※パラレル設定のしゃおさです。「スマイルチャージ!」の続編になります。

 

 

 







毎朝、大好きな人に会える。

 

 

 

 

 

続・スマイルチャージ!










しゃこしゃこと歯磨きをしながら、何度か目が閉じそうになった。
鏡の中の自分が、眠たそうな目を擦る。まだ夜も明けたばかりの時間。元来早起きが決して得意ではないさくらが、毎朝のようにこの時間に起きているのには、理由があった。
兄のバイト先である、コンビニエンスストア。そこで店長をしていた人が病気になった家族の看護の為、数か月の休業をやむなくされた。バイトリーダーだったさくらの兄・桃矢は、店長代理として雇われることになったのだが。朝の二時間だけ、どうしても人が足りないのだ。桃矢自身も別のバイトの時間と重なる為、調整が難しかった。
「それなら、私がやるよ!学校行く前の時間だし」
「怪獣に早起きが出来るのか?」
「出来るもん!」
数件のバイトを掛け持ちして、その上に店長代理まで引き受けてしまった兄を、少しでも助けたいと思う親切心だった。半分くらいは、意地もあったけれど。
毎朝早起きするのは辛かったけれど。外に出てしまえば、朝の空気の気持ちよさにスッと目が覚める。コンビニのバイトも慣れないうちは大変だったけれど、お客さんの数が少ないので一人でもなんとか回せていた。
もちろん、失敗もする。お釣りを渡し忘れてお客さんに注意されたり、商品を逆さまに入れてしまったり。そんな時は少し落ち込むけれど、お客さんの前では笑顔でいなきゃと、自分に言い聞かせて頑張った。
(はうぅ。早起きするのも働くのも、こんなに大変なんだぁ。・・・お兄ちゃんに、少しだけ優しくしてあげようかな)
働く大変さを実感すると共に、仕事に慣れてくるとやりがいも出てきた。毎日、同じ時間に朝食を買いにくるお客さん。いつも同じ煙草を買っていくおじさん。新商品のデザートは絶対にチェックして買っていくお姉さん。少しの時間しか会わないけれど、なんだか顔見知りが増えたようで嬉しかった。
「おはようございます!」
その日の朝。さくらは深夜バイトの人と交代して、初めてやってきたお客さんに、元気に挨拶をした。しかし、声が大きすぎたのだろうか。そのお客さんはビクッと驚きに震えたあと、なぜか目を擦りながらこちらを凝視してきた。
(・・・?初めて会う人、だよね?)
スーツ姿の、すらりとした長身の男の人。見た目の年齢は、20歳前半くらいだろうか。
真っ直ぐに見つめる鷲色の瞳が、綺麗で。なぜか、目が離せなくなった。
「・・・??えっと、いらっしゃいませ!朝早くからご苦労様です!」
不思議に思いながらも、さくらは笑顔で挨拶をした。対する相手の反応は、無言だった。
しかし、眉間に寄っていた皺や険しかった表情が、ふわりと緩んだ。優しく綻ぶような笑顔に、さくらの心臓が小さく跳ねる。
「ありがとう」
「ほぇ・・・?」
「・・・!!あっ、いや、なんでもないです。このドーナツひとつ。あと、コーヒーも」
今度は赤くなった。慌てて財布を出したから、小銭が落ちてしまう。あわあわとする様子を見ていたら、なんだかおかしくて笑ってしまった。自分よりもずっと大人なのに。可愛い、なんて思ってしまった。
「今まで飲んだコーヒーの中で一番美味しい。多分、世界一美味しいと思う」
初めて淹れたコーヒーを、その人は美味しいと褒めてくれた。少し大袈裟なくらいに。冗談かと思ったら大真面目で、不器用だけど優しい人。
―――李小狼くんとの、初めての出会い。あの日の朝の事は、今でも鮮明に思い出せる。









それから。毎朝、小狼はさくらの働くコンビニエンスストアにやってきては、コーヒーとドーナツを食べていった。
お客さんがいない時は、さくらもイートインスペースに入って、小狼とおしゃべりをする。天気の話だとか、新商品の話だとか、他愛ない世間話ばかりだったけれど。それだけで、幸せな時間だった。
小狼とさくらが初めて出会ってから、三か月ほどが経過した。その間に、性質の悪い客が言いがかりをつけてきたところを、小狼が助けてくれたり。兄である桃矢に見つかって、『特定の客と仲良くするな』と理不尽な怒られ方をしたりと。色々あった。
だけど。先日やっと、お互いのフルネームを知ることが出来た。
「・・・あっ!いらっしゃいませ!おはようございます。小狼くん!」
「お、おはよう。・・・さくら」
名前で呼び合うのはまだ照れくさい。小狼の顔が赤く染まっているのを見て、さくらの顔もつられたように真っ赤になった。こんなところを見られたら、また桃矢に嫌味を言われてしまいそうだ。
「えっと・・・。シュガードーナツとコーヒーをください」
「はい!あっ、そうだ。今日はね、期間限定のくじ引きがあるの!・・・あ。ご、ごめんなさい。くじ引きがあるんです」
「別に、敬語じゃなくていい。今は二人しかいないし。その方が、その・・・俺も嬉しい」
敬語がなくなって、お互いの名前を呼ぶ。それは、店員と客という遠い関係性が、少しずつ近づいていくプロセスのように思えた。
(小狼くん・・・。優しい。・・・好き)
恋心は、とっくにさくらの心の中に芽生えて蕾を膨らませていた。いつか、どこかのタイミングで花が開いてしまったら、きっと言わずにはいられなくなってしまう。
想像だけでうるさくなり始めた心臓を、ぎゅっと抑えて、さくらは気を取り直すように明るく言った。
「うん。くじ、これなの。大当たりも入ってるんだよ」
ドーナツとコーヒーを用意しながら、さくらはレジの下にある箱を取り出した。手を入れて中から紙を取り出す、単純なシステムだ。淹れたてのコーヒーの香りが、二人の表情を緩ませる。
「くじか・・・。あんまり、いいものが当たった覚えがないな」
「ふふ。そういう人ほど、大当たりをひいちゃうかもしれないね。はい、一回どうぞ!」
さくらが箱を差し出すと、小狼は「よし」と言って、右手の袖を捲った。妙に気合の入った表情で、箱の中に手を入れる。その間に、さくらはトレイにドーナツとコーヒーと、おしぼりを並べた。
「じゃあ、これ。お願いします」
「はい!」
差し出された紙を受け取って、ゆっくりと開く。なんだか、さくらまで緊張していた。
当たりますように、と。無意識に願った先、ぺろんと捲れた紙に書かれていたのは―――。



「・・・まさか本当に当たるとは。しかも、一等賞」
「すごいよ!ディズ〇ーランドペアチケットだよ。よかったね、小狼くん!」
小狼はなんとも険しい顔で、片手にドーナツ、片手に先程引いた当たりくじを持っていた。がぶりと齧り付いた拍子に、砂糖が口元についた。それを無意識に見つめながら、さくらはぼんやりと思った。
(ディズ〇ーランド・・・。小狼くん、誰と行くんだろう。・・・彼女とか、いるのかな)
その考えに至った瞬間、サー、と血の気が引いた。今まで、考えなかったわけじゃない。何度も聞こうとして、聞けなかった。
毎朝顔を合わせて、挨拶をして。自分の淹れたコーヒーを美味しいと飲んでくれる。楽しくおしゃべりをしてくれる。名前を呼んでくれる。―――だけど、それだけ。
小狼とさくらは年齢も違うし、接点はこのお店だけ。お互いの交友関係なんて知らないし、聞けない。どんな暮らしをしているのか。このお店にいる時以外は、どんな人と会って、どんな顔を見せているのか。何も知らない。
(小狼くんは大人の男の人だし・・・。会社にもたくさん女の人もいるよね・・・?その中に、彼女や好きな人がいるかも・・・。うぅ、嫌だよぅ)
「さくら?」
「・・・っ!は、はい!」
「お客さん来てるけど」
「はわわ、本当だ。ごめんなさい」
慌ててレジに入って、対応する。いつも朝ご飯を買いに来るお客さんだ。今日は少し暑いですね、そうですね、と。当たり障りの無い会話をしながら、レジを打つ。その間も、同じ事がずっと頭の中をぐるぐる回っていた。
そのうちに店内には客が増えてきて、小狼の時計はタイムリミットを知らせた。残りのコーヒーを飲み干すと、店を出る。
「あ・・・っ、ありがとうございました!いってらっしゃい!」
さくらが声をかけてくれたので、小狼は軽く手をあげて挨拶をし、駅への道を走っていった。






モヤモヤを心に抱えたまま、さくらは翌日も朝早くに起きて店にやってきた。
「大当たりは出ちゃったみたいだけど、まだ当たりくじも残っていますので・・・」
「はい、わかりました」
深夜勤務のバイトの子から引き継ぎをして、さくらは準備を始めた。目に入ったくじの箱。胸がチクリと痛む。こんなに悩むんだったら、思い切って聞いてみよう。意識せずに、自然に。
『誰と行くの?小狼くん、彼女いるの?』―――と。
(はぅ・・・。それでもしも、「いるよ」って言われたら・・・た、立ち直れないよぅ~)
想像だけで泣きそうになった。
その時。来店を知らせる音楽が鳴り響いた。さくらは反射的に笑顔になって、元気に挨拶をした。
「おはようございます!いらっしゃいませ・・・、」
「・・・木之本?」
「!!」

 

―――今日、小狼くんが来たら。
思い切って聞いてみよう。どんな答えだったとしても。勇気を出して、想いを伝えよう。









 


「いらっしゃいませ」
「・・・!」
小狼は、店に入った途端に息を飲んだ。いつもその場所にあった大好きな女の子の笑顔が、長身男の仏頂面に変わっていたからだ。
「おはようございます」
「・・・お、おはようございます。あの、さくら・・・、いつもいる木之本さんは?」
思わず名前で呼んでしまった瞬間、彼女の兄であるもう一人の『木之本』は、鬼の形相になった。慌てて言い直すと、なぜか重い溜息で返される。
「事情がありまして。今朝はいません」
「・・・そう、ですか。じゃあ、ドーナツとコーヒーをください」
いつもと同じメニューを受け取り、小狼はイートインスペースに腰を下ろした。
『小狼くん!どう?美味しい?』
満面の笑顔と可愛く響く声が、揺らめいて消えた。毎朝同じやり取りをしていたから、幻覚だって見えて当然だ。それ程に、この店と彼女の存在が、自分の中で大きく結びついていた。小狼は頭を抱えるようにして、溜息をついた。
(・・・昨日。さくら、何か様子がおかしかった気がする。いつもどおり笑っていたけど、どことなく元気がなかった・・・。何か、あったのか?)
こんな時。連絡先を知っていたらと、考えてしまう。だけど、自分とさくらの関係はあくまで『客』と『店員』であり、個人的に連絡を取る程親しくはなっていない。―――将来的にそうなりたいという願望はあるけれど。
(さくらはまだ女子高生で、俺とは年も離れてるし、あっちから見たら恋愛対象ではないよな・・・。学校にいけば同世代の男もたくさんいるだろうし。・・・その中に。彼氏や好きな人がいても、おかしくない)
こんな事になるなら。天気の話なんかしていないで、思い切って聞けばよかった。
小狼は、鞄の中にいれていた『それ』を取り出すと、鋭い眼光で見つめた。昨日、滅多にない強運で引き当てた人気アミューズメントパークのペア招待券。
(誘っても、断られるかもしれない。他に好きな人がいて・・・、とか。言われたら、立ち直る自信がない。それでも)
一緒に行きたいと思う人は、さくら以外にはいない。
次に会えた時は、思い切って誘ってみよう。相手の答えがどんなものであっても。今度こそ、自分の気持ちを伝えたい。
鬼気迫る表情で遊園地のチケットを見つめ、砂糖たっぷりのドーナツに齧り付く小狼。その姿を、桃矢はこれ以上ないくらいの顰めっ面で見ていた。








翌日も、翌々日も。週末になっても、店にさくらが来ることはなかった。見慣れない中年女性が早朝のレジに入るようになって、店長に理由を尋ねる事も出来なくなった。それでも小狼は、毎朝同じ時間に店に行って、ドーナツとコーヒーを頼んだ。
―――『小狼くん!おはようございます。今日も、お仕事頑張ってね』
口に入れたドーナツの味が、ぼんやりとしてよく分からない。コーヒーの匂いを嗅いでも、何も感じない。窓の外を見ると、自分と同じようにスーツを着た大人が、駅に向かって歩いて行くのが見えた。
(ああ、そうだ。俺も行かないと・・・。仕事を、しないと)
終電間際まで仕事をして。寝る為にマンションに帰ってきて。翌日は朝も早くから出かけて、デスクの上に積み上がった仕事を片付ける。繰り返しの毎日。
どうやって頑張っていたんだろう。毎朝ここに来て、いつもは食べない甘いドーナツを食べて。世界一美味しいコーヒーを飲んだら、不思議と力が湧いてやる気が出た。なのに今は、何もする気が起きない。
(わかっている。頑張れていたのは、彼女がいたからだ。・・・さくらの笑顔があったから、俺は)
こんなにも呆気なく消えてしまうなんて思わなかった。あれは、頑張っていた自分に神様がくれた一時の夢だったんだろうか。
期間限定で消えてしまうのなら、最初に教えてほしかった。わかっていたら、好きになんてならなかったのに。
(・・・本当に?)
あの笑顔を、好きにならずになんていられただろうか。
いつか会えなくなると最初からわかっていたら、玉砕覚悟で、ふられても傷ついても―――さくらが大好きだと、伝えたかった。
(・・・誰に言い訳してるんだ?結局、俺は甘えていただけだ)
空になったコーヒーカップを、掌の中で握りしめる。勢いよく立ち上がると、ドーナツの包み紙と一緒に捨てた。
「ありがとうございました~」
気だるい声で送り出されて、堪らない気持ちになった。滅入りそうになって、ふる、と顔を振る。
(・・・思い出せ)
さくらの事を想うと、いつだって笑顔が浮かぶ。想像の中で、さくらはあの可愛い声で名前を呼んだ。いくらでも再生できる。ドーナツを渡す時の笑顔。二人きりの時にだけ見せる、甘えた表情。たまに失敗した時には、赤い舌を出して可愛らしく笑った。
(いつだって。さくらの笑顔が、元気の素だったんだ)
この先、会えなくなったとしても。他の人と幸せになったとしても。記憶の中にある笑顔が、きっと元気をくれる。
初めての恋。初めての失恋。痛む胸を抑えて。ぎり、と。奥歯をかみしめた。
「・・・無理だ。やっぱり、諦めきれない」
ぽつりと呟いた本音が、小狼の体を動かした。駅の方に向かっていた足を、くるりと方向転換して、もう一度コンビニエンスストアへと走った。パートの女性に無理を承知で頼んでみよう。厳しい彼女の兄に土下座をしてでも、教えてもらえばいい。
もう一度、さくらに会うために。


「・・・小狼くんっ!!」


聞こえてきたその声に、すぐに反応出来なかった。自分が作りだした想像の中の彼女が、名前を呼んだのかと思ったのだ。
「・・・さくら?」
急激に現実に引き戻される。目の前にいたのは、想像の中の彼女ではなかった。
なぜなら、一度も見たことがない恰好をしていたからだ。見慣れたコンビニの制服じゃなく、星條高校のブレザーの制服だった。
(制服姿も可愛・・・、じゃなくて!なんで、ここに?)
驚きのあまり、何も聞けないまま硬直した。
一週間ぶりに会ったさくらは、怒った顔でこちらを見ていた。吊り上がった眉、赤い顔。目には涙まで浮かんでいる。覚えている限りでは、さくらはいつも笑顔だった。だから、こんな顔は初めて見る。
(・・・困った。さくらに会えただけで、こんなに満たされるのか)
乾いていた心が、一気に潤っていく。じわじわとこみ上げる嬉しさが、頬を緩ませる。どうやら、自分が思っていた以上に彼女に恋焦がれていたようだ。
そう思ったら、迷いが吹っ切れた。硬直していた身体が、動く。踏み出した足で、そのまま真っ直ぐにさくらへと近づいた。
さくらの碧の瞳が大きく見開かれるのを、間近で見た。
「・・・っ」
抱きしめた華奢な身体が、小さく震えた。力を入れたら壊してしまいそうで、背中に回した手がぎこちなく動く。そうしている間に、腕の中にいたさくらが、力いっぱいに抱き着いてきた。
「小狼くん、小狼くん・・・っ!やっと会えた!」
「・・・っ、さくら」
「ふえぇ、会いたかったよぉ」
泣き出したさくらに、小狼は堪らなくなって抱きしめる力を強くした。
その時。今更だが、物凄く注目を集めていることに気づいた。早朝の、忙しない出社時間。コンビニから駅へと続く大通りで、泣いている女子高生と抱き合っている成人男性。
(これは・・・やばい。通報される・・・!)
じろじろと突き刺さるような視線に、小狼は背中に流れる汗を感じた。
「さくら・・・!こっち来て!」
「ほぇ?」
驚くさくらの手を引いて、駆けだした。悩んだ末に、住んでいるマンションの近くの公園へと向かった。平日のこの時間なら、遊んでいる家族連れもいない。予想通り、大通りから離れているその場所は閑散としていた。
(あ・・・。そういえば、どさくさで手を繋いでる。というか、さっき思わず抱きしめたけど、大丈夫だったのか・・・!?)
今更になって照れる。自分の後ろを付いてくるさくらの存在が、嬉しすぎて直視できない。公園に辿り着いても、小狼は背後を向けないままだった。熱くなる頬を抑える。きっと今、みっともないくらいに真っ赤になっている。
「小狼くん・・・」
覗き込んでくるさくらの視線から、思わず逃げてしまった。
小狼が目を逸らすと、ぷく、と頬を膨らませて、勢いよく抱き着いてきた。さっきは気に留めていなかったけれど、触れるやわらかな感触に動揺を隠せない。
(ふにゅ・・・って、や、やわらか・・・っ)
想像の中では知り得なかった新たな感動に、小狼は思わず鼻を抑える。しかし。見つめるさくらの潤んだ瞳に、ハッとした。そんな事をしている場合じゃない。
さくらの肩を掴んで、二人は正面から向かい合った。顔が赤いのなんて、この際気にしていられない。
小狼は盛大にどもりながら、言った。
「さ、さくら。あの・・・、あ、会えたら、言おうと思ってたことがあるんだ」
「私も・・・。小狼くんに会えたら、今度こそ言おうって思ってたことがあるよ」
「え。じゃあ、さくらから」
「ううん!小狼くんが先でいいよ!」
「・・・じゃあ、一緒に」
「うん・・・!」
二人は目を閉じて、同時に深呼吸をする。気持ちを落ち着かせて、勇気を出して。目を開けて、真っ直ぐにお互いを見つめた。
「俺と・・・っ」
「私と・・・!」
「「ディズ〇ーランドに・・・!」」
ぴったりと重なった声に、思わずその続きが止まる。驚愕の表情で見つめあいながら、小狼は口を開いた。
「い、いいのか。俺と行って、その、怒る男とかいないのか?」
「ほぇ?お、お兄ちゃんは怒るかもしれないけど、内緒で行くもん。小狼くんこそ、私でいいの?他に、一緒に行く女の子とかいないの?」
「い、いない。そんなの、全然いない!・・・お兄さんには、俺がちゃんと挨拶に行って許可を取るから」
「ほんと・・・?小狼くんと、一緒にいけるの・・・?やったぁ」
会話が噛み合っているのかいないのか。そわそわとして、落ち着かない。浮かれた気持ちと喜びが思考を鈍くさせる。赤く染まったさくらの頬が可愛くて、喜ぶ涙目が愛しくて。じりじりと熱くなる気持ちが、抑えられなくなりそうだった。
「さくら・・・!」
「きゃっ」
堪えきれずに、抱き寄せた。さくらは驚いていたけれど、おずおずと背中に手を回して、抱きしめ返してくれた。
腕の中に、大好きな女の子がいる。
それはきっと、奇跡みたいなことだ。
「さくらの事が好きだ。・・・大好きだ」
見上げたさくらの、赤く染まった頬を撫でる。小狼は胸がいっぱいになった。
ゆっくりと近づいて、不器用に重なった唇。触れるだけで離れて、至近距離で見つめあった。
「・・・小狼くん。シュガードーナツの味だ」
さくらは、そう言って笑った。
今までで一番、可愛い笑顔だった。









「・・・そうか。あの日の朝、偶然に生徒指導の先生が・・・」
「うん。私の学校、バイトは禁止じゃないんだけど、早朝は深夜と同じ扱いでダメだったの。だから、こっそり隠れてやってたんだけど・・・。一番厳しい先生がお店に来ちゃって。それで、罰として一週間の早朝補習を受けさせられて・・・。あれ、お兄ちゃんから聞かなかった?」
「全然」
「もう。小狼くんに聞かれたらそう言っておいてねって伝えたのに」
さくらが突然に来なくなった最初の日。ジト目で睨んでいた彼女の兄の姿を思い出して、小狼は「前途多難だな」と溜息をついた。
「早朝に入ってくれるパートの人も見つかったから、私はもうあの時間には行かなくなるけど」
「そうか・・・」
分かりやすくシュンとする小狼に、さくらは笑って言った。
「ふふっ。でもね、今度はちゃんと許可を取って、夕方からバイト入る事にしたの」
「・・・!それって、終わるの夜だよな。危ないから送っていく!」
「ほぇ?でもお兄ちゃんもいるし大丈夫・・・」
「俺が会いたいから!絶対に行く」
身を乗り出すようにして言うと、さくらは頬を赤らめた。お互いに近づいた顔に、ハッとする。呼吸も触れそうな近さに、ドキドキと鼓動を鳴らした。
「だ、駄目だよ。小狼くん。お外だもん・・・」
「あ、ああ。そうだな。場所を変えよう」
「え!?」
「あっ、ち、違う。そうじゃなくて・・・!次、何かアトラクションに乗りに行くんじゃなかったか!?」
バッ、と体を離して、あらぬ方を見ながらそう言った。さくらは飛び出しそうな心臓を両手で抑えるようにして、こくこくと頷く。
二人は立ち上がると、空になったカップを捨てて、手を繋いだ。まだ少しぎこちない距離。だけど、『客』と『店員』だった頃よりも、うんと近づいた距離。
照れ笑いを交わして、歩き出した。


毎朝、毎夜。いつだって、大好きな笑顔に合える。
これからもずっと―――。


 



END


 

 

リクエスト企画第二弾!「スマイルチャージ!」の続編を読みたいとのリクエストでした!

前回は片思いの関係でしたが、無事にお付き合い♡をはじめました・・・ということで♪お兄ちゃんの妨害が店でも家でもありそうですが(;^ω^)それでもきっとハッピーハッピーですね♪

 

 

2019.10.14 了

 

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