「ハッピーイースター!!」

 

 

 

 

 

イースターなバースディ ~ずっといっしょに~

 

 

 

 

 


ぽん、ぽん、と。青空に、花火が上がる。
4月1日。晴れやかな春の日曜日に、イースターフェスティバルというイベントが開催された。主催は、大道寺コーポ―レーション。会場内は豪華でカラフルな装飾で彩られ、訪れた来場者の心を浮き立たせた。来場者はみんな、配られた『うさぎの耳』を頭上に付けている。これも、イベントの一環だ。
「みなさん!ようこそ、いらっしゃいました!とてもお似合いですわー!」
会場に入ってすぐに、知世が笑顔で迎えてくれた。さくらと小狼は、照れくさそうに頬を染めて笑う。
「こちらこそ。誘ってくれてありがとう、知世ちゃん」
「すごい盛況だな。たくさんの人が来ているみたいだ」
「ご馳走はどこや・・・っ、むぐぐ」
「もう!ケロちゃん、出てきちゃだめっ」
ショルダーバッグから顔を出したケルベロスの頭を抑え、さくらは厳しく言った。しかし、無理もない。会場の中にはたくさんのご馳走も並んでいて、そこかしこからいい匂いがするのだ。ケルベロスにとっては拷問かもしれない。
もうちょっと待ってて、というさくらの言葉に渋々頷いて、ケルベロスは大人しくなった。
「それにしても・・・本当にお似合いですわ二人とも!」
「は、恥ずかしいよぉ。用意されたお洋服、本当に着ちゃってよかったの?」
「はい。今日のイベントにぴったりのものをご用意させていただきました。こうして撮影出来て、とても嬉しいです!」
さくらは、自分の装いを見下ろしてから、きょろきょろと周りを見る。ハロウィンの時ほどではないけれど、来客はそれぞれ凝った衣装を着ていた。その中で、小狼とさくらはひと際目立っていた。
さくらはピンクのワンピースで、前方が丸く切り抜かれているデザイン。同色のカボチャパンツと白いタイツ、ふわふわのファーが付いた靴が可愛らしい。胸元はかっちりとネクタイをしていて、頭上には白いうさ耳があった。
小狼は明るい緑色のジャケットに、白のスラックス。ジャケットと同色の靴を合わせ、胸元は黄色のタイで結ばれている。そして、さくらと同じように、頭上にはうさぎの耳があった。さすがに恥ずかしい、と躊躇う小狼だったが、さくらに「お揃い嬉しいね」と微笑まれ、装着を決意した。知り合いには、出来れば見られたくない。小狼はさくらとは違う意味で、周りを見渡した。
「中央のステージで色々と催しものがあります。会場の食べ物もご自由に召し上がってください。ケロちゃんにもこっそりと」
知世はそう言って、こっそりと鞄から顔を出したケルベロスの頭にも、小さなうさぎの耳を付けてやった。
「ありがとう、知世ちゃん!」
「いいえ。私は母の手伝いがあって一緒には回れませんが・・・。楽しんできてくださいね」
にっこりと微笑む知世に、さくらは笑顔で頷いた。
一緒に回れないのは残念だけれど、今日のイベントの催しもののひとつに、知世の歌があることを知っている。それも、さくらにとっては楽しみだった。
知世と別れ、小狼とさくら(と、ケルベロス)は、イースターで彩られた会場内を散策した。「お腹空いた」とごねるケルベロスの為に、いくつか食べ物をもらって、こっそりと渡す。大きな口で吸いこむように食べていく姿に、小狼は呆れた視線を送った。
テーブルには所狭しと料理が並べられ、また少し先に行くと、屋台もたくさんあった。それを見て、さくらも瞳を輝かせる。多分、鞄の中でケルベロスも同じ顔をしているのだろう。小狼は思わず、ぷ、と噴き出した。
「ほぇ?どうしたの、小狼くん?」
小首を傾げてこちらを見上げるさくらに、小狼は頬を染める。いつもと違う格好とうさぎ耳のおかげで、可愛らしさが倍増している。しかし、そんな事恥ずかしくて言えない。「なんでもない」と顔を逸らす小狼に、さくらは不思議そうに瞬いた。
その時。小狼の表情が、硬く強張る。それを見て、さくらも視線の先を追った。そこにあった光景に、驚きの声を上げる。
「お、おにいちゃん・・・!!どうしてここにいるの!?」
「バイト」
むすっ、とした顔で、鉄板の上のお好み焼きをひっくり返した。職人もびっくりの腕前だ。周りにいた数名の客が、おお、と声をあげた。美味しそうなソースの匂いにひかれて、鞄から顔を出そうとしたケルベロスを、さくらの手が強引に抑え込む。
お好み焼きを焼く桃矢の視線は、真っ直ぐに小狼へと向かった。それを受けて、小狼もまた鋭く視線を返す。ばちばちと火花が散るような二人の対峙に、さくらは顔を青くさせた。
しかし、その時。同じタイミングで、小狼と桃矢は息を吐いた。
まるで、肩の力を抜くように。心配するさくらの隣をすり抜けて、小狼は桃矢の前に歩み出た。
「お好み焼き、一枚ください」
「・・・一枚でいいのか?あの怪獣はいつも二枚以上食べるぞ」
「じゃあ、二枚」
小狼が笑って言うと、桃矢も僅かに口角を上げた。一瞬で無表情に戻ると、焼き上がったお好み焼きにソースを塗り、鰹節と青のりを散らす。
二人のやり取りを呆然と見ていたさくらの後ろから、声がかかる。
「あれっ。さくらちゃん。小狼くんと一緒に来たんだね」
「・・・!雪兎さん!お兄ちゃんと同じバイトですか?」
「うん、そうだよ。あ、そうだ。二人とも、ジュース持って行って」
雪兎は、持っていた段ボールから冷えたジュースをふたつ取って、さくらの手に渡した。その時ちょうど、焼き上がったお好み焼きを持って、小狼がやってきた。
「こんにちは」
「こんにちは、小狼くん。とーやの焼いたお好み焼き美味しいから。二人で仲良く食べてね」
「はい。行こう、さくら」
さくらは動揺したまま、雪兎にぺこりと頭を下げて、小狼の背中を追った。ちらと、振り向いてみた兄の顔はいつもと同じで、手際よくお好み焼きを焼いていた。一瞬だけさくらの方を見たけれど、すぐに逸らされる。
空いているベンチに座って、パックを開ける。ふわりと香るソースの良い匂いが空腹を刺激した。
「小狼くん。お兄ちゃんに、嫌な事言われなかった?また睨まれたりした?」
「大丈夫だ。ほら、さくらも食べないと。全部ケルベロスに取られるぞ」
言っている傍から、ケルベロスが大きな口でお好み焼きを頬張った。さくらは慌てて、切り分けられた一つを箸で取って口に運ぶ。いつも家で食べているのと同じ、桃矢が作るお好み焼きだ。さくらの顔が、満面の笑みに綻んだ。
それを見て笑うと、小狼も一口食べて「美味いな」と言った。
「足りるか?」
「うん!十分だよ?」
「・・・家だと二枚以上は食べるって言ってたけど」
「え?ほぇ・・・っ!?お、お兄ちゃんがそう言ったの!?違うの違うの!ケロちゃんの分もこっそり貰ってるからっ!!」
「これだけ美味いと、確かに一枚じゃ足りないよな」
少しだけ意地悪を言って笑う、小狼のその顔に。さくらは思わず見惚れた。恥ずかしさも相まって、心臓がドキドキとうるさくなる。
「さくら、怒った?」
くすくすと、笑いながら問いかけられて、胸がきゅうと締め付けられる。さくらは恥ずかしさを隠すように、わざと頬を膨らませた。精一杯に睨んでも、小狼は笑うばかりだ。その笑顔に絆されて、さくらもいつの間にか笑っていた。
小狼の指が、さくらの唇に伸びた。大きく跳ねる肩と心臓。小狼は、「ごめん」と一瞬驚いたあと、さくらの唇の端についたソースを指で攫った。
「ついてた」
それを、ぺろりと舐める。覗く赤い舌に、さくらの動悸は限界寸前まで高速連打された。あまりに刺激が強すぎて、クラクラと眩暈がする。
「お――――い。わい、全部食べてしまうからな―――!?イチャイチャしてるうちに、お好み焼き全部食べてまうからな―――!?!」
「っ!?!」
「だ・・・っ、だめ!私も食べるの!お兄ちゃんのお好み焼き!!」
赤面する小狼を置いてけぼりにして、さくらとケルベロスは残ったお好み焼きを取り合う。その似た者同士なやり取りに、小狼はこっそりと笑った。








お好み焼きを食べ終わったあと、串焼きやポテト、ケーキやプリンと食べ物ゾーンを網羅し、これでもかと食べたケルベロスはさくらの鞄の中で寝息を立て始めた。やれやれ、と二人で苦笑する。
その時。
「知ってる?千春ちゃん。イースターっていうのは復活祭って意味で、昔の人は腐ったものもこの日は祭壇にあげて拝んだんだって。だから、物凄く臭くなって大変だったんだって」
「いやだよ、そんなイースター」
聞こえてきた馴染みのある声に、さくらは顔を綻ばせ、小狼は逆に眉を顰めた。こちらへと歩いてきたのは、友人である山崎と千春だった。
さくらが声をかけようとしたので、小狼は慌ててその肩を掴んで引き寄せる。突然に近づいた距離に驚くさくらを、小狼は物陰へと引き込んだ。
「しゃ、小狼くん・・・?どうしたの?」
「・・・さすがに今日の恰好を山崎達に見られるのは恥ずかしい」
そう言った小狼の声と、心臓の音が重なる。さくらはそれを聞きながら、そっと目を閉じた。
小狼は、その時になって気づいた。隠れる時に、思わずさくらを抱きしめていたこと。狭い隙間で身を寄せ合っている二人の距離が、物凄く近くなっている事に。
「っ!ごめん、さくら。俺、慌てて」
「う、ううん!謝らないで。い、嫌じゃ・・・ないから」
「!!」
お互いに真っ赤になって、見つめあう。小狼は、この状況をどうすればいいのかわからず、行き場のない手でさくらの髪を撫でた。すると、頭上のうさぎ耳が小さく動く。それを見て、正直な気持ちが口から零れた。
「・・・可愛い」
「!ほんと・・・?うさぎ耳、が?」
「そ、それだけじゃなくて・・・!うさぎ耳を付けてるさくらが・・・。すごく似合ってて、可愛い」
ぐっ、と奥歯を噛む。頬に集まる熱を感じながら、小狼は絞り出すように言った。『可愛い』の言葉に、さくらの瞳はキラキラとして、頬は真っ赤に染まった。
「嬉しい。小狼くんに、可愛いって言ってもらえて・・・私、今日」


―――!!


その時。感じた気配に、さくらの顔色が変わった。小狼もそれを見て、気持ちが切り替わる。
たくさんの人が行きかうイベント会場を、さくらは険しい顔で見つめた。
「新しいカードの気配・・・か?」
「うん。わからないけど、何かが近くにいるの・・・!」
さくらは先程隠れていた場所に身を隠すと、『封印解除(レリーズ)』と呪文を唱え、鍵を杖へと変化させた。そうして、なるべく人がいない道を選び、小狼と一緒に走った。
「こっちだ!会場全体が見える!」
小狼の声に頷いて、展望台の入り口をくぐった。今日は立ち入り禁止になっていたから、中には人がいない。進入禁止の高いゲートをピョンと飛び越えて、二人は階段を駆け上がった。
「あー!見てみて、ママ。風船がおっきいよー」
子供の呑気な声と、来客のざわめきが聞こえる。イベント会場に設置されていた卵型の風船が、見る見るうちに膨らんでいく。どう見ても容量を超えているというのに、破裂しない。展望台の天辺にいる小狼とさくらまで届きそうなほどに、膨張していく。
「小狼くん、これ・・・!」
「ああ。多分、カードの仕業だ。これ以上膨らんだら、地上にいる人達が・・・」
見る見るうちに膨らんでいく風船が、太陽の光さえも遮り始める。来場者の顔も、次第に曇り始めた。さくらはカードを取り出すと、宙に投げる。
「風船を包み込め!―――『包囲(シージュ)!!』」
立方体の空間が、膨らみ続ける風船をすっぽりと包んだ。
その瞬間、人々の目から風船の姿が忽然と消える。マジックショーか、イベントの余興か。人々は特に疑問には思わず、次に何が起こるのかを期待に溢れた目で見つめる。
「さくらちゃん・・・!」
ステージの袖からは、知世は心配そうな顔で事態を見守っていた。きっと、あの場所にさくらと小狼がいる。傍に行けない自分を悔み、手元にあるビデオカメラを握りしめる。
包囲の魔法に包まれてもなお、膨張は止まらなかった。
「ほえぇぇぇ―――!」
「落ち着け、さくら!カード本体の気配はあの風船の中にあるのか!?」
「うん・・・!包囲の中に入るにはあそこまで飛ばなきゃ。でも、たくさんの人に見られちゃう・・・!」
今もなお、イベントは続いているのだと勘違いした来客たちが空を見上げている。
透過(ルシッド)のカードを使えば姿は見えなくなるけれど、同時に飛翔(フライト)のカードを使わなければならない。新しいカードになってから、二枚同時使用はしたことがなかった。もし、失敗してしまったら―――。さくらの顔が不安そうに曇る。
「わかった」
小狼は一言そう言うと、手を打ち鳴らし剣を召喚した。そして、呪文を詠唱し魔法を発動させる。
「水龍・・・招来っ!」
包囲が包み込んだ場所の反対側から、突如として水が噴き出した。それによって空に綺麗な虹がかかり、人々の目はそちらへと向かう。
小狼はさくらへと目配せをした。さくらは力強く頷き、新たなカードを宙に投げた。
「『飛翔(フライト)』―――!!」
ふわりと背中に生まれたやわらかなそれが、さくらを空へと運んだ。観客の目が逸れている間に包囲の中へと入ると、パンパンに膨らんだ風船へと杖をかざした。
「主無きものよ、夢の杖のもと我の力になれ!―――『固着(セキュア)』!!」
砕けるような鋭い音とともに、空間が変化する。固着したカードは、さくらの手元へと降ってきた。それと同時に、包囲の魔法が解ける。
人に見られないように注意しながら、再度展望台へ戻る。こちらへと手を伸ばして迎えてくれる、小狼の腕の中にさくらは飛び込んだ。
「怪我とかしてないか?さくら」
「うん。ありがとう、小狼くん!」
ざわつき始めた地上を見つめ、二人はホッと胸を撫でおろす。先程、あり得ないくらいに膨らんだ風船は今は元通りになっていて、会場内はもとの賑やかさを取り戻していた。
「小狼くんがいてくれて、よかった!一人じゃ、どうすればいいのかわからなかったもん」
「・・・いや。さくらは多分、一人でもなんとかできる。それだけの力を持ってる」
「小狼くん・・・?」
「でも、俺が傍にいたいんだ」
小狼の言葉に、さくらは頬を染めた。その言葉に含まれた本当の意味は、まだわからない。だけど今は、ただ傍にいてくれる事が嬉しくて、幸せだった。
小狼とさくらはその場所に、並んで腰を下ろした。そうして、言葉も無く空を見上げる。青く澄んだ空が、吸い込まれそうなくらいに綺麗だった。
「今日、一緒にいられて嬉しい。嬉しい事、いっぱいあったよ。ありがとう、小狼くん」
「俺も。さくらと一緒にいられて嬉しい。・・・今日は、特別な日だから」
小狼はさくらへと近づくと、手を伸ばした。そして、先程の騒動で少し汚れてしまった頬を、こする。
さくらは恥ずかしそうにしながら、にっこりと笑う。小狼も笑みを深くして、言った。
「誕生日おめでとう、さくら。・・・大好きだ」
「私も、大好き。ありがとう、小狼くん。来年も再来年も・・・ずっと、いっしょだよ」
ゆっくりと近づく影に、さくらは目を閉じた。唇に触れる吐息。幸福感が、胸を満たした。
二人の影が重なって一つになったその時、鞄の中でケルベロスが目を覚ました。聞こえてきた声に、ぴょこんと顔を出す。
「知世の歌やー!」


ステージから聞こえてきた、ハッピーバースデーの歌声に。小狼とさくらは微笑んで、もう一度キスを交わした。


 

Happy Birthday!!

 


 

END


 

 

さくらちゃん、誕生日おめでとう!!今年も幸せに、小狼と一緒に・・・毎年誕生日を祝ってください♡


 

2018.4.1 了

 

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