※さくらカード編の最終回後。クリアカード編がもしも無かったら・・・の世界線です。

 


 

 

 


ひと針ひと針、想いをこめた。上手く言葉に出来ない想いも、油断すると込み上げそうになる切なさも、全部。さくらは、ただ一心に針を通した。
―――『俺が一番好きなのは、お前だ』
―――『帰るんだ。香港へ』
―――『日本に来てよかった。さくらに会えたから』
時折、ちくりと指に痛みが走るけれど、平気だった。
『なんともないわけないだろ!こんなに怪我して!』
不意に、在りし日の怒った小狼の顔が頭に浮かんで、さくらは小さく笑った。
(あの時も、小狼くんすごく心配してくれてたな。・・・あ、あれ?もしかして、あの時にはもう、小狼くん私の事・・・)
そこまで考えて、ぼふっと湯気が出そうなくらいに顔が熱くなった。ついでとばかりに、先日自分に告白してくれた、小狼の真っ直ぐな瞳を思い出してしまう。さくらはあたふたとして、またも指に針を刺した。
「いたぁ!」
その声に、うとうとしていたケルベロスの目が開いた。
「なんや!?なにごとや!?」
「な、なんでもないの!少し指を刺しちゃっただけ。起こしてごめんね」
血が滲んだ指先を口にいれていると、ケルベロスが薬箱から絆創膏を持ってきて、貼ってくれた。「ありがと」とお礼を言うさくらに、ケルベロスは表情を険しくする。
「大丈夫か?さくら。無理してるんちゃうか?」
「大丈夫。全部、自分で作りたいんだもん。・・・小狼くんに伝えたいの」
(私の、大切な想い)
ケルベロスは苦笑して、さくらの頭をぽんぽんと優しく撫でた。
さくらは朝までずっと作業を続けて、完成させた。知世や桃矢の助けもあり、小狼が香港に帰ってしまう前に、それを渡すことが出来た。
「私の一番は、小狼くんだよ・・・っ」
大切な想いと共に渡した、手作りのくま。「さくら」と名付けられたそのくまは、小狼の手に抱かれて、さくらの傍から離れた。
さくらの傍にいてくれたのは、小狼が作ったくまのぬいぐるみ。「小狼」と名付けたくまを、さくらはぎゅっと抱きしめた。
「いつかまた・・・会えるよね。それまで、いっしょに待っててくれる?」
滲んだ涙をそのままに、さくらは腕の中の『小狼』に話しかけた。答える声はないけれど、それでも、さくらに元気をくれた。
いつか、二人が再会する時は。ふたつのくまも会える時なのだと。さくらはその日を想って、少しだけ泣いた。

 

 

 

 

 

会えたね

 

 

 

 

 

そして。
長く待ち望んだ春の日が、やってきた。
さくらが中学一年生になった春、小狼は友枝町へと帰ってきた。あの日の約束を叶えに。
『これからはずっといっしょだよ!』
溢れる想いのままに抱きついたさくらを、ぎゅっと優しく抱きしめて、小狼は「ああ」と頷いた。
夢じゃない。現実だと、あたたかな体温と力強い腕の感触が教えてくれる。
その時になってはじめて、小狼と抱き合っているという恥ずかしい現実にさくらは直面した。
(ほ、ほぇぇぇぇ!私っ、嬉しくてつい・・・!)
途端に恥ずかしがるさくらに、気づいているのかいないのか、小狼はどこまでも優しく笑っていた。
「おかまいなくー!」
二人の再会を自分の事のように喜んでくれる知世がその場に加わり、一気に時間が巻き戻ったような感覚に陥る。あの頃の、小狼が傍にいてくれた日常が、戻ってきた。
「さくら」
でも。あの頃とは違う。小狼は少し背も伸びて、笑い方も大人っぽくなった。名前を呼ぶ声も、あの頃よりもっと、さくらをドキドキさせた。
「あ、あのね。小狼くん。今日学校終わったら・・・、うちに来ない?」
「えっ」
さくらの思わぬ誘いに、小狼は顔を赤らめた。驚く小狼に、さくらは身を寄せて、内緒話のように耳元で言った。
「くまさん達も、会わせてあげたいの。くまのしゃおらんくん、ずっと一緒に待っててくれたから」
「・・・!あ、ああ。そうだな。『さくら』も、ずっと俺の傍にいてくれた。会わせてあげたい」
小狼の右腕に大事そうに抱かれている。あの日、さくらが一晩かけて作り上げた、想いの結晶。少し気恥ずかしくなって、さくらは「えへへ」と照れ笑いを浮かべた。
「知世ちゃんも、いっしょに来ない?」
「お誘いありがとうございます。私も、李くんとさくらちゃんのくまさん達の再会を、是非このカメラに納めたいです・・・!けど、ご遠慮しますわ」
「ほぇ?どうして?」
問いかけるさくらに、今度は知世がこっそり耳打ちした。その言葉を聞いて、さくらは耳まで真っ赤になった。
『李くんと、お二人でゆっくり過ごされてください。会えなかった分、沢山甘えてくださいな』
真っ赤になって動揺するさくらを見て、小狼は不思議そうに首を傾げるのだった。








放課後。さくらは緊張しながら、小狼を木之本家のリビングに招き入れた。桃矢が留守で、少し安心する。
(お兄ちゃん、小狼くんに意地悪言いそうなんだもん)
バチバチに睨み合う二人を想像して、さくらは苦く笑う。
「あれ?ケロちゃん、どうしたんだろう・・・」
いつもこの時間はゲームをしているかおやつを食べているのに、部屋の中は静かだった。
ふと、机の上にメモ書きが置いてある事に気づく。それを読んで、さくらは顔を赤らめた。
(んもう、ケロちゃんてば・・・)
メモには、『知世のところに行ってるさかい。小僧と仲良くな!』と言うような内容が書いてあった。ケルベロスなりに気を使ってくれたのだろう。今頃はきっと、大道寺邸で知世と一緒に美味しいお菓子を食べているに違いない。幸せそうな姿が、目に浮かぶ。
さくらは制服から普段着に着替えて、いつもの定位置に座っている「小狼くま」を抱き上げた。
「やっと会えるんだよ」
話しかけたあと、きゅーっと胸がいっぱいになる。今更に、小狼が帰ってきたことを実感する。
今、小狼が自分の家のリビングにいることが、嬉しくて仕方ない。
気持ちが溢れそうで、さくらは小狼くまをぎゅっと抱きしめた。
(嬉しいよぉ)
鼻歌が飛び出しそうな上機嫌で、さくらは階段を降りた。リビングを覗き込むと、ソファに座っている小狼が気づいて、こっちを向く。
さくらは自分の口元を隠すようにして、小狼くまを抱き上げた。
それを見て、小狼もくすぐったそうに笑う。そうして、傍らに座らせていた『さくらくま』を、同じように抱き上げた。丸みを帯びた手を持ち上げて、こっちに手を振るように動かす。
さくらは堪らなくなって、小狼の傍に駆け寄った。そのまま抱きついてしまいたい衝動に駆られたが、寸前で思い留まる。
(はうぅ、また私、気持ちが溢れて・・・!恥ずかしい)
密かに動揺するさくらに気づくことなく、小狼は腕に抱いたさくらくまをソファに座らせる。
「久しぶりに会えたな」
さくらは、その隣に小狼くまを座らせた。
二つのくまは自然と向かい合うように座り、その目はお互いを見つめていた。
「・・・会えたね」
じん、と胸に込み上げる。この日を、ずっと夢見ていた。
(くまさん達も、嬉しそう)
見つめ合い寄り添う二つのくまを見て、さくらは微笑む。
不意に、視線を感じて目を向ける。すると、小狼がさくらを見ていた。これ以上ないくらいの、優しい目で。
自惚れでもなんでもなく―――その目は、言葉よりも饒舌に、「好きだ」と伝えていた。
時が止まったように感じた。数秒程の沈黙のあと、小狼はさくらへと手を差し出した。導かれるようにその手を取ると、優しく引き寄せられる。小狼の隣に腰を下ろしても、手は繋いだまま。肩が触れるくらいの近距離に、さくらはドキドキしながら、小狼を見つめた。
心臓の音が大きく聞こえる。
吸い込まれるような瞳から、目が逸らせない。
「しゃ、小狼くん。あの・・・」
「ん?」
「み、見過ぎ・・・だよぉ。私、今、すごく顔熱くて」
「うん。赤くなってる」
「ほえぇ。見ちゃダメ!」
「なんでだ?」
小狼はなぜかすごく楽しそうで、さくらばかりが照れてしまう。繋いだ手が熱い。どちらの熱かも、わからなくなる。
見ちゃダメと、もう片方の手で小狼の目を隠そうとしたら、その手も握られてしまった。
さくらの両手を握って、真正面から向き合って、小狼は愛おしそうに見つめた。
「・・・うん。さくらだ。・・・って、今実感してる」
「小狼くん・・・」
「さくら。やっと会えた」
耳に響く小狼の声に、さくらの胸がきゅんと鳴った。
小狼も同じように、再会を喜んでくれている。この日をずっと待っていたのは、自分だけじゃないのだとわかる。
視界の端に、二つのくまが並んで見つめあっている。
さくらは涙を浮かべて、笑った。
「くまさん達と同じくらい・・・、今、私と小狼くんも近くにいるんだね」
「そうだな」
「うれしい・・・」
ぎゅっと、握った手に力がこめられる。小狼の表情からは笑みが消えて、真剣な瞳がさくらを真っ直ぐに見つめた。
スローモーションみたいにゆっくりと、距離が詰められて。伏せられていく小狼の長い睫毛を見つめながら、さくらもゆっくりと瞼を閉じた。
吐息が触れた瞬間。
―――ピリリリリッ
「ほえぇっ!」
鳴り響いた電子音に、さくらは飛び上がるくらいに驚いた。その拍子に目を開けると、すぐ傍に驚いた表情の小狼がいて、更に動揺する。そのどよめきがソファを振動させて、並んでいた2つのくまが倒れた。
「す、すまない。俺の携帯だ。多分メールだと思う。電源切っておけばよかった」
「う、ううん!全然!小狼くんが謝る事じゃ・・・!」
繋いでいた手を離して、お互いに熱くなった頬を抑える。あんなに近づいたのは初めてかもしれない。触れた吐息、その先にあったかもしれない展開を思うと、さくらは叫び出しそうなくらいの動悸に見舞われた。
その時。
小狼が、じっと何かを見つめていることに気づいた。さくらも、その視線を追って、それに気づく。
振動により倒れた二つのくま。ちょうど、さくらくまに小狼くまが覆い被さるようにして、重なっていた。その密着度に、先程の自分達を連想してしまい、気まずい沈黙に包まれた。
「・・・なっ、仲良しだね!」
「あ、ああ!やっぱり、持ち主に似る・・・、いや違うか、あのくまは分身みたいなもので・・・。って、何言ってるんだ俺は」
自身が口走った言葉に困惑する小狼を、さくらは覗き込むようにして、言った。
「私達も、な、仲良し・・・だもん、ね?」
小狼はしばし硬直したあと、こくこくと頷く。耳まで赤くなっているのに気づいて、さくらはなんだか嬉しくなった。

今、目の前にいる人の熱も。自分の、熱い体温も。この胸を鳴らして止まない、恋心も。確かにここにある。
手を伸ばせば届く距離に―――大好きな小狼がいる。
(全部、夢じゃないんだ)
溢れる気持ちは、もう止められない。止めたくない。

「・・・小狼くんっ」
「ん?」
「だーいすき!」
思いのままに抱きついたさくらに、小狼は真っ赤になって固まる。おずおずと抱きしめ返した、小狼の腕の感触を感じながら、さくらは目を閉じる。
(また、会えたね)

「ずっとずっと、いっしょだよ!」
「ああ。もう、離れない。・・・好きだ。さくら」

 

 


END

 

 

しゃおさくま達も、再び会えた事を喜んでるんじゃないかな~という妄想。

クリアカード編ではそれどころではないのがアレですが、きっと問題が解決したらこんな風にくまさん達もイチャイチャしてる筈・・・(^^)

 

 

2021.5.8 了

 

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