※パラレル設定の小狼×さくらになります。

どんな小狼とさくらでも大丈夫よ!な方向けです(笑)











早朝。自宅の施錠を済ませると、いつもの道を歩き出した。今日も雲一つない快晴で、照り付ける光が瞼の奥を刺激する。
(・・・寝不足がきいてる。昨日も終電間際まで仕事していたからな)
寝る為に帰ってくるようなもので、休息という休息も取れていない。ろくに食事をとっていないのに、体が重くて仕方ない。欠伸をかみ殺して、浮かんだ涙を拭った。完全に睡眠不足だ。
会社のデスクに山積みになっているだろう未済の書類を思い出して、溜息が零れた。
―――彼の名前は、李小狼。職業はサラリーマン。毎朝スーツを着てネクタイを締めて、会社へと向かう。
仕事が出来る上に真面目で優秀。そのおかげで、仕事の負担が日々増え続けている。最近、転職を考えている真っ最中だ。
(ん・・・?)
その時。道の先に、新しいコンビニエンスストアが出来ている事に気付いた。そういえば空き地を整地していたような気がする。あっという間に出来上がった真新しい箱が、きらきらと輝いて見えるのは、疲れからくる幻覚だろうか。
その途端に、全く無反応だったお腹が「ぐう」と鳴った。小狼は思わず自嘲する。
適当に朝ごはんを見繕って、ついでにコーヒーでも飲めば、少しは目が覚めるかもしれない。小狼はそう思って、コンビニを目指して歩いた。
そしてこの日。運命の出会いを知る。

 

 

 

 

 

スマイルチャージ !

 

 

 

 

 

「おはようございます!」
「!?」
来店の音楽が鳴るのと同時に、飛び込んできた笑顔。なぜかその瞬間、体が硬直した。小狼は怪訝そうな顔で少女をじっ、と見た後、ごしごしと目を擦った。
(・・・?これも幻覚か・・・?俺、どれだけ疲れてるんだ)
眩しい笑顔は、燦々と輝く太陽のようだ。なんだかよくわからないが、ほわわんとした花みたいなものとキラキラした宝石みたいなものが、彼女から出ているような気がした。
大きな淡碧の瞳が、じっ、とこちらを見つめる。途端に、心臓がばくばくと暴れ出した。顔が、熱くなる。
「・・・??えっと、いらっしゃいませ!朝早くからご苦労様です!」
にこっ、と花が咲いたような笑顔だった。可愛らしい声が、労りの言葉をかけてくれる。
心身共に疲れていた小狼は、生まれて初めて、人の笑顔に癒されるという経験をした。素直な言葉が耳から入ってきて、全身に広がっていく。冷えた心があたたまる。眉間に寄っていた皺が、ふっ、と解かれた。
「ありがとう」
「ほぇ?」
「・・・!!あっ、いや、なんでもないです。このドーナツひとつ。あと、コーヒーも」
「はい!ありがとうございます!」
レジ前に並んでいたドーナツのひとつを指すと、彼女は丁寧に頭を下げた。そうしてトングを持ってドーナツを掴み、専用の袋へと入れる。手際は決して素晴らしいとは言えないが、むしろ慣れない作業に手間取っているのが見受けられるが、懸命に取り組む姿に胸を打たれた。
ほわっと、心があたたかくなる。
「ふー・・・!出来た。お待たせしました!」
淹れたてのコーヒーと甘いドーナツ。お会計を済ませて、ドーナツの包みを鞄にいれる。コーヒーを入れたカップは、彼女が両手で持って差し出した。
「熱いので火傷しないよう気を付けてくださいね」
「は、はい」
受け取る瞬間に、指先が触れた。それだけの事で、手が震えそうになる。一瞬で感じるやわらかさ。女の子だと言うだけで、こんなにも違うのか。
小狼は思わず、白くて細い指をじっ、と見てしまう。
「あの?お客様・・・?何か、ありますか?」
彼女は、不思議そうに首を傾げた。小狼はハッとして、ふるふると首を振る。
(何をやっているんだ、俺は)
小狼は、急速に冷静さを取り戻す。自分の行動が恥ずかしくなった。
一歩間違えれば、不審者になりかねない。相手はきっとバイト学生で、年も離れているし無理がある。―――そこまで考えて、またも困惑する。一体どういう対象として、『彼女』を見ているのか。今日会ったばかりの、コンビニの店員の彼女に。
(・・・『木之本』・・・きのもと・・・下の名前は、なんていうんだろ・・・・・って、違う!)
「あの。お客様」
「え?・・・な、なんですか!?」
店を出ようとした小狼を、彼女が呼び止める。大仰に肩を揺らし、勢いよく振り返った。―――大丈夫か、俺。不審者になっていないか、通報されないか。そんな不穏な事を考える小狼に、彼女は笑顔で言った。
「よかったら、イートインスペースでお食事もできますので。お時間があったら、どうぞ!」
白い手が案内してくれたスペースには、カウンターテーブルと椅子が備え付けられていた。店内には自分以外に誰もいないから、貸し切り状態だ。
ちら、と隣を見ると、「どうぞどうぞ」と言わんばかりに目を輝かせた彼女がいた。
もう少しだけここにいたい。そう思ったら、自然と笑顔になった。
「じゃあ、少しだけ。休憩させてもらいます」
「はい!」
何がそんなに嬉しいのかと、呆れるくらいの眩しい笑顔を向けてくれる。じん・・・と、胸が震える。こんな気持ちは初めてで、戸惑っていた。
飲み頃になったコーヒーを一口飲むと、ホッと息が零れる。ドーナツにかぶりつくと、久しぶりの甘さになんだか感動してしまった。
(ドーナツって、こんなに美味しいものだったのか)
もぐもぐと無言で食べていると、ふと気配を感じた。
見ると、すぐ隣に彼女が立っていた。あまりに驚いて、ドーナツを喉に詰まらせそうになる。
「・・・!?」
「あ、ごめんなさい。お邪魔でしたか?」
悲しそうに問いかけられて、小狼はふるふると首を横に振った。全然、大丈夫、と言おうとして、むせる。すると、彼女の手が背中をさすってくれた。なんてことだ、あったかい。
コーヒーを飲んで落ち着くと、彼女は言った。
「朝早くからお仕事なんですね。まだこの時間は、そんなに混まないんです。少ししたらお客さんがたくさん来て、すごく大変なんですけど。それまでは、私一人でも大丈夫なんです」
「・・・そうなんだ」
確かに、今の時間は歩いている人間もまばらだ。
人より早く仕事に行く理由は、溜まった書類を少しでも片づけておきたいという理由からだったが。こんな風に彼女とお喋り出来る特典があるなら、早起きなんて苦じゃない。
そんな事を思いながら、コーヒーを一口飲んだ。
すると。彼女の目が、真剣にこちらを見ている事に気付いた。そういえば、距離も随分と近くなっている。
(・・・気のせいか?いや気のせいじゃない。これは客と店員の距離として正しいのか?おかしくないか!?もしかして無意識に俺から近づいていっているのか。ちょっと待て、それはさすがにシャレにならないぞ・・・!)
妙な危機感を覚えながらも、仄かに香ってくる彼女の匂いに心臓を揺らされる。まるで甘い蜜に誘われる虫のようだ。気持ちがふわふわして、手を伸ばしそうになる。
その時。彼女が、おずおずと口を開いた。
「あの・・・コーヒー、どうですか?美味しいですか・・・?」
「・・・えっ」
「初めてなんです。私が淹れた、初めてのコーヒー。飲んでくれたの、お客さんが一人目で。ちゃんと美味しく出来てるか不安で」
恥じらいと不安を湛えて滲む涙目から、目が離せなくなった。
―――ああ。仕事とか書類とか睡眠不足とか。もう全部、どうでもいい。落ちれば真っ逆さまの吊り橋のような道だったが、今日この場所に辿り着く為に必要だったのなら、喜んで渡ろう。
小狼は、目の前にいる彼女の瞳を真っ直ぐに見て、言った。
「美味しい」
「本当ですか?よかったぁ」
「今まで飲んだコーヒーの中で一番美味しい。多分、世界一美味しいと思う」
「ほぇ?世界・・・?」
とても冗談を言っているようには思えない。真剣な顔で言われた言葉に、ぱちぱちと目を瞬かせた。
その時。別の客が店に入ってきて、彼女は忙しなく持ち場に戻っていく。最初に自分にしてくれたように、眩い笑顔を向けた。
小狼はコーヒーを最後の一滴まで飲み干すと、空のコップと包み紙をゴミ箱に捨てた。店には客も増えてきて、その頃になると男性店員もやってきて、一気に店内は賑やかになる。
(そろそろ行くか)
何も言わずに出ようとしたその時。彼女がこちらを向いて、今日一番の笑顔で言った。
「ありがとうございました!行ってらっしゃい!」
その瞬間、ハートにさっくりと矢が刺さった。足元が抜けて落ちた。恋と言う名の深い穴に。
「・・・行ってきます」
多分、彼女の耳までは届いていないだろう。だけど、自分のその声は妙に気恥ずかしくて、そして幸せな気持ちになった。
今日も頑張ろう。精一杯に仕事をしよう。彼女の笑顔に送り出されたのだから、へこたれるわけにはいかない。
そして、明日もまたここに会いに来よう。
美味しいコーヒーとドーナツと、愛らしい笑顔に。











スマイルチャージ ! ~エピソード2~




店に入った途端に、今日は自分だけの貸し切りじゃない事を知ってがっかりした。仕方ない。コンビニとはそういうものだ。
まだ人もまばらな早朝。レジに入った彼女は、客の対応をしていた。その後ろに並んでいると、ふと目があって微笑まれる。このコンビニに通うようになって約一週間。彼女は、変わらぬ笑顔を向けてくれる。
「ちょっとお姉ちゃん。俺、一万円札渡したと思うけど」
「・・・え?」
お釣りを渡された前の客が、嫌味な声で言った。彼女は驚いてレジの中を確認して、困ったように言った。
「あの、お客様は確かに五千円札だったと思います。一万円札の数は決まっていて、ちゃんとチェックしているので」
「あ?そんなの俺は知らねぇよ!お姉ちゃんの勘違いだったらどうする!?それとも、俺が嘘言ってるっていうのか!?」
「・・・!」
男の剣幕に、彼女の顔は青褪めた。それ以上の言葉が出ずに、レジの中身と客の顔を交互に見て、おろおろと困惑の表情を浮かべる。
男はカウンターに手を付いて、怯える彼女の顔と全身を舐めるように見ていた。
「・・・ぐぁっ!?な、何する!」
その男の首元に後ろから腕を回し、締める。そうして、彼女から引き離した。男は精一杯に睨みつけるけれど、それ以上の眼光で持って黙らせる。
小狼は冷静な口調で、言った。
「それなら確かめましょう。ちょうどそこにカメラがありますから。あなたが渡したのが本当に一万円札なのか勘違いなのか、はっきりします。今の映像技術はすごいですからね」
「そ、そんな時間あるか!俺はこれから仕事なんだ!いいから、一万円で間違いねぇんだよ!俺の大事な金だ!間違ってたらどう責任とるんだ!?」
男の言葉と剣幕に、彼女は肩を震わせた。怯える気持ちが伝わる程に、小狼の怒りのゲージが上がる。首を絞める力を更に強くすると、男は苦しそうに呻いた。
小狼は口元を笑みの形に歪めると、絶対零度の冷たさで男に言った。
「へぇ。そんなに大事な金なのか。それは、俺がこの場所で癒される時間よりも大事か?」
「・・・!?」
「この無駄な時間が終わるなら警察でも裁判所でも付き合う。その代わり、今は帰れ。この店には二度と近づくな」
そう言って、男の胸ポケットに自分の名刺を入れた。
男はわざとらしく舌打ちをするも、小狼の顔をまともに見られずに、逃げるように去っていった。
彼女は、震える声で「ありがとうございました」と言う。だけど、笑顔がない。その事が無性に悔しくて、小狼は眉根を顰めた。
はぁ、と溜息をついて、いつも通りの注文をする。
「ドーナツと、コーヒーお願いします」
「340円です。・・・あ、あの。ありがとうございました!すごく、助かりました・・・」
「いえ。・・・店長とか、他に人はいないの?どうしてこの時間だけ一人なんだ?」
「どうしてもシフトが合う人がいなくて。おにいちゃ・・・、店長も、この時間だけは抜けられない用事があるので、私が代わりに。一時間くらいだし、こんなこと滅多にないし、大丈夫です」
小狼は眉間の皺を深くして、金額ぴったりの小銭を彼女の手に置いた。
白くて細い手が、まだ少し震えていた。それを見たら堪らなくなって、小銭を置くのと同時に、その手を握った。
「・・・!」
「全然、大丈夫じゃない」
そう言うと、彼女は顔を赤く染めた。困ったように下がった眉を見て、ハッとした。
慌てて手を離すと、彼女は目を逸らし、小銭をレジに入れた。そうしていつもどおり、ドーナツとコーヒーを用意してくれる。
淹れたてのコーヒーを受け取って、小狼は言った。
「偶然でもよかった。俺が、この時間にここにいて。間違っても、一人にしなくてよかった・・・」
「!」
「ごめん。独り言だから、気にしないでください」
途端に恥ずかしくなって、小狼はイートインスペースに移動した。定位置と化したお馴染みの席に座って、ドーナツの包みを開ける。
齧り付こうとした瞬間、隣に気配を感じ、目を向けた。
すぐ傍に、彼女が立っていた。小狼はドーナツを下ろし、泣きそうになっている彼女を見つめた。
「本当に、ありがとうございました!あの・・・、さっきの人に名刺とか渡して、大丈夫ですか?あなたに迷惑がかかっちゃうんじゃ、ないですか?」
「大丈夫。多分連絡もしてこないし、この店にも来ないと思う。・・・一応、責任者の方に伝えておいた方がいいと思います」
「はい。あの、わ、私も・・・私も、あなたの名刺をもらってもいいですか?」
「え?」
突然の申し出に、小狼は驚く。しかしすぐに悟った。きっと何かあった時に、頼ったり相談するのに必要という事だろう。それなら、と。鞄から、名刺入れを取り出した。
「店長に渡しても構わないし、今日の事を詳しく相談したいならいつでも・・・」
そう言って渡すと、暗く沈んだ彼女の表情が、少しだけ明るくなった。ほわりと、笑顔が浮かぶ。
「違うんです・・・。私、あなたの名前も知らなくて。ずっと、知りたいと思ってたから・・・。こんな時なのに、ごめんなさい」
「・・・え?」
「り・・・しゃおらん、くん?李くんって、言うんだ」
名刺の名前を、彼女の指が撫でる。伏せられた睫毛と、浮かんだ笑顔に、なんだか物凄く恥ずかしくなった。
彼女の声が、自分の名前を呼んでいる。それだけで、子供のように心臓が暴れ出した。
小狼は勢いよく立ちあがり、彼女との距離を詰めた。そうして、驚きに見開かれた瞳を見つめながら、言った。
「俺も、知りたい。あなたの名前。きのもと、の下の名前。・・・教えて、もらえますか?」
余裕なんてない。必死で、無様で、格好悪い。だけど、どうにも止められなかった。
小狼の問いかけに、かぁ、と頬を染めたあと、彼女は口を開いた。
「さくら、です。木之本さくらです。・・・李くん」
「・・・さくら」
初めて知れた。その名前は、すとんと心に落ちた。春に咲く美しい花。ああ、なんて彼女に似合うのだろう。照れくさそうにする顔を見つめて、小狼はもう一度その名を口にした。
「さくら」
「はい」
「・・・あ!ご、ごめん。俺、呼び捨てで」
「ううん!嬉しい。私も・・・下の名前で、呼んでいい?」
こくこくと、壊れた人形のように何度も頷く。彼女―――さくらは、嬉しそうに笑って、言った。
「小狼くん。いつも来てくれて、ありがとう!」


「・・・うちの妹になにをやってるんですか、お客様」



「えっ!?」
「お、おにいちゃん・・・!いつもより早い」
いつからそこにいたのか。二人の間に入り、ぐん、と引き離すようにして現れた長身の男。さくらと同じ制服を着ていて、胸元のネームプレートには『店長』と『木之本』の字があった。そういえば、何度か顔を合わせた事がある。
「店員への文句やその他の申し出は、店長である俺を通してからでお願いしますお客様」
「お、おにい・・・じゃなくて、店長!違うんです、この人は私を助けてくれたの!」
「勝手に妹に手を出すことはお客様とは言え許しませんので、ご了承ください」
「店長っ!」
あまりのプレッシャーに小狼は気圧され、思わず「善処します」と答えた。
店長は鼻息荒く小狼を睨むと、さくらを引っ張ってレジへと連れて行った。その合間にこっそりと、笑顔でこちらへと手を振る。その可愛さに、またも小狼の心臓に矢が数本刺さった。ダメージに耐えながら、なんとか手を振り返す。
少し冷めてしまったコーヒーを飲みながら、小狼は心の中で繰り返す。
(さくら。きのもと、さくら。さくら・・・)
名前を呼ぶたびに、彼女の色々な表情が浮かぶ。ドキドキと心臓がうるさくなる。その笑顔を見るだけで、心がじんわりとあたたまって、幸せな気持ちになった。
「ありがとうございました!行ってらっしゃい!」

今日一日を走りぬいたら、明日もここに来よう。
さくらの笑顔に会いに。また、この場所に。

 


 

END


 

 

 

さくらちゃんの笑顔に癒される小狼が書きたくて・・・!多分管理人が疲れていたのだと思いますww


 

2018.5.30 了

 

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