「ほえぇぇぇぇぇ―――!!遅刻だよぅ!!!」
ふと目を開けると、一番に時計が目に入った。手がその時計の上に乗せられているのを見るに、自分でアラームを止めてしまったのだと予想はつく。針が示す現在時刻に、さくらは顔を青くして叫んだ。
その声に、ケルベロスも驚いて飛び起きた。
「なんや!なんやぁ!?」
「ふぇぇん、なんで止めちゃったのー!?もう、ばかぁ!!」
「おお?・・・なんや、さくらの寝坊かぁ。ええやんか、今日は日曜やろ」
「よくないのっ!今日は小狼くんとお出掛けの約束してて!早く行かないと待たせちゃう・・・っ」
待ち合わせの時刻まであと数分と言う現状。もう絶対に間に合わない。さくらは半泣きになりながら、小狼へと謝罪のメールを送った。
さくらはわたわたとパジャマを脱いで、用意していた服を着こむ。しかし急いでいるせいで、シャツのボタンは掛け違えるしセーターは前後逆に着るしで、余計に時間がかかってしまった。ケルベロスに逐一突っ込まれながら、さくらはなんとか支度を整える。
「行ってきまぁす!!」
「車に気ぃつけるんやで!?急ぎすぎてコケへんように・・・って、もう行ってもうた。はぁ、やれやれ。大丈夫かさくら・・・なんか、忘れ物とかしてへんやろな」
猛スピードで駆けていくさくらを見て、ケルベロスは溜息をついた。
そして、ふと部屋の中を見る。脱ぎ捨てられたままのパジャマや、倒してしまったペン立てなどが無残に転がっている。やれやれと思いながらそれを片付けていると、あるものが目に入った。
「これは・・・ええんか?さくら、本当に大丈夫かぁ・・・?」
ケルベロスは一抹の不安を抱きつつも、「小僧が一緒なら心配ないか」と思い直し、気楽な二度寝タイムへと入るのだった。

 

 

 

 

 

NGデート take1

 

 

 

 

 

信号が赤に変わったところで、さくらは足を止めた。携帯電話を取り出し、返ってきたメールを確認する。
『急がなくて大丈夫だ。ゆっくり来ていいから』
―――小狼からのメールには、そう書いてあった。優しい文面に、胸がきゅんとする。
待ち合わせ時間はとっくに過ぎている。さくらは青信号を確認して、再び走り出した。
小狼を待たせたくない。早く会いたい。その一心で、さくらは走った。
日曜日だから、いつもよりも人がたくさんいる。さくらは器用に人混みを避けながら、小狼が待つ場所へと走った。
待ち合わせ場所が見えてきた。たくさんの人の中で小狼の姿を見つけて、さくらはホッと息を吐いた。しかし、あと少しというところで信号に引っ掛かる。さくらはその場で足踏みしながら、焦れる気持ちを抑えた。
その時。小狼へと話しかけている人の姿が目に入った。
ここからだと後姿しか見えないけれど、髪形や恰好からして女の人に間違いない。さくらの胸が、ちくりと痛んだ。
(何、話してるんだろう・・・?はうぅ、早く信号変わってよぉ)
なんだか、泣きそうになってきた。小狼はすぐ目の前なのに、神様に意地悪されているみたいだ。赤から青に変わるまでの時間は、物凄く長く感じた。
駆けだして、真っ直ぐに小狼の元に向かう。駆け寄るさくらに気付いて、小狼も安堵の笑みを浮かべた。
「小狼くん!遅れて、ごめんね・・・っ」
「さくら。急がなくていいって言っただろ?大丈夫か?」
「うん。待たせたく、なくて・・・、えへへ」
ずっと走ってきたから、呼吸が上がって汗も出てくる。さくらは息を整えながら、きょろきょろと周りを見回した。
「どうした?」
「あ・・・。あの、さっき、女の人と話してなかった?」
聞くと、小狼はきょとんとした顔をしたあと、「ああ」と思い出したように笑った。
「道を聞かれたんだ。少し離れた場所だったから、案内してほしいって頼まれた。俺は人を待ってるからここを離れられないだろ。だから、代わりに交番の場所を教えたんだ」
「そうだったんだぁ・・・」
さくらは、ホッと息を吐いた。
勝手な妄想をしてしまった事に、申し訳なさでいっぱいになった。小狼は困っている人を助けていただけなのに、ヤキモチをやいたなんて言えない。
「じゃあ、行こう」
「うん!」
気を取り直して、二人は手を繋いで歩き出した。
今日は日曜日。人で溢れる街を抜けて、電車に乗って少し遠出をしようと計画した。天気も良くて、風も気持ちいい。
(寝坊して失敗しちゃったけど、まだ挽回できるよね?)
さくらは頭にかぶったニットの帽子をそれとなく気にしながら、もう失敗しないぞ、と。気合をいれるように、拳を握った。
その時。小狼が、ある事に気付いた。それに気づいた瞬間、驚きに目を剥いてさくらの腕を掴む。
「さくら・・・!お前、家からずっとその恰好で・・・!?」
「ほぇ?」
「・・・こっち!来て!」
小狼は途端に顔を険しくして、さくらの手を引いて歩き出した。さくらは戸惑い「?」を浮かべて、小狼の後を付いていく。ぴりぴりと張り詰めた空気感に、不安になった。
(小狼くん、怒ってる?え?どうして・・・?私、何かした?)
背中に問いかけても、何も答えてくれない。小狼は一体どこに行くつもりなのだろう。駅に向かう道とは反対方向に、早足で歩いて行く。
「え・・・?ほ、ホテル!?」
さくらは驚いて、思わず声を上げた。小狼は構わずにロビーを進むと、駆け寄ってきたスタッフに早口で言った。
「彼女が怪我をしているので、部屋を用意してほしいんです」
「え・・・?私、どこも怪我なんてしてないよ?」
小狼の指が、言葉を遮るようにさくらの唇に押し当てられた。ぐ、と息をのんで、黙り込む。
迅速に対応してくれたスタッフが、小部屋に案内してくれた。更衣室と書かれたそこには、大きな鏡と小さなソファ、簡易的なハンガーラックがあった。
扉が閉められて二人きりになると、小狼は顔を強張らせたまま、さくらに聞いた。
「本当に、怪我はしてないんだな?ここに来る途中に、転んだとか。何も隠してないな?」
「ないよ・・・!私、どこも痛くないもん!」
小狼の真意がわからなくて、さくらは半泣きでそう言った。
すると、頭を抱えるようにして深く溜息をつく。小狼の溜息には、安堵と呆れと、色々なものが含まれていた。
ぎろりと睨まれ、さくらは肩を震わせる。
「じゃあ、これはなんだ?」
小狼は、さくらの肩を掴むと、くるりと一回転させた。大きな鏡に、自分の後姿が映される。
「・・・あっ!」
「これを見て、俺に冷静でいろって言うのか。お前は」
さくらは、かぁぁ、と顔を真っ赤に染めた。
今日のコーディネートは、チェックのシャツに秋色のニット、揺れるプリーツスカート。そして、薄手のタイツとブーツ。仕上げに、ニットの帽子をかぶった。
昨日の夜、さくらがたくさん考えて決めたものだった。
問題なのは、タイツだった。今履いているタイツの後ろ部分が、派手に伝染していた。何かあったのかと心配するくらい、びりびりに破れている。
黒いタイツと白い肌のコントラストはよく目立つ。ここに来るまでに、何人の人に見られただろうと、想像してさくらはますます羞恥に苛まれた。
すとんと、その場に座り込む。恥ずかしさから、顔を両手で覆った。
すぐ傍に小狼の気配がした。見えないけれど、目の前に座って顔を覗き込んでいるのが分かる。眉間に皺を寄せて、怒っている。―――否、心配してくれている。
さくらは顔を手で隠したまま、ぽつぽつと話し出した。
「今日・・・寝坊して」
「知ってる」
「朝、慌てて支度してたから。間違えて履いてきちゃったの・・・」
「この、破れたタイツは?どうしたんだ?」
「ケロちゃんが・・・スピネルさんと喧嘩する夢見た時に、寝惚けて爪を立てちゃったの。あとで捨てようと思って置いてたのを、間違えて」
「・・・さくら。顔見せて」
耳元で囁かれ、さくらは肩を震わせた。おそるおそる、手を外して。さくらは、目の前にいる小狼の顔を見た。その顔は、もう怒ってなかった。
さくらの顔が、ふにゃりと泣きそうに歪む。
小狼は苦く笑うと、さくらの額をツンと人差し指で突いた。
「替えのタイツ、買ってくる。ここで待ってろ」
「そ、それなら私が自分で!」
「ダメだ。その恰好で外に出るな。俺が帰ってくるまで、この部屋から出るなよ。わかった?」
「・・・はい」
有無を言わせない小狼の言葉に、素直に従った。申し訳なさと情けなさで、さくらは更に落ち込む。それを見透かしたように、小狼はぽんぽんと頭を撫でてくれた。
部屋を出ていった小狼が、購入したタイツを持って帰ってくるのを、さくらはじっと待っていた。
(小狼くん、女の子のタイツとか買うの、きっと恥ずかしいよね。帰ってきたら、もう一回謝らなきゃ)
さくらは鏡の中に映る自分の姿を見て、欝々と溜息をついた。せっかくのお出掛けの日が、散々だ。それもこれも、自分が寝坊をしたせいなのだけど。
(楽しみにしすぎて、昨日寝付けなかったから・・・。今も、まだ眠い・・・)
ふぁ、と。欠伸を漏らしたさくらは、「少しだけ」と自分を許して、目を閉じた。







足元が涼しくなって、さくらはパッと目を開けた。
こちらを見ていた小狼と、目が合う。さくらは最初、状況を理解できなかった。寒々しい足元に気付いて視線を下げ、そこにあった光景に酷く動揺した。
「しゃ、小狼くん!?なんで脱がしてるのー!?」
「着替えさせなきゃと思って。大丈夫だ。何も見てないから」
「ほえぇぇぇ」
小狼は真面目な顔でそう言って、脱がしかけていたタイツを更に引っ張った。既に膝元まで脱がされて、白い太腿が晒されている。その光景が、さくらの羞恥を煽った。
「自分で着替えられるよ!」
「大丈夫だ。何も見てない」
「そういう問題じゃなくって・・・っ!は、恥ずかしいよぉ」
小狼にタイツを買いに行かせて自分は呑気に寝ていたのだから、文句を言う資格はないのかもしれない。だけど、とにかく恥ずかしかった。
薄い布地が、するすると肌の上を滑っていく。冷たい外気と、不意に触れる小狼の手の温度に、ドキドキした。
床に跪くようにして丁寧に丁寧に脱がせる仕草は、どこか品があって。小狼の伏せた瞳と長い睫毛が、さくらの心臓を揺らした。
破れたタイツを脱がしたあと、小狼は予想外の行動に出た。壊れ物を扱うように優しく触れたあと、さくらの左足の甲に、ちゅ、とキスを落とす。
「ほえぇっ!?!」
「・・・無駄にヒヤヒヤさせた罰」
「~~~っ」
「新しいタイツ、着るの手伝うか?」
意地悪に言われて、さくらは首を激しく横に振った。小狼は満足したのか、あっさりと離れ、買ったばかりの新しいタイツをさくらに渡した。そうして、「外で待ってる」と言って部屋を出た。
さくらは包みを開けて、新しいタイツを広げる。サイズなど何も言っていなかったのに、ぴったりと合う。さくらは気恥ずかしさを感じながら、両足を通した。
コンコン、とノックをされる。返事をすると、小狼が部屋に入ってきた。
「よし。これで、大丈夫だな」
「・・・うん」
「さくら?まだ、何か心配事があるのか?」
浮かない顔のさくらに気付いて、小狼はまたも顔を顰める。先程と同じように、目の前にしゃがみこんで顔を覗き込んだ。
さくらは眉をへの字にして、小狼を上目遣いに見て言った。
「もうひとつ、ね。失敗しちゃった事があるの」
「なに?」
「・・・怒らない?」
「怒らない」
怒った事なんてないだろ、という小狼の発言に、やや驚きつつも。さくらは動いた。頬を染めて、そっと、ニット帽を取る。
ぴょん、と。跳ねた栗色の髪に、小狼は一瞬驚いた顔をして。そのあとに、小さく噴き出した。
口元を手で覆うけれど、堪えきれず笑い声が零れてくる。
「さくら・・・慌てすぎだろ」
「だって。とにかく急いで、小狼くんのところに行きたかったんだもん」
「それにしたって。・・・くっ、ははは。すごい。そもそも、どうやって寝たらこんなに跳ねるんだ?」
「うぅぅ。笑いすぎだよぉ」
縦横無尽にぴょんぴょんと跳ねたお転婆な髪を、小狼は指でつまんでくるくると弄る。
小狼の笑顔を見て、恥ずかしくて情けなくて下に向いていた気持ちが、途端に上機嫌になる。気付いたら、さくらも笑顔になっていた。
「さてと」
小狼はそう言って、さくらの髪にニット帽子を深くかぶせた。深く被せすぎて、視界まで遮られる。
「小狼くん、これじゃ見えないよ・・・、っ」
唇に触れたやわらかさに、さくらの呼吸が止まる。ちゅ、と音を立てて離れた瞬間、視界が開けた。
「今日一日、帽子は脱がないようにな。可愛いから、絶対誰にも見せたくない」
「跳ねた髪が・・・?」
「・・・違う。さくらが」
小さな声で言われたその言葉が、耳に届く。間近でかち合った小狼の瞳と、仄かに赤くなった頬に。さくらは、目が離せなくなった。
吸い寄せられるように近づいて、もう一度キスをした。




慌てんぼうのさくらちゃんは、心配性の小狼くんに手を引かれて、今日一日のお出掛けを満喫しました。
可愛らしいニットの帽子は、家に帰るまで絶対に外される事はなかったとさ。


 

 

 

 

END


 

 

 

中学生・・・?と思いながら書いてました。ギリギリ中学生ということでw

お出かけで失敗しちゃうエピソード可愛いなぁから出来たお話です。take2は、続きではないですが同じテーマで書く予定です♪

 

 

2018.11.17 了

 

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