
「えへへ」
小狼からの賞賛が、何よりも嬉しい。だけどそれ以上に、今日一日離れていたから、今近くにいられる事が嬉しかった。
実行委員の小狼は朝から準備で忙しそうだったし、さくらはクラス対抗の競技にたくさんエントリーしていた。だから、こうやってゆっくり話をするのは今日初めてだった。
さくらは両手の指を絡めながら、小狼を見つめた。
「・・・小狼くんがテントから名前呼んでくれてたから。頑張れたんだよ」
「・・・!そ、そうか」
かぁ、と。小狼の頬が赤く染まる。その顔を愛おしく思いながら、ある欲求がさくらの心に生まれた。
(ぎゅーってしてほしいな・・・。ご褒美に欲しいって言ったら・・・小狼くん、困っちゃうかなぁ)
さくらは、周囲をチラと見て、考える。先程よりも周りに人がいなくなったとはいえ、応援席はすぐそこで、二人きりとは言い難い。そんな場所で抱き着いたりしたら、誰に見られてしまうかもわからない。
からかわれたり騒がれたりしたら、きっと照れ屋な小狼は真っ赤になって固まるだろう。そこまで想像して、さくらの気持ちが再びモヤモヤした。
(私以外の人に・・・見られたくないな。だって、小狼くんは私の・・・)
視線が下にいって、意味なく動く自分の指先を見ていた。その時、不意にその手を握られて、さくらは驚いて目を上げた。
「俺も。さくらのおかげで、頑張れてる」
「・・・ほぇ?でも、私何もしてないよ?」
小狼はさくらの手を握って、照れくさそうに頬を赤らめて言った。
「さくらが頑張ってるから、俺も頑張ろうって思える。・・・あと。お弁当、すごく楽しみにしてるんだ」
「!!」
「昼、一緒に食べような」
優しい笑顔に、さくらの胸がきゅんと音をたてた。不思議だ。小狼の一挙一動で、モヤモヤしたり晴れ渡ったり。心が忙しい。だけど、それがなんだか楽しい。
さくらは、笑顔で頷いた。
「さくらちゃーん。そろそろ着替えにいかない?」
「千春ちゃん。あっ、そうだね。・・・小狼くん、行ってくるね」
「ああ。頑張れ」
名残惜しさが顔に出てしまった。しゅんとするさくらの頭を、小狼はポンポンと優しく撫でてくれた。「頑張れ」の四文字が、こんなに強く心に響くのは、やっぱり小狼だからだ。さくらは元気に「うん!」と答えた。
準備へと向かったさくらと千春を見送っていた小狼の肩に、ぽん、と手が置かれた。
「束の間の逢瀬だったねぇ、李くん」
「山崎」
「寂しいだろうけど、チアのユニフォーム姿の木之本さんが見られるから元気出して!まぁ彼氏としては、可愛い彼女を他の人にも見られちゃうのは複雑だけどね~」
呑気な笑顔で言う山崎の本意は、冗談なのか本気なのか。計りかねる小狼だったが、その中の『言葉』に、過剰に反応してしまう。
「か、彼氏・・・彼女・・・」
初々しく顔を赤くする小狼に、近くにいた奈緒子も興味津々に顔を覗き込む。
「その反応、さくらちゃんと一緒~。お付き合い二年目になるのに、二人はまだまだ初々しいね」
「そこが李くんと木之本さんのいいところだよ」
山崎と奈緒子にからかわれて、小狼はますます顔を赤くした。
その時。
『―――では次の競技は、お待ちかね自由参加の借物競争!・・・ですが!今年は特別に、’指名枠’を作らせていただきました!名前を呼ばれた人は強制参加です!異論は認めません!』
放送席のマイクから流れる声は、先程小狼と交代した女の先輩の声だ。自由参加の競技に『指名枠』なんて、事前の打ち合わせでは無かった事だ。困惑する小狼だったが、次の瞬間、更に驚く事になる。
『では名前をお呼びします!三年〇組、―――さん!二年×組、―――くん!・・・二年二組、李小狼くん!』
「・・・え!?」
「あらら。李くん、呼ばれちゃったね」
「強制参加らしいよ?」
突然の『サプライズ演出』に、グラウンド内は確かな盛り上がりを見せ始めるのだった。









「あれ?なんか今、小狼くんの名前が聞こえたような・・・。またお仕事で呼ばれたのかなぁ」
「さくらちゃん。そろそろ行こう」
千春に呼ばれて、さくらは慌てて後を追う。チアリーディングのユニフォームが、ひらっと舞った。
グラウンドに戻ると、応援席はどこも盛り上がっていた。鼓膜を震わす、大きな歓声や笑い声。立ち上がった人混みの隙間から、さくら達は背伸びをして様子を窺った。
その時、放送席からテンション高めの実況が流れる。
『さぁ!何が起こるかわからない!実行委員のおふざけに、選手達はどこまで対応できるのか!!現在のレース、借り物に苦戦する中、二人の選手が堂々ゴールです!!』
「借物競争かぁ。これって、自由参加だよね?」
「そうそう。確か賞品が豪華なんだよね。でも、だいぶ無茶ぶりみたい」
大柄の体育教師をおんぶして歩く男子生徒や、何に使うかわからない大量の用具や、三メートルを超えるポールなどを懸命に運ぶ生徒達の姿が、人ごみの隙間から見えた。
『次のレースは今回の目玉企画!’指名枠’の選手達は、一体どんな借物をさせられるのでしょうか!!』
その時。スタートラインに並んだ数名の生徒の中から、その人の姿を見つけて、さくらは目を瞠った。
「・・・小狼くん!」
遠くからでも分かる。間違いない。確信を持ったさくらは、人混みの中へと無理矢理に進んでいった。
その時。スターターピストルが鳴り響いて、五人の『指名枠』選手達が一斉に飛び出した。さくらは「ごめんなさい」と謝りながら、レースが見える一番前へと進み出る。
スタートして100メートル地点に、借り物が書いてある用紙がぶら下がっていた。小狼はそれを取って、開く。遅れてきた他の選手も、同じように紙を広げた。
「・・・はぁ!?なんだこれ!」
「実行委員、ふざけんな!!」
他の選手が口々にクレームを叫ぶ中、小狼は微動だにせず、真剣な顔で手にある紙を見つめていた。
『このレースは、皆さん同じ借り物を指定させていただいています!さぁ、羞恥は捨てて!ゴールしたら豪華賞品ですよ~!!』
発案者である女性陣は、明らかに面白がっている。紙には一体何が書いてあるんだろう。さくらが心配そうに見ていると、小狼が突然に動いた。
真っ直ぐに応援席の方へと走ってくる。その必死な様子を見て、さくらも堪らず声をかけた。
「小狼くん!」
「・・・!さくら!!」
歓声の中、自分を呼ぶさくらの声に小狼は反応した。境界のロープから身を乗り出して、さくらは言った。
「私に何か手伝えることあれば・・・、ほえ!?」
「一緒に来てくれ!」
さくらが言い終わる前に、手首を強く掴まれる。小狼の言葉に、さくらは戸惑いながらも頷いた。借り物が何かはわからないけれど、役に立てるなら―――と。
しかし次の瞬間、思いもよらない小狼の行動に、さくらは叫んだ。
「ほえぇぇぇ!?」
「・・・ごめん!」
突如として地面から足が離れる。ひょい、と軽々と抱き上げられて、小狼の顔が急激に近くなった。周りの歓声が、わっ、と大きくなる。
公衆の面前、どころの話じゃない。全校生徒、更に父兄の見ている前で、小狼に『お姫様抱っこ』をされているのだ。からかう声や口笛、拍手、歓声。大きくなる周囲の反応に、さくらは可哀相なくらいに真っ赤になった。
「ごめん、さくら。少しだけ我慢して」
「小狼くん・・・?」
「恥ずかしいなら、俺の胸に顔、埋めてていいから」
小狼は冷静にそう言うと、さくらを抱き上げたまま物凄い速さでグラウンドを駆け抜けた。その真剣な横顔は、悔しいくらいに格好良い。さくらは、小狼の体操服をぎゅっと握りしめて、その顔を一番近くで見つめた。
人ひとりを抱っこしているとは思えない俊敏さで、レースは小狼の独走状態になった。応援席は大層に盛り上がり、放送席では実況が止まるほどの驚きがあった。
小狼とさくらがゴールテープを切った瞬間、マイクを持っていた先輩はハッと我に返り、ひと際大きな声で叫んだ。
『李小狼くん、余裕の速さで一着ゴール!!その腕の中にいるのは、他のレースでも大活躍の木之本さくらちゃんです!!さて、借り物の紙には何と書いてあったのでしょう!?』
興味津々の生徒達を代表して、実行委員の一人が小狼へと近づく。
白々しい問いかけに対し、小狼は怪訝そうに眉を顰めた。そうして、後ろ手に隠した一枚の紙を、こっそりとさくらに渡した。
(これって、借り物の・・・?)
そこに書かれていた文字を見た瞬間、さくらの頭がフリーズした。その後に、遠く離れた応援席から見てもわかるくらいに真っ赤になって。へなへなと力が抜けたように、その場に座り込んだ。








「あのクソガキ・・・っ!人の妹を物みたいに担いでいきやがって!!」
「そういう競技だからね、とーや。おにぎり、すごく美味しいよ!」
「結局、借りものが何だったのか教えてくれませんでしたね。そのあとのプログラムが押していたらしいですが・・・」
親の仇のように唐揚げにかぶりつく桃矢と、両手に大きなおむすびを持ってぱくぱくと食べる雪兎に、藤隆は「作った甲斐がありますねぇ」と笑った。




「実行委員の人、狙いが外れたんだろうね~」
「どういう事?山崎くん!李くんが引いた紙、何だったか知ってるの?」
「私も見てないけど、なんとなく想像できるかも~」
「きっと、真っ赤になって慌てる李くんが見たかったんでしょうね」
「お・し・え・て・よ~~~!!山崎くん!!」
「あはははは~。千春ちゃん、首、締まってるよ~」
がくがくと揺らされる山崎を見ながら、秋穂は物憂げに溜息をついた。
「さくらさん、大丈夫でしょうか・・・。チアリーディング部のダンスも、ずっとお顔が赤かったですし・・・」








「美味い!さくらの卵焼き、いつもすごく美味いな」
「ほ、ほんと?あのね、こっちの煮物は初めて作ってみたの。少し味が薄いかもしれないんだけど」
差し出されたお弁当から、煮詰めた里芋をひょいと攫って、口にいれる。小狼はやわらかく笑んで、言った。
「・・・うん。優しい味で、好きだ」
「!」
「さくら?顔が赤いぞ」
指摘されて、さくらはふるふると首を横に振った。手作りのお弁当を小狼にすすめながら、自分も同じように口に入れる。だけど、味がわからないくらいに動揺していた。
(だってだって・・・!小狼くん、さっきの紙・・・っ)
思い出して、またも脳が沸騰するくらいに熱くなる。
黙り込んださくらに、小狼も気まずそうに視線を落とす。一旦箸をおいて、さくらへと言った。
「ごめんな、さっき・・・。さくらの了承も得ないで、勝手なことした」
「う、ううん!それはいいの」
「・・・でも。俺は、さくら以外は考えられないから」
真摯な言葉と真っ直ぐに見つめる視線に、さくらは困ったように眉を下げたまま、無言になった。これ以上ないくらいに、頬が熱い。心臓がどこどこと太鼓のように鳴り響いている。
(なんで・・・?小狼くん、『付き合ってるの?』ってからかわれた時は、照れて真っ赤になってたのに・・・。なんで・・・)
かさりと、ポケットの中にある紙を握りこむ。
そこに書いてあったのは。
―――未来のお嫁さん(願望も可)―――
黙り込むさくらに、小狼は焦ったように言った。
「あ・・・っ。正式に申し込むのは、大人になってからになるけど。それまでは、俺の願望でもいいから」
「・・・!!」
「予約っていうか・・・。約束、というか。そんな感じで、考えてもらえたら・・・その、嬉しい」
言い終わるころには、小狼の顔もさくらに負けず劣らず真っ赤になっていた。お互いに赤面した顔を見つめるだけの、沈黙の時間が訪れる。
小狼が不安に思い始めたその時。さくらが、ポケットから取り出した紙を胸に抱くようにして、ぽつりと言った。
「その時まで・・・。この紙、私が持っていてもいい?」
いつかの未来に。ふたりの約束が叶うその時までの―――大切な証。
「うん。さくらが持ってて」
「・・・えへへ。小狼くん、ハンバーグ食べる?美味しく出来たの!」
あーん、と口元まで運ぶと、小狼はカッと頬を紅潮させた。素直に口を開けて待つ顔を、じっ、と見て。さくらの胸は、言い表せないくらいの幸福感で満たされていく。
「―――美味い!」
照れやで真面目で、大好きな未来の旦那様に。さくらは、今日一番の笑顔になるのだった。

 

 



END


 

 

「彼氏」「彼女」には照れて真っ赤になっちゃうけど、「嫁」は当然のようにさくらちゃんに決めてる李くん・・・という妄想から出来ましたw

入れるとこ無くて省いちゃったんですが、豪華賞品は遊園地のペアチケットでした。後日デートしてる筈です・・・ふふふ。

 

 

2019.9.22 了

 

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