※クリアカード編アニメ14話のネタバレあります。未視聴の方は読まない事をオススメします。

※管理人の妄想と捏造の補完小説になります。

 



 









私の右手には、杖があって。
あなたの右手には、剣がある。
同じ方向を向いて、同じ速さで走って、いつも隣にいた。
決して、独りにならないように。
「―――大丈夫。俺がいる」

 

 

 

 

 

願い

 

 

 

 

 


小鳥が甲高い声で鳴く。登校するには少し早い時間。散歩している近所の人に会釈をして、さくらは学校へと向かった。
昨日は疲れのせいかいつもより早くに眠くなって、その分朝も早くに目が覚めた。しばしの同居人である苺鈴と、未だ寝惚け眼を擦っていた相棒のケルベロスに断って、早朝に一人家を出た。
雲一つない空。降り注ぐ朝日を浴びて、さくらは目を細めた。昨日の事など、まるで夢だったように思える。
暗い草原の真ん中、戸惑いと不安を抱えてただ走った。助けたくて。守りたくて。必死で、走った。だけど、焦りだけが募っていく。なんとかしなきゃ。そう思うのに、どうすればいいのか分からずに立ち尽くす。
その時の事を思い出して、さくらの表情が暗く沈みこむ。
(何も、できなかった。・・・あの時、小狼くんが来てくれなかったら、私は)
考えているうちに学校に到着する。さくらは上履きに足を通し、とんとんと爪先を落とす。
ふと思い立って、隣のクラスの下駄箱の前に移動した。登校している生徒は格段に少ない。白い上履きが並ぶ中、ひとつだけローファーが入っていた。
さくらはいてもたってもいられなくなって、駆け足で教室へと向かった。自分のクラスではなく、その隣の教室の扉を開く。
その時。
すぐ目の前に人がいて、ぶつかりそうになった。さくらが驚いて見ると、相手も驚いた顔でこちらを見ていた。
「小狼くん・・・!」
「・・・おはよう、さくら。今日は早いんだな」
「うん。目が、覚めちゃって・・・」
妙に緊張する。笑顔がうまく作れなくて、言葉も出てこない。
昨日の事がフラッシュバックして、さくらの表情が沈む。それに気づいて、小狼の眉根がきつく寄った。
「さくら。ちゃんと眠れたか?顔色があまり良くない」
「大丈夫だよ。小狼くんだって・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
続く言葉が見つからなくて、沈黙が続いた。
言いたい事は、なんだっけ。―――さくらの頭の中で、ぐるぐると回る思考。昨日『幻影(ミラージュ)』のカードが見せた光景と、小狼の言葉。自分の体を強く抱いた、腕の熱さを思い出す。
「―――!」
途端に、胸が苦しくなった。あの時抱きしめてくれた人が、今、目の前にいる。それを意識したら、馬鹿みたいに狼狽えてしまった。
さくらは思わず、ばっ、と顔を逸らした。
(うぅ。変な態度とっちゃった・・・!私、ただ・・・小狼くんに)
「さくら。少し、話さないか?」
小狼の言葉に、さくらは顔を上げる。
「う、うん!私も、小狼くんとお話・・・したい」
スカートの前で指を絡めながら、たどたどしく伝えると、目の前にいる小狼が小さく笑った。少しだけ、ホッとしたような笑顔。それを見て、さくらの緊張も僅かに解ける。
教室じゃ人が来るかもしれない。そう言って、二人はいつもの裏庭へと移動した。
そこに向かう途中も、さくらは少し迷った。
自分はいつも、彼の傍にいる時どうしていただろう。少し後ろを追いかけるように?隣に並んで?もっと、近づいてもいい?―――突然に、距離感がわからなくなった。
すると。少し先を歩いていた小狼がこちらを振り向いた。目が合った瞬間、さくらは歩調を速め、小狼は逆に緩めた。そうして二人は、隣同士に並ぶ。
(そうだ。小狼くんはいつも、こっちを見てくれる。・・・でも。時々、私じゃなくて・・・どこか遠くを見てた。私の知らない、横顔・・・)
さくらは、うるさくなる鼓動を感じ、胸元をぎゅっと握りしめた。








ベンチに並んで腰を下ろし、小さく息を吐く。眩しすぎる陽光を和らげてくれる花や蔦が、今は少しありがたかった。
小狼はすぐにさくらの方を向いて、じっ、と真正面から見つめる。その表情から、こちらを心配してくれているのだとわかって、さくらは苦笑した。
「大丈夫。昨日はすぐ眠くなっちゃって、早くにベッドに入ったの。朝までぐっすり寝たよ。あの夢も見なかったし」
「そうか。それならいいんだ」
「・・・でも。ずっと、考えてる。昨日の事」
さくらの声のトーンが僅かに落ちる。小狼は眉根をぎゅっと寄せて、拳を握った。そうして、続くさくらの言葉を待つ。
さくらは自分の膝を見つめながら、口を開いた。
「・・・みんなの事、元に戻したくて。なんとかしなきゃって焦って、でも何も出来なかった。小狼くんが来てくれなかったら・・・ううん。小狼くんが来てくれたから、私、頑張れたの」
「さくら・・・」
小狼の方にゆっくりと視線を合わせる。視界が潤むのを感じ、さくらは必死に堪えた。
「昨日、言えなくて・・・。でもずっと、言いたかったの。無理させてしまってごめんなさい。でも、嬉しかった。小狼くんが時間を止めてくれた・・・私の傍に来てくれた。抱きしめてくれたから・・・怖く、なくなったの。・・・ありがとう、小狼くん」
言いながら、堪えていた堤防が決壊し、涙が一粒零れた。
慌てて拭おうとしたが、それよりも先に、小狼の指がさくらの濡れた頬を撫でる。いつの間にか距離は近くなって。至近距離にある小狼の顔が、苦しそうに歪んだ。
さくらは、きゅ、と唇を結んだ。涙が零れないように、声が震えないように。小狼を真っ直ぐに見て、言った。
「私、もっと強くなる。小狼くんが私を助けてくれたみたいに・・・私も、小狼くんの助けになりたい」
「―――!」
「だから、小狼くんも呼んでね。さくら、って。・・・私、絶対に助けにいく。傍に、いくから」
小狼の目が驚きの色に変わって、一瞬だけ、泣きそうに歪んだ。大きな掌がさくらの濡れた頬を包んで、もう片方の手がゆっくりと背中に回る。
少しだけ躊躇いがちに抱き寄せられ、さくらは驚く。
優しい手に、安堵する。小狼の肩口に頭を預け、さくらは目を閉じた。
(小狼くんの腕の中、どうしてこんなにあったかいんだろう・・・。こんな場所、他に知らない)
ずっと昔から、そうだった。
いつも、小狼は傍にいてくれる。叱咤して、励まして、勇気をくれる。その腕で抱きとめて、「大丈夫だ」と言って、力をくれる。
(あの時、私、強く願ったの。元の世界に戻りたい。みんなと戻りたい。・・・小狼くんと。ずっと、ずっと一緒に・・・)
―――想う力が、願う心が、何よりも自分を強くする。
「・・・俺のセリフだ」
「え・・・?」
小狼は、それ以上は何も言わなかった。
壊れ物を抱くように、背中に回された手。今、どんな顔をしているのか。さくらには見えない。なのに―――どうしてだろう。小狼が、苦しんでいるように感じた。
「・・・!」
さくらは自分も手を伸ばして、小狼の背中に回した。そうして、ぎゅっ、と強く抱き着く。昨日、小狼が自分にそうしてくれたように。
顔が見えないかわりに、互いの鼓動が伝わる。
しばらくの間、言葉も無く抱き合っていた。心臓の音が、密着したところから伝わる。重なって、混ざって、もうどちらのものかわからない。
心地いい鼓動と熱に、さくらは目を閉じた。
遠くで予鈴の音を聞いて、二人はゆっくりと瞼を開けた。
「そろそろ、戻らないと」
「・・・ああ」
離れていく熱を名残惜しく思ってしまう。さくらは少し照れながら、小狼を見た。
小狼も、さくらをじっと見つめる。穏やかに笑んで、言った。
「ありがとう、さくら」
「?お礼を言うのは、私の方だよ?」
小狼は優しく笑って、ふる、と首を横に振った。
立ちあがり、さくらへと手を出した。その手を借りて立ち上がると、小狼は一度手を解き、再度繋ぎなおした。
しっかりと繋がれた右手と左手。頬を赤らめるさくらに、小狼は何も言わずに歩き出した。だけどよく見ると、両耳が真っ赤だ。さくらは嬉しくなって、こっそり笑った。
「あ・・・。そうだ、小狼くん」
「え?」
「あの。小狼くんも何か、お話したい事があったんじゃないの?」
そういえば、自分ばかりが喋ってしまったと、さくらは思い出した。
何気なく聞くと、小狼は立ち止まる。顔が赤くなって、途端にぎくしゃくしだした。聞いてはいけない事を聞いてしまったのだろうか。不思議そうにするさくらに、小狼は言った。
「昨日、言えなかったから・・・今更、だけど」
「ほぇ?」
「・・・髪、昨日みたいにするのも・・・、その、似合ってた。・・・可愛かった」
「!!」
瞬間、さくらは真っ赤になって固まる。
それを見て、小狼は目を細めて笑った。
屈託なく笑うその顔は、まるで幼い少年のようで。太陽の光の下で、眩く映った。





私の右手には、杖があって。
あなたの右手には、剣がある。
そして。この両手は、大切なものを守る為に。大好きな人を抱きしめる為にあるんだと。あなたが、そう教えてくれた。
たとえ世界の終わりがきたとしても、独りにはならない。独りになんてさせない。
どんな時も、傍にいる。
想いは、なによりも力になる。

―――だから、もっと。強く願って。


 


 

END


 

 

 

衝撃的すぎるアニメ14話から一夜明けたあと、書きたいなぁとぼんやりと浮かんだものを、割と勢いで書きました。
小狼とさくらが再会して、色々ありつつもお花見したりお出掛けしたり、卵焼き食べたり微笑みあったり・・・と、着々と「なかよし」になっていくのを見てきたわけですが。
「再会の時みたいなハグをまた見たいなぁ~」と思ってたけど、まさかそれがあんな形で果たされるとは。
嬉しいのに苦しくて、幸せなのになんだか切なくて、今まで以上にしゃおさくが大好きになりました。二人が幸せになってくれるのを本当に願うばかりです・・・
原作でもアニメでも、小狼がさくらに言っていない事はまだまだありそうだし、さくらの為に無理をしているのは明白だし。さくらちゃんもそれに気づき始めてて・・・二人がこれからどういう風に対話していくのか、怖くもあり楽しみでもあります。
二人はお互いに助け合ってて、傍にいてくれるだけで救われるし強くなれるのだと、そう確信したアニメ14話でした。
行き場のない壮絶な萌えを詰め込んだ、「もしも」の後日談でした。読んでいただき、ありがとうございました!


 

2018.4.18 了

 

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