※「Sunny Day Sunday」の8年後のお話です!

 

 

 

 







覚えている。
初めて、ふたりきりでお出かけした時の事。
足元がふわふわとして落ち着かなくて、気持ちが雲を飛び越えて空の高い所まで飛んで行ってしまいそうな程に、浮かれた。何を着ていこうか、どんな髪にしようかと、悩んで迷って決めた。
あの日の事、送り出してくれた知世やケルベロスの笑顔、待ち合わせの場所へと続く道、眩しい緑。隣を歩く小狼のはにかんだ笑顔も、全部。
まだ、こんなに覚えてる。

 

 

 

 

 

Sunny Day Sunday ~8 years later~










―――『待ち合わせ?わざわざ、どうして?』
―――『えへへ。内緒。いいこと、思いついたんだ。・・・小狼くんは、覚えてる?』
私達が、はじめて一緒におでかけした時の事。




「・・・遅いなぁ」
待ち合わせ時刻は13時。やってきたのは、臨海公園の西口。待ち合わせの場所はそこで間違いない。東じゃなくて、西の時計塔の前。
いつもなら時間より早く待ち合わせ場所にいる小狼が、連絡なしに遅れるなんて。何かあったのだろうかと、不安になる。
時計の針がカチリと動いて30分を過ぎた時、さくらは携帯電話を取り出した。コール音2回ほどで、小狼の声が応答する。
「あっ、小狼くん!今、どこ?」
『どこって・・・。待ち合わせ場所でずっと待ってる。さくらこそ、どこにいるんだ?』
「私も待ち合わせ場所の時計の前にいるよ?」
『・・・ちょっと待て。これはデジャヴか?さくら。待ち合わせは東口、だよな?』
「違うよ!西だよー!」
さくらは半泣きになって携帯電話に向かって叫んだ。電話の向こうから、小狼の溜息が聞こえてくる。
『あの時、さくらが間違えたのは東だろ?だから、俺はちゃんと東に』
「あの時、私は間違えて東に行っちゃったけど、本当は西だったでしょ?だから私は西口に・・・」
『・・・・・』
「・・・・・」
―――二人とも記憶が間違っているわけじゃない。つまりは、『待ち合わせ場所』の解釈の違いだ。小狼はさくらが間違って待っていた『東口』で、さくらは小狼が正しく待っていた『西口』。
今、あの時と逆の入り口にいるという事実に。思わず笑みが零れた。
「私、今からいくね!」
『いや。不安だから俺が行く。お前は動くな』
「でも・・・」
その時。小狼の声の近くで、見知らぬ女の子の声が複数聞こえた。『彼女さん連絡ついたんですか?』『残念』と、口々に言っているのが聞こえて、さくらの胸がモヤモヤとした。
「やっぱり、私が行くっ!小狼くん、そこで待っててね!!」
『えっ?さくら・・・』
小狼の言葉を聞かず、通話を切って駆けだした。西口から東口までは、ぐるりと公園を半分ほど回らなければならない。人混みをかきわけて、さくらは走った。
大丈夫。体は軽い。あの頃と変わらない。小狼に会いたくて。早く会いたくて。この足は、どこまでも早く走れる。
「小狼くんっ!」
東口の時計台が見えてきた。その前に立っている、少々不機嫌な顔の男の子を見つけて、さくらは笑顔になる。名前を呼ぶと、小狼は顔を上げた。
そうして、ぎょっと目を剥く。
「さ・・・、さくら!?」
驚く小狼へと駆け寄って、さくらは「あれ?」と思った。―――こんなに見上げる程、身長差があっただろうか。
「えっ!待ち合わせって、彼女さんじゃなかったんですか?」
「可愛い!妹さん?あんまり似てないけど、親戚の子か何かですか?」
小狼の周りにいた、高校生くらいの若い女の子達が一斉にさくらに群がった。雰囲気から察するに、先程電話の向こうから聞こえてきた声に間違いない。
(え?私、そんなに幼く見えるのかな?今日、頑張っておしゃれしてきたのに)
年下の女の子からこんなに子供扱いされるなんて、ちょっと落ち込んでしまう。しかも、小狼との関係を『妹』とか『親戚の子』とか。一体どういう事だろう。しゅんとするさくらを、女子高生たちは取り囲む。
「すいません。どいてください」
少しだけ苛立った様子の小狼の声が、さくらの耳に入ってきた。それだけで、心が浮上する。涙目で見上げると、女の子達をかきわけて伸ばされた手が、さくらに触れた。
そして。
ひょい、と。軽々と抱き上げられる。仲睦まじい恋人達が、周囲に見せつける為にやるような『お姫様抱っこ』―――ではなく。まるで、父親がごねる娘を宥める為にやるような『抱っこ』だった。
「大事な女の子なので、無暗に触らないでください」
そう言った小狼の横顔は、ぞわぞわと肌が粟立つほどの冷たさと、見惚れる程の美しさがあった。それを間近で見つめて、さくらは頬を染める。
しかし。呑気に見惚れている場合ではなかった。小狼は女の子達に向いていた目をさくらに移すと、ぎろりと睨んだ。
「説明してもらうからな」
「ほ、ほぇぇ?小狼くん、なんで怒ってるの?」
「・・・!?無意識なのか?それなら尚更怒るぞ・・・!」
そう言いながらも、頬を撫でる手はいつも以上に優しい。怒っているように思えた表情も、よく見れば戸惑いの方が強い。さくらの顔をマジマジと見つめる小狼の頬にも、赤がさした。
二人の醸し出す雰囲気は、「兄妹」や「親戚」よりも、なんだか怪しく濃厚で、不思議な色っぽさがある。
ぽかんと呆ける女子高生たちを置き去りに、小狼はさくらを抱っこしたまま、その場を離れた。







(小狼くん、何怒ってるんだろ?どちらかと言えば、私の方が怒ってたのにぃ)
見知らぬ女の子達に声をかけられて囲まれて。反対側の入り口で一人待っていた間、あの子達はずっと小狼に話しかけていたのだろうか。モヤモヤしていた気持ちが、再びぶり返す。
人気のない公園の端っこ、茂みの奥に入ると、小狼はさくらを地面へと下ろした。眉間に皺を寄せた表情で、その場にしゃがみこむ。不思議そうにするさくらの全身を見て、また溜息をついた。
「・・・懐かしい。あの時と、一緒だ」
「ほぇ?小狼くん・・・何言ってるの?」
「さくら。お前、体が中学生に戻ってる。服も。・・・初めて俺とさくらがここに来た時と、全く一緒なんだ」
そう言われた途端、さくらは目を丸くした。
今更ながら、開いてしまった小狼との身長差。見える景色のちょっとした違和感に、気付いた。自分の恰好を見下ろして、さぁっ、と青褪める。
どうして気付かなかったんだろう。体が妙に軽かったこと。いつもと見える景色が違っていた事。気付かない程に、浮かれていたのだろうか。
(・・・!もしかして?)
さくらは、鞄からカードの入ったケースを取り出した。その中で、淡く光る一枚のカードを見つけて、「やっぱり・・・」と呟いた。
「逆戻(リワインド)のカードか・・・」
「ほえぇぇぇ。私、発動したつもり、全然なかったのに!」
「多分、さくらの無意識の想いがカードの力を発動させたんだな」
『逆戻(リワインド)』のカードには、目の前にいる小狼とよく似た見た目の男の子が描かれている。このカードが生まれた経緯も、『自分が知らなかった幼い小狼を知りたい』という、さくらの強い想いによるものだった。
そして、今日も。
「私・・・。あの時と同じようにって。小狼くんと初めてここに来た時と同じように過ごしたいって、今日思ったの。その気持ちが、魔法を発動させちゃったんだね」
「ああ」
「ごめんなさい・・・」
さくらは、自分の魔力や気持ちを、うまく制御できるように頑張っていた。あれからもう何年も経ったから、こんなトラブルは本当に久しぶりだ。強い想いが、無意識の魔力を発動させる。それが、危険な事だとわかっているのに。
「小狼くんの事になると、私いつも暴走しちゃう・・・」
「!」
「ごめんね?怒ってる・・・?」
浮かんだ涙が、視界を滲ませる。だから、小狼がどんな顔をしているのかよく見えなかった。
おそるおそる聞くと、小狼はしばし固まったあと、優しく抱き寄せてくれた。一回り以上小さくなったさくらの身体を抱きしめて、ぽんぽんと背中を撫でた。
「謝らなくていい。・・・さくらの魔法は、自由なんだ。そうやって自由に魔法と寄り添っていけるからこそ、カードはさくらを選んだんだから」
「小狼くん」
「自由な力には、危険もある。また良からぬ相手に狙われる可能性もある。・・・でも、そんな事は絶対にさせない。俺が、絶対に守るから」
まだ幼く未熟だった頃は、強すぎる魔力がもたらす脅威を恐れていた。不安を隠して、守っているつもりで傷つけて、随分と遠回りしていた。
だけど、あの頃とは違う。心も体も大人になった。約束を心から信じて、叶える事が出来る。―――小狼は強い決意を胸に、さくらを抱きしめた。
さくらも小狼の背中に手を伸ばして、ぎゅっと抱きしめ返した。
離れてしまった身長差、年齢。それだけの時間を、ずっと一緒に過ごしてきたんだという、証。
(あの頃の私は、小狼くんとの未来を夢見てた。ずっと一緒にいられますようにって。・・・でも。夢で見ていたよりもっと、今が幸せなんだよ)
抱きしめる力を緩めると、二人はお互いの顔を見つめて笑った。目元に残る涙の痕を、小狼の手が拭う。
「中学生のさくらも可愛いな」
「・・・!!うぅ。小狼くん、ずるい・・・」
「すぐ赤くなるところは、今も変わらない。・・・可愛い」
そう言って甘く笑うと、さくらのやわらかな頬に触れるだけのキスを落とした。小狼はハッとして気付くと、赤い顔を隠すように手で覆った。
「・・・今の姿でこれをやると、捕まりそうだな」
小狼の言葉に、さくらは思わず声をあげて笑った。
つられたように、小狼も笑う。「よし」と言って体を起こすと、思ってもみなかった事を言った。
「俺にも、魔法をかけて。さくら」
「えっ!?」
「せっかくの日曜日だし。今日は、はじめてのお出掛け記念日、なんだろ?あの頃に戻ってやり直すのも、悪くない」
小狼の言葉に、さくらは大きな瞳を瞬かせた。じわじわと胸に広がるあたたかな気持ちに、なんだか泣きそうになった。さくらは満面の笑顔で頷くと、呪文を詠唱し、鍵を杖へと変化させる。
そうして、『逆戻(リワインド)』のカードを宙に投げる。発動した魔法は、小狼の身体を包み込んだ。





「小狼くん、早くー!」
「ちょ、ちょっと待て。さくら」
手を繋いで駆けていく可愛らしい『中学生』のカップルを、周りにいた人達は和やかな気持ちで見つめた。
きっと、初めてのデートなのだろう。そんな事を、誰しもが思った。初々しい二人のやり取り。弾けるような女の子の笑顔、照れくさそうにする男の子。
可愛い二人の中身が、本当は大人で。魔法で小さくなったとは、誰一人として思わない。
「中学生二人でよろしいですか?」
「あ・・・っ、えーと。いや、大人二名でお願いします」
「・・・はい?」
チケット売り場での小狼と店員の不可思議なやり取りに、さくらはくすくすと笑った。
「観覧車!小狼くん、観覧車―!」
「わかったから。そんなに急がなくても観覧車は逃げないって」
いつかもしたような会話を繰り返して、二人は絶えず笑っていた。お互いの懐かしい姿を見つめては、照れ笑いがこみ上げてくる。
あの時と同じ背丈に戻って、実感した。あの頃も今も、変わらない。好きな気持ちは、今も同じ。
(ううん。あの頃よりも、もっと好き)
「二名様ですね。お次、ゴンドラにご乗車ください」
あの頃は乗れなかった観覧車に、今度は乗る事が出来た。眩しい白のゴンドラに乗り込むと、ゆっくりと空へと上がっていく。
「わぁ~!小狼くん、見て!さっき通ってきた道だよ。おうちは、あっちの方かな?」
「そうだな」
「どんどん空に近づいて行くよ」
はしゃぐさくらを見つめて、小狼は笑みを深くした。
向かい合って、言葉が自然と消えていく。それは決して嫌な沈黙ではなく、二人の間には穏やかな空気が流れていた。
「小狼くん。お隣にいってもいい?」
「・・・俺が行くから、さくらは座ってて」
小狼はそう言って、狭いゴンドラの中を移動した。少し揺れた事で不安そうになるさくらの肩を抱いて、自分の方に引き寄せる。近くなった距離と触れた体温に、かぁ、と頬が紅潮した。
「なんか・・・今の姿だと、いつもよりもドキドキするね」
「なんとなく、ぎこちないというか・・・様になってない気がする」
「そんな事ないよ!中学生の小狼くんも、すごく格好いいもん。だからドキドキするんだよ」
「・・・・・」
小狼はほんのりと頬を染めると、さくらの鼻をぎゅっと摘まんだ。「ほぇ!?」と驚くさくらだったが、ふと影がかかった瞬間、自然と目を閉じた。
触れる唇のやわらかさ。懐かしい匂い。胸が、いっぱいになった。
「・・・ダメだ。照れる」
「私も・・・」
「あの頃はまだ、こんなコト出来なかったからな。・・・頭の中では何度もしてたけど」
「ほぇ?」
「な、なんでもない」
耳まで真っ赤になった相手の顔を、お互いに見つめる。もう一度キスをしようとしたけれど、なんだか照れてしまってダメだった。胸がきゅんきゅんとときめいて仕方ない。
―――なんだか、変だ。
―――今日、また。
(小狼くんの事・・・)
(さくらの事・・・)
はじめて恋をした時みたいに―――。
(大好きになった)







「そろそろ帰るか」
「そうだね。もうすぐ日も暮れるし」
「・・・・・」
「小狼くん?」
「うちに帰ったら、魔法を解いて元に戻ろう。そうしたら、・・・・・・しような」
「!!しゃ・・・、小狼くんの、えっち」
こそ、と。耳元で囁かれた小狼の言葉に。さくらは、頭から湯気が出るんじゃないかと思うくらいに真っ赤になった。
あの頃の自分達には絶対に出来ないだろう会話が、最高に照れくさい。
「今は・・・。一緒のおうちに、帰れるんだね」
あの頃と一番違っていて、一番嬉しい事。それは、二人で同じ家に帰れること。バイバイして別れなくてもいい。寂しさを堪えて、また明日と手を振らなくてもいいのだ。
ふいに立ち止まって、振り返る。夕日に染まる観覧車を見つめて。それから、小狼はさくらを、さくらは小狼を見た。
きっと、夕日のせいだけじゃない。お互いの赤い頬が、今もこんなに愛おしい。


「また、来ような。いっしょに」
「うん!」

 

 

 


END


 

 

サイト8周年記念小説。一番最初に書いた小狼×さくらの小説(と言ってもいいのか!w)「Sunny Day Sunday 」の続編を書きました♪

クリアカード編を経て、色々あったけど解決して大人になって結婚した二人・・・の設定で書いてます。そのあたり適当ですいません(^^;

あの頃書きたかったものも、今書きたいものも変わってないんだなぁ~って、今一度再確認しました。しゃおさ大好きだ~♡

 

 


2019.7.5 了

 

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