今年最初の・・・

 

 




新しい年になる瞬間。小狼は香港にいて、さくらとは電話で話した。
あけましておめでとう。今年もよろしく。
決まりきった挨拶も、なんだか照れくさくて、こんなにも嬉しい。「冬休み中には帰るから、いっしょに初詣にいこう」と、小狼が言ってくれたので、さくらはその日を楽しみに待っていた。
そして、1月3日。友枝町に帰ってきた小狼といっしょに、さくらは月峰神社に初詣に向かった。









「……ずいぶん長いな」
「ほぇ?何が?」
「熱心に拝んでたから、何を祈ってるのか気になったんだ」
小狼の言葉に、さくらは驚いて、そのあとに赤面した。そんなところまで見られていたなんて。
照れるさくらに、小狼も慌てた。
「すまない。別に、おかしな事じゃないんだ。……何か、熱心に神様に祈る程、心配事があるのかと思って」
「……!」
「神様程、万能なわけじゃないが……俺に出来ることなら、さくらの願い事を叶えたい」
賽銭箱の前で、真剣な顔でそう告げる小狼に、さくらは言葉をなくして固まった。見つめあう二人に、後ろに並んでいた中年夫婦が控えめに声をかける。小狼とさくらはハッと我に返って、謝りながらその場を離れた。
「あ、あのね。祈ってたのは、小狼くんの事なの」
「俺の事?」
「うん。小狼くんがお仕事で怪我しませんように、とか。病気しませんように……とか」
「さくら……!そうだったのか」
おみくじ売り場で、二人を纏う空気がほわわわんと甘くなる。
周囲にいた参拝客は、あらあらと微笑ましく見つめる人、怪訝そうな顔をする人と様々だったが、渦中の二人はお互いしか見ていない。
さくらは顔を赤くして、少し躊躇ったあと、小狼を上目使いに見上げて言った。
「あと……。今年も、小狼くんとたくさん、仲良くできますように……って」
「っ!」
「……たくさんお願い事しちゃった。強欲すぎたかなぁ」
えへへ、と照れ隠しで笑うさくらに、小狼は赤面した。堪らない気持ちになって、人前ということも気にせず、さくらを抱き締める。
そうして、驚くさくらの耳元で、そっと言った。
「今日、これからマンションの部屋に来ないか」
「……え!?」
「藤隆さんと桃矢さんには、許可は取ったんだ。半ば無理矢理説得したんだが……。門限、少しなら延びてもいいって。だから……いいか?」
まさかのサプライズに、さくらは戸惑う。答えられずにいるさくらに、小狼は小さな声で囁いた。
「たくさん仲良くしたいっていう、さくらのお願い、俺に叶えさせてくれないか」
その言葉に、さくらの顔は一気に真っ赤に染まった。小狼の言う『仲良く』の意味を悟って、あわあわと慌てる。
「だ……っ、ダメなの!」
「……何が?」
両手を伸ばして突っぱねると、小狼はムッと眉根を寄せた。
「わ、私、お正月ごろごろしすぎて、ケロちゃんみたいに……、っていうのは言い過ぎだけど、少し丸くなっちゃったの!小狼くんをガッカリさせちゃう!」
「……うん?」
「だから、あの、その、見せられるようになるまで、ダイエット頑張るから……っ、それまで、仲良くするの、待ってもらってもいい?」
さくらの言葉に、小狼は目を瞬かせて、黙った。
しん、と気まずい沈黙のあと、口を開く。
「……そういう『仲良し』だけの意味で言ったんじゃ、なかったんだが」
「えっ……!?」
「まあ、そういう意味でももちろん、仲良くしたいんだが?」
「え?え??」
「……そうか。泊まりの約束も取り付ければよかったな」
そう言った小狼の顔が、すごく楽しそうで。すごく意地悪で。
ぼんっ、と。頭から湯気が出る程に赤面する。
ーーーさくらは、新年早々、自ら罠にかかってしまった。
お腹をすかせた狼に捕まって、甘く微笑まれて。盛大にときめいてしまったから、もう逃げられない。


「だ、だめなの!本当に、お腹とかだめなのーっ」
「大丈夫。多分、全然、問題ない。大丈夫だから」
「はうぅ、ちゃんと話聞いてない!小狼くん、聞いてない!」
「ちゃんと聞いてる。聞いてるから。……早く二人きりになりたい」
「ず、ずるいよぉ」
繋がれた手をほどけない時点で、負けは決まっている。
ご機嫌に笑う小狼に連れられて、さくらはマンションへの道を歩くのだった。



 

2021年1月3日 プライベッターにて掲載

 

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さくらくんと小狼ちゃん


※※男女逆転のしゃおさ!さくらくんと小狼ちゃんです。色々と捏造してますのでなんでも許せる方向け。

 

 

 

『クロウカードの封印が解かれる時、この世に災いが訪れる』

(それを止める為に、俺はここに来た。クロウカード、俺が必ず集めてみせる……!)




「雷帝……っ、招来!!」
空から、雷が勢いよく降った。対象の動きを止めたその隙に、『アイツ』が杖を振るう。
「汝のあるべき姿に戻れ、クロウカード!」
具現化した魔法の力が、一枚のカードへと変わる。眩い光の中、杖を持つ少年ーーーさくらの手の中に、カードが吸い込まれるように飛んだ。
「やったー!カード、捕まえたよ!」
「ようやったで、さくら!」
「素晴らしいですわ、さくら君!」
先程まで凛々しく魔法を使っていた少年は、子供のようにはしゃいだ。クロウカードの封印の獣ケルベロスと、魔力はないが理解のある友人・大道寺知世が、一緒に喜んでいる。
それを見ながら、ふう、と安堵の息を吐いて、手に持っていた剣を下ろした。
「……李さん!」
「!!?」
「李さんのおかげで、カード捕まえられたよー!ありがと!」
無邪気に、抱きつかんばかりの勢いで駆け寄ってくるさくらに、小狼と呼ばれた少女は顔を赤らめた。
「ちっ、近い!あと、喜びすぎだ!まだまだカードはたくさんあるんだぞ!」
「うん、そうだね。次も頑張る!……あっ、李さん怪我してる!」
「こ、こんなのは大した事ない」
「ダメだよ!……李さん女の子なんだから!」
普段はふんわりしている癖に、いざと言う時は強引で譲らない。真剣な顔で言われて、小狼は赤い顔で黙る。さくらはポーチから絆創膏を出して、擦りむいた場所に貼った。
「化膿しないと思うけど、あとで消毒した方がいいよ」
「……あ、……と」
「ほぇ?」
「~~~っ、あり、が、とう……!」
耳まで真っ赤になった小狼の、精一杯のお礼の言葉に、さくらはきょとんとしたあとに破顔した。
「どういたしまして!」
そんな、不器用で仲睦まじい二人の姿を、知世はにこにことした笑顔で撮り続けた。
「小娘も、さすが李家の血を引くだけあるな~!女やけど大したもんやで!」
「ふふっ。とても可愛らしいですわ!是非、さくら君とお揃いの衣装を……」
「知世も好きやな~」




(お、俺は!クロウカードを集める為にここにいるんだ!こいつが頼りないから、成り行きで助けてるだけで……別に、深い意味は)
「李さんは、好きな人いるの?」
「えっ!!……お、お前は!?……どうなんだ?」
「え?僕?……えへへ、内緒」
はにかんだ笑顔が、可愛いとか。
時おり見せる、真剣な顔にドキドキするとか。
そんなのは、多分気のせいだ。
顔が熱くなるのも、眠れない夜も、関係ない。アイツには、関係ないーーー。


「本当に食い意地がはってるな。封印の獣として恥ずかしくないのか」
「なんやとっ!お前こそ、男言葉でがさつやないかっ!少しは知世を見習ったらどうや!?悔しかったら『私』言うてみい!!」
「関係ないだろ!!」
小狼とケルベロスの言い争いもいつもの事だったが、この時は熱くなった。額を突き合わせて睨みあう小狼とケルベロスの間に、さくらが割り込んだ。
「ケロちゃん!そんなこと言っちゃダメ!」
「なんや、さくら!こんな男みたいなヤツの味方するんか!」
ケルベロスの言葉に、さくらは珍しく怒って、眉をつり上げた。
「男とか女とか関係ない!李さんは李さんだよ!それに、こんなに可愛いんだから。ねっ」
その瞬間。ぼっ、と。頭から火を噴くみたいに、熱くなった。
「!??!?か、可愛いとか言うな!!俺は、可愛くなんかない!!」
居たたまれず、その場から走って離れた。
ばくばくとうるさくなる心臓の音に、泣きそうになる。
(なんなんだ!なんなんだ……っ、アイツは……!!)





「さくらって、呼んでくれたよね。嬉しい!名前で読んでくれて。前よりずっと、仲良くなれた気がする」
「……っ!」
「僕も、小狼ちゃんって、呼んでもいい?」
名前を呼ぶ響きが、声が、特別に思える事も。思考が全部、目の前の人に持っていかれてしまうのも。
きっと、気のせいだ。何かの間違いだ。
(そう、思いたかっただけなのかもしれない)
一人の部屋。ベッドに座って、剣を掲げる。
クロウカードを集める為に。この世に降りかかる災いを止める為に、ここに来た。
(……俺は、アイツの事が……あの、頼りないけど優しい、アイツの事が……)

『小狼ちゃん!』
『小狼ちゃん、すごいね』
『女の子なんだから、無茶しちゃダメだよ!』
『僕に任せて。ぜったい、だいじょうぶだから!』

「……あああああーーー!!ダメだ!考えるな!!」
壁に、ごんっ、と頭をぶつける。そのあとに、小狼はハッとした。
怪我でもしたら、アイツがーーーさくらが、心配する。女の子なのにって、自分の事みたいに悲しい顔するから。
(男とか女とか関係ないって言ってた奴が、よく言う。……さくらが一番、俺を女の子扱いするのに)
小狼は赤い顔で黙りこみ、ぶつけた額をさすった。


ーーーこの気持ちの正体は、少しだけ胸にしまって。
アイツの傍にいよう。俺に出来るすべてを賭けて、守りたい。
さくらを、守る。
「さくら……」












「小狼くーん。朝ですよー。ごはん、出来てるよー」
ゆるやかに肩をゆさぶられ、目をあける。シャッと、カーテンを開ける音。眩しい光の中で、さくらが笑った。
「今日は珍しくお寝坊さんだったね!ぐっすり寝れた?」
「……ああ。夢、見た」
「そうなんだ!どんな夢だったの?」
問いかけるさくらを、小狼はジッと見つめた。あまりに真剣な瞳に、さくらは戸惑う。
小狼は無言のまま、さくらのスカートの裾をぺろりと捲った。
「!??」
「……女の子、だよな」
「ほぇ!?小狼くん……、寝ぼけてる!?」
「あー、うん……。さくらは男でも可愛かったなって……」
「???」
「なんか、そんな夢」
ふぁ、と伸びをする小狼に、さくらは「そうなんだぁ」と不思議そうに言った。
ごはんの準備してるね、と言って先に部屋を出ていく、さくらの後ろ姿を見つめる。
小狼は、小さく笑った。
(……どの世界でも、俺はさくらの傍にいたい。傍に、いる)


名前を呼ぶさくらの声に上機嫌に返事をして、小狼は寝室を出ていくのだった。






【おまけ】


「ほえぇぇぇ!」
「っ!?なんや、どないした、さくら!!!」
夜中に突然に叫んださくらに、ケルベロスは飛び起きた。何かあったのかと、顔を強張らせるケルベロス。
さくらは手で覆っていた顔を、ゆっくりと上げた。
「しゃ……」
「しゃ!?」
「……小狼ちゃん、かわ、可愛い……格好いい………。ほえぇ……」
「???」
「私、小狼くんが女の子でも、こんなにドキドキしちゃうよ~!どうしよ、ケロちゃん!」

知るかー!と、夜中にケルベロスの渾身の突っ込みが響き渡るのだった。



 

~2021年1月10日 プライベッター掲載


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愛の脱出大作戦!









せっかくのお休みなのに、朝からずっと雨模様。気温差で曇った窓を見て、きっと外は寒いんだろうなと、さくらは思う。
この部屋は十分すぎるほど暖められていて、薄着で過ごせるからつい忘れてしまう。
寒がりな部屋の主は、今さくらの隣でお茶を飲みながら読書中だ。音もなくページをめくる、その綺麗な指を見つめて、さくらは溜息をついた。
今日がもし晴れだったら。小狼と、お弁当をもって外に出掛けようと思っていたのに。
(せっかく、小狼くんと一日過ごせるのにな……)
家で二人で過ごすのも、さくらはもちろん好きだ。のんびりして、好きなものを食べたり飲んだりしながら、お互いの呼吸を感じているだけでも幸せを感じる。
(そ、それに……たくさん、なかよし、出来るし……)
考えて、かぁぁ、とさくらの頬が熱くなる。
つい先程まで、時間も忘れて寝室で過ごしていた。雨音と甘い声をBGMに、小狼にこれでもかと愛されてしまった。
一息ついて、小狼の淹れてくれたフレーバーティーを飲みながら、お互いに好きな本を読んで過ごす。
時間は、さくらがこの部屋に来て三時間を経過したところだった。
読書も、今日はなんだか身が入らない。もともとお出掛けの予定だったから、少しでも外に出たいという欲求が出てきた。朝よりも小雨になってきたし、今なら散歩くらいは出来るかもしれない。
よし!と気合いをいれて、さくらは読みかけの雑誌を横に置いた。
そして、小狼の読んでいる本を覗き込む。
(ほえぇ……。に、日本語じゃない……読めない)
ちんぷんかんぷんな異国の文字が、ぐるぐると回る。こてん、と小狼の肩に頭を乗せると、笑う気配がした。
「どうした?」
「……まだ、ご本読む?」
「ああ。もう少し。今、きりが悪いんだ」
そう言っている間も、小狼の目は本に釘付けだ。いつもそうだ。読書に没頭しだすと、小狼の反応は鈍くなる。
面白い本の前では、自分の存在も霞んでしまうような気がして、さくらはシュンとする。
しかしめげずに、話しかけてみた。
「ちょっと、出掛けてみない?」
「雨降ってるし、寒いぞ」
「そんな遠くまで行かないよ。あっ、ほら。近くのコンビニ!甘いもの食べたいなって」
「甘いのなら、棚にチョコとクッキーを用意してある。ココアもあるぞ」
「ほぇ……そうなの?ありがとう!」
自分の為に好きなお菓子を用意してくれていた事に、さくらは素直に喜ぶ。
お礼を言ったあと、ハッとして思い直す。
(お、お菓子につられちゃダメ!お出掛けしたいんだもん!)
「でもでも、ずっと家にいるのも勿体ないし!ほら、雨も弱くなってきたみたい」
「うーん」
小狼はなかなか頑固だ。悔しいことに、未だ視線は本に向いていて、さくらの話を真面目に聞いているのかもわからない。
この本が、そんなに面白いのだろうか?さくらは、むぅ、と眉を寄せた。
「小狼くん。私、どうしても、どーーーしても、プリン食べたいの!」
思いきって、わがままを言ってみた。
ドキドキしながら待っていると、小狼が本から視線をはずし、ゆっくりとさくらの方を見た。
「さくら……」
「なぁに!?」
やった!と喜んだのも束の間ーーー。
「最近、ケルベロスに似てきたんじゃないか?」
小狼の言葉に、さくらは撃沈した。











「いらっしゃいませー」
コンビニの自動扉が開いて、軽快なメロディと店員のやや低めの声が聞こえた。
さくらは濡れた傘を袋にいれて、デザートコーナーへと足を進めた。
隣には、誰もいない。結局、一人で出てきてしまった。
(いいもん。一人のお散歩も、楽しかったもん)
強がりを誰にでもなく心の中で言いながら、並ぶたくさんのデザートを見つめた。プリンやティラミス、フルーツたっぷりのゼリー。ケーキも種類豊富に揃っている。それを見ているだけで、さくらの機嫌は上向いた。
(小狼くんは、やっぱりチョコケーキがいいかな?買っていってあげよ)
さくらは、ふふっ、と一人笑んだ。
トイレに言ってくると嘘をついて、こっそりひっそり、物音をたてないように注意して、部屋を出てきた。
脱出作戦は大成功。読書に没頭している小狼は、きっと気づいていないだろう。さくらは満足そうに笑った。
(小狼くん、びっくりするかな?いつの間に行ったんだって。……あっ。この新商品、食べた事ないやつだ!)
欲望のままに選んでいたら、あっという間にカゴいっぱいになりそうだ。さくらは厳選して、新商品のケーキとチョコレートケーキ、そしてプリンをカゴにいれた。
「お願いします!」
にっこり笑ってレジに持っていくと、大学生と思われる男の店員が仄かに頬を染めた。
さくらは上機嫌に財布を開けて、お金を取り出そうとした。
その時。
ーーーダンッ
突然にレジ台に叩きつけられた千円札。さくらも店員も、びくっ、と肩を震わせた。
「ほぇ!?小狼くん!??」
どうしてここに、と言いかけた言葉が、止まる。
現れた小狼は珍しく息を乱していて、なぜか物凄く怒っていた。ぎろりと睨まれ、さくらは顔を青くする。
(ほえぇぇぇ?な、なんで?内緒で出てきたから?)
背後からさくらを閉じ込めるようにして、小狼は荒い呼吸のまま店員へと言った。
「急いで、るので……っ、おつりと商品、お願い、します」








ありがとうございましたの声に見送られ、小狼とさくらはコンビニを出た。雨は相変わらず降っていて、どんよりとした空気に拍車をかける。
さくらは、隣で黙ったままの小狼を、おそるおそる見つめた。視線を感じて、小狼もさくらの方を見る。
じっ、と見つめあったあと、小狼はこれみよがしに溜息をついた。
その態度に、さくらも少しムッとする。
「……だ、だって!小狼くんが、行きたくなさそうだったから!」
何も言われていないのに、言い訳のような事を口にする。小狼は無言で傘を開き、歩きだした。さくらも傘を開いてそれを追いかける。
「コンビニに行くだけだから、小狼くんが気づかないうちに行ってきちゃおうって」
「……ああ。俺が悪い。つい、意地悪しすぎたのが悪かったんだ」
先を歩く小狼の、思いがけない言葉に、さくらは目を瞬かせる。どういう意味かと考えていると、突然に小狼が振り向いた。
吊り上がった眉毛に怒りを感じつつも、自分を見てくれた事に喜ぶさくらに、小狼は言った。
「さくらがトイレから戻ってきたら、出掛けられるように準備してた」
「……えっ?」
「だからっ!お前の話を聞いてないふりしてたけど、俺はいっしょに行くつもりで!なのに……!戻ってこないと思ったら、一人で出掛けてるから!!焦るだろ!?」
小狼の言葉に、さくらは一瞬固まった。
その後。ほえぇぇぇ、の叫び声が雨の町に響き渡る。
「そ、そうなの!?なんでそんな意地悪するのーっ」
「それは……!お、お前がシュンってするのとか、拗ねた顔が……、可愛いから、つい」
「!??」
「すぐに追いかけてきたのに、どこ寄り道してたんだ!?先にコンビニに着いたのに、いなかったぞ!?」
「あ……。少し遠回りして、お散歩してた」
「~~~っ」
聞かされる真実に、さくらは呆然とする。
悪いと思いつつも、小狼が焦って追いかけてきてくれた事を、喜んでしまう。意地悪された事さえも許してしまうのだから、恋とは現金なものだ。
さくらの気持ちを表情から読み取って、小狼の怒りも萎む。はぁ、とついた溜息も、どことなく優しい。
さくらは傘を畳んで、小狼の傘の中にぴょんと飛び込んだ。ぴったりと寄り添って視線を合わせると、小狼は眉間に皺を寄せた。
「……あと。俺の部屋着を着て出歩かないように」
「ほぇ?でも、これラクチンで着やすくて、コンビニくらいならいいかなぁって」
小狼の部屋にいったら、部屋着代わりに借りる服。さくらには少し大きくて、だぼっとしてるけど、あたたかくて着やすいので気に入っていた。
「ダメだ!その服は俺の部屋だけ!」
「えぇぇー!」
「ああ、もう……!さくらは可愛いんだから自覚しろ!!連れ去られたらどうするんだ!?」
怒る小狼を見て、相変わらず心配性だなぁなんて、さくらな呑気に思っていた。
だけどもう、頬が緩んでしまうのを抑えるのは出来そうにない。
しっかりと繋がれた手のあたたかさに、さくらは笑んで、小狼の腕にぎゅっと抱きついた。
「お部屋帰ったら、いっしょに食べようね。小狼くんの好きなチョコレートケーキ買ったよ」
「……うん。食べる」
「えへへ。楽しみ」
「そのあとはさくらも食べられるんだからな」
「ほぇ?」


「覚悟しておけよ」と言った小狼の赤い頬を見て、さくらの熱も上がる。
雨が止んでも、止まなくても。このあとは部屋から出られそうにないと、さくらは悟るのだった。




2021年1月29日  プライベッターにて掲載



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今だけだから







小狼の委員会と、さくらのチアリーディング部の練習が重なる日は、お互いに終わるのを待って一緒に帰る事が多い。
今日は小狼の方が早く終わったので、読みかけの本を片手に、さくらが来るのを待っていた。
日が落ちて辺りが暗くなる頃、慣れた気配と足音を遠くから感じて、小狼は本を閉じた。
「小狼くん!おまたせ!」
「さくら。おつかれさま」
駆け寄ってきたさくらは、すぐに小狼の頬に手を当てた。
感じる体温は、熱い。先程まで練習していたのだから当然だ。さくらの少し高い体温が心地よくて、小狼の表情が緩んだ。
「頬っぺた冷たくなってる!やっぱり、教室待ち合わせにすればよかったね。あ、でも教室も寒いかな……」
「大丈夫だ。寒いの、昔より平気になったんだぞ」
それは少しの強がり。寒いのは相変わらず苦手だけれど、さくらを待つ時間は、寒さも苦にならない。
さくらは「ほんと?」と、安堵の笑みを浮かべた。小狼は笑って、さくらの手を取って歩き出す。
家の方向は別々だけれど、小狼が少し遠回りする形でいっしょに帰る。さくらは申し訳なさそうにするけれど、少しでもいっしょにいたいという気持ちは同じなので、どこか嬉しそうだ。
さくらのおしゃべりに、小狼が相槌をうつのが主だったが、今日はなんだか口数が少ない。気になって聞いてみると、さくらはパッと笑顔をつくって、「なんでもないよ」と言った。
ーーーちっとも、なんでもなくない顔をしている。
さくらとの付き合いも長くなると、その微かな違和感に気づくのも容易い。小狼はさくらの横顔を見つめて、眉根を寄せた。
「さくら」
「なぁに?」
足を止めた小狼に、さくらは不思議そうに首を傾げた。
「……言いたくない事なら、無理に聞かない。けど。俺には、無理して笑わなくていい」
「……!」
小狼の言葉に、さくらの下手な笑顔は消えた。悲しそうに眉を下げて、「ごめんね」と言うさくらに、小狼は繋いだ手を引き寄せた。
「謝ってほしいわけじゃないんだ」
小狼は苦笑して、さくらを胸に抱いてぽんぽんと頭を撫でた。さくらは無言で頷いたあと、顔をあげた。
「つまらない事なの」
「……俺が聞いてもいい事なのか?」
さくらは頷いて、「小狼くんにも関係ある事なんだ」と言った。
それを聞いて、小狼は尚更に表情を引き締める。自分が関わることでさくらが悲しい思いをしているなら、心して聞かなければならない。
「あのね……。今日、チア部の人と片付けしてたら、女子バスケの人といっしょになってね。その、バスケ部の先輩達に言われたの。……『仲良く出来るのは今だけだよ』って」
「……仲良く?誰と誰が?」
「私と、小狼くん」
さくらの答えに、小狼の眉間の皺が深くなった。その反応に縮こまるさくらに、小狼は話の詳細を聞いた。
話をまとめると、こうだ。
部活終わりに、女子バスケ部の部員といっしょになる事が多々あるらしい。先輩同士が仲がいいので、自然とさくら達も雑談に混ざる。
今日の話題は、恋愛のあれこれになった。特に先輩達はさくらと小狼の有名カップルに興味津々で、恋バナで盛り上がる度に根掘り葉掘り聞かれていたらしい。
「そういう時、いつも千春ちゃんが助けてくれるの。話題をそらしてくれたり、先に帰してくれたり……。でも、今日お休みだったから」
「そうだったな」
「バスケ部の先輩も、悪い人ばかりじゃないんだよ?いつも応援してくれるし。でも、今日は……」



『さくらちゃんと李くんって、ほんとお似合いだよね』
『でも、付き合いたてってみんなそうじゃない?』
『普通、時間が経つと変わるよね。最初の初々しさとか無くなるし。慣れちゃって、ときめかなくなるかも』
『さくらちゃん。うんと仲良くできるのは、今だけかもしれないよ!』






さくらの話を聞き終えて、小狼は真剣な顔で黙りこんだ。怒っているようにも見えて、さくらはおそるおそる、名前を呼ぶ。
「小狼くん……?」
「あ、ああ。悪い。少し考えてた」
「変な事言ってごめんね。先輩達、あんまり深く考えてないと思うんだ。他の皆にも、悪ノリだから気にしなくていいって言われたんだけど」
「……でも、さくらは気になるんだろ?」
小狼の問いに、さくらは目を瞠って、小さく頷いた。
「私、誰かとお付き合いするの、小狼くんが初めてだから……」
「俺もそうだ」
「だから、『普通』がどうなのか、わからなくて」
「ああ。不安になるのも当然だ」
小狼はそう言って、さくらの手をぎゅっと握った。
不安で、自然と視線が下を向いてしまっていたさくらは、ゆっくりと小狼の方を見た。
至近距離で、小狼はさくらをまっすぐに見つめた。
強い瞳に囚われ、さくらの思考からは余計なものが消える。あっという間に、小狼で埋め尽くされた。
「でも、その人達だって、俺とさくらの事は知らないだろ?」
「うん……」
「普通がどうこうじゃない。俺とさくらが……付き合うのは、初めてだから。世界中の誰にも、この先どうなるかなんてわからないんだ」
そうだろ?と言われ、さくらの顔がほわわ、と赤くなる。みるみるうちに元気になって、笑顔が浮かぶのを見て、小狼も安心したように笑った。
甘えるように抱きついてきたさくらを、小狼は優しく抱き締め返す。
「でも、『今』がずっと続くとは、俺も思ってないけどな」
「……え?」
腕の中から顔をあげたさくらの、不安そうな下がり眉に笑って、小狼はキスを落とした。
「だって毎日、好きな気持ちが増えてるから。同じなわけがない」
「!!」
「さくらがどうなのかはわからないが……」
しゅん、とした小狼の言葉に被さる勢いで、さくらは言った。
「わ、私も!!昨日より一昨日より、今日の小狼くんが一番好き!明日は、もっともっと好き!!」
さくらからの熱烈な告白に、小狼も思わず照れた。顔を逸らし、恥ずかしそうに言った。
「……ごめん。わざと言わせた」
「っ!」
小狼の言葉と照れ顔に、さくらも「ほえぇぇぇ」と照れる。
お互いに真っ赤な顔を見つめて、黙って。どちらからともなく、唇を寄せた。
ちゅ、と触れた唇は、やわらかくて、少し冷たくなっていた。
「体、冷えるな。早く帰ろう」
「うん……。でも、もう少しだけ。……『今日の小狼くん』に、ぎゅってしてほしいんだ」
さくらの言葉に、小狼はきゅんと胸を鳴らす。
このときめきが無くなるなんて、あり得ない。小狼は、改めてそう思った。
「そうだな。……今のさくらは、今だけだから」
「ふふっ。でも明日のさくらも、小狼くんの事、大好きだからね」


昨日より今日。今日より明日。
もっともっと、大好きになる。
ーーーだけど今は。目の前の君と。
「さくら、好きだ」
「私も!小狼くん、大好き!」


 

2021年2月7日 プライベッターにて掲載



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朧月夜の歌








偉の運転する車で送られ、マンションに着く頃には20時を回っていた。
今日の仕事は飛び込みのものだったが、タイミングが悪いのか運に恵まれなかったのか、かなりの苦戦を強いられた。体力的にも精神的にも磨り減らされ、小狼は部屋に着くなりソファにだらしなく座った。ジャケットを脱ぐ気にもならず、ネクタイを緩めて息をはく。
一日中、気を張っていたので、今やっと落ち着いた気分だ。
頭の中で、笑顔のさくらが「おつかれさま」「がんばったね」と労ってくれる。想像だけでも癒されるけれど、今日はそれだけでは満足できなかった。
腕時計を確認したあと、携帯電話を取り出す。
(……電話、出るかな)
特に用事はない。ーーーけれど、どうしても声が聞きたい時がある。欲を言えば、会いたい。顔が見たい。会って、抱きしめたい。
際限なく溢れる欲望に、小狼は自嘲する。さくらにはとても言えない。
番号を呼び出して、通話ボタンを押した。コール音を聞きながら、小狼は姿勢を正す。緊張しながら待っているが、なかなか応答する声はない。
コールが10回になるかならないかのところで、通話を切った。
「……出ない……」
ごろん、とソファに寝転び、溜息をついた。思った以上に凹む。やはり今日は疲れているのだろうか。
電話が繋がらなかっただけで、気持ちが暗く落ち込んだ。
その時。
携帯電話が着信音を鳴らして、小狼はがばっと起き上がった。画面には、『木之本桜』の名前が表示されている。
「……もしもしっ」
『あっ、小狼くん!お電話、出れなくてごめんね!』
さくらの声が耳に響いて、小狼の表情がわかりやすく緩んだ。
電話が繋がっただけで、こんなにも嬉しい。
その時。小狼は、僅かな違和感に気づいた。
「……?さくら、今家じゃないのか?」
『ほぇ?家だよ?』
どうして?と聞く、さくらの声がいつもと違う響きで聞こえる。
「なんか、いつもと違う聞こえ方がする。声が反響してるというか……」
『あっ、そ、それは……その、』
さくらの声に、急に動揺が走る。何か事情があるのだろうか。もしや、自分には言えない事があるのか。一瞬で様々な憶測を巡らせ、小狼は眉根を寄せた。
『……お風呂、だから』
「え?」
『だ、だからぁ。今、お風呂に入ってるの。だから、多分声が響くんだと思う……』
だんだん小さくなるさくらの声と反比例するみたいに、小狼の心臓の音が大きくなる。誰が見てるわけでもないのに、赤くなっているだろう顔を隠して、小狼は「そうか」となんとかそれだけを返した。
(だ、ダメだダメだ……!想像するな!……元気になるな!)
自身にそう言い聞かせて、小狼は思わず溜息をついた。
それを聞き付けたさくらが、声のトーンを落として、問いかけた。
『小狼くん、疲れてる?もしかして、お仕事終わったばっかり?』
「あっ、ああ。さっき帰ってきたところだ」
『そっか。遅くまでおつかれさま!』
さくらの可愛い声が紡ぐ、その言葉が。じん、と心に染み込むみたいだった。それだけで、疲労も眠気も吹っ飛んでしまった。
「……ありがとう、さくら」
『えっ、私なにもしてないよ!』
「そんな事ない。さくらと話してるだけで、元気が出る」
小狼がそう言うと、電話の向こうでさくらが「ほえぇ」と恥ずかしそうに言った。時折聞こえる水音が想像力をかきたてて、小狼の頬を赤く染めた。
『でも、それだけじゃやだよ。小狼くん、せっかくお電話してきてくれたし……。何か、私にしてほしい事とかない?なんでもいいよ!』
前のめりになっているのが、ありありと目に浮かぶ。小狼は笑って、「大丈夫だ」と言おうとして、ぴたりと止まった。
今のさくらに、してもらいたい事。
ーーーひとつ、浮かんでしまった。
「……歌が、聞きたい」
『ほぇ?』
「なんでもいいから、歌ってくれないか?」
突然の無茶ぶりに、さくらは『えぇぇ!?』と驚きの声をあげた。そのあとに、かなり動揺したらしく、『わぁあー!』と悲鳴が上がった。
「さくら!?大丈夫か!?」
『だ、だいじょぶ……。電話、落としそうになったけど、大丈夫……』
ホッと安堵したあと、小狼はさくらの返答を待った。本当に嫌なら、無理強いをするつもりはない。
だけど。出来るのならーーー。
『わ、わかった。じゃあ、少しだけね?』
「いいのか?」
『はうぅ……。少しだけだよ!下手でも笑っちゃダメだよ!』
小狼は何度も頷いて、それから、口をつぐんで耳を澄ました。
『……なのはーなばたけーに』
それは。
いつかの日、小狼がピアノで弾いた。知世と秋穂が歌ったーーー『朧月夜』だった。


小狼は目を閉じて、さくらの声を聴く。自然と、指が鍵盤を叩くように動く。
さくらの歌に、ただ聴き入っていた。



『……元気、出た?』
「すごく出た。ありがとう、さくら」
『えへへ。今度は、小狼くんが歌ってね!』
「えっ、う、歌は……あまり得意じゃないんだが」
『やーだ!聞きたいもん!』
さくらの可愛い我儘に、小狼は破顔した。心の中で、こっそり歌の練習をしておこうと誓う。
「じゃあ、また明日学校で。……ゆ、湯冷めしないように、気を付けるんだぞ」
『うん!小狼くんも、ゆっくりお風呂に入ってね』
ぱしゃんっ
最後に響いた水音で、ほわわんと浮かんだ想像図。
小狼は煩悩を必死に押し込めて、「おやすみ」と通話を切るのだった。






おまけ


「随分と長風呂だったな」
「あっ。えっと、電話してたから……!」
「気持ち良さそうに歌ってましたねぇ」
「ほえぇ!?き、聞こえてた!?」
「怪獣のでっけー歌で家が振動してたぞ」
「お兄ちゃんの意地悪ー!」





2021年2月13日 プライベッターにて掲載


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甘いイチゴは好きですか?







「小狼くん!見て見て!」
「ん?」
「これ!チョコバナナだって!」
さくらが指差した先にあったのは、ハンドクリームのコーナーだった。
放課後デートで立ち寄った、さくらのお気に入りの雑貨屋さん。特に買い物があるわけではないけれど、可愛いものを見ているだけで楽しいし、幸せな気持ちになる。お店に入ってから終始笑顔で話しかけるさくらに、小狼もやわらかな笑顔で頷いたり、「可愛いな」と賛同したりして、とてもいい雰囲気だった。
しかし。
なぜか、ハンドクリームのコーナーに差し掛かったところで、小狼が物凄く微妙な顔になった。眉間に皺を寄せて、笑おうとして失敗したみたいな、微妙な顔。
さくらは、「ほぇ?」と首を傾げた。何かおかしな事を言っただろうか。
「ハンドクリーム……こんなに種類があるのか?」
一瞬あとには、いつもの小狼に戻っていた。さくらは、気のせいだったのかと思い、笑顔で頷いた。
「うん。このメーカーが、特に多いかな。これがチョコバナナの匂いで、こっちはベリー系の香り。あっ、こっちはグレープフルーツだ。ほえぇ、バニラアイスとかもあるよ!あまーい香り!美味しそう!」
サンプル品の蓋をあけて、さくらは匂いを嗅いだ。甘いバニラの香りに、ほわわんと頬が緩む。
それを見て、小狼は言った。
「お腹空いてるなら、ハンドクリームじゃなくて喫茶店に行くか?」
「ち、違うよぅ!さくら、そんなに食いしん坊じゃないもん!」
「そうなのか?最近はケルベロスに似てきた気が……」
「もう!小狼くんっ」
頬を膨らませるさくらに、小狼も思わず笑った。その笑顔を見ると、少しの意地悪も許してしまう。
さくらは小狼にぴたっと体を寄せて、上目使いに言った。
「あのね。私も、イチゴの香り使ってるんだよ」
「知ってる」
間髪いれずに答えた小狼に、さくらは驚く。
イチゴのハンドクリームは、先週このお店で買ったばかりだった。あの時は知世達と一緒で、小狼はその場にいなかった筈だ。
「どうして知ってるの?」
「匂いでわかるだろ」
「えっ!イチゴの匂い、した?」
「してる。今も、甘いイチゴの匂いだ」
じっ、と。小狼は真顔のまま、さくらを見つめて言った。
その、怖いくらいに真っ直ぐな目に、さくらの心臓がドキッと鳴った。
「……小狼くん、イチゴの匂い好き?」
気に入って購入したものだから、小狼にも好きと思ってもらえたら嬉しい。そんな気持ちから、深く考えずに聞いた。
さくらの問いかけに、小狼は黙る。またも、眉間に皺が寄った。先程よりも険しい。
その反応に、さくらはしゅんとする。
「イチゴ、好きじゃなかった……?」
それなら、今イチゴの香りを纏わせた自分は、小狼に不快な思いをさせてしまっているのだろうか。沈んだ様子のさくらに、小狼はハッとして「違う」と言った。
「イチゴは、好きだ。イチゴの香りも……悪くないと、思う」
「ほんと?」
好き、の言葉に、現金にも機嫌は上を向く。キラキラと目を輝かせるさくらを、小狼は複雑そうな顔で見つめ、口を開いた。
「ただ……」
「ただ?」
「………つい。食べたくなるから、困るんだ」
言ったあと、小狼の顔が赤く染まった。恥ずかしそうにする横顔を見て、さくらは呆けたあと、笑った。
「小狼くんの方が食いしん坊さんだー!イチゴ、そんなに好きなんだね!」
「……!!そ、そっち、じゃ……っ、ない」
「ほぇ?」
「あー……。やっぱり、いい。もうそれでいい。」
小狼は耳まで真っ赤になった顔を逸らして、しばらくこっち見ないで、と言った。
さくらは、そんなに恥ずかしい事だろうかと、不思議そうに見ていた。


ふんわり、香る。
甘い甘い、イチゴの香り。


「さくら」
「なぁに?」
「その……、イチゴの匂いなんだが。万が一、他の人も食べたくなったら困るから、付けるのは俺の前だけにしてくれるか?」
小狼は、やけに真剣な様子で頼んできた。有無を言わさない迫力に、さくらは「なんで?」とも、「嫌」とも言えず、こくこくと頷いた。
(ま、いっか。他にもお気に入りのクリームあるし……)
(さくらがイチゴの匂いさせてると、いつもの数倍は人の目を集めるんだよな……。我ながら、心が狭い)
二人の思惑は、いまいち噛み合わないままだったけれど。
目があって、ふわっと笑ったら、どうでもよくなってしまった。

「あっ!小狼くん見て見て!イチゴの香りのリップクリームだって!」
「!!?」

そんな、ある冬の日のお話。






おまけ

「……李くん」
「ん?なんだ、山崎」
「気のせいかなぁ。なんか、李くんからあまーいイチゴの香りが……もしかして、イチゴ食べた?」
「!!?た、食べてない……!!」


ーーーその後。小狼から、しばらくイチゴの匂い使用禁止令が出たとか、出なかったとか。




2021年2月18日 プライベッターにて掲載


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グッドモーニングキス



※アダルティ要素があります。糖度高め。苦手な方は注意です!






ゆっくりと意識が浮上する。頭が妙にすっきりしていて、深い眠りに落ちていたのだと、ぼんやり自覚する。
朝の光が、カーテン越しに差し込む。今日もよく晴れているようだ。
薄明かりの中で、すよすよと眠るさくらの寝顔を、小狼は見つめた。
(・・・まだ夢見てるのか?)
目を覚ましたら、愛しい彼女がすぐ傍にいる。何度も夢想した光景が、やけにリアルな彩度で写る。さくらの長い睫毛も、仄かに色づいた頬も、やわらかそうな唇も。夢とは思えない。今にも触れられそうだ。
そう思いながら、音もなく手を伸ばした。おそるおそる、さくらの頬に触れる。
(えっ・・・)
―――あったかい。
「ん・・・」
小狼の手が触れた事で、さくらは小さく声を漏らした。小狼は慌てて、手を引っ込める。
さくらは目を開けずに、再びすよすよと寝息をたて始めた。
自分の指先に残る余韻を感じながら、小狼は赤面した。
(ゆ、夢じゃない・・・!そうだ、昨日は・・・さくらが初めて、うちに泊まったんだ)
さくらの家族の了承を得るのに、数ヵ月―――否、数年はかかった。
少しずつ信頼を勝ち取り、努力をして。それはそれは、涙ぐましい日々を経ての、お泊まりだった。兄の桃矢は最後まで反対していたし、半ば無理矢理に説き伏せたので、もしかしたらまだ怒っているかもしれない。
でも。
(・・・それでも。嬉しかった。さくらを、帰さなくてもいいなんて)
一緒にいられる時間は、いくらあっても足りない。互いに、想う気持ちは募っていた。
離れがたくて、「帰りたくない」と泣き出すさくらを抱き締めて宥める間も、奥歯を噛んで耐えた。我慢の限界が近づいていたのは、小狼も同じだったのだ。
二人の間にある壁を、早く無くしたかった。それが叶った時の喜びは、言葉に出来ない。
愛おしい気持ちも、離れたくないと思う気持ちも。今まで以上に強くなった。
(・・・なんでこんなに可愛いんだろう)
静かに寝息をたてるさくらの顔を、じっ、と見つめる。
昨夜は何度も交わって、「もう一度」とねだって、随分と無理をさせてしまった。思い出して反省するも、それ以上に、最中のさくらの表情や声を思い出して、体が熱くなる。
うっかり再燃しそうになるのを必死で抑えて、小狼は深く息をはいた。
(昨日みたいなさくらの顔は、俺しか知らないんだ。・・・他の誰にも見せるものか)
今までも心にあった、独占欲や嫉妬心までもが、大きくなるのを感じる。この気持ちが、さくらを縛る事になるかもしれない。自由な彼女が好きなのに、矛盾に胸が苦しくなる。
だけど、もう戻れない。小狼は、そう感じていた。
「すー、すー・・・」
「・・・」
「すー・・・、むにゃ・・・、・・・」
観察していると、頬が緩む。さくらはただ眠っているだけなのに、ずっと見ていられる。小狼は身を起こし、更に距離を詰めた。
吐息が触れるほどに近づくと、やましい気持ちがむくむくと生まれた。
(・・・さわりたい)
ごくり。唾を飲み込む。
さくらはよく眠っている。少しくらい、触っても起きなさそうだ。
無防備な白い首筋には、昨夜自分がつけたと思われる赤い痕がついていた。それを見つけて、カッ、と小狼の顔に熱が集まる。
完全に無意識だった。パジャマの下に隠されている部分にも、たくさんあるかもしれない。―――自分のものだと主張する、印が。
(だ、ダメだ・・・!落ち着け!さくらを起こしたくない!落ち着け、俺・・・!!)
特段、下半身に向けてそう唱える。すう、はあ、と深呼吸をして、さくらの寝顔を観察する。起きそうにない事を確認して、きゅ、と唇を結んだ。
(キス・・・して、いいか?)
心の中で、さくらに問いかける。当然、答える声はない。
今自分がしようとしているのは、つまりそういう事だ。了承を得ずに、拒否も出来ない状態のさくらに、自分勝手に触れる。最低な行為だ。
だけど同時に、興奮に似た気持ちを覚えた。
(さくら・・・ごめん。少しだけ、だから)
謝りながら、唇を寄せる。寝息を漏らす、可愛い唇。一瞬躊躇って止まったあと、距離はゼロになった。
唇が重なった瞬間、昨夜の事を思い出して、心臓が早鐘を打ち始める。
小狼は、ダメだと思いながらも、『少しだけ』では止められず、何度もキスを落とした。
(ダメだ・・・。止まれない・・・)
ぎっ、と。ベッドが軋んだ。小狼はさくらの両脇に手をついて、覆い被さる。濡れた唇が、視覚的にも刺激して、小狼は夢中でキスをした。
さすがに起きるか、まだ大丈夫か?様子を窺いながらも、行動は大胆になる。
唇をちゅう、と吸いながら、右手がさくらの胸を触った。
その瞬間、さくらの体がぴくっと震えた。
(し、しまった・・・!手が勝手に!!)
小狼は慌てて胸から手を離し、さくらの様子をじっと見つめた。
起きるのかと思ったが、まだすうすうと寝息をたててる。先程よりも、心なしか頬が紅潮している。
すうすう、すうすう。
変わらぬ寝息のリズムに、小狼は僅かな違和感を覚えた。
(お、起きてない・・・、のか?本当に?)
先程、胸を触られた事など気づいていないとばかりに、無防備に眠り続けている。キスだって、何度もされていればさすがに気づくのではないか。
いくら、さくらの寝起きが悪いとしても。
そこまで考えて、小狼は「まさか」と思い至る。本当にそうだったら、と想像して、急激に恥ずかしくなった。
ごくりと、喉が鳴る。
小狼は、音もなくさくらに顔を近づけて、寝顔を見つめた。
(まだ、決まったわけじゃない。でも・・・)
「・・・さくら」
名前を呼ぶと、さくらの瞼がぴくりと反応した。それでも変わらず寝息をたてるので、さくらの耳元に近づいて、わざと低めに囁いた。

「寝たふりするなら・・・食べられても文句いうなよ?」

その言葉に、さくらはパチッと両目を開けた。あまりに突然で、小狼も驚いた。
目が合って、さくらは途端に顔を真っ赤に染めた。その顔を見られたくないのか、両手で覆ってしまう。
その仕草も可愛いと思いながら、小狼は呆れ半分、照れ隠し半分に苦笑した。
「・・・やっぱり起きてたか」
「ほえぇ―――!い、いつから気づいてたの!?」
「今だ。なんかおかしいと思ったら・・・」
「・・・はうぅ・・・。だってぇ」
顔を隠してはいるけれど、首や耳まで真っ赤になっているから意味がない。そんなさくらを見て、小狼はひたすらに申し訳ない気持ちになった。
出来れば、秘密にしていたかった。欲望にまみれた自分勝手な行動を、さくらに知られてしまった。
「さくら、ごめんな。起きるタイミング逃して、寝たふりするしかなかったんだろ?」
「ほぇ・・・?」
小狼が謝ると、さくらは両手の隙間から覗き込んだ。
潤んだ瞳に、心臓を揺らされている場合じゃない。小狼はもう一度、「ごめん」と謝った。
落ち込んだ様子の小狼に、さくらはなぜか、もじもじと体を捩らせた。
照れて、迷って。そのあとに、ぴとっ、と体をくっつけてきた。
布越しに伝わる体温とやわらかさに、小狼の顔が赤くなる。
さくらは恥ずかしそうにしながらも、小狼を上目使いに見て、言った。
「ち、ちがうよ。起きれなかったんじゃなくて・・・起きたくなかったの」
「え?」
「・・・私が起きたら、小狼くん、や、止めちゃうかもって、思ったから・・・」
―――やめてほしくなかったから。
ぽつりと、消えそうなくらい小さな声で、さくらがそう言った。
小狼は、目を見開いたまま固まった。
恥ずかしくて、顔を見られまいと自分に抱きついてくるさくらが、可愛くて。可愛すぎて。
その可愛すぎる彼女が、自分を好きだと言う現実が、小狼の胸を震わせる。
かろうじて、ギリギリ踏みとどまっていた理性が、その瞬間に砕けた。
「・・・小狼く・・・?・・・っ、ほえぇ!?」
ぐるんっ、とさくらの体を組み敷いて、小狼はマウントポジションに立った。熱のこもった目でさくらを見つめると、着ていたTシャツを素早く脱いで放った。
「止めなくていいのか?」
「・・・っ」
「さくらが許してくれるなら、・・・もう少しだけ」
いいか?―――そう囁くと、さくらは小さく震えたあと、「ずるいよぉ」と言った。
恥ずかしがりやのさくらの、精一杯の『OKサイン』に、小狼は笑った。


「朝ご飯は俺が作るから」と言ってキスを落とすと、さくらは恥ずかしそうに頬を染めて、こくりと頷いた。



~2021年4月24日 web拍手お礼文にて掲載



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