※名無しオリキャラの男の子が出てきます。苦手な方は注意です。

 

 

 

 

 


(あの後ろ姿は・・・、さくらだ)
遠くからでもわかる。特徴的と言ってしまえばそれまでだが、短く切り揃えられたショートヘア、はちみつ色の綺麗な髪は、彼女以上に似合う人はいないと思っている。
放課後。小狼は委員会で、さくらはチアリーディング部の活動があった。そんな日は、待ち合わせをしていっしょに帰る約束をしている。
今日は小狼の方が早く終わったので、校庭に近いベンチで待っていようと決めた。思いがけずさくらの姿を見つけたのは、読みかけの本を手に移動している、その最中だった。
さくらはチアリーディングのユニフォームを着ていた。多分、休憩中なのだろう。水を飲んだあと、振り付けの確認を一人でしていた。
ピンと伸びたさくらの指先が、艶やかに動くのを、小狼はドキドキしながら見つめた。
この頃の春の陽気と、さくらの纏うやわらかな空気が相まって、小狼の胸を震わせる。まるで、初めて恋する気持ちを知った、あの日に戻ったように。
小狼は時々、さくらを見かけては足を止めて、こっそりと姿を見つめた。
声をかけたい気持ちと、このまま気づかれずに見つめていたい気持ち。どちらの感情も、恋をしてしまっているが故の、贅沢な葛藤だった。
だからこの日も。開花した桜の木の下で踊る、さくらの横顔に。ただ、見惚れていた。
しかし、その時。
さくらの傍に、もう一人。知らない男が近づいている事に気づいた。男は遠くからさくらに駆け寄り、話しかけた。
こちらからは後ろ姿しか見えない。体操服の色は青で、上級生だと分かる。この時間にここにいると言うことは、どこかの運動部員に違いない。
顔は見えないけれど、さくらと比べるとかなり大柄な男だ。その身長差は、二十センチにもなるだろうか。
見上げるさくらの、にこやかな横顔。見つめる小狼の表情に、僅かに影が落ちる。
(・・・このデカイ奴は、誰なんだ)

 

 

 

 

 

小狼のおかしなディスコード

 

 

 

 

 

「・・・いっ、」
思わず声が漏れた。顔を顰めながら、膝をさする。小狼は脱いだ制服を畳んで机に置くと、ふうと溜息をついた。
すると、着替え途中の山崎が、興味深そうに小狼の顔を覗き込んで言った。
「あれ?もしかして李くん、きちゃった?」
「・・・なんか嬉しそうだな、山崎」
「僕は去年苦しんだからね!大丈夫、痛いのは最初だけだよ!」
にこにこと笑う顔が胡散臭いと思ってしまうのは、今の自分が不機嫌だからだ。自覚はある。
小狼は眉間によった皺を指でおさえると、苦笑して山崎へと言った。
「自分ではよくわからないな。本当に成長してるのか?」
「もちろん、絶賛成長中さ!僕達男の子は、女の子よりちょっと遅いけどね。・・・あ!そろそろ行かないと遅れるよ」
気づくと、教室には自分達以外いなくなっていた。山崎に急かされ、小狼も校庭へと駆ける。
その途中で、連れ立って歩くさくらと知世の姿を見つけた。あちらも気づいて、笑顔になったさくらが大きく手を振る。
「小狼くん、今から体育?がんばってね!」
ぶんぶんと手を振るさくらの姿に、心があたたかくなる。ヒリヒリとささくれた胸中が、さくらの笑顔でやわらかく解けるみたいに。自然に頬が緩む。
小狼は笑って、さくらに小さく手を振り返した。
(あの事は、考えないようにしよう。・・・この、よくわからない苛立ちも、そのうち消える)
ぴー、と鳴る笛の音に、小狼は慌てて校庭へと向かうのだった。











『さくらが部活終わるまで待ってる。いつものところにいるから』
メールを送り、いつも座っているベンチに腰を下ろした。読みかけの本を開いたが、数分で閉じた。どうにも頭に入ってこない。
この場所にいると、思い出す。数日前に見た光景。背の高い上級生の男を見上げる、さくらの姿を。可愛く笑う横顔を。
(あー!考えないようにしようと思うのに!・・・ダメだ。気になって仕方ない)
冷静に考えれば、自分の知りえない他人が、さくらの傍にいてもおかしくない。クラスも違うし、部活も別なのだから。それぞれに色々な付き合いがあるのは、当然の事なのだ。
わかっているのに。なぜ、こんなに気になるのか。胸がじくじくして、頭の芯が熱くなるみたいに。冷静な思考が、説明のつかない感情に塗り潰されていく。
小狼は、ハッとして頭を振った。今、自分は何を考えていたのか。自己嫌悪と恥ずかしさで、頭を抱える。
ツキン、と痛んだ足をさすって、苛立たしげに奥歯を噛んだ。
その時。
こちらへと近づいてくる足音を、小狼は聞いた。まだ遠いから、姿は見えない。だけど、さくらに間違いないと思った。
小狼は立ち上がり、ドキドキとうるさくなる心臓を抑えた。自分でも笑ってしまうくらいに、緊張していた。
さくらのシルエットが、薄暗くなった夕暮れの校庭に、ふわりと浮かぶ。
「待って、木之本さん!」
突然に男の声が聞こえて、さくらは足を止めた。駆け寄ってきたのは、背の高い男だ。逆光でシルエットしか見えないけれど、小狼はすぐにわかった。数日前も、さくらに声をかけていた、同一の人物だ。
少し離れているから、会話の全部は聞き取れない。男が頭をかきながら、何やら落ち着かない様子で話しているのは見て取れる。さくらはこちらに背を向けて、男の話に律儀に相槌をうっていた。
そうだ。さくらは、どんな時でも自分に声をかけてきた人を無下にする事はしない。話をぞんざいに聞いて、無理矢理に切り上げたりは出来ない。
待ち人がいて、急いでいても。そんな素振りを見せずに、ちゃんと聞いてくれる。それは、さくらの優しさだ。
(・・・ああ。わかる。さくらは優しいから。だから、勘違いする奴もいるかもしれない。もしかしたら・・・自分に好意を持ってくれてるかもしれないと)
さくらを引き留めて、何を話しているのか。なかなか会話は終わらない。並んだ二人のシルエット。その後方で、太陽がだんだんと沈んでいくのを、小狼は見ていた。
苛立ちは、最高潮に達した。身体の小さな痛みが、小狼の不機嫌度を更に上げる。
―――なぜ自分はここで待っているのか。待つ理由があるのだろうか?
(さくらが、他の男に話しかけられているのに。待つ義理があるのか?)
そこまで考えたところで、足が勝手に動いた。一度踏み出したら、迷いはない。こちらに背を向けているさくらよりも、話しかけている男の方が先に気づいた。
「こんにちは。お話し中すいません。そろそろ彼女の門限の時間になるのですが、まだお話はありますか?」
笑顔で挨拶をしながら、小狼はさくらの手を後ろから握った。
さくらは突然の事に驚きつつも、顔を赤く染めて笑った。「小狼くん」と呼ぶその声が、他とは違う甘さを含んでいる。自然と体を寄せて、見つめ合う瞳が、言葉よりも雄弁に語る。
いくら鈍い人でも、直感でわかる程に。
逆光で表情はよく見えないけれど、男は現れた小狼に驚きを隠せないようだった。繋がれた二人の手を、ちらちらと見て、かろうじて笑っている口許が引きつる。
小狼はにっこりと笑って、言った。
「まだ、お話は、ありますか?」










「待たせてごめんね、小狼くん」
「いや。さくらのせいじゃない。謝るな」
意識していないのに、自分の言葉が少しだけ素っ気なく、冷ややかに感じる。
さくらの顔が、なんとなく見れない。だけど、繋いだ手を離すのが嫌で、ぎゅっと力をこめる。
校内でこうやって手を繋ぐのは、初めてかもしれない。今も、部活を終えた他の生徒が、すれ違う度にこちらへと好奇の視線を寄越してくる。
隣にいるさくらが戸惑っている空気が伝わるのに。離してやれない。
(俺、どうしたんだ・・・?さくらを、独占したくて仕方ないなんて)
「あの、小狼くん。どうしたの?・・・何か、怒ってる?」
さくらの、弱々しい問いかけに、小狼はゆっくりと視線を向ける。
泣きそうな、不安そうな顔を見て、胸が痛んだ。自分の勝手な感情で、さくらを傷つけてしまうのは嫌だ。だけど、制御出来ない。こんな自分は初めてで、どうしたらいいかわからなかった。
「・・・さくら」
「なぁに!?」
「・・・その、背の高い男って、どう思う?」
身を乗り出して小狼の言葉を聞いたさくらは、きょとんと目を瞬かせた。その顔を見て、小狼も我に返る。カッ、と顔が熱くなった。
(な、何を聞いてるんだ俺は!そんな事聞いて、どうするんだ!?)
さくらが見上げる程に大きかった、男の後ろ姿。今、さくらとそう変わらない身長の自分と比べて、負けたような気持ちになった。勝ち負けなんてないと、わかっているのに。
さくらは小狼の質問に、不思議そうな顔をしながらも考えた。大きな目が上を向いて、「んー」と声を溢す。
自分で聞いておきながら、今、さくらがあの男の事を考えていたらと思うと、怒りの感情がぶり返しそうだ。
そんな葛藤に苛まれているとは知らず、さくらは真面目な顔で言った。
「あのね、私ね。ずっと大きくなりたかったの。それで、意地悪なお兄ちゃんを潰してやろうと思ってたんだ!」
「・・・ん?」
話が思っていたのと違う方にいっている。呆ける小狼に、さくらは興奮気味に続けた。
「だからね、お兄ちゃんの背を越すんだ!って。小さい時、たくさん牛乳飲んだの!でも、あんまり大きくならなくて。今年も身長伸びてなかったし、もう伸びないのかなぁ」
残念そうに溜息をついて、自分の頭のてっぺんを撫でる。
それを見て、小狼は脱力した。
(そうか。さくらにとって背の高い男は、ずっと身近にいたじゃないか)
思い至った瞬間、頭の中で得意気に笑う桃矢の顔が浮かび、反射的に眉を顰めた。
複雑な心境になっている小狼に、さくらが声のトーンを少し下げて、言った。
「で、でもね。今は、それでいいかなって」
「え?」
「・・・あんまり大きくなると、可愛くないかなって思って。小狼くんも、小さい女の子の方が・・・好き?」
そう問いかけるさくらの、赤い頬や潤んだ瞳に、小狼の心拍数は一気に加速した。
頭が噴火したみたいに熱くなって、『かわいい』の四文字が馬鹿みたいに頭の中を駆け巡った。
(な、なんだ?さくらが可愛すぎて、俺、おかしくなったのか?感情が・・・、溢れそうだ)


今ならわかる。冷静な思考よりも、沸騰した頭で考えたら、正解にたどり着いた。
わけのわからない苛立ちも、独占欲も、この痛みも。
全部、さくらが可愛いからだ。どうしようもなく、恋をしてしまっているせいだ。


「大丈夫だ。多分、俺の方がもっと大きくなる」
「ほぇ?」
「今、絶賛成長中、だそうだ」
わずらわしい成長痛も、嬉しいものになるのだから、なんとも現金なものだ。
すぐ横にあるさくらの顔を、見下ろす日が来るのかもしれない。そう、遠くない未来に。
繋いだ手は、今同じくらいの温度になっている。
花開いた桜が、夕日を浴びてキラキラと光っているのを、二人は並んで見上げた。
その時。しばらく無言だったさくらが、口を開いた。
「あのね。今、想像してみたの。小狼くんの背が伸びて・・・、大きくなったら」
「なったら?」
うるさくなる心臓の音を感じながら、小狼は聞き返した。さくらは耳まで真っ赤になっていた。握る手に、力をこめる。
「小狼くんのお顔が、遠くなっちゃうの少し寂しい、けど。その時は、うんと背伸びするからね!」
照れながら告げたさくらの、その言葉を受けて、小狼も想像した。
今より大きくなって、さくらを見下ろすようになったら。こんな可愛い顔で見上げられて、一生懸命に背伸びして。『小狼くん遠いよぉ』なんて、可愛く抗議を受けるのだろうか。
ずくんっ、と知らない感情がこみあげて、気づいたら体が勝手に動いた。
―――ちゅ。
触れた唇は、一瞬だけ。
至近距離で、呆然とするさくらの碧の瞳を見つめながら、小狼は言った。
「心配するな。その時は、俺が屈むから」
夕日よりも真っ赤に染まっていくさくらの顔を見つめながら、小狼は思った。
(・・・俺って、こんなに嫉妬深かったのか)
―――自覚したからって、止められるわけじゃない。これからは多分、もっと酷くなるだろう。
自己嫌悪の溜息を、ぐっと堪えて。
小狼はさくらの手を引いて、ゆっくりと歩を進めるのだった。










「あっ、先輩。体調いいんですか?すいません、昨日お話途中で・・・」
「・・・あっ。ううん!木之本さんに話きいてもらえると元気でるから、いつもごめんね。・・・と、ところでさ。昨日の奴って・・・」
「え?」
「っ!?!??な、なんでもない!!これからは自分でなるべく解決するよ!!じゃあね!!」
男は顔を青くして、無理矢理に話を終わらせて駆けていった。不思議そうに首を傾げるさくらに、後ろから声がかかる。
「さくら。どうしたんだ?」
「あっ、小狼くん!ううん、なんでもないの」
笑顔で言ったあと、さくらの顔がみるみるうちに赤くなった。昨日の事を思い出したのだろう。
その反応に、小狼もつられて赤くなる。一歩近づいて、さくらの頭を優しく撫でた。
「今日も、いっしょに帰らないか?さくらの部活終わるの、待ってるから」
「・・・!うん、嬉しい!」
満面の笑顔で喜ぶさくらに、小狼も他には見せないような優しい笑顔を浮かべた。
仲睦まじい様子を、惜しげもなく周囲へと見せる。頭を撫でたり、手を握ったり。赤面しながらも喜ぶ、可愛い可愛い彼女の隣で―――さりげなく牽制する。
事態を見守っていた山崎と奈緒子は、呆れと感心を含んだ表情で、顔を見合わせた。
「自覚した李くんはこわいねぇ」
「まあ、二人とも幸せそうだし。いいんじゃない?」

 

 

 


END

 

 

「さくらの不思議なメランコリー」の小狼バージョンになります!無自覚ジェラシー楽しい(*´ω`*)

小狼の小学生の時のガビガビは無意識だったと思うので、自覚してからは更に嫉妬深くなってほしいな・・・という願望ですw

 

 

2021.3.21 了

 

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