winter lovers









穏やかな秋を過ぎて、寒い冬がやってきた。
11月の終わり、異常気象ともいえる大寒波が、ここ友枝町にも訪れた。
朝起きてカーテンを開けると、外は真っ白な雪景色。さくらはキラキラと目を輝かせて、久しぶりの雪に興奮していた。
そして同時に、寒がりな小狼の事を思い出す。
基本的に規則正しく生活している彼も、この寒さでは、布団から出るのを嫌がって丸くなっているだろう。それに反して、いつも寝坊がちな自分は、積雪に喜んで早起きまでしてしまった。
「ふふっ」
いつもと逆だ、と。さくらはパジャマ姿のまま、窓を開けて背伸びをした。
寒い空気に体を震わせながらも、さくらは嬉しそうに笑った。



その日の帰り道。
さくらは、隣を歩く人をそっと窺った。
(・・・眉間の皺、すごい。小狼くん・・・よっぽど、寒いんだろうなぁ)
今日は一日、小狼はぴりぴりして機嫌が悪かった。周りの人も近寄りがたく、教師でさえ声をかけるのを躊躇っていたと、彼の友人である山崎が話してくれた。
一緒に話を聞いていた千春は、「山崎くん、また面白がって話を大きくしてるんでしょ」と呆れていた。けれど、さくらはそれが嘘でも大袈裟でもない、本当の話なのだと感じていた。
そして、予想通り。放課後になっても、小狼の眉間の皺は深く、全身に不機嫌オーラを纏っていた。
山崎いわく、『木之本さん相手だと、だいぶ表情が和らいでいる』―――との事だが、真相は定かではない。
ともあれ、二人は家への道を歩き出した。
さくらが、いつも以上に楽しい雰囲気で話を振っても、返ってくる答えは素っ気ない。小狼自身、おそらく無意識の行動なのだろう。あまりの寒さに、平静を失っているようだった。
(・・・確かに、寒いもんね。昨日に比べたらマシになったけど・・・日が落ちたら、余計に風が冷たくなって・・・)
そう思った直後に、強い風が音を立ててふきつけた。さくらは思わず立ち止まり、マフラーに口元まで埋めて目を閉じる。
風がおさまった頃に目を開けると、景色は変わっていた。さくらは、驚きに目を大きく瞠って、その人を見た。
「小狼くん・・・」
さくらのすぐ近くに、小狼がいた。先ほどよりも、ずっと近い。往来で抱きしめられてしまうのかと、勘違いしてしまうほどに近い。
「大丈夫か?さくら」
眉間に皺を寄せた顔のまま、小狼はさくらへと聞いた。手袋をした両手が、さくらの手をきゅ、と握る。
小狼の声は、なんだかすごく優しい。それだけで、きゅん、とさくらの胸がときめく。
そして、ようやく気づいた。小狼が、寒風からさくらを守るようにして、立っていることに。
(自分の方が、ずっと寒がりなのに。私の為に?・・・はう・・・。どうしよう。小狼くんに抱きつきたくなっちゃった。こんな道の真ん中でそんな事したら、怒られちゃうよね?)
小狼への恋心が、寒さに凍える体をあたためるようだ。この熱さのまま、彼を抱きしめたい。あたためてあげたい、と。
さくらは、熱に浮かされた頭でそんな事を思った。
だけど、ここは登下校の途中の道。周りには、同じように帰宅する生徒達がいるのだ。冷静な頭で、暴走しそうな己を窘める。
なんとか、小狼をあたためられないだろうか。
そう考えたさくらは、不意に目に入ったそれを見て、パッと顔色を輝かせた。
「小狼くん!中華まん、食べよ?」
「・・・え?」
「ほら!あそこのコンビニに、『肉まんあんまん』って書いてあるでしょ?今日寒いから、食べたらきっとあたたまるよ!」
その文字は、さくらの目にとても魅力的に映った。小狼をあたためたい、という目的とは別に、ほどよく空腹になった体が本能的に求めていた。
あったかくて、美味しい中華まん。
想像しただけでお腹が鳴りそうになって、さくらは咄嗟にお腹を抑えた。
「・・・・・そんなに食べたいのか?」
「うんっ」
さくらの、期待に満ちた目を見つめて、小狼は困ったように眉を下げた。
多分、「寄り道をするくらいなら早く家に帰りたい」なんてことを思っているのだろう。しかし、さくらにねだられると弱い。小狼はあまり気乗りしないまま、その提案に頷いた。



「ありがとうございましたー」
自動ドアが開くと、外の空気に晒されて一瞬で体が冷えた。店内で少し和らいだ小狼の眉間が、再びぎゅっと寄せられる。
さくらは、手元にある包みを開けて、うっとりと笑んだ。
それを見た小狼は、心の中で『はにゃーんの顔だ』と密かに思う。寒さに心まで悴んでいたのだが、その一瞬、ふわりと癒される。
少しだけ気恥ずかしそうにしながら、小狼も自分も包みを開ける。
ほかほかと湯気を立てる、白くてまあるい中華まん。小狼は肉まん、さくらはあんまんを選んだ。
二人は、コンビニの横に設置されているベンチに座る。ちょうど影になっていて、風が当たらない。今の二人には、絶好の場所だった。
「あったかーい」
さくらは食べる前に、やわらかなあんまんの表面に、自分の頬を寄せた。ぴと、とくっつけると、冷えた頬があたたまって、幸せな気持ちになる。
その顔を見て、小狼の眉間の皺も解けた。小さく笑うと、真似して自分も肉まんを頬にくっつけた。
「小狼くん、あったかいね!」
「うん。あったかい」
「ふふ。よかったぁ」
あんまんを頬にくっつけて、さくらは笑う。それを見て、小狼は自分の心がぽかぽかとあたたまるのを感じた。
―――肉まんよりも、もっと。あたたかいもの。それが、隣にある幸せ。
穏やかに笑う小狼を見て、さくらは嬉しくなった。
機嫌が直った。きっと、肉まんのおかげだ。笑ってくれた事が単純に嬉しくて、さくらは無邪気に小狼へと体を寄せる。
「あんまんも食べていいよ?はいっ」
さくらは小狼へと、手をつけていないそれを差し出す。
小狼は頷いて、体を倒す。ゆっくりと口をあけて、ぱくり、と食んだ。
「・・・ほぇ!?!しゃ、小狼くん!?」
「あ、ごめん。間違えた」
小狼が食べたのは、あんまん―――ではなく。さくらの頬っぺた、だった。
「なんか、さくらの顔があんまんに見えて」
「~~~っ!?!」
「白くてやわらかくて、すごく美味しそうだから。・・・つい」
「つ、ついじゃないよぉ!!小狼くんのバカッ!!」
涙目で怒るさくらに、小狼は笑う。
その眉間にあった皺は綺麗に無くなっていて、今は機嫌よく笑っている。目的は果たした筈なのに、さくらは複雑な気持ちになった。
小狼の機嫌が直った代わりに、今度はさくらが拗ねる。そっぽを向いて、あんまんに齧り付いた。
さくらの膨らんだ頬を、小狼は愛おしそうに見つめて。ふに、と指でつまんだ。
「ごめん。さくら、機嫌直して」
「もう・・・っ、小狼くんのバカ!知らない!どうせ・・・っ、どうせ顔が丸いもん!ふにふにしてるもん!!」
「うん。ふにふにしてて、すごく可愛い。・・・食べたいくらい、可愛い」
「!?!・・・けほっ。小狼くん、変だよぅ!」
「ああ。重症だって、自覚してる」
小声で告げられた言葉に、さくらは衝撃を受けて、あんまんを喉に詰まらせそうになる。
小狼はその反応さえも楽しそうに笑って、肉まんを一口、二口であっという間に平らげた。そうして、さくらへと言った。
「早く食べて、帰ろう。今なら、この寒さの中も走って帰れそうだ」
先程までとはうって変わって、上機嫌に笑って言う。その変わり様に半ば呆れながらも、さくらの表情も自然と和らいだ。
だけど、まだ少し悔しくて。さくらは小狼に背を向けて、あんまんを頬張る。
『まだ怒ってるんだから』の姿勢を保とうとする背中も、次の瞬間には小狼の腕の中。
ぎゅっと抱きしめられて感じる体温に、思わず嬉しくなった。のちに、ここがどこなのかを思い出して慌てる。
「・・・!他の人に見られたらどうするの!?」
「こんなに寒いんだから、くっついててもおかしくないだろ?」
「そ、そうかもしれないけど・・・!」
強く抗えない。最後は、許してしまう。
それに。最初に小狼を抱きしめたい。あたためてあげたいと思ったのは、自分の方だった。
だから、というわけじゃないけれど。さくらは途端に大人しくなって、小狼の腕に抱きしめられる。
この場所はちょうど影になっていて、道行く人からは見えない。
(今なら・・・少しだけなら・・・大丈夫なの、かな?)
真っ直ぐに見つめる小狼の瞳に、吸い込まれる。
近づく影、寄せられる唇。さくらはゆっくりと瞼を閉じて、優しいキスが落ちるのを待っていた。
その時。
―――ドサッ
「―――!!」
近くで響いた音に、さくらは我に返った。
むに、と。やわらかな感触。小狼は、驚きに目を瞠った。
咄嗟に、持っていたあんまんで防御。小狼は、さくらの唇ではなく、白いあんまんにキスしたのだった。
さくらはホッとしたように眉を下げ、小狼は反対に眉根を顰めた。
「や、やっぱり外じゃ恥ずかしいから、ダメ!」
「・・・わかった」
小狼は、渋々と頷いた。そうして、早くさくらが食べ終わらないかと、そわそわしながら待っている。
今日の小狼は、怒ったり拗ねたりして、なんだか子供みたいだ。
(小狼くん、可愛い・・・。そう思っちゃう私も、重症なのかな?)



コンビニの屋根に積もった雪が、ドサッと音を立てて落ちる。その、非日常な風景を見つめながら、さくらは笑った。
少し早足でやってきた冬は、滅多に見られない雪景色と、彼のこんな可愛い一面を見せてくれた。
とても愛おしくて、あたたかい。
小狼の肩に、頭を預けて。さくらは、少し冷めたあんまんに、齧り付くのだった。

 

 

 

~2017.2.26 web拍手掲載

 

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ヤかせたい!









なんでこんな行動をとってしまったのか。数分前の自分を問い詰めたい。
ほんの悪戯。少しの出来心だった。こちらを見つめる彼女の視線。拗ねている、寂しがっている視線が、どうしようもなく嬉しくて。
つい、くだらない事をしてしまった。
「・・・ああ。その件は・・・」
携帯電話に向かって話す。返ってくるのは、無機質な電子音。
とっくに切れた通話を、白々しく続けている理由は―――。





「さくら・・・」
「小狼く、・・・ん・・・」
その日。授業でわからない事があるから教えてほしい、と言うさくらを、マンションの部屋に呼んだ。
昼間の寒い外気のおかげで、室内も冷え冷えとしていた。
小さく震えるさくらをあたためようと、抱き寄せた。最初はそれだけで、他意はなかった。
だけど。互いの体が触れて、さくらの吐息を感じたら、もう駄目だった。自然と動いていた。
小狼は体を傾け、唇を重ねた。名前を呼ぼうとした可愛い唇をふさいで、吐息ごと閉じ込める。
さくらも抵抗することなく、小狼のシャツを握りしめ、キスに応えた。だんだんと上がる熱に、『勉強』の二文字はかき消されて。ソファに押し倒し、ボタンを外して緩まった首元へと口づけた。
「・・・ぁ、小狼くん・・・」
さくらの声に吸い込まれるように、二人は甘い蜜時へと落ちていく。
―――と、思った瞬間。
ぴりりりり・・・。
鳴り響いた電話のベル。その瞬間、二人は我に返った。
かぁぁ、と盛大に顔を赤くするさくらに、小狼の頬も仄かに染まる。
小狼としては、電話を無視して事に進みたい気持ちはあった。けれど、鳴りやまないコール音に気を削がれ、溜息交じりに言う。
「ごめん。ちょっと待ってて」
「うっ・・・、うん」
さくらの表情も、どこかシュンとしていて、離れがたいと言っているように見えた。その顔に後ろ髪を引かれつつも、小狼は通話ボタンを押した。
『・・・あっ、李くん?ごめんね電話して。今、大丈夫?』
飛び込んできたのは、女子の声だった。小狼は訝し気に眉を顰めて、携帯電話の画面を確認する。
知らない番号だった。ますます不可解で、小狼の表情が険しくなる。それを、さくらが不安そうに見ていた。
『私、同じクラスの坂本だけど。明日の当番、急きょ私がやることになったの。李くんも当番だったよね?』
「ああ」
怪しい人物ではなかったのだと、ひとまず安堵する。
彼女は急用で止むを得ないと、千春と山崎に連絡を介して、この電話番号を入手したらしい。
小狼は、未だ不安そうにこちらを見ているさくらへと、「クラスの女子から」とだけ言った。
明日から一週間の週番に割り振られている、小狼ともう一人の女子生徒。その片割れが、どうやら盲腸で入院になったらしく、彼女の友達である坂本という生徒が代行することになった、とのこと。
「大丈夫なのか?」
『うん。痛かったみたいだけど、電話で話したらピンピンしてたよ。李くんにごめんねって言っておいてって』
「いや、俺は別に構わないけど」
急な交代だったので、明日の当番の割り振りを確認したいという用件だった。なんてことない、クラスの連絡事項だ。
小狼は頭の中にある予定を、電話の向こうにいる女子生徒へと話しだした。
「・・・そうだ。とりあえず週の前半の朝当番は俺で、日誌を書くのはそっちだ。木曜日から入れ替え」
「・・・・・」
「授業の準備は、数学と化学、あと現国が俺で・・・」
その時。小狼は、気づいた。
背中に、あたたかな体温。ぴと、と。少しだけ控えめに、さくらが体を寄せてきたのだ。
チラ、と見ると、さくらはシュンと眉を下げて、どこか切なげに瞳を潤ませていた。その表情を見て、小狼は驚く。この数分の間に、一体何があったのか。
自分が電話をしている間に―――。
『李くん?どうしたの?』
名前を呼ばれて、ハッと我に返る。小狼は動揺しながらも、電話の向こうへと話を続けた。
その時、体に回された腕に、ぎゅ、と力をこめられる。背中に抱き着いて、さくらは拗ねた顔でこちらを見上げていた。
小狼は、懸命に話を続けた。ともすれば、動揺して声が上ずりそうになるのを堪え、電話の相手の話に相槌を打つ。
しかし、視線はさくらから離れない。
こちらを、ジッと見つめてくる瞳。その奥に秘められた彼女の想いを感じ取り、小狼の中に嬉々とした感情が芽生えた。
(・・・ヤキモチ、妬いてるのか?)
電話の相手は、クラスの女子。用件は他愛もない連絡事項だったけれど、さくらにそこまでは話していない。ただ、クラスの女子から電話がかかってきた、とだけ言った。
小狼が話す言葉に耳を傾けて、むう、と眉を顰めて必死に考えている。
何を想像しているのか。一体何を、不安に思うことがあるのか。それとも、放っておかれている今の状況が、面白くないのか。
今すぐにでも電話を終わらせて、可愛く拗ねているさくらを抱きしめたい。
そう思った、一瞬あとに。
もう少しだけ、この顔を見ていたい。そんな、子供染みた感情が生まれた。
ほんの悪戯。少しの出来心。ヤキモチを妬かれているという今の状況が、くすぐったい嬉しさに変わっていた。
『・・・うんうん。わかった!じゃあとりあえず、明日の朝は李くんに任せていいんだよね?』
「あ、ああ」
『わかったありがとう!じゃあ突然ごめんね。また明日ね』
女子生徒は何度か頷いたあと、その言葉を最後に通話を切った。小狼の耳には、無機質な電子音が届く。
通話は切れた。切れた、のだけれど―――。
「・・・ああ。その件は・・・」
白々しく会話を続ける。まるで、相手がまだそこにいるかのように。
小狼は抱き着いているさくらの手に自分の手を重ねて、「まだ?」と言外に訴えるさくらを見下ろした。
(・・・やばい。可愛い。くそ・・・、なんでこんな可愛いんだ?)
いけないと思いつつ、電話をするフリを続けた。寂しそうにするさくらの頭を撫でたり、柔らかな頬をつまんだり。さくらの反応を楽しみながら、小狼は悪戯を続ける。
長く電話が終わらないことに、さくらもすっかり焦れてしまって、わかりやすく頬を膨らませて拗ねる。しかし話の内容が気になるのか、ただ単に離れがたいのか、抱き着いた手は緩まない。
途中からやけに機嫌がよくなった小狼に、さくらのモヤモヤとした感情は膨らんでいた。―――機嫌がよくなった理由が、自分だとは気づかずに。
宥めるように触れる小狼の手も、片手間に構われているようで、次第に寂しさが募る。さくらは涙を潤ませて、小狼から視線を逸らし俯いた。
そうして。聞こえるか聞こえないかの小さな声で、ぽつりと言った。
「・・・他の女の子と、何話してるの?・・・ヤだよぅ」
心の中で思っている事が、そのまま言葉になって溢れた。
言ってから恥ずかしくなったのか、さくらは赤面する。小さな声だったから、通話中の小狼の耳には聞こえていない筈だ。そう結論付けて、さくらは小狼から体を離した。
しかし、次の瞬間。
勢いよく抱き着かれて、さくらはそのまま反対側へと倒れた。ソファが、小さく軋む。
驚くさくらの目に映ったのは、ぽーんと、宙を飛ぶ携帯電話。先ほどまで小狼の耳に押し当てられていたそれは、ぽすん、と力無くクッションの上に落ちた。
驚きと、嬉しさが綯交ぜになった顔で、さくらは小狼を見上げる。
「お電話、終わったの・・・?」
「・・・うん。ごめん、さくら」
「ううん、大丈夫!謝らなくてもいいよ!・・・あの、さっきの・・・小狼くん、聞こえちゃった?」
羞恥に頬を染めて、弱気に問いかけるさくらを見下ろして、小狼は優しく笑う。答えの代わりに、小狼はさくらへと口づけた。
先程、中断されて落ち着いた熱が、一瞬で上がる。ちゅ、ちゅ、と啄むように口づけたあと、深く合わさっていく。待ち望んだ口づけに、心が満たされる。
小狼のシャツを握るさくらの手を解いて、指を絡めて強く繋いだ。
長いキスの終わりに、吐息が混ざって。小狼は甘く笑って、もう一度触れるだけのキスを落とした。
とろとろに溶けた思考の中、さくらの耳に小狼の声が届く。
「・・・ヤキモチ、嬉しい」
「っ!?やっ、き、聞こえてた・・・!?違うの、その、あの」
「うん。嬉しくてつい、悪戯した。妬かれるのって、こんなに嬉しいんだな」
子供のようにはにかんだ小狼に、さくらは一瞬呆ける。何を言われているのかわからず、戸惑うさくらに、小狼は言った。
「ごめんな、さくら」
「え?えっと・・・?小狼くん、どういうこと・・・?」
「ん。あとでちゃんと説明する。その時、いっぱい怒っていいから」
―――とりあえず、今はこっち。
そう言って、小狼はさくらへと再び口づけた。同時にシャツの第二ボタンも片手で外し、さくらの白い肌を掌で包み込む。
やわやわと上げられる快感に、疑問も不安も吹き飛んでしまった。さくらは与えられる熱に翻弄されながら、小狼へと手を伸ばした。




幸せな蜜時のあと、小狼の致した『悪戯』がさくらにも明かされて。
恥ずかしいやら悔しいやらで泣き怒るさくらの表情に、またも小狼の心は揺らされる。
自分の為にヤキモチを妬いたり、怒ったり照れたり。様々な感情を表すさくらが、小狼にとっては可愛くて仕方なかった。
そのあとの数十分、拗ねてしまったさくらの機嫌を直すべく、小狼は謝罪を繰り返すのだった。


そして。
さくらは密かに決意する。―――『私も、小狼くんにヤキモチ妬かせてやるんだから!』―――と。

 

 

2017.1.22 ブログにて掲載

 

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続・ヤかせたい!


 

 


―――私も、小狼くんにヤキモチを妬かせたい!

「・・・と、思ったけど。具体的にはどうすればいいんだろう・・・」
ここ最近、さくらは同じ事で悩んでいた。
事の始まりは、小狼のちょっとした悪戯から。彼は、さくらに『ヤキモチを妬かせたい』という理由で、切れた通話をさも続いているかのように装ったのだ。
そのおかげで、さくらは待っている間ずっと妬いて焦れて。大変だった。
―――ヤキモチ、嬉しい。
そう言ってはにかんだ小狼の笑顔には、一瞬ドキッとさせられたけれど。そのあとに種明かしをされて、悔しさと恥ずかしさで頭が沸騰しそうになった。
(ずるい!悔しい!私も、小狼くんにヤキモチ妬かせたい!!)
そう決意した日から、数日。どうやったら小狼がヤキモチを妬いてくれるか、ずっと考えていた。
名付けて、『ヤかせたい大作戦!』
さくらは真剣に、色々な方法を考えた。
だけど。もともとこういう分野には疎い上に、自分と小狼を当事者として考えると、なんだかピンと来ない。友達に聞いてみようかとも思ったけれど、どうにも恥ずかしさが先に立つ。
「・・・さくら?何かあったのか?」
隣に小狼がいるのも忘れて、考え込んでしまっていた。
心配そうに覗き込まれて、さくらは我に返る。いつの間にか近くなった距離に、ぼんっと爆発したように顔が真っ赤に染まった。
「だ、大丈夫・・・!全然、大丈夫!」
「そうか?」
「うんっ」
訝し気に眉を寄せる小狼は、ちっとも納得していないように見える。
さくらは少々引き攣った笑みを浮かべながら、手元の雑誌に目を落とす。
今日は休日で、小狼のマンションに遊びに来ていた。いつものように、お茶を飲みながらソファに座って、各々好きな本を読む。
さくらが心ここにあらずで、時折難しい顔をして考えている事に、小狼は随分前から気づいていた。今日に限ったことではなく、ここ数日ずっとそんな状態で。聞いても笑って『大丈夫』というさくらに、小狼の眉間の皺は深くなっていった。
それには気づかずに、さくらはまたも同じ思考にとらわれる。
(ヤキモチ・・・ヤキモチ・・・)
考えているうちに、七輪の上で焼かれている美味しそうなお餅が脳裏に浮かぶ。ぷう、と膨れた餅が割れた瞬間、さくらはハッとして、「違う違う」と首を横に振る。
その時。ある事を思いついた。
(そうだ・・・!小狼くんと同じことをしてみたら、どうかな?)
他の女の子との長電話で、さくらはヤキモキさせられた。それならば、その逆をしてみたらどうだろう。
さくらは、自分の思いつきに、ぱぁっと顔を輝かせた。早速、近くにあったバッグから携帯電話を取り出す。
突然のさくらの行動に、隣に座っている小狼がチラリと目を向けた。
さくらは画面を開いて、真剣な表情で考える。
(えっと・・・男の人でお電話出来る人・・・。お父さんとお兄ちゃんは家族だから、ダメだよね。雪兎さん・・・は、今頃お兄ちゃんとバイトだし。あ、そうだ!エリオルくんはどうかな!)
手早く操作をして、【柊沢エリオル】の番号を呼び出す。
しかし。通話ボタンを押す前に、さくらはある事を思い出した。
(あ・・・!今、イギリスって何時だろう?えっと、時差が9時間だから・・・朝の4時?)
そんな時間に、電話なんて出来るはずもなく。さくらは、がっくりと肩を落とした。
「電話、するのか?誰に?」
悲しそうに携帯電話を見つめるさくらに、小狼が話しかける。
「うん・・・エリオル君に」
「柊沢に?なんで?」
「それは、小狼くんに・・・。・・・っ!」
言ってから、さくらの顔が赤く染まる。考え込んでいたせいか、問いかけに馬鹿正直に答えてしまった。
目の前にいる小狼の顔が、みるみるうちに険しくなっていく。それを見て、さくらは思った。
(し、失敗したかも・・・!?)
気づいても、あとの祭り。青褪めるさくらに、小狼は容赦なく詰め寄った。
「俺の事で、柊沢に電話?なんで?」
「ち、違うの!やめたの!!イギリス、今朝の早い時間だし、それにどうでもいい理由だし・・・っ」
「理由って、何。なんで?」
(ほえぇ・・・っ、小狼くんの『なんで?』が止まらないよぉ―――!)
こうなったら、理由をちゃんと話すまでは納得しないだろう。
小狼は、さくらを閉じ込めるようにソファの背もたれに両手を付き、至極真剣な目で見つめる。ひとつも逃さないという、強い瞳。
流れる空気が、ぴんと張り詰めていて気まずい。さくらの膝の上に乗せていた雑誌が、小さく音を立てて床に落ちた。
(う・・・。やっぱり、無理なのかなぁ)
へこたれそうになりながらも、諦めきれない。だって、悔しい。自分だけヤキモチを妬かされて。―――自分だけ、好きみたいで。
自己嫌悪と恥ずかしさで、涙が出そうだった。だけどそれも、自業自得だ。
さくらは観念して、小狼へと話した。ぽつぽつと話し始めたさくらの言葉に、最初は怪訝そうだった小狼の顔も、驚きの色に変わる。
「ヤキモチ?を、俺にやかせたくて・・・?」
「うん・・・。馬鹿な事して、ごめんなさい」
小狼は呆けた顔で問いかけたあと、カッと頬を赤らめた。そうして、どこかバツが悪そうに目を逸らした。
「いや。もとはと言えば、俺がやったことだ。さくらがそんな、気にしてるなんて思わなかった・・・」
小狼はそう言ったあと、口元を隠して黙り込む。その表情が、先程とは比べ物にならないほどに和らいでいることに、さくらは気づいていなかった。
さくらは自嘲するように笑って、言った。
「でも、全然うまくいかなくて。私には無理だなぁって、思い知ったよ。ヤキモチって、妬かせようと思って出来るものじゃないよね」
えへへ、と。悲し気に笑うさくらの言葉に、小狼はまたしても驚きに瞬く。
絶句して固まる小狼に、さくらは不思議そうに首を傾げた。小狼は詰めていた息を吐くと、はぁ、とわざとらしく溜息をついた。
「全然うまくいかないって?よく言う・・・」
「ほぇ?」
「わかった。さくらの望み通りにしてやる」
小狼は、なぜか怒っているようだった。眉を吊り上げて早口で言うと、さくらから体を離す。そして、自分の膝をポンポンと叩いた。『ここに座れ』と言うように。
「え?え・・・?小狼くん、怒ってるの?」
「怒ってない。俺を妬かせる方法、教えてやるから。ここに座れ」
怒ってないと言いつつ、声も顔も険しい。さくらは恐々と、小狼の膝の上に座った。向かい合って座ると、距離が近くてドキドキする。思わず退きそうになった腰を、小狼の手が強く抱き寄せた。
そして、言う。
「俺以外の男の名前、言って」
「え!?」
「いいから。思いつく名前、言って」
小狼が何をするつもりなのか、さくらには分からなかった。しかし、有無を言わせない雰囲気にのまれ、ゆっくりと口を開く。
「え、えと・・・。お兄ちゃん、お父さん・・・、雪兎さん」
「・・・・・あとは?」
「山崎くん、エリオルくん、西くん・・・、賀村く」
ん、と。
最後の言葉は、小狼のキスに塞がれて消えた。
突然に、強引に。小狼はさくらに口づけた。乱暴に食らうような激しい口づけに、さくらは瞠目する。
間近で見つめる小狼の眉根には、不機嫌の印が深く刻まれている。腰を抱く手に力が入って、痛いくらいに抱きしめられながら、呼吸も許さないというようにキスをする。
すべてを奪われ、囚われる感覚。相反する怒りと愛情が、重なる唇から伝わってきて、さくらの心は震えた。
「・・・ぅ、ふ・・・、ん・・・っ」
「さくら・・・」
「ん、小狼くん・・・」
どれくらいの時間、繰り返されていたのか。長い長いキスの終わりに、小狼はさくらの頬を両手で包み、額を打ち付けた。
ごちん、という軽い音と、小狼の声がさくらの耳に響く。
「わかったか?」
「ふぇ・・・?」
とろんとした瞳で問いかけると、小狼はムッと眉根を寄せる。今度はさくらの両頬を摘まんで、言った。
「さくらの口から他の男の名前が出るだけで、十分嫉妬するって事」
それは、怒っているというよりも。照れて、拗ねているように見えた。
さくらは遅れて、一連を理解する。
乱暴なキス。触れているところから、伝わる熱。言葉以上の想いに、さくらの胸がいっぱいになった。
ふにゃり、と歪められた瞳から、涙が溢れる。
「うぇぇ、ほ、本当・・・?小狼くん、さくらの事でヤキモチ妬くの?」
「は・・・!?お前、それ本気で言ってるのか!?」
「えぇ!?やっぱり、違うの・・・?」
「そうじゃなくて!!」
噛み合わない会話に、小狼が声を荒げる。肩を震わせたさくらは、次の瞬間、強く抱きしめられた。首筋に押し当てられた小狼の唇から、くぐもった声が聞こえる。
「さくらが、ここ最近ずっと考え込んでて、一緒にいても上の空で。俺以外の誰の事を、何をそんなに考えているのかって・・・、俺が悩んでたの知らないだろ」
「・・・っ!」
「それでいきなり、真剣な顔で柊沢に電話するとか言うし。何事かと思うだろ?今日だけで、何回ヤキモチ妬いたと思ってるんだ!」
言いながら、小狼は抱きしめる力を強くする。
小狼の膝の上で大人しく抱きしめられながら、さくらは最近の自分の行動を省みた。
ここ数日、ずっと考えていた。どうすれば、小狼にヤキモチを妬かせられるのだろう。そればかりを考えていて、隣にいる小狼が不安に思っているなんて、考えなかった。
反省の気持ちを抱きながらも、さくらは頬がゆるむのを抑えきれなかった。強く抱き着いて、子供みたいに拗ねる小狼を、可愛いと思ってしまう。愛おしくて、仕方ない。
(ごめんね、小狼くん)
少しの沈黙の後。腕の力が緩んで、ゆっくりと視線が交わる。
さくらは、困ったように笑って、小狼の眉間の皺にキスを落とした。すると、小狼の眉間の皺が解けて。少しだけ照れくさそうにしたあと、小狼はお返しにさくらの頬にキスをする。
「ずっとずっと、小狼くんの事ばかり考えてたよ?ヤかせたくて、どうすればいいかなって・・・」
「もう、そんな事考えなくていいから」
「うん。ごめんなさい」
「知らないだけで、ごまんと妬いてるんだからな。さくらが知らないだけで。・・・俺は多分、相当なヤキモチ妬きなんだ」
「ふふっ・・・。はぁい」
そんな言葉を交わしながら、何度も何度も、互いにキスをする。頬に、額に、首に、耳に。戯れるように何度も口づけては、嬉しそうに笑みを零す。
不意に、言葉が切れた瞬間。視線が合って、どちらからともなく、唇を重ねた。


少しの波乱を起こしながらも、さくらの『ヤかせたい大作戦!』は、見事成功をおさめた。
ヤキモチはやがて、甘いキスに変わって。休日の午後を、幸せの色に染める。
小狼の腕に抱かれながら、さくらは思った。
(・・・でも。やっぱり恥ずかしいから、これっきりにしよ)


 

2017.1.26 ブログにて掲載

 

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猫の日小ネタ2017

 

 

 

「小狼くん!こっちだよ~」
優しい声に導かれる様に、顔を向ける。
両手を広げて笑いかけるのは、大好きな彼女。
小狼は考える間もなく足を向け、一直線に駆けた。
ふわっ
大地を蹴って、宙を舞う。小さな影が、さくらの胸へ飛び込んだ。
(さくらは、やわらかくていい匂いがする…)
やわらかな胸に頬ずりすると、くすくすと笑う
可愛くて、愛おしくて
さくらのピンクの唇に、キスをした
「ふふっ。小狼くん、おひげがくすぐったい」
(ひげ…?)
「やんっ、舐めないで~くすぐったい~」
(あれ?俺)

「にゃあ」
(猫になってる…?)

「小狼くん、甘えん坊だね」
頭を撫でる優しい手が、気持ちいい
小狼はさくらの膝の上で丸くなって、与えられるやすらぎに目を閉じた
ぬくぬく、あたたかい
窓からの日差しがあたたかくて、さくらの手があたたかくて
こんなにやすらげる場所は、きっと他にない

「……」
撫でてくれる手は、夢よりも現実の方が優しい
ゆっくりと開いた瞼。さくらが、ふわりと笑った
「小狼くん、起きた?」
「俺、いつの間に寝て…?」
小狼は、ぼんやりと状況を確認する
自宅のソファ、読みかけの本
さくらの膝に頭を乗せて、見あげる
「えへへ。膝(こっち)の方が気持ちいいかなって」
さくらは照れくさそうに笑って、小狼の頭を撫でた
その手を掴んで、引き寄せる
(ああ。猫もよかったけど)
「小狼く…?」
(やっぱり、人間じゃないと)

ちゅ。

「今度は、くすぐったくないだろ?」




もうひとつおまけ☆


猫になったなら一度はしてみたい!
「にゃっ!」
「きゃあっ」
さくらのやわらかい胸に飛び込んで、ブラウスの間から潜り込んで…
もぞもぞもぞっ

「小狼くんっ、めっっ!!」
「…にゃあ」
(やっぱり、猫は嫌だ)

 


涙目のさくらに首根っこを掴まれてる感じで(笑)

 

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2017.2.22 Twitterであげたものをブログに再掲載しました。

 




 

 

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