※アダルティな表現や場面が含まれます。苦手な方は注意してください。







それは甘い20題

 

20. 足りない

 

 

 

 

 

「今日はこれで終わり。明日からはお休みになります。みなさん、気を付けて帰るように」
担任教師のその言葉を合図に、起立、礼、の号令がかかる。さくらは立ち上がり、ドキドキと鳴る胸の鼓動を感じながら、頭を下げた。
週の終わりの金曜日。生徒はみんな浮足立って、いつもよりも賑やかに教室から出て行く。さくらの周りにも、人が集まってきた。
「さくらちゃん。みんなで、どこか寄っていかない?」
そう言ったのは千春だ。左右に結われた髪が、ご機嫌に揺れる。
「私も今日は遅くなると、海渡さんに言ってきました。みなさんで寄り道するの、楽しみです!」
満面の笑みで言ったのは、秋穂だ。頬が赤らんでいて、はしゃいでいる姿が可愛い。
「えっと・・・」
誘われて嬉しい。行きたい気持ちはある。だけど、今日は先約があった。困った顔で言い澱むさくらに、隣にいた知世が微笑みかけた。
「今日は、李くんとお約束してますの?」
その名前が出た途端、さくらはわかりやすく反応した。ぼんっ、と音を立てて、顔が真っ赤に染まる。照れ笑いさえうまく出来ず、「はわわ」と狼狽えるさくらを見て、友人達はみんな一様に思った。「可愛い」―――と。
「じゃあ、仕方ないね!李くんとどこか行くの?」
「えっと、決まってはいないんだけど。昨日、誘ってもらえて」
「よかったですね、さくらさん!」
「ありがとう、秋穂ちゃん」
照れくささはあるけれど、優しく送り出してくれる笑顔と言葉が嬉しい。
頬を緩ませてはにかむさくらの姿に、周りにいたクラスメイト達も思わず見惚れる。教室中が、幸せ色に包まれる。
知世は鞄から何かを取り出すと、「いいですか?」と言ってさくらの髪に触れた。耳周りの髪を、花飾りのついた小さなピンで留める。
「可愛い!なんか、雰囲気違うよ。大人っぽくなった!」
「さくらさん、似合ってます!」
さくらからも見えるようにと、手鏡を貸してくれた。驚いて知世の方を見ると、いつもの優しい笑顔で言った。
「今日のさくらちゃんはいつもよりも一層、可愛く着飾ってあげたくなってしまって」
「知世ちゃん・・・」
「よかったら、そのまま李くんとお出掛けなさってください」
知世が貸してくれたヘアピンには、小さな薔薇が付いていた。可愛らしく、少しだけ大人っぽく。耳元を涼やかな風が撫でて、去っていく。
知世はこうやって、いつも自分を元気にしてくれる。さくらは笑顔でお礼を言った。
「ありがとう、知世ちゃん!みんなも、またね!」
―――また月曜日に。またね。気を付けてね。さようなら。
元気に駆けていく後姿を見送って、友人達は笑みを交わす。幸せをお裾分けしてもらえたような気持ちで、おしゃべりに花を咲かせるのだった。








「え!?今日、木之本さんが・・・!李くんの家に?」
「ば・・・っ、声が大きい!」
山崎の口を手で塞ぐと、小狼はほんのり赤く染まった顔で睨んだ。山崎は「了解」の意味を込めて両手を上げる。
外された掌に、ふっと息を吐いて、山崎は「なるほど」と口元に手をやった。
その様子を見て、小狼は眉を顰める。
「下世話な想像はするなよ・・・」
「うん」
「ただ家に来るだけだ。今日どうするのかしつこく聞くから教えただけで、深い意味は」
「うん、李くん」
山崎は妙に緊迫した面持ちで、鞄から何かを取り出すと、小狼の制服のポケットに素早く入れ込んだ。「!?」と、無言で驚く小狼の耳元で、山崎は言った。
「僕からの餞別。一応ね」
「な、何を入れたんだ」
「あとでこっそり確認して。言っておくけど、僕だって使った事は無いよ?何かあった時の為に、一応ね。一応」
その言い様からなんとなくの予想を付けた小狼は、赤面する顔をばっと逸らした。その場から逃げるように、早足で歩き出す。
しかし数メートル先で立ち止まると、顔だけ振り返って言った。
「ありがとう」
絞り出すような一言に、山崎は思わず笑いそうになった。笑ってはいけないと分かっているけれど―――あんなに余裕のない小狼は久しぶりに見たので、なんだか懐かしい気持ちになった。
少々挙動不審に帰っていく小狼を見送っていると、後ろから声をかけられた。
「なーにー?男同士の内緒話?」
「うん、そう。だから、いくら柳沢さんにもこれは話せないなぁ」
「残念。ネタになりそうだったのにな。・・・でも、うん。ほんと、現実は小説よりなんとか、だねぇ」
奈緒子の意味深な言葉に、山崎は苦笑して頷いた。










「お、お待たせ」
「ううん!私も今、来たところ・・・」
昇降口の前で落ち合った二人は、ぎくしゃくとしながら隣に並んだ。そうして、学校を出ていつもの帰路を歩き始める。
誘われたはいいけれど、どこに行くか何をするかは聞かされていない。さくらは、ただ小狼の向かう方へと付いていった。途中で聞いてみようかとも思ったけれど、なんだか緊張してうまく言葉が出なかった。
小狼もまた、緊張の為かさくらの方をまともに見られず、無意識にいつもの下校路を歩いていた。その結果、少々気まずい無言の時間が続く。
その時。前から歩いてきた小さな二人に、視線が向かう。
小学生低学年と思わしき二人が、懐かしい友枝小学校の制服を着て歩いていた。男の子と、女の子。その小さな紅葉のような手は、しっかりと繋がれていた。楽しそうにお喋りをして歩いていく姿は、仲睦まじくて微笑ましい。
すれ違っていった小さな恋人達に、小狼とさくらはしばし目を奪われ、そのあとにお互いの顔を見た。
瞬間、笑みが零れる。
「可愛いね」
「ああ」
「あんなに小さいのに、仲いいんだね!」
「・・・俺達も」
「え?」
「手、繋ごうか」
小狼はそう言って笑うと、さくらに手を差し出した。その瞬間、緊張や不安が消えて、心の底から笑えた。
「うん!」
さくらよりも少し大きな、小狼の手。あたたかくて、力強い。繋いで、指を絡めて。距離が近づく。
小狼とさくらは目を合わせて、同じ笑顔で笑った。
茜色に染まる道を歩いて、他愛のない話をして。さくらの話す言葉に、小狼は笑顔で頷く。それだけの事が幸せで、ずっとこの道が続けばいいと思った。
そうして。分かれ道がやってくる。いつもはここで別れて、お互いの家がある方にと歩いていく。
二人は立ち止まり、物言わずに見つめあった。熱っぽく潤むさくらの瞳に、小狼の心臓が跳ねる。
繋いだ手をぎゅっと握って、小狼は口を開く。少しだけ掠れた声が、言った。
「俺の部屋に、来て。さくら」
「・・・!」
「まだ、一緒にいたい」
さくらは顔を赤く染めて、困ったように眉を下げた。
断られるかもしれない、と。一片の不安が小狼の頭をよぎる。あまりに、ストレート過ぎただろうかと後悔し始めたその時、さくらが小さく頷いた。
小狼はその瞬間、弾かれたように真っ赤になって、さくらの手を両手でつかんだ。
「い、いいのか・・・!?」
「・・・うん。今日、遅くなるかもって言ってきたの。私もまだ、帰りたくない」
「さくら・・・」
「小狼くんのお部屋に、連れてってくれる・・・?」
そう言ったさくらの声も、少し震えていた。
新しく開く扉。まだ知らない道。不安と心細さを感じるのは、仕方のない事。それは、小狼も同じだった。
だけどもう、引き返せない。引き返す選択肢は、無い。
言葉もなく、二人は歩き始める。小狼のマンションの部屋へと、迷いなく向かった。








靴を脱ぐのももどかしい。
家に着くなり玄関の鍵を閉めて上がり込むと、鞄を無造作に投げた。小狼は、さくらの手を引いて抱きしめる。道中に高まった想いが、行動を大胆にさせた。
「ん・・・っ」
白い壁に押し付けて、小狼はさくらにキスをした。深く合わさる唇、すぐに舌が入り込んで熱い口内を探るように動く。さくらは壁に背を預け、縋るように小狼へと抱き着いた。そうしないと、膝から崩れてしまいそうだった。
「はぁ・・・、小狼くん・・・」
「さくら・・・」
キスの合間に見つめあうと、小狼は堪らなくなってさくらを抱き上げた。
「ほえっ」と小さく上がる悲鳴にも構わず、乱暴に扉を開けて自室のベッドへと雪崩れ込んだ。やわらかく弾むスプリングに、さくらの体も跳ねる。
その上に覆いかぶさる小狼の表情には余裕はなく、瞳の奥には鈍い情欲の光が見えた。さくらは小さく震える。それが小狼に対する怯えなのか、未知の事への不安なのかは分からない。
しかし。その僅かな変化に、小狼はハッと我に返った。
「ご、ごめん。さくら・・・。俺、暴走して」
「ううん・・・!あの、い、嫌じゃ・・・ないの。でも、私よくわからなくて。こういう時、どうすればいいのかも」
胸元をぎゅっと抱きしめて、さくらは戸惑いを口にする。その表情がまた小狼の『男』の部分を煽るのだけど、ぐっと堪えた。
小狼は小さく深呼吸をすると、自分を落ち着ける。そうして、首元のボタンをひとつ外した。
「俺も、同じだ」
「ほんと・・・?」
「だから、間違えるかもしれない。さくらを、ガッカリさせるかも」
「ガッカリなんてしないよ!私こそ、自信なんてないけど・・・でも」
さくらは手を伸ばした。その手を小狼の手が取って、指を絡める。さくらは泣きそうな顔で笑うと、言った。
「私の中の全部、小狼くんでいっぱいにしたい。今よりももっと、近づきたいの・・・」
その言葉に、小狼の中の理性の糸が切れた。
両手の指を絡めてシーツに繋ぎ止めるようにすると、深く口づけた。呼吸も許さないような激しいキスに、さくらは苦しさを感じると共に、新たな感情を覚えていた。
体の芯が疼いて、手足の先が痺れるような感覚。全身が熱くなって、小狼の吐息や熱に反応する。自分の体じゃないみたいだった。
「髪・・・可愛い。俺の為に、してくれたのか?」
「あ、それは・・・、知世ちゃんが・・・あっ」
「さくら・・・」
ヘアピンで結われた髪を撫でて、露わになった耳を甘く食まれる。その刺激にさくらはぞくぞくと震えた。耳元で感じる吐息や、小狼の低い声が、さくらの神経を過敏にさせる。
その反応に気を良くして、小狼はさくらの耳を甘噛みしたり、舌を差し入れたりして刺激する。
「ふ、あ、ぁ・・・っ!耳は、だめぇ・・・!」
「そんな声、初めて聞いた。もっと聞きたい」
「はぅん・・・っ」
(私もだよぉ・・・!小狼くんのこんな、こんな声・・・!だめ、心臓壊れちゃう・・・っ)
ひとしきり堪能したあと、小狼は上半身を起き上がらせた。そうして、着ていた白いシャツを脱いでベッドの下に投げる。
引き締まった上半身は無駄なく鍛えられていて、あちこちに小さな傷があった。いけない物を見ているような羞恥心に見舞われるも、さくらは小狼から目が離せなくなってしまった。
「さくら・・・脱がすよ」
「ほえ・・・!あ、あの。電気、消して?」
「・・・消した方がいいか?」
そう言った小狼の顔は、なんとも残念そうに見えた。まるで、おあずけを食らった犬みたいだ。
そのギャップに、さくらの胸がきゅんと鳴る。動揺が大きくなって、逆に饒舌になった。
「あ、あのね!こうなるかもしれないって思って、か、可愛いの買って付けてきたんだけど、でも・・・っ」
「・・・!俺に、見せる為に?」
「そうなんだけど、そうなんだけど・・・!いざ見せるのはやっぱり恥ずかしいから、で、電気・・・!消してください!」
小狼は渋々と頷いた。犬耳がしゅんと下がる幻覚まで見える。
「まぁ、消しても大体は見えるけど・・・」と、さくらに聞こえないくらい小さな声で呟いた後、部屋の電気を落とした。
そうすると、今度は何も見えなくなって、さくらは不安そうに手を伸ばす。小狼はその手を取って、自分の頬に触れさせた。
さくらの手が、指先が、形を確かめるように動く。小狼の唇に触れた瞬間、ふわりと、笑んだ。
(小狼くんは、ここにいる)
「さくら・・・」
「小狼くん・・・」


―――そこからは、とにかく無我夢中で。あまり覚えていない。
「さくら・・・、これ、嫌じゃないか?これは?」
「ん・・・っ、あ、聞かなくて、いいよぉ。小狼くんがしたいように・・・、ふぁ、んっ♡」
「ちゃんと、さくらを気持ちよくしたい・・・」
「私も・・・、私も、小狼くんを気持ちよく、したい」
「・・・!さくら、それ、ダメだ・・・、あっ」
「小狼くん、これ、好き・・・?ん、・・・ん」
「さくら・・・!」
「あっ♡それ、ん・・・、だ、めぇ・・・」
お互いを気持ちよくしたい。喜ばせたい。その一心で、二人は夢中で触れ合った。
冷たいシーツが火照った熱であたたまって、皺が寄って乱れるまで、行為は続いた。
永遠のように長く、一瞬のように過ぎた時間。
全部が、初めてで。自分の体が、今までとは違うものになっていく。その怖さや不安に、繰り返し襲われる。けれど、触れる口づけや名前を呼ぶ声が、喜びや安堵へと変えた。
「あっ、ん・・・、もう、だめっ」
「さくら・・・、俺も、もう」
「小狼くん・・・!」
目の前が真っ白な光に包まれ、思考は遥か宇宙まで飛んだ。頭の中は、お互いの事でいっぱいになる。
余韻に震え、二人は強く抱き合った。乱れた呼吸のまま、キスをする。想いが唇に宿ったように、ちゅ、ちゅ、と愛おしく触れる小狼の唇に、さくらは幸せそうに笑んだ。
「小狼くん、小狼くん・・・えへへ」
「ん。さくら・・・可愛い。すごく、可愛い。今までもずっと可愛かったけど、それ以上に可愛い」
「ほえぇ!?は、恥ずかしいよぅ・・・!」
全部を見せても、変わらず初々しく恥じらう姿に、小狼の熱がぶり返しそうになる。「いやいや、それはさすがに」と、自分の中で窘めると、さくらの額にキスを落とした。
「さくら、可愛い」
「もう、いいよぅ」
「可愛い。・・・・・・・すごく、好きだ」
「えっ!もう一回、言って?」
「もういいんだろ?」
「今のはもう一回聞きたい!」
思わず起き上がると、はらりと毛布が落ちてさくらの体が露わになる。
ぐん、と一気に上がる熱に、小狼の目の色が変わった。
恥ずかしそうに毛布の中に潜り込むさくらだったが、小狼は容赦なくそれを剥ぎ取った。
「ほえぇ!?しゃ、小狼くん!?」
「・・・さくら。言ってなかった事があるんだが」
「な、なに?毛布、毛布返して!恥ずかしいよぉ」
小狼は自ら毛布をかぶってそのまま雪崩れ込むと、さくらに口づけた。そうして、キスの合間に告げる。
「俺達、まだ『最後』まではしてないんだ」
「・・・え?最後、って・・・?」
「まだ『この先』があるって事。こういうのは、少しずつの方がいいかと思って」
「これ以上があるの・・・!?え、え?」
動揺するさくらの唇を再び塞ぐと、小狼は至近距離で優しく言った。
「これからずっと一緒にいるんだ。焦らず、ゆっくり進んでいこう?」
「えっと、小狼くん。言ってる事とやってる事が違うような・・・?」
「ごめん。・・・まだ、さくらが足りないみたい」
「~~~っ」
林檎のように赤く染まったさくらの顔を、小狼は愛おしそうに見つめる。本気で嫌がっていない事も、同じ気持ちな事も、きっとばれている。
「嫌か?」
「・・・嫌じゃない、よ?」




―――キスをくれる唇が好き。優しくて、時々ちょっとイケナイ事をする指先も好き。名前を呼んでくれる声が、好き。笑った時の顔が、大好き。
―――やわらかい唇が好き。無意識に誘う仕草や、時々困らせる小さな我儘も好き。名前を呼ぶと、嬉しそうに綻ぶ笑顔が、大好きだ。
これからもずっと、たくさんの『好き』をあげたい。
あなたに。あなただけに。
「大好き・・・」


それは、なんて甘い日々。

 

 

 

END

 

 

これにて、20万hit企画「それは甘い20題」が完了となります!少しずつ進んでいく二人の日々は甘さを増して、このあとはどこまで行くのか!?(笑)この先は、またサイトの別のお話で・・・♡

最後まで楽しんでもらえたのなら嬉しいです♪お付き合いいただき、ありがとうございました!

 


2018.5.26 了


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