※パラレル設定のしゃおさくです。

※以前に書いた「かくれんぼ」の続編になります。

 

 

 







初めて会ったのは、四歳。その頃は、兄程ではないけれど見上げるほどに大きくて。うまく歩けなくて転ぶと、小さく溜息をついて起こしてくれた。
素っ気ないけど、優しい手。最初は少し怖かった。でも、すぐに大好きになった。真っ直ぐに見つめてくれる瞳も、あたたかな手も。
時が過ぎて、私は17歳になった。背も伸びたし、胸も少しだけ膨らんで、大人の女の子に近づいた。
大好きなあの人との距離だって、縮まった。身長差はあの頃より少なくなったし、背伸びをすれば、ほら。キスだって出来る。
高校の制服に腕を通して、鏡の中にいる自分の姿を見つめる。
―――もっともっと、近づきたい。








高校の授業が終わると、さくらは急いで席を立った。
友人達が遊びに誘っても、「用事があるから」と申し訳なさそうに断って、走っていく。きっと恋人が出来たに違いない、と。みんなに噂されているとは知らず、さくらは浮かれた足取りで校舎を出た。
向かう先は、学校から数キロ程離れた場所にあるマンション。自分の家とは反対方向だけれど、ここ最近は俄然その部屋に寄る事の方が多くなった。―――もちろん、兄には内緒だ。
途中、スーパーで買い物をする。食材を選びながら、今日の夕食の献立を考える。主婦さながらに、買い物かごをもって悩む姿が似合っている。制服に身を包んだ可愛らしい少女は、このスーパーでも密かな名物になりつつあった。
「買いすぎちゃったかな・・・」
ずっしりと重い買い物袋を手に、向かう先に聳え立つマンションへと歩いた。近づくにつれて、スキップしたくなるくらいに心が浮かれる。
その時。重かった右手が、急に軽くなった。持っていた買い物袋を後ろから奪われ、驚いて振り向く。
そして。その顔を見た途端、ふわっ、と花のような笑顔が咲いた。
「小狼くん!」
「さくら、おかえり」
「小狼くんも。おかえりなさい」
マンションの入り口付近で、にこやかな挨拶が交わされる。その空気は誰が見ても甘やかで、通行人がほっこりと頬を緩ませるほどに微笑ましかった。
「あっ、自分の鞄くらい持つよぅ」
「いいよ。ここまで頑張った分、ご褒美」
学校鞄までも奪われ、手持ち無沙汰になったさくらは、小狼のジャケットの裾をちょんと摘まんだ。常々、甘やかされている事を自覚しながらも、優しい仕草が嬉しくて仕方ない。
エレベーターに乗って、小狼の部屋まで上がる。荷物でいっぱいの小狼の代わりに、さくらはポケットから鍵を出して、玄関を開けた。
二人でキッチンに立ち、夕食の準備を始めた。さくらは、今日一日学校であったことを楽しそうに話し、小狼もそれに頷いた。
小狼は大学四年生で、少し前に就職が決まった。そのタイミングで、さくらへと合鍵が渡されたのだ。
一か月前に渡された銀色の鍵。もらった時、どれだけ嬉しかったか、言葉では言い表せない。さくらの、一番の宝物になった。
「そうだ。今日は、さくらに渡したいものがあるんだ」
「え?なぁに?」
「きっと喜ぶ」
夕食後に、小狼がそう言った。笑顔を輝かせるさくらに、小狼が差し出したのは苺のショートケーキだった。
「昔から、好きだっただろ。ほら。俺の苺もやる」
「う、うん・・・」
少しだけ、複雑な気持ちになった。
苺のショートケーキ。確かに、大好きだけど。苺も大好きだけれど。
「小狼くん・・・私、もう子供じゃないよ?」
「え?」
小狼は驚いた顔で、数秒さくらの顔を見つめた。何かを言いたげなさくらの瞳に、小狼が戸惑いを見せる。
さくらはハッとして、すぐに笑顔を作った。
「なんでもない!ケーキ、嬉しい。食べよ?」
小狼は安堵したのか、緊張を緩めた。二人の「いただきます」の声がぴったりと重なって、真っ白い生クリームをまとったスポンジに、フォークが刺さる。
―――数年越しの恋が実って、二人は晴れて恋人同士になった。
だけど。
合鍵を交換して、新婚夫婦のようなやり取りをしていても。まだ、キス以上の関係には進んでいない。その事に、さくらは少しだけ焦りを感じていた。
(私が子供っぽいからかな?妹じゃなく、女の子として好きになってくれたんだよね・・・?まだ、足りないのかな)
同級生と比べると少しだけ寂しい胸元を見下ろして、さくらは溜息をついた。
「明日からは牛乳を飲もう!」と、密かに決意をするのだった。










さくらが難しい顔でショートケーキを頬張っているのを、小狼はこっそりと横目で見ていた。
―――ケーキの気分ではなかったのだろうか。お腹がいっぱいになったから?手放しで喜んでいるとは言えない横顔に、小狼は落胆の色を隠せなかった。


『わーい!ケーキだぁ!いちごのショートケーキ、さくら大好き!』
幼い頃に、木之本家でケーキを呼ばれる機会が何度かあった。大抵は、家主である藤隆の手作りだ。店で食べるケーキよりも美味しかった記憶がある。
ある日。小学生のさくらが笑顔でケーキを食べていたら、後ろから手が伸びてきて、彼女の一番好きな苺を攫って行った。犯人は、他にいない。彼女の兄である桃矢だ。
『あ―――っ!!さくらの苺!!』
『なんだ。食べないから嫌いなんだと思ってた』
『大好きだから残しておいたの!!おにいちゃんのばかぁ!!』
憎らしく笑う兄上の口内へと吸い込まれ、あっという間に消えてしまった苺。さくらは半泣きになって叫んだ。その顔を見て満足したのか、桃矢の視線はテレビに戻った。
恨めしそうに見つめていたさくらだったが、次の瞬間、ぱぁ、と顔を輝かせた。消えた筈の苺が、再びお皿の上に乗っていたからだ。
『李くん!くれるの?』
『あんまりに落ち込んでるから・・・苺ぐらいなら、別に』
『ありがとう!李くん、大好き!苺も大好きー!!』


そう言って嬉しそうに苺を頬張る顔が、まだ自覚のなかった恋心を刺激した事など、当の本人は気づいていないだろう。
今でも、鮮明に思い出せるくらいに心に残っている。どれだけ成長しても。例え、背が伸びて体つきがやわらかそうになって、子供扱い出来ない年頃になっても。あの頃の『大好き』は、変わらないと。そう、思っていた。
―――『小狼くん・・・私、もう子供じゃないよ?』
(そんなの、わかってる)
一緒にいられる今が何よりも幸せで、不満なんかひとつもない。むしろ、恵まれすぎていて。この先に落とし穴があるんじゃないかと思うくらい、満ち足りている。
だけど。時々、寂しさが胸をすりぬける。
正体不明の憂鬱に、答えを出せないまま。小狼は、苺の無いケーキにフォークを刺した。






―――『りくん、りくん。ね、かくれんぼしよ?』
幼い少女が、笑顔で駆け寄ってくる。彼女が隠れる場所は決まって同じ場所で、そこは自分以外は知らない。だから、見つけられるのも自分しかいないと、そう思っていた。
失恋して泣いていた時も。高校生になった日に、姿を消した時も。いつだって見つけた。迎えにいった。それが、自分の役目だと信じて疑わなかった。
―――『さくら』
見つけた、と。手を取った瞬間。こちらを見た彼女が、ゆっくりと口を開いた。
『もう、子供じゃないよ?私はもう・・・かくれんぼなんかしないよ』




「友枝図書館前、友枝図書館前・・・お降りのお客様は、お近くの降車ボタンを押してください」
ふと意識が浮上して、小狼は小さく溜息をついた。バスの揺れに目を閉じたら、珍しくうたた寝をしていたようだ。夢見の悪さに舌打ちをしたくなる。
バスを降りて、自宅マンションへの道を歩いた。吹きすさぶ冷たい風に片目を瞑って、マフラーに口元まで埋めた。
さくらは今日テスト最終日で、午前中で学校は終わると言っていた。だからきっと、今日も夕飯の支度をして待っている。
いつもは自然と早足になるのに、今日はなぜか足が重い。あの夢のせいだ、と。小狼は、わけのわからない憂鬱に溜息をついた。
(さくらは、高校生になった。俺の手を取ってくれた。・・・でも、もしも。彼女の理想と、違っていたら)
ずっと胸にあるこの不安は、昔から存在していた。
さくらの初恋相手を知っている小狼にとって、タイプの違う自分が選ばれるとは思っていなかった。だから、気持ちを返してもらえた時は、奇跡が起きたと思った。それくらいに、嬉しかった。
大人になった彼女が、自分とお付き合いを始めて。もしも、『違和感』を感じ始めてしまったら。気持ちが、変わってしまったら―――。もしもの不安は、幸せであればあるほど、心の片隅に陰を落とした。
それが現実に起きた時。自分は、彼女を手放せるのだろうか。彼女の幸せを願って、離れる事が出来るのだろうか。想像をするだけで、目の前が翳っていく。
いつもは「馬鹿らしい」と一笑出来る小さな不安も、今日はなぜか頭から離れなかった。そうこうしているうちに、マンションの前まで来ていた。
迷っていても仕方ない。小狼は観念して、エレベーターに乗った。
きっと。さくらの笑顔を見たら、こんな不安は吹き飛ぶ。そう思って、扉を開けた。案の定、鍵は開いていた。
「ただいま」
部屋の中にいるだろうさくらに声をかける。だけど、帰ってくる答えはない。しん、と静まり返った部屋に、小狼の心臓が嫌な音を立てた。靴を脱いでリビングに向かうと、電気が点いていた。
「さくら?いないのか?」
部屋の中はあたたかい。キッチンからはいい匂いがしていた。炊飯器は湯気を立て、もうすぐご飯が炊き上がるようだ。確かに、ここにいた形跡があるのに。さくらの姿は、どこにもなかった。
凄まじい不安感と喪失感に、冷たい汗が浮かんだ。心臓がばくばくとうるさくなって、馬鹿馬鹿しいほど嫌な想像に思考が占領される。
「・・・さくら」
呼ぶ声が、静かな部屋に空しく響く。
その時。微かな声が、聞こえた気がした。
―――「もういいよ」
幻聴かと、一瞬考えた。だけどその声が、小狼の思考を明るい方へと導く。落ち着いて、家の中の様子を窺った。リビングを出て、寝室に続く扉を開く。電気のスイッチを入れると、神経を研ぎ澄まし、気配を探る。
(どこに隠れていても、わかる)
どうしてかはわからないけれど。絶対の自信があった。
小さなクローゼットの扉を開けると、整頓された衣装棚の横に、すっぽりと収まった体が見えた。扉を開けたまま呆然と見つめる小狼に、さくらは体育座りのまま恥ずかしそうに笑った。
「えへへ。見つかっちゃった」
その笑顔を見た途端、小狼はこみ上げる気持ちに突き動かされるように、動いた。狭いクローゼットの中に隠れていたさくらを抱き寄せて、腕の中に閉じ込めた。
「小狼くん?どうしたの?」
「・・・いなくなったって思って。心配した」
「あっ・・・。ごめんなさい。えっと、急に思いついて、びっくりさせちゃおうって思って・・・ごめんなさい」
申し訳なさそうに謝るさくらを、もっと強く抱きしめた。苦しいだろうに、文句ひとつ言わずに、その抱擁を受け入れてくれる。
愛おしくて、仕方なかった。
腕の力を緩めて、至近距離で見つめあう。さくらの碧の瞳の中に自分が映っているのを見たら、我慢がきかなかった。吸い寄せられるように唇を寄せ、深く口づけた。
「・・・っ、ん」
さくらの甘い声を聞いて、体が熱くなった。やわらかな髪に指を差し入れ、逃げられないように抑え込む。苦しそうな吐息ごと閉じ込めて、何度も何度も、キスをした。
強い執着と独占欲、浅ましい情欲。これで、よく離れられると思ったものだと、小狼は心の中で自嘲する。五つも下の恋人。制服姿の彼女に自分のものだと印をつけて、このまま閉じ込めてしまいたい。
今まで懸命に守っていた、遠慮や我慢といった理性ががらがらと崩れていく。暴走しかけた本能が、体を動かした。
右手がさくらの太ももに触れると、彼女の体が強張る。その瞬間、小狼はハッと我に返った。
「・・・!ごめん」
慌てて唇を離した小狼は、至近距離でさくらの表情を見てしまった。赤く蒸気した頬、とろんと蕩けた瞳が、こちらを見つめていた。熱い吐息に、やっとのことで持ち直した理性が再び揺らされる。しかし、ぐっと堪えた。
さくらの表情が、少し残念そうに見えるとか。自分に都合が良い事ばかり考えてしまって、小狼は自己嫌悪になる。
しかし、それは思い違いでも、自惚れでもなかった。
「もう、終わり・・・?」
しゅん、としたさくらが、ぽつりとそう言った。「え?」と聞き返すと、ぼんっ、と一気に顔を赤くして、首を激しく横に振る。
さくらの様子がいつもと違う事に、小狼はなんとなく気付いた。じ、と見つめると、さくらは視線を落として、恥ずかしそうに言った。
「う、嬉しかったの・・・。下着の効果、あったのかなって」
「下着・・・?なんのことだ?」
「ほぇ?ち、違うの?うわぁぁ、ごめんなさい・・・!やだやだ、小狼くん、今の忘れて!」
「無理だ、気になる」
必死な様子でそう言うさくらだったが、気になって忘れるなんて出来るわけない。小狼が問い詰めると、さくらは涙目で白状した。
「新しい下着で・・・少しだけ、おっきくなったの。気付かない?」
いつもよりも、膨らんだその場所。恥じらって身を捩るさくらの姿に、小狼は鈍器で頭を殴られたような衝撃を受けた。無言のままでいると、さくらはわたわたと両手を忙しなく動かして、言った。
「引いた?引いてる?だって・・・っ、今のままじゃ私、小狼くんに大人扱いしてもらえないと思って・・・。悪あがきだって分かってたけど」
「・・・・・大人扱い」
「小狼くんの中じゃ、私はまだ小学生のままなのかなって。む、胸が大きくなれば、少しは意識してもらえるかなって。うぅ、恥ずかしい・・・やっぱり、忘れ」
さくらの言葉も途中に、その唇を塞いだ。やわく食んで、開いた唇から舌を入れる。さくらは驚くも、拒むことはしない。少し拙い動きで、自ら舌を絡める。それが、小狼の熱を更に上げた。
さくらの膨らんだ胸に、そっと手で触れた。ぴくっ、と肩を揺らして、薄く開いた瞳がこちらを見つめる。小狼もまた、さくらを見つめる。離れない唇と舌をそのままに、小狼はさくらの体に手を回し、ぐっと抱き寄せた。
「大人扱いするって、こういう事だってわかってるのか・・・?」
キスの合間に囁くと、さくらは驚いたように目を瞠って、それからこくこくと頷いた。
手を引いて、やわらかなベッドへと誘う。互いに強く抱きしめあって、深く沈み込んだ。
恥じらう表情も、「もっと」と求める舌も、不安そうに腕を掴む小さな手も。あの頃よりも大人になったけれど、変わっていないものもあった。
大好きだった女の子は、あの日のまま。変わらずに、ずっと傍にいてくれた。
「小狼くん・・・大好き」
―――『りくん、大好き!』










「わぁ!ケーキだ!また買ってきてくれたの?」
赤い苺が乗ったショートケーキを、小狼はさくらに渡した。小狼はケーキには手をつけずに、美味しそうに食べるさくらをじっと見つめていた。
さくらは、不思議そうに首を傾げる。
「・・・?なぁに?小狼くん」
「ん。・・・大人になっても、そういうところは変わらないな、と思って」
小狼の言葉に、さくらはきょとん、として。そのあと、難しそうに考え込んだ。なにやら、深読みして変な方向に考えが進んでいそうだ。
小狼は小さく笑って、さくらの口元についたクリームを拭うと、ぺろと舐めた。
「・・・可愛いって事」
その言葉に、いつもならふわりと絆されて喜ぶところだ。だけど、最近のさくらは敏感だった。『大人扱い』されるようになった今でも、気になって仕方ない。
「小狼くん。その可愛いは、どういう意味の可愛い?」
真剣な顔で詰め寄ってくるさくらに、少々気圧されながら、小狼はフォークを手にする。ぷすり。フォークに刺さった苺が、さくらの可愛い唇にあてられた。
「教えてもいいけど。そのかわり、長くなるぞ」
13年に及ぶ想いの丈を伝えるには、時間はいくらあっても足りない。
だから。これから先の数十年も、ずっと傍にいる。一生をかけて、伝え続けよう。
「いいよ!いっぱい聞かせて?小狼くん」




 




かくれんぼ ~ストロベリー・オン・ザ・ショートケーキ~





 

END


 

 

 

ある曲が「かくれんぼ」の話の二人にすごく合ってるよーと教えてもらえて、それを聞いていたらふと浮かんできた、付き合ってる二人のお話。

合鍵を渡す許可を兄ちゃんから取るまで、多分涙ぐましい努力があったかと思われます。お付き合い二年目でやっと・・・(*´▽`*)

途中、最近の燃料投下でのちょっとした小ネタを織り交ぜてみました。知ってる人はニヤリとしてもらえたら嬉しいですw

 

 


2018.2.6 了

 

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