小狼くんは、いつもさくらを助けてくれる。
さくらが泣いている時、傍にいてくれる。抱きしめてくれる。
どこにいても、わかる。今どんな気持ちなのか、言葉がなくても伝わる。名前を呼べば、すぐに飛んできてくれる。
『俺とさくらは、双子だから』
だからきっと、離れる事はない。
―――夢物語のように、そう想い続けて。背も伸びて、あの頃よりずっと大人になったけれど。気持ちはずっと、同じまま。
(・・・だけど。本当に、そうなのかな?)
漠然とした不安は、気軽に話せるものではなかった。心の中に生まれた言い様の無い気持ちを、幼い頃の記憶と一緒にしまい込んだ。時折思い出して、だけど答えは出ないまま、また奥底へとしまい込む。
これはきっと、小狼も知らない事。

 

 

 

 

 

もしかしてツインズ に 【後編】

 

 

 

 

 

「・・・なあ、こっそり女子の部屋行かないか?」
「でも、もうすぐ点呼の時間だぞ」
「それが終わってから!寝たと見せかけて、油断させるんだよ」
布団を被ってこそこそと話す男子達。今この場で最も聞かれてはならない人物を警戒しながら、薄闇の中で目を合わせる。
「こっそり忍び込もうぜ。・・・さくらちゃん達の部屋に」
―――ばさっ
その名前を出した瞬間、被っていた布団が剥ぎ取られた。スローモーションで舞い上がる布団と、こちらを見下ろす絶対零度の瞳に、悪巧みをしていた男子達は一斉に震えあがる。
「ひぃぃっ!き、木之本、今の聞いてた、・・・よな?」
その問いかけに、小狼はにっこりと笑顔を作った。薄ら寒い冷気まで感じる。無言の重圧に、男子達は速攻で計画を諦め、各自の布団に寝転がった。
「ちぇー。つまんねぇ!木之本お前、いつまでさくらちゃんに過保護にするつもりだ?そんなんじゃ、お前もさくらちゃんも恋人なんか出来ねぇぞ!?」
「・・・ものすご―――く、大きなお世話だ」
「こういう奴に限って、普通に彼女作ったりするんだよ!でも木之本さんに彼氏が出来ようものなら容赦しねぇ!木之本さん可哀相だなぁ」
好き勝手に喋るルームメイトに、小狼はうんざりした顔で溜息をつくと、強制的に電気を消した。歯磨きをしていた山崎が、「りーくん、待って待って」と言って、再び電気を点ける。
消灯と言っても、まだ10時前だ。年頃の少年達が眠るには些か早すぎる。特に、こういうイベントごとであれば尚更。男子達は布団の中で隠し持っていたお菓子を開けて、だらだらと喋り始めた。
「なあ、りーって昔からモテるだろ。お前、今まで誰とも付き合った事ないの?」
「ない」
「マジか!?さくらちゃんには言わないから、ここだけの話にするから!正直に言え!!」
「ないって言ってるだろうるさいな!お前、菓子をぼろぼろ零すな!」
口うるさいのは変わらずだったが、急に余裕がなくなった。自分自身の恋愛に関しては、免疫がなさすぎる。小狼の新鮮な反応に、男子達は親近感を覚える。
「あんなにモテるのにな~。勿体ない。俺がお前の顔だったら、遊びまくるな絶対」
「なあ、マジで今まで何もないの?お前なら、キスくらいはとっくに済ませてるかと」
「―――!」
その単語が出た途端、小狼は思い切り顔を背けた。その不自然すぎる行動に、男子達は無言になった。こちらに背を向けた小狼の耳が赤くなっている事に気付いた一人が、大声をあげる。
「マジ!?木之本お前、キスした事あんの!?誰!!」
「・・・・・言うわけないだろ!いいから、もう寝ろ!」
ぱちんっ、と。部屋の電気を消した。そこからは、どれだけ質問攻めにしても徹底的に無言を貫いた。目を瞑っているが、明らかに寝たフリだ。
「っていうか、高校生男子がキスひとつで盛り上がるって、純朴すぎない?」
「うるせぇ山崎!彼女持ちは黙ってろ!・・・ところでお前、三原とはどこまで進んでるの?」
「んー。言うと千春ちゃんに怒られちゃうから、黙秘権」
興味の対象はすぐに、小狼から山崎に移った。
小狼はホッと胸を撫でおろす。そして、おそらく意図的に自分の方に話が向くように仕向けてくれた山崎に、心中で感謝した。









「さくらちゃん。木之本くんに声かけるって言ってたけど、入らないの?」
「う、うん・・・」
部屋の前で、さくらは立ち竦んでいた。
偶然に聞こえてきた声に、思考が固まってしまった。
本当は、指輪を落としてしまった真緒の為に今から外に行くことを、小狼に報告する為に来たのに。
(小狼くんに言ったら、絶対にダメだって止められる。その代わり、一番いい方法を考えてくれるだろうって思って・・・。私、また小狼くんに頼ろうとしてた)
「さくらちゃん、もうすぐ消灯点呼始まっちゃうよ」
「・・・うん。今なら、こっそり抜け出せるね。行こう」
さくらの言葉に、真緒は涙を浮かべて頷いた。さくらは不安な気持ちを抱えながら、その場から離れた。
一階の窓から、音を立てないように注意しながら外に出た。街灯が少ない為、外に出ると一気に視界が狭まった。二人は携帯電話の灯りを頼りに、ホテルの敷地から更に外に出る。
「真緒ちゃん、キャンプ場の近くを少し探したら、戻ってこようね。時間かかると、先生にばれちゃうし」
「うん!わかってる。ありがとう、さくらちゃん」
このままだと気になって眠れない。そう言って泣いた真緒の気持ちが、さくらにも少しだけ分かる気がした。大切な人からもらった大切なもの。自分が、その人に大切にされている証。
(見つけてあげたい)
「じゃあ、私はこっちを探すから!」
「私はあっちの方見てみるね」
キャンプ場に着いて、二手に分かれて指輪の捜索をする事になった。
さくらは地面に光を当てながら、それらしいものが無いかと探す。ざわざわと風に吹かれる木々の音を不気味に感じ、途端に心細くなった。心の中で小狼の名前を呼んでしまう。子供の時からの癖で、条件反射だ。
―――『マジ!?木之本お前、キスした事あんの!?誰!!』
(小狼くん、否定しなかった。キス、した事あるんだ。・・・キス・・・。小狼くんが、他の女の子と・・・)
想像したら、胸がズキズキと痛くなった。少し前に、小狼が他の女の子に告白されているのを目撃した時も、胸が苦しくなった。だけど今は、それ以上に痛い。
小狼が、自分以外の人に心を許した。自分の知らない時間を、誰かと過ごしていた。
小さい頃から、離れないように危なくないようにと繋がれた手。きっと、あたたかさは変わらない。だけど、家族に触れるのとは、まるで意味が違う。
大好きな小狼の、あの手が大切にするものは、自分だけ。そう、自惚れていた。
(~~~っ!!は、恥ずかしいよぉ。勝手に思いこんで、勝手に傷ついてる、私。こんな風に思ってたなんて、小狼くんには絶対に言えない・・・)
酷い自己嫌悪に襲われて、さくらの目には涙が滲んだ。ふるふると首を振って、余計な考えを追い出す。今は、指輪を見つける事を優先しなければ。
「あれ?私、いつの間にかこんな所まで来ちゃってた・・・。戻らなきゃ」
気付くと、キャンプ場から離れて森の奥まで歩いて来ていた。ほうほう、と聞こえる鳥の鳴き声に、ぞわぞわと肌が粟立つ。さくらはすぐに方向転換をして、元来た道を歩き出した。
その時。さくらは、頭上にあるものに気付いた。
「あれ・・・カラスの巣、だよね?もしかしたら」
一か八か、さくらは気合をいれて腕まくりをすると、器用に木に登った。こういう時、自分の運動神経に感謝する。音をたてないように、慎重に登る。巣の中は空っぽで、鳥はいなかった。目を凝らして見ると、その中に光る物を見つける。
「あったぁ・・・!」
ホッとした瞬間、足元が滑った。「あ」と思った瞬間、体が宙に浮く。まずいと思って手を伸ばすが、虚しく空を掴むだけ。体は重力に逆らえず、下へと落下する。
鈍い音を立てて、さくらは地面に落ちた。衝撃で、周りの落ち葉が舞い上がる。
「あいたた、た・・・。・・・いたっ!?!」
ずきん、と大きな痛みが、右足首に走る。この痛みには覚えがある。おそらく、落下した時に捻ってしまったのだろう。さくらは、痛む場所へとそっと手を当てる。なんとか立ち上がって歩こうとしたが、強い痛みに顔を顰めた。
「そうだ、携帯電話で助けを呼べば・・・、あれ?どこ行っちゃったんだろう?」
ポケットの中に入れていた筈の携帯電話が無くなっていた。落ちた拍子に、どこかに飛んで行ってしまったのだろうか。さくらは涙目になって、その場にへたりこんだ。
「小狼くん・・・」
涙声で小さく呼んでも、返ってくる声はない。当然だ。
さくらは浮かんだ涙を拭って、四つん這いになって落ち葉をかきわけた。辺りは真っ暗で、殆ど何も見えない。手あたり次第にでも、探すしかなかった。
(泣いちゃダメ。頑張らなきゃ。・・・絶対に、大丈夫・・・!)









「―――なんだって!?木之本がいなくなった!?!」
部屋の外から、微かにその名前が聞こえた。
小狼は即座に体を起こすと、驚くルームメイトの声を無視して、部屋の外に出た。離れた場所にある広間に、数名の教師と女生徒が、深刻な様子で話していた。教師は駆け寄ってきた小狼の姿を目に止めると、「ちょうどよかった」と言って、事情を話し始めた。
「木之本が、仲澤と一緒に無くしものを探しに外に行ったらしい。全く・・・!消灯後に抜け出して勝手な事をして!」
「さくらちゃんは悪くないんです。ごめんなさい!」
真緒はぽろぽろと涙を零して、何度も謝った。
「それで。さくらだけがいなくなったっていうのは、どういうことなんだ?」
小狼は冷静だったが、それが逆に怖さを感じた。真緒は、責められているわけでもないのに、小狼に問いかけられて肩を震わせる。
「きゃ、キャンプ場までは一緒に行って、そこから二手に分かれて探したんだけど。十分くらい探したら戻ろうって言われて、でもさくらちゃんが戻ってこなくて。私、どうしたらいいかわからなくて」
「電話をかけても、留守番電話に繋がってしまうそうだ」
「わかりました。キャンプ場の辺りですね。・・・先生、俺も探しに行きます。いいですか」
今すぐにでも駆けだして行ってしまいそうな小狼を、教師は焦って止める。
「ちょっと待て、木之本。先生達も行く。とりあえず、上着を着てきなさい。大宮先生、旅館に事情を話して、懐中電灯を借りて来てください。一時間しても見つからなかったら、警察に連絡しましょう」
学年主任の指示に従って、その場にいた全員が動いた。
「あの、木之本くん」
上着を羽織って捜索にいく小狼に、真緒が声をかけた。
「私が、さくらちゃんに無理を言ったの。最初は明日にした方がいいって言われたけど、私が嫌だって我儘言って・・・。それで、さくらちゃんも手伝ってくれて。だから」
「・・・うん。さくらなら、そうするだろうな。気にするな、仲澤。さくらなら大丈夫だ。俺が、絶対に見つける」
小狼の強い言葉に、真緒は新たな涙を浮かべて、何度も頷いた。
「ところで、何を探しに行ったんだ?」
「あ。先生には内緒ね。実は・・・」


ぎゅっと、携帯電話を強く握りしめる。さくらからの応答は無い。
小狼は眉を顰め、目を閉じた。落ち着け、と。自分に言い聞かせる。
「・・・考えろ。さくらは、どこに行ったのか。今、どこにいるのか・・・」







「はぅ・・・。ダメだ、見つからない。どうしよう・・・」
右足首はじんじんと熱を持って、痛みは酷くなった。さくらは近くの木に体を預けて、深く息を吐く。あれから、どれくらいの時間が経っただろう。みんなに心配をかけているだろう事を思うと、ますます落ち込んだ。
黙っていると不安が募って、涙が出そうだった。さくらは、まるで誰かが傍にいるように、独り言を繰り返した。
「・・・小さい時も、同じ事があったっけ。あの時は、誰かが作った落とし穴に落ちちゃって、ずっと泣いてたなぁ。・・・小狼くんが、見つけてくれるまで」







『ふ、・・・ひっ、ひく、・・・いたいよぉ、こわい・・・。小狼くん、小狼くん・・・!さくらは、ここだよー!』
『―――さくら!!』
『!!しゃおらん、く・・・ひっく、うぁ、あぁぁぁぁん!!』
さくらが落ちた穴を覗き込んで、小狼は手を伸ばしてくれた。だけど、小さな二人の手は深い穴に阻まれ、到底届かなかった。
小狼は衝動的に、自らも穴に飛び降りた。そして、泥だらけの手で泣きじゃくるさくらを抱きしめた。もう大丈夫だ、と。何度も言って、優しく抱きしめた。さくらが落ち着くまでずっと。
それから、元気になったさくらと一緒に、大声で助けを呼んだ。やがて、大人たちが気付いて助けてくれた。
後になってから、なんで先に助けを呼ばないんだと、大人達から怒られたらしい。小狼はすいません、と謝ったあとに、はっきりとした口調で言った。
『それよりも、先にさくらを抱きしめたかったんです。さくらが、泣いてたから』
毅然としたその言葉に、大人たちは呆れて何も言えなかったと言う。さくらは泣き疲れて眠ってしまい、その事はあとで知世達から聞いた。さくらが目を覚ますまで、小狼はずっと傍にいてくれた。
『やっぱり双子ってすごい!他の誰も、さくらちゃんの事見つけられなかったのに!』
『双子のテレパシーって本当にあるんだね!二人なら、離れても交信できるんじゃない?』
さくらが遭難して小狼が助け出した。この騒動は、学校中の注目の的となった。おかげでその日以来、小狼とさくらが双子じゃないとからかう人は殆どいなくなった。






「・・・私と小狼くんは双子だから・・・だから、小狼くんは私の事、いつも見つけてくれる・・・?」
ぽつりと呟いたあと、さくらは閉じていた目を開けた。呼吸が荒くなる。寒気と痛みで、全身が怠くて力が入らない。だけど、思考は妙にクリアだった。
「違う・・・!」
さくらは近くにある樹を支えに、よろよろと立ち上がる。捻った足が痛みを訴えたけれど、耐えた。引きずるようにして、歩く。汗が額から頬を滑り落ちて、さくらは涙と一緒にそれを拭った。
(あの時も、そう。小狼くん、傷だらけだった。私よりも汚れてて・・・、きっと、すごくたくさん探してくれてた)
パキッと、枝が折れる音がする。落ち葉を踏みしめる度、体が重く感じる。さくらは一度足を止めて、深く呼吸をした。ぐっ、と奥歯を噛んで、また歩き出す。
(私の考えている事がわかるのも、きっと小狼くんがたくさん考えてくれてるから。私がしたい事、やりたいと思っている事、いつも応援してくれる。・・・傍で、見守ってくれる)
その時。視界の端に、光が見えた。くるくると円を描く様にして、光が踊る。いつもなら、『火の玉』だと怯えて動けなくなっていたかもしれない。
だけどこの時、さくらは確信していた。
(双子だから、無条件に惹きあうわけじゃない。・・・けど、双子だから。小狼くんとさくらだから。分かる事だって、きっとあるんだ)
「・・・ん、くん・・・っ、小狼くん!小狼くん小狼くん―――!!」
ありったけの声で叫んだ。踊っていた光が一瞬消えて、そのあとに物凄い速さで近づいてきた。さくらは、止まりそうになる足を叱咤して前へと進んだ。
お互いの姿が見えた途端。さくらの視界は涙で滲み、ふっ、と気が抜けて、足元から崩れ落ちた。倒れこんださくらを受け止めてくれたその手が、優しく包むように抱きしめた。
「・・・見つけた。よかった」
「っ、ふぇ・・・ごめん、ごめんなさい、小狼くん・・・」
「いい。言うな。・・・お前が無事なら、俺はそれでいい」
縋るように強く抱き着くと、小狼の手がさくらの頭を優しく撫でた。あとからあとから零れ落ちる涙が、小狼の胸を濡らしていく。
さくらのあたたかい涙が、強張っていた小狼の表情を和らげた。深く息を吐いて、さくらが無事であることを、何度も触れて確かめる。
「痛いところ、無いか?よく見せて。ああ、顔擦りむいてる。転んだ?」
「・・・えっと。樹の上から、落ちちゃって」
「!?!??」
「あっ、でも。咄嗟に受け身はとったんだよ?指輪がね、カラスの巣にあって・・・、ほえ?」
小狼は無言のままさくらを抱き上げると、落ち葉の絨毯の上に寝かせた。驚くさくらの手や足を丹念に調べる。小狼の手が問題の右足首に触れた途端、さくらは堪えきれずに声をあげた。
「痛ぁいっ!」
「・・・捻挫してる。お前、こんな足で歩いたのか?」
「いた、痛い!ちょっと待っ・・・、ほえぇ!?な、なんで脱がすの!?」
「他に怪我してるところがないか調べる」
「もう大丈夫!大丈夫だから!ほえぇぇぇ―――!!」










その後。さくらは怪我の影響で熱を出し、麓の病院まで行く事になった。まだ他の生徒達は眠っていて、騒動に気付いてはいない。心配して待っていた知世や山崎にメールを送ったあと、小狼は先生の車にさくらを運んだ。
「小狼くん。真緒ちゃんに、大丈夫だよって言っておいてね。きっと心配してる」
「わかった。お前こそ、余計な心配するな。みんなと一緒に山を下りたら、病院に迎えにいくから。大人しく寝ておくんだぞ」
「うん。・・・・・」
「どうした?」
何か言いたげに小狼を見つめるさくらに、聞いた。さくらは、熱で朦朧としながら、ふにゃりと笑って言った。
「小狼くんがもし、迷子になって帰れなくなったら・・・今度は、さくらが小狼くんを見つけるからね」
さくらの言葉に目を瞠ったあと、小狼は苦く笑った。返事の代わりに頭をぽんぽんと撫でると、さくらはそのまま眠りに落ちる。
病院へ連れていく役目を担った女教師に、小狼は「よろしくお願いします」と言って深々と頭を下げた。さくらの熱い頬を優しく撫でたあと、車から離れる。
女教師は、なんだか照れてしまった。小狼が宝物のようにさくらに触れるのを目の当たりにすると、本当のこの二人は双子なんだろうかと、不思議な気分になった。
「じゃあ、発進するわね。木之本さん・・・って、もう寝ちゃったか」
走り出した車が見えなくなるまで、小狼はずっとそこに立っていた。








「今の子、なんか見た事あるような気が・・・」
「え?今の、男の子ですか?」
「車に乗っていた女の子の方。ちらっと見ただけだから・・・気のせいかな」
「どっちも、綺麗な顔していましたね。星史郎さん」
心を見透かしているのか、天然なのか。にっこりと笑って言ったその言葉に、何度か瞬きをしたあと、「そうですね」と言って笑った。
男は、立ち尽くすように動かない少年の後ろ姿を見つめていたが、ふ、と視線を外すと、何事もなかったかのように歩き出した。










「さくらちゃんは本当に大丈夫なのか!?お前が見つけたんだって!?」
「気付いたら夜いなくなってるから、俺はてっきり誰かとやらしい事をしてるもんだと」
「さすが木之本双子。鉄壁の絆。お前が兄になると思うと、誰もさくらちゃんに手は出せねーわ」
好き勝手にわいわいと喋る男子達の事は無視して、小狼は不機嫌な顔で本を読んでいた。
今は帰りのバスの中。さくらが病院に行ったという話はすぐに広まり、昨夜の出来事も周知の事実となった。女子達がかわるがわる小狼の所に来て、心配そうに話を聞いた。無事だとわかると、皆ホッとした笑顔で「よかった」と言う。人徳の賜物だと、自分の事のように嬉しくなる。
真緒に指輪を渡して、さくらからの伝言を伝えた。涙ながらに、何度もお礼を言われた。元気になったら直接言ってあげて、と小狼が言うと、真緒は泣き笑いの顔で頷いた。
「りーくんもお疲れでしょ。殆ど寝てないんだから」
「麓からは、うちの車で病院まで一緒に行きましょう。起こしますから、少しでも寝てください」
「ああ。悪いな、山崎。大道寺も」
そう言って、小狼は疲れた顔で笑うと、ゆっくりと目を閉じた。相変わらず賑やかなバスの中、小狼の周りだけが世界から切り離され、夢の世界へ。その精巧な寝顔を見て、山崎と知世は顔を見合わせて笑った。
「・・・そういえば。木之本がキスした相手っていうのが気になるよなぁ」
何気なく話題にだした男子達に、山崎は緊迫した表情で人差し指を唇に当て「シッ」とジェスチャーした。
「その話、オフレコにしてあげて?りーくんの事好きな女子とかが騒がしくなるし、木之本さんも困るだろうから」
山崎の言葉に、からかい半分で話していた男子達も口を噤み、渋々と納得した。
周りの音の一切を遮断して、深く眠りについた小狼の耳には、聞こえずに済んだようだ。山崎は苦く笑う。心の中で「おつかれさま」と言って、膝に広げたままだった本を閉じた。

 








『りーくんが、さくらちゃんを見つけてくれたみたいなんです』
『よかった。りーくん、すごくあせってたから。今は、二人は一緒にいるの?』
『はい。部屋で休んでいるさくらちゃんのところに、ついていてくれている筈です』
起こさないように、と。知世と山崎は、しー、と同じ動きをして、二人が休んでいる部屋の扉を開いた。
やわらかな陽光が降り注ぐ。白いベッドの上で、さくらは眠っていた。
一人きりで穴に落ちて、小狼に助けてもらうまで泣いていた。今は、安心しきった顔で、すやすやと寝息を立てている。
その時。幼い小さな体が、重なった。
眩い光が、風に揺れる。その場所だけ世界から切り取られたように美しく、夢の中の光景のように現実味がなかった。
山崎も知世も、最初は気付かなかった。眠るさくらと、ベッドの傍に佇む小狼。二人の距離が近づいて、重なって。繋いだ手よりも、遥かに儚い一瞬が、そこにあった。
小狼の唇が、さくらの唇に触れていた。
『―――!?りーくん!!』
小狼はさくらから離れると、二人を押しのけて部屋を出て行った。山崎はそれを追いかける。知世は、さくらの顔を覗き込んだ。まだ幸せな夢の中。眠るさくらは、気付いていない。
そうしているうちに、晴れていた空は急激に黒い雲に覆われ、冷たい雨が降り出した。
知世も、小狼達を追って急いで外に出る。
傘を手に持って二人に追いついた知世は、その光景に息をのんだ。小狼はぬかるんだ地面に膝を落とし、両手で顔を覆ったまま動かなかった。容赦なく降る雨が、全身を濡らす。
知世は、山崎と小狼の上に傘を差した。
その時。小狼は、絞り出すような声で言った。
『・・・さくらには、絶対に言わないでくれ。・・・知られたら。俺はもう、傍にいられない』


あの日の雨は、今もまだ降り続いている。

 

 

 

 

もしかしてツインズ さん へ続く


 

 

 

 

大分間が空いてしまいましたが、ツインズ第二章です。新キャラも出てきました。書くのが初めてでドキドキします・・・!

第三章では色々と展開が動いたりしますので、お楽しみにです(^^)

 

 


2019.1.28 了

 

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