「ほんならわいは先に寝るさかいな」
「うん。おやすみなさい、ケロちゃん」
「わいの事は気にせんでええからな!あっ、でも!小僧にたまには美味いもん送ってこいって言うておいてな!」
「もう、なにそれ」
くすくすと笑うさくらを、ケルベロスはジッと見たあとに、ぽんぽんとやわらかな手で頭を撫でた。
「あんまり夜更かししたらあかんで」
「・・・はーい」
ほなな~と、ケルベロスは呑気に手を振って、さくらの机の引き出しに潜り込んだ。最近はさくらのベッドで一緒に眠る事も多いが、今日は気を利かせてくれたのだろう。
さくらは静かになった部屋で、携帯電話を握りしめた。
時刻は、23時。
誕生日まで、あと一時間。
(・・・もうすぐ、小狼くんからお電話がくるんだ)

 

 

 

 

 

Happy Birthday Call










(はうぅ・・・き、緊張してきたよぉ)
携帯電話の画面を付けたり消したりして、少しずつ時を刻むデジタル時計を見ては、悩まし気に溜息をついた。さくらは、うるさく鳴る自分の鼓動を落ち着けようと、深呼吸する。それでも体中がそわそわして、落ち着かなくて。部屋の電気を消して、ベッドにもぐりこんだ。
今日は月が明るい。カーテンの隙間から入り込んだ淡い月明りが、『彼』を思い出させて、さくらの鼓動を更に速めた。しかしすぐに雲が月を隠して、その光は途絶えてしまう。真っ暗になった部屋。さくらは、布団の中でもぞもぞと動いた。
もうすぐ今日という日が終わって、新しい日が始まる。そして。さくらは、11歳から12歳になる。あと一週間もすれば、新しい制服を着て新しい中学校へと通う事になるのだ。
そんな、特別な誕生日。
(・・・小狼くん)
―――『4月1日になった時に、電話、してもいいか?』
一週間前。電話口でそう言われた瞬間、さくらは驚きと嬉しさで咄嗟に声が出なかった。無言のさくらに、小狼は少しだけ焦ったのか、『無理にとは言わないから』と言葉を続けた。
「無理じゃ、ないよっ・・・!ほんと・・・?」
『ああ』
「嬉しい・・・!お電話、待ってるね」
まだ誕生日は先だったのに、既にその時プレゼントを貰えたみたいだった。それ程に、嬉しかった。
さくらは、その時の事を思い出して、ほう、と息を吐いた。布団の中に潜り込んで、暗闇の中で液晶画面を見つめる。
時刻は、23時58分―――。
(あと、2分)
チクタク、チクタク・・・
(・・・あっ、でも。すぐに電話は来ないかもしれないよね。時差もあるし、小狼くんも忙しいだろうし・・・。でもでも、4月1日になった時にって言ってたから、すぐ、なのかな?)
チクタク、チクタク、チクタク・・・
(あと、1分・・・)
―――ぶぶぶっ、ぶぶぶっ
「!!」
携帯電話が、さくらの手の中で震えた。液晶画面に映ったその名前に、涙が出そうになった。さくらは勢いよく起き上がって、通話ボタンを押した。
「はい・・・っ、さくらです!」
言ってから、さくらはパッと口を手で抑えた。真夜中の時間なのに、無意識に大きな声が出てしまった。引き出しの中で寝ているケルベロスや、隣室の兄に聞こえたらと思うと恥ずかしい。
緊張と動揺が、どくどくと心臓の音を大きくした。
受話器の向こうで、聞こえる息遣い。小狼の声に、さくらは耳を澄ませる。
『・・・こんばんは。遅くに、ごめん』
「ううん・・・っ」
ふるふると、さくらは首を横に振る。なんだか、うまく声が出ない。真夜中に聞く小狼の声は、いつもよりも大人っぽく感じて、ドキドキした。
『・・・ごめん。少しフライングした。まだ、日は変わってないよな』
「あ・・・、本当だ」
時計を確認すると、まだ11時59分だった。受話器の向こうでは、何やらくぐもった声が聞こえる。咳払いだろうか。
『緊張して、落ち着かなくて。・・・ごめん。あと一分が待てなかった』
「―――!」
姿は見えないのに、その声だけで小狼の赤い顔が目の前に見えた気がした。そして今、自分も同じくらい真っ赤になっているだろう。熱くなった頬を手で撫でて、さくらは思わず笑った。
「・・・あ」
―――カチ。
長針と短針がひとつに重なった。瞬間、月明りがきらきらと、一本の筋になって部屋の中を照らした。雲が晴れて、惜しみなく眩い月光が降る。
『誕生日おめでとう、さくら』
その言葉が鼓膜を震わせて、全身の熱を急速に上げる。目頭まで熱くなって、こみ上げた涙に、さくらはスンと鼻を啜った。
姿は見えないのに。
すぐ傍にいてくれるみたいに、錯覚して。
優しく笑う、大好きな人の事を想った。
(会いたい)
「・・・ありがとう、小狼くん!」
涙声になっていないだろうか。精一杯に声を明るくして、そう答えた。電話でよかったと、さくらは思う。泣き顔は見せたくない。小狼に、余計な心配をさせたくない。
(せっかく、電話してくれたんだもん)
「えへへ。おめでとうって言われるの、小狼くんが一番最初だよ。嬉しい」
『・・・俺も。今年は、そうしたいと思ったんだ。無理言ってごめん。・・・眠くないか?』
「うん!全然大丈夫!・・・だから、その。もう少しだけ、お話してもいい?」
『っ!』
「だめ・・・?」
『・・・だめなわけ、ないだろ』
不思議だ。今日は、声だけで小狼の表情まで見える気がする。少しだけ照れて、嬉しそうにはにかんでいる。
さくらは嬉しくなって、再びベッドの中に潜り込んだ。目を閉じて小狼の声を聞いていると、目の前に小狼がいて、優しく見つめてくれているような。そんな、幸せな夢が見られた。
「明日はね、知世ちゃん達とお出掛けするの。・・・うん。そう、千春ちゃんや奈緒子ちゃんや、あと別の学校に行くことになった利佳ちゃんも。新しいお洋服、買いに行くんだ」
『いいな』
「うん!・・・夜はね、お父さんとお兄ちゃんと雪兎さんが、誕生日のお料理とケーキを作ってくれるの。ケロちゃんの方が私よりも楽しみにしててね、『ぜったいにわいの分も取っておいてやー!』って、何回も言うんだよ」
『相変わらずの食い意地だな』
くすくすと、空気を震わせる笑い声が耳にくすぐったい。このまま、ずっと聞いていたかった。小狼の声は、こんなに優しかっただろうか。心地よくて、安心する。
あまりに心地よくて、さくらは無意識に欠伸をしてしまった。
小さく零れた可愛らしい声に、小狼も気づいた。
『もう、寝た方がいいんじゃないか?明日、大道寺達と出掛けるんだろう』
気遣う小狼の言葉に、さくらは途端に悲しくなった。小狼と話し始めて、もうすぐ一時間になる。そろそろ眠った方がいいのは、きっと小狼も同じだ。
―――電話を、切らないと。
頭ではわかっているのに。
「・・・や、やだ。もうちょっとだけ、お話してたい」
『さくら・・・』
いつもは口に出せないままで飲み込んできた少しの『我儘』が、この時ばかりは止められなかった。ぽろぽろと、涙と一緒に零れ落ちる。さくらは、ひく、としゃくりあげながら、涙を拭った。
「ごめんなさ・・・、ごめんね。小狼く、・・・を、困らせる、つもりじゃ・・・、っ」
『俺は大丈夫だ。困ってない。さくら、謝らなくていい』
「でも、・・・こんな、わがままで。せっかく、お電話、っく、くれた、のに。な、泣いちゃって・・・ごめんね」
(小狼くんを困らせてる。早く、泣き止まなきゃ。平気だよって、笑わなきゃ)
そう思うのと反比例するみたいに、涙が止まらなかった。さくらは布団の中で声を押し殺して、幾度も幾度も流れる涙を拭った。
『さくら』
(・・・!)
さくらは、閉じていた目をゆっくりと開ける。
小狼の声が、自分の名前を呼んだ。それだけなのに。
優しい手が、濡れた頬を撫でる。近づく鼓動と、静かな呼吸。ふわりと、やわらかな髪が肌をくすぐる。自分よりも大きな掌が、少し不器用に、抱き寄せてくれる。確かな体温と、存在を感じられた。
『さくら・・・、大丈夫だ』
―――これは、都合のいい夢?
―――それとも、魔法?
潜り込んだ布団の中、目を開けたら、小狼の姿があった。優しく笑う顔が、名前を呼ぶ。ぎこちなく抱きしめてくれる手が、あったかくて。
気付いたら、涙は止まって。さくらは小狼の腕の中で、安心したように笑った。
『さくら』
「小狼くん・・・。さくらの傍に、ずっと、いてね・・・?」
『・・・うん。もうすぐだ。もうすぐで、さくらの傍に行くから。・・・ずっといっしょだ』
その言葉を最後に、意識は夢の中へと落ちた。
さくらの手から、携帯電話がするりと離れて。受話器の向こうで呼ぶ声が、通話が完全に切れる前に、『おやすみ』と告げた。


空に浮かぶ月。その傍には、幾千の星がある。
―――離れていても、心は傍にいる。いつも見守っている。いつも、想っている。








「おそよう、怪獣。今日は一段と体がでかくなったんじゃないか?」
「さくら怪獣じゃないもん。体の大きさだって変わってないもん~!」
「おめでとうって言いたくなくなる顔だな。どうせ、夜更かししたんだろ。・・・・・・それ。お前宛に荷物が届いてたぞ」
翌朝。寝不足の目を擦りながらリビングに降りると、朝ごはんの支度をしていた兄がそう言った。
さくらはハッとして、テーブルの上に乗っている箱を手に取った。そうして、再び自分の部屋へと上がる。
「おい、さくら!朝のうちは父さんも仕事だけど、夜には帰ってくるから。お前も遅くならないよう帰って来いよ・・・って、聞いてないな、あれは」
やれやれ、と。桃矢は溜息をついて、オムレツをひっくり返した。早朝に届いた、さくら宛の国際便。贈り主の名前を思い出すと自然に眉間の皺が寄る。が、今日は意地悪は言わないでおこうと思った。
「誕生日だからな、特別だ」
綺麗な黄色いオムレツが、宙で一回転した。


「なんやぁ、さくら。小僧からプレゼント届いたんか?昨日は、ちゃんと話せたんか?」
「・・・うん」
「よかったな」
昨日と同じように、やわらかな手が、さくらの頭をぽんぽんと撫でてくれた。
さくらは、涙目で笑う。
‘誕生日おめでとう’
バースデーカードには、几帳面な字でそう書いてあった。小狼がさくらの為に選んでくれた贈り物と、唯一無二の想いが、たまらなく嬉しい。贈り物を胸に抱いて、さくらは目を閉じた。
(ありがとう、小狼くん)










「いってきまーす!」
桜の花びらが、はらはらと舞い散る。中学校に入学して少し経った、ある日の朝。真新しい制服に腕を通して、さくらは家を出た。
そして、その日。
待ち焦がれていた、大好きな人と再会した。
「小狼くん・・・?」
「香港での手続きがやっと終わった。これからずっと、この友枝町にいられる」
「本当に?もう、手紙とか電話だけで我慢しなくていいの?」
「ああ」
小狼は、穏やかな笑顔で頷いてくれた。その手には、自分と同じ名前のテディベアがいる。あの日の自分が、精一杯の気持ちと一緒に贈ったものだ。
少し背が伸びた、大人になった小狼が、目の前にいる。離れていた時間や距離を、一瞬で飛び越えて。
―――これは、都合のいい夢?
―――それとも、魔法?
(ううん・・・!)
「これからは、ずっといっしょだよ!」
抱き着いたさくらを、小狼は危なげなく受け止めて、強く抱きしめ返してくれた。記憶よりも少しだけ逞しくなって、背も伸びた。抱きしめられる手の力強さに、遅れて心臓がうるさく鳴りだした。
「小狼くん・・・」
「さくら・・・」
お互いの顔を見つめて、名前を呼んで。確かめるように、何度も抱きしめ合った。重なる鼓動の音が、ただ嬉しかった。
この日を、ずっと待っていた。
「今日帰るって事、さくらの誕生日の日に、電話で伝えたんだけど・・・」
「あっ、あの時・・・!ごめんなさい。私、先に眠っちゃって」
「泣いてたと思ったら、寝息が聞こえてきたから。びっくりした」
「ほえぇぇぇ!ごめんなさい!」
よく考えたら、なんて恥ずかしいところを見せたのだろう。心配させて、困らせて。最後は置いてけぼりにしてしまった。
真っ赤な顔で謝るさくらに、小狼は破顔した。こつん、と。額と額を合わせて、至近距離で見つめられる。
「嬉しかった。さくらのわがままなら、もっと聞いてやりたいと思った」
「!!」
「・・・さくらの我儘も、泣き顔も。その、・・・可愛かった、から」
もしかしたら。
あの夜、さくらに小狼の姿が見えていたように。小狼にも、さくらの姿や顔が見えていたのかもしれない。
そう思ったら、途端に恥ずかしくなった。
(でも、でも・・・。小狼くんが帰ってきたのは、夢じゃない。夢みたいだけど・・・夢じゃないんだ)
これからは、いつでも会える距離にいる。電話や手紙じゃなくて、顔を見て話せる。触れられる距離に、いる。
実感したら、頭の中が沸騰しそうなくらいに熱くなった。
「また、よろしくな。さくら」
「私こそ・・・!たくさん、仲良くしてね?小狼くん」
「あ、ああ。たくさん、仲良く、しよう・・・」
小狼の赤く染まった顔と、消えそうに小さくなるその言葉を聞いて、さくらは一層に照れた。舞い上がって、嬉しすぎて。恥ずかしい事をたくさん口にしている気がする。
「はうぅ・・・」
その時。どこからか聞こえてくる―――カメラの音。
ジー・・・。
「「!?」」
「おかまいなくー!」
「と、知世ちゃん!?」
「今日は更に超絶可愛いさくらちゃんが撮れましたわー♡」
「変わらないな、大道寺も」




これから始まる新しい毎日に、大好きなあなたがいる。
贈り物のような幸せを胸に抱きしめて、さくらは学校への道を歩き出した。


HappyBirthday!!


 

 


END


 

 

今年は中学入学前の、小狼と再会前の誕生日のお話を書きました。 ここからクリアカード編が始まったり始まらなかったり、みたいな・・・?

もうサービスは終わってしまったんですが、さくらコールと言う素晴らしい公式からの供給から思いついたネタでした。またやってほしい!

今日の日も、小狼とさくらが二人一緒に幸せに過ごしていますように!お誕生日おめでとう!

 


2019.4.1 了

 

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